校門での雑談。理由の分からない暴力がダリオを襲う……!
事件の真相など知らぬ様子で登校する俺は、校門に辿り着いた辺りで女生徒達に呼ばれる。見知った二人だった。
「アリスが休んだ?」
「そうなんだよー来てないみたいだからさぁ。お兄さん何か聞いてるー?」
「パピリアのライブで事件があったでしょう? アリスもそこに行っていたらしいから……。先輩がもし事情を御存知なら、伺いたいんです」
「あたしとロベルタが連絡しても繋がらなくてさー。何か知らない?」
先日の騒動を詫びつつ、妹の欠席を不安に思ったレイチェルとロベルタが俺に話を求めた。
怪我はなかったことは俺も把握している。ただ、あの時別れてからどうしているかは俺にも分からない。
果たして家族会議が長引いたのか、それとも……
「俺も詳しくは聞いてないけど、その日の夜に兄貴から連絡があったんだ」
「それってお兄さんのお兄さんでアリスのお兄さんのお兄さん? ……自分で言っててややこしいや」
「無事会場からは退避したから安心しろだってさ。だからアリスは大丈夫な筈だ」
シェークリア家とは縁遠くなっている諸事情をちょっぴり知っている二人は、それ以上俺が踏み込みようが無いということを察してくれる。
「そう、ですか」
「ショックなことでもあったのかなぁ、アリスって真面目だから余程のことが無いと休んだりしないタイプなのに」
「他に何かあったら教えるよ、二人とも心配してくれてありがとう」
それぞれ会釈と手振りをして後輩達は先に校舎の中へ向かう。
「余程のこと、ね」思わず俺は口に出した。
「平気だよぉ、あの子にだって立ち直る時間が必要なんだって。何せ誤解ですれ違いになったことを今になって知ってしまったんだもの。気持ちが整理できてないんだよきっと」
「うん。ただ……いや、それだけだったら良いんだけど」
今後、アリスとどう顔を合わせたらいいのだろうか。これまで以上に不自然な関係になるか、それとも全く干渉が無く疎遠なものになるかもしれない。
でも仕方ないことだ。元々、彼女の望みと俺の強固な意思は相容れなかった。
それがハッキリしたということは、今後はもうあんな騒ぎを繰り返さなくて良いということでもある。
「お、今度はあの子達だよアルくん」
鈴狐の示唆する方向を振り返ると、馴染みになった友人達が顔を出す。
「オッス」
「やぁアルフ、鈴狐君」
俺は金髪のダリオと銀髪のベル先輩と向かい合った。俺は何も無かったことを装う努力を続ける。
「ベルくんおはよー」
「鈴狐ちゃん俺にはー?」
「ついでにおはよー」
「俺の扱いだけ酷くね!?」
俺の愉快な同級生はぞんざいな対応に呻いた。まぁしょうがない、本人の前で天金としっぽりした仲になりたいとか言い出したのだから。
三人組での雑談でも、やはりその話があがる。ライブの事件のことだ。
会話に熱が入り、足も止まる。
「学校じゃあ持ちきりになるだろうなぁこの事件。昨日からどのニュース番組も同じ話題ばかりだったし」
「ああ、此処からもそう遠くない場所での出来事だからな。この前だって原因があったとはいえ、訓練場に荒魂が出現したんだ。不安がる生徒だっているだろう」
この近辺では『北斗』の退魔士が巡回するような話にもなっている。だが、本命が来れば恐らく足止めも厳しいかもしれない。あくまで事態への対応を早める為の策だ。
あの夜兎は、今何処にいるのだろうか。精霊界にまた戻ったとはいえ、今後の行動が全く読めない。
聞いた話ではあるが力の羅角さん、技の鈴狐、退魔の白鷺さんに並ぶ妖術の夜兎は名の通り4人の中では妖術という精霊魔法の分野でもっとも独特な術に長けた精霊獣だったらしい。
鬼の呼び出しもその分野の片鱗かもしれないとはいえ、もっと色んな技を扱えていた筈だ。
だが、あの晩での戦闘では自身の身体を獣化あるいは異形化させて闘った程度のもの。肉弾戦が主流だった。
推測だが、もしかしたら荒魂化の影響で妖術とやらも使えるものが限られているのではないか。だとすれば、吐血以外の弱体化している根拠の一つになり得る。
向こうも追い詰められた状態となると、捨て身になることが一番厄介だ。失う物がない者は、リスクを恐れなくなる。
今度は俺もあの兎童女に渡り合える程度には実力を伸ばしたい。でないと俺は鈴狐の足手まといだ。
近いうちにまた精霊結界内での修業をしてみようか、と。そんな思考の最中。
「それで、君の方は大丈夫なのかい?」
「え?」
不意に先輩から話を振られて素っ頓狂な返事をする。途中で聞いていなかった。
「事件も事件だがアルフ、先日の妹との話は片付いたか? お節介かもしれないがね」
「ああ、いえ。アリス今日は学校を休んだみたいで、会う機会が無いんです」
「そうか、彼女も事件があって大変だったからな。まぁ、いつかは仲直り出来ると良いな」
「おーい二人して何の話? 俺全然知らんけど」
「ダリオはその時補習に追われていたからね、ちょっとアリスと揉め……」
ん? あれ、何か変だ。
蚊帳の外に置かれたダリオに話そうとして、言葉を途切らせた俺はベル先輩に浮かんだ疑問を素直に投げ掛ける。
「先輩もご存知だったんですか」
「え?」
「事件って、ライブの話ですよね? アリスが行ったって、俺言いましたっけ?」
「あ、いや、それはだね」
身振り手振りでベル先輩は誤魔化そうとする
「じ、実は君が帰ってから騒ぎの発端について確かめたのさ。ほら、誘う誘わないで問答していたじゃないか。あれはアルフをライブへ誘うように促した結果だったんだ」
「ああ、そうだったんですか」
「だがもう過ぎた話だ! うん! 良かったじゃないか、君が学校に来ているということは無事なんだろ彼女!? 事件の熱も直に冷めるだろうさ!」
「は、はぁ」
何か今日は調子が空回りしているな先輩。
そんなこんなの内に鈍いチャイムが響いた。
「ああほらっ話が長引いて予鈴が鳴ってるじゃないかっ、走るぞ二人とも」
「あ、ハイ」
強引に話を切り上げるようにして先輩は先に向かった。
俺達も一緒に走る。
「そういやこんな時になんなんスけど先輩」
「何だいダリオ!?」
「あの時貰ったパピリアのCD、いらないからと譲ってくれるだけあってビミョーっスね! 音ゲー好きなもんで音楽性が合わないっていうのもあるんスけど──ぐぇえ」
「チェイッ」
辛辣な感想を述べたダリオの首元に手刀で軽く叩くという制裁を降すベル先輩。
「ひ、ひでー! ただの感想じゃないッスか。先輩音楽からっきしなんでしょ?!」
「うるさい、せっかくタダであげたのに不平垂らすのが悪いっ」
「そうだぞダリオ、聞いてみたけど言う程悪くないからね、パピリアの曲。俺もファンになりそう」
実際は直接その歌声を耳にしたからではあるのだがそれは割愛。
「おおーっアルくんもついにパピリアの良さ分かったんだねぇ! 分かるよぉ彼女の歌が好きになるの」
「へこんでしまった時に、凄く励ましになったからね。良い声だと思うよ」
この中で一番ドハマりしている鈴狐に同意を示す。
こほん、と漏らしたのはベル先輩は言った。
「じゃ、じゃあボクは別の教室だから此処で。またお昼にっ」
「はい。また、お昼に」
去り際に横を向いて離れる彼女の耳が何故か赤らんでいたのが見えた。
「どうしたんだろ」
「さぁ、先輩の考えは良く分かんね。いきなし喉にチョップしてくるし」
困惑する俺達とは裏腹に、ニヤニヤしていた小狐が「にぶちーん」とからかうように呟く。一体何だというのか。
気を取り直して、俺達も学生の本分を謳歌するべくして教室に入っていく。




