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アリスとアルフ。報告と将来の話、そして

 とりあえず居間にアリスを入れて湯を沸かし始める。

 棚からマグカップとコーヒーの粉を取り出し、俺はキッチンから彼女に呼び掛ける。


「インスタントで良いかな?」

「……はい」

「すぐ出来るから待ってて、電気ケトルだからヤカンより早く沸くよ」

「はい。ありがと……ございます」

「な、何でそんな畏まってるの?」

「いや、だって」


 居心地が悪そうに一人ソファで座り縮こまっている妹。

「これくらい自分を省みないと、帳尻がつかないと思って」

「気を遣い過ぎだよ、知らない人と話す訳じゃないんだから」

「……うん」

「……あー、もう少しで沸くかな、と」

 きごちなく空々しい会話が続く。そんな風に振る舞われると俺も内心落ち着かない。


 やがて沸騰した湯を注ぎ、熱いコーヒーを彼女の前に置いた。

「はい、砂糖は2本分だったよね。確かミルク無し」

「あ……」

 さらにシュガースティックを差し出すと、彼女は少し驚いた様子で見上げた。


「どうして分かったの?」

「え? だって、カフェでこの飲み方をしてたじゃないか」

 天朧アマオボロとして装っていた時、同席していた彼女が頼んだコーヒーの分量を覚えていた。

 そそり立つ湯気に目を留め、ちょっぴり自嘲の笑みをアリスは浮かべる。


「色々、見てるんだね。気を遣われていたことに今更気付くなんて遅いけど」

「そんなことないよ」

「私なんて、自分のことばかり。何も、兄さんのこと分かってなかった」

「そんなことないって。アリスは俺を家に戻そうと一生懸命だったじゃないか」

「逆効果なことに露知らず、ね」

 いくらフォローしても、彼女は自己嫌悪の底なし沼の中から這い出ようとはしない。


「それより、報告しておきたいことがあるの。聞いて貰える?」

「あ、うん」

「あれからお父さんは病院で私に色んなことを謝ってた。……あの時言わなかったけど、兄さんに辛い境遇を与えたことも悔やんでた。私が自由に出来るのも、そういう負い目があったからなのかも」

「……そう。ほんと、今更だな」

「あっ、聞きたくなかったらごめ──……とりあえず家督も残りの権限も、今回の一件を機にアレス兄さんへ完全に明け渡すって。実質シェークリア家当主の引退ね」

 言い掛けたごめんをタブーと思い込み、話題をすり替えた。


「それとニュース、見てたと思うけどアレス兄さんが後処理をやってくれたわ。一応事態は収拾出来た。あの夜現れた荒霊(あらみたま)は鬼達だけで、兎の荒霊(あらみたま)はいたことにはなってない。取り逃しただなんてもっての他」

「警告したからって、どうにもならないからな。妥当だと思う」

 スポンサーであり民間側の事後報告を聞き、俺は頷く。


「そして、私の話。多分一番どうでもいい話」

 居座まいを正したアリスは、口を開く。


「私、明日には退学届を出します」

「え」

「あの学園、辞めるの」

 一番どうでもいい話な訳がなかった。対面して座っていた俺は、思わず席を立つ。


「な、なんでいきなり」

「心変わりとか気まぐれなんかじゃないわ。目的がなくなってしまったんだもの。私は退魔士を目指したのも、元はいなくなった兄さんと張り合う為。でも、私自身の見当違いな対抗意識だった。だから、もういる理由が無いのよ」

「いやいや、それからどうするの? 学校を退学して、何か目標とか」

 ゆっくりと、妹は首を振った。


「元々、お父さんに無理言っての入学だったもの。あそこでも退魔士専攻の単位以外は取ってなかったし、目標を諦めた以上必要ない。あ、他の学歴はそこそこあるからその辺は大丈夫。シェークリア家の人間として一番有用な使い道を自分で選ぶわ」

「それって……政略的なことも、だよね」

「数年すればお見合いの毎日かしらね。それまである程度の職に就くか、アレス兄さんをお手伝いしていくとか。強要されてこなかった道だけど、他に私が出来ることないから」


 諦めきっていた。夢も無く目標も潰えた妹は、華やかな筈なのに味気が無さそうな自分の将来設計を語る。


「だから今日はお別れを言いに来た、というのもある。安心して、あの子(マカミ)の言う通り、もう兄さんの前には立ち塞がらない。関わらないよう約束するから」

「二人は……兄貴とゼムナスは何て」

「反対はしなかった。賛同もしないけど、自分で決めて良いって。ただ、アレス兄さんは兄さんにも話をすべきだって」

 そのがてらに謝りに来たのだ。そして、その一言は入り口で封殺されている。



「コーヒー、ごちそうさま。最後になったけど美味しかったよ。て、これだと今生の別れみたいで大袈裟だったわね。別に死ぬようなことじゃないよ」

 数口だけつけたマグカップを置き、アリスは切り上げる雰囲気を見せた。もう自分には出来る事はないとでも言うように。


 だから、俺はそうなる前に切り出した。


「アリス、退学届は何処に?」

「今日病院に寄ってお父さんに署名してもらったから、此処に」

 バッグの中から封筒を見せる。


「ちょっと見せて。確かさ、このままだと確か規則で引っ掛かるところが……」

「え? ほんとに?」

 ごく自然に彼女の手から受け取った。


 だが中を取り出さない。指と指でつまむ。アリスはその動作に慌てて手を伸ばそうとする。

「あ! 待っ──」

 縦に紙を引き裂いた。室内に書類の破れる歪な音が広がる。


 机に効力を失った退学届が落ちた。唖然とする妹に俺は向き直る。

「失礼。意思が変わらないならまた書くことになるね」

「……どうしてよ」


 無残にも散り散りになった書面の欠片に目を落とし、妹は言う。

「兄さんにだって都合が良いじゃない。いらないでしょこんな妹」

「ああいらないね」

 自虐の言葉を予想外にハッキリと同意され、アリスの顔は歪んだ。やっぱりそうなんだ、という沈痛な表情に。


 だから、俺は続けた。

「自分で自分を傷付ける妹なんて、誰が好きになれるか」

 さっきから聞いていれば、己を蔑んでばかり。それが一番、許せない。

 ましてや己の人生を棒に振るなんてもっての外。


「こんな風なアリスを見るくらいだったら以前の方が断然マシだ。事情を知られないまま、義憤に駆られて罵られていた方が良かった」

 ありったけの言葉を、叩きつけて叱責する。

「学校にいる理由がない? 目標が無くなった? だったらまたそこで探せば良いだろ。引け目を感じたからって身を退こうとされる方が迷惑だ」

「……っ」

「償ってくれだなんて、誰が頼んだ。そんなもの最初から求めちゃいないよ。アリス、周りの人達がそうしろって言ってる訳じゃないんだ。せっかくの自由なんだ、正解とか義理とか考えないでもっと好きにやれば良いじゃないか。それとも、今の学校生活は嫌々続けていたのか? 本当にどうでもいいのか?」

 唇をきゅっと結び、強い感情を堪えながらアリスは再び首を振る。


 アレスの兄貴が言っていた、アリスのことは任せろってそういうことか。

 こうして俺達のわだかまりを解く為に話してこいと促したな。

 ああ、というかゼムナスも最初からこうなるのを見越してあの時暴露しやがったんだ。変にあっさりしていたからな。

 塩を送ったつもりか。


「レイチェルとロベルタ……友達と一緒に居たいから。学校が楽しいから。そんな単純な動機でも良いんだよ。俺のことなんて、気にするなよ」


 言い切ると、少女は肩を震わせた。

「……ちゃった」

 両掌で目を覆い、赤い髪が垂れて顔が隠れる。


「また、謝らなくちゃならないことが、増えちゃった……。なのに、私」 

「謝るな、って真噛マカミが言ったのは。自分だけが楽になってしまうから、だったね」

「……何をするのが、良いの。何を、すれば良いのよぉ」

「することなんて無い。したいことをすれば良い。謝っても良いんだ」

「でもぉ……」

 アリスはきっと、俺は別に構わないと言っても自分が許せなくて口に出せないだろう。


 だから、提案する。

「それにさ、こっちもアリスに色々謝りたいんだ。もし、謝罪することが自己満足で楽になる為であるのなら、互いが楽になる為に謝り合うというのならどう?」

 狼少女は彼女に対して釘を刺した。だから、その罪悪感と本当の意味で向き合っただろう。ならばきっと、いつかはアリスとも和解出来る。


「に、兄さん、は悪くないっ。傷付け、たのは、私の方なの」

 涙に濡れた顔を上げて、悲嘆に喘ぎながら否定した。


「ほんとは、私がっ、や、やることなのにぃ」

「いいや、全部がアリスのせいじゃない。俺だって、ちゃんとすべきだった」

 打ちひしがれていた妹の傍に寄り添う。赦す赦さないの問題じゃない。


 俺は、アリスと昔みたいに戻りたい。それだけだ。だからそうなるように動く。


「先に俺から言うよ。ごめんねアリス、こんなになるまで何もしてやれなくて」

「……ごめ、んなさぁい、酷いこと言ってごめんなさいぃ」

「うん、ごめんよ。心配かけたよね、寂しい想いをさせたね」

「ぅぅうう兄さん……辛い想いをしてたのにごめんねぇ……。あの日、そんな大変なこと……気付けなくてごめんなさ、い……ぅうううあああああああ」

 栓が抜けたように、嗚咽を吐いてすがりつく少女を受け止める。体重を全て掛けて来たから、この6年で身体が大きくなったのを実感する。


 でも泣き虫は案外昔と一緒だな。そんな呑気なことを思いながら、心の中の何かが埋められていくのを感じていく。


 しばらくそうしていた。すすり泣きが徐々に落ち着いた所で俺は言った。

「ようやく言えるよ、ただいま」

「うんっおかえり兄さん」


 泣き笑いを浮かべる妹の顔は、数年前と同じ面影があった。

 この言葉を契機に、ようやく俺達は兄妹に戻ることが出来た。



 それから、俺達は語り合う。

 今までどんな出来事があったのか。身の周りの近況や普段はどんなことをしているのかなど、本当に些細なことも話した。


 それだけなのに、とても霧が晴れたように互いのわだかまりを打ち消していった。

「ほんと、兄さんは凄い。たった1年しか歳が離れていないのに、『北斗』でそんな活躍しているだなんて」

「ちょっとは見直した? 一応下っ端の下っ端であるC級アルフ・オーランだけどさ」

「もう、からかわないで。分かったらそんな風には言わないんだから」


 立ち直ったアリスは改めて俺に言う。

「決めた。私、あの学園できちんと退魔士を志す。目指せ『北斗』入社ね。兄さんコネで何とか出来ない? レイチェル達も一緒に」

「コラコラ」

「嘘。シェークリアが退魔士としての家業を断念したという話を聞いて、私が立て直したいと思った。もしそうなったら、今度こそライバルね」

「大きく出たな、天朧アマオボロを越えてみせろ」


 冗談で笑い合う程にまで、俺達のは関係は修復される。

 ついこの前までの冷戦のような雰囲気は払拭された。


 それどころか、ぎゅーという間抜けな音が俺の隣から鳴った。

「お?」

「うっ、あの、これはその!」


 腹の音が訴えたことに羞恥を覚えたアリスが身振り手振りで誤魔化そうとした。

「ここのところ喉が通らなくて、安心したからかな? 急にお腹が……」

「ははは、そういや俺もまだだったよ。せっかくだし何か作ろ――」


 冷蔵庫を開けたところで、俺の言い掛けた言葉が止まった。

「しまった。鍋やるのに鈴狐リンコが殆ど持ってった」

 ロクな食材が残っていないことに今更気付き、レトルト食品が無いかキッチンを漁ろうとする。

 そこで、アリスは助け舟を出した。


「だったら、ちょっと出掛けようよ。この辺で良い所知ってるの。ラクレット出すとこよ」

「外食? でも、高い所だとなぁ今月の小遣いそんなに余裕ないんだよなぁ」

「ええっ、天下の天朧アマオボロさんがお金に困ってる!?」

「失敬な、貯蓄とやり繰りを兼ね合いした結果なの」

「しばらく見ない内に完全に庶民派ね……。まぁ、丁度良い。私が支払いするから行きましょうよ」


 妹に出させるというのも何分気が引ける話である。しかし、当人はその気満々で立ち上がった。

「今なら仮面もつけてないから、お店の食事も問題ないでしょ?」

 少し悩み、やがて観念した俺は、

「……うーん、では、今夜はお願い?」


 任された、そう断言した少女と俺は寮から出た。

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