父との決別。ついでに一家勢揃い
迎え撃つゼムナスの顔が、普段では想像もできない表情に変わる。そして、老いを忘れたような大声を出した。
「うォおおおおおおおッ!」
迷いのない太刀筋が俺に降りかかる。
鍛錬から離れ衰えながらも研鑽された腕前は、鬼気迫るものがあった。全力で俺を斬りつけようとしている。
だが、紙一重に身を反らして俺はそれらをことごとく避けていく。
天朧でいる時の外套は防弾防刃仕様とはいえ、恐らく耐久は期待できない。回避が最優先だ。
その刀身の軌跡には、淡く白い光が線を引く。精霊力を付加して切れ味を向上させているのだろう。
本来退魔士の白兵能力の基準はあくまで護身程度が前提。平均的に下位か良くて中位の精霊獣レベルと見て良いだろう。
それを考えると、この男の技量はけして低くはない。
言った通り、当初は本気で退魔士を志していたことが窺えた。
近くでは、火の粉と熱風がまき散らされていた。
ゼムナスの精霊獣、炎鳳が羽ばたく度に周囲を焦がしている。
そんな熱量の中をものともせず、真噛は対峙していた。
空から急襲する火の鳥。地を縫うようにしてやり過ごす狼少女。上位精霊獣同士の激突は、人の対決よりも動きと攻撃の規模が大きい。
2箇所の戦闘を見守る3人。事件が起きたばかりでこんな真似をする必要など無いのだが、こればかりは妥協が出来ない。
得物のリーチという分がある為か、攻勢はゼムナスの一方的なものとなっていた。俺はまだ、一撃も入れられていない。
「ッチ!」
白刃が髪を掠めた、宙に黒髪が散る。徐々にコンディションを取り戻していくように、キレが増してきた。
「どうした!? 現役の退魔士が、老いた未熟者に後れを取るかぁ!?」
猛攻を続けるゼムナスの怒号。防戦を続けて隙を待とうとする俺のスタンスが、力づくで崩されそうになっている。
気を抜けば一瞬で斬り捨てられる緊迫の場を余所に、轟音が聞こえた。
炎鳳に俺の相棒が重い一打を加えた時の音だった。大鳥の甲高い呻きが空に響く。
少々火傷を受けながらも、真噛が勝ち取る。だが、応援の必要はない。
「ぐぅ」
ようやく生まれた隙を見計らって胸を突かれた男が呻く。奴の攻撃にも、徐々に慣れてきた。
それでも遮二無二に斬りつけてくる太刀筋を捌き、いなし、かわす。
振るうタイミングに合わせ、握り拳を狙う。片手の握力を麻痺させる。
刀をはたき落とされ、たたらを踏むゼムナスに、
「拾え」と吐き捨てる。待つ気は無い。
彼は言われるがままに痛みに震えながら握り直す。
「……ォオオオオオオオオオ!」
歯噛みしたゼムナスが繰り出す渾身の一振りが俺を頭から真っ二つにしようと迫った。
白刃が煌く。殺傷力の高さから素手でのガードは不可能。間合いを詰められ、回避は至難。
俺は利き手を前に出した。遮る為ではない。腕を捨てて生き残る為でもない。
それは、刹那の見切り。刃物を5本指で掴み取ることを判断した。精霊力を指先に集中。タイミングが合わなければ一貫の終わりである。
「なっ?!」
ピタリと、俺の一か八かの試みは功を奏した。刀を受け止められたゼムナスの顔に驚愕が彩られる。
「俺にとって、当時のアンタは刃だった。鋭くて、冷たい。そんな印象ばかりだった」
「……ああ、そうだ! 俺はお前に愛情を注がなかった! 断ち切った!」
思えば、一度たりとも言われたことはない。
家族として好きだったとも、父親として愛しているとも。
「でも、もう終わりだ。俺は」
体重を乗せていたゼムナスの姿勢を乱す為に、身を反らして横に移動。前のめりに倒れそうになる彼の隣で俺は背面を受けた。
「とっくにアンタを追い抜いてんだよっ」
渾身の鉄山靠を無防備な男に目掛けて放った。ゼムナスは吹き飛び、日本刀が主の手元から離れる。
草の生えた地面に呻きを上げて転がる。俺は間髪入れずに迫った。
手足を大の字にした彼のマウントを取り、拳を顔面目掛けて伸ばした。
その目前で、俺は攻撃の手を止める。寸止めだった。
「本気なら、コレで頭が吹き飛んでいたことぐらい分かるよな?」
「ごほっ。……ああ」
背面打ちをモロに受けた衝撃で咳き込み、ゼムナスは言った。
「それ以前に、さっきの体当たりでも、お前が全力なら死んでいただろうな。私の、負けだ。完敗だな」
明白な降伏を聞く。炎の鳥も横たわっており、人側も精霊獣側でも完全な勝利をもぎ取った。
「いいや違う。アンタは俺に負けた訳じゃない」
「何」
「英雄の肩書きでもシェークリアの看板にでもない。もっと根本的な部分で負けてるんだよ」
「……」
「自分に負け続けてるんだ、アンタは」
言葉に僅かにみじろぐのを見る。今、心にも爪を立てた。
俺は立ち上がって退く。だが、ゼムナスはダメージで立ち上がれない。しばらくは満足に動けないだろう。
炎鳳を中に引っ込めて、深く息をつく。
「……これが、退魔士か」
「アンタがなれなかったものを見せつけられる感想はどうだ」
「まぁ、若かりし頃でも到底辿り着くのは難しかったのだと痛感した」
「だろうな。その為にアンタを伏した」
思い知らせた。俺と奴との差を。当時の印象が、ガラリと変わった。こんなに、柔いのか。
「お父さん!」
アリスが倒れている男の元に駆け寄る。鈴狐は治療を施さない。そもそも、命に関わるような損傷を与えていない。
「数日は寝込むことになるだろう。それよりアリス、俺はコイツに謝るべきか?」
「あやま、る?」
「ガキの頃は見込みがあることを証明出来ずに力及ばず追い出されてすいませんでしたと、俺を捨てた相手に詫びて家族として今更戻るべきだって思うか?」
身を竦ませて、妹は沈痛に顔をしかめる。涙が零れていた。
「アリス、まだ俺はシェークリアの人間であるべきか?」
「そんなの、分かんないよぉ……。こんな筈じゃ……ちゃんと顔を合わせれば、また元通りになると信じてたのに……」
「……ごめん、言い過ぎた。アリスは悪くないのにな」
本当は、彼女が知らぬままに事を済ませたかった。何も悪くないのだから。
元凶はゼムナスただ一人。そして、その制裁を行っている。
だが、まだ終わってはいない。
「ゼムナス。今回は、俺を役立たずと見限ったことへの意趣返し。これだけで済むと思ってないよな?」
「ああ」
一拍間を置いて深呼吸。そして、吐き出すようにありったけの言葉を繋いだ。
「あの冷え切った夜を俺は絶対に忘れない。許す訳がない。いずれ仮初である天朧を脱ぎ捨て、アルフ・オーランとして正式な地位を昇り詰める。今はその為の準備期間だ。それが叶った時、俺の経緯は世間に知れ渡り、アンタは不利な立場に追いやられるだろう。社会制裁が自然と下されるだろう。それが俺がこれから行う復讐だ。真綿で首を絞めるように、苦しんで余生を過ごせ」
並べた言葉に、ゼムナスは不思議そうな反応を見せる。
「……言われずとも覚悟の上だ。しかし、それだけか?」
「その気なら、幼かった俺の命を奪えただろう。可能性の芽を摘まなかった借りを返してるだけに過ぎない。手を汚す価値もない」
「そうか」
「二度と俺に関わらないと誓え」
「誓おう。ゼムナス・シェークリアは一切干渉しないことを約束する」
「潔さには敬意を評するよ御父上」
そう呼ぶのはこれで最後。決別。これからは、本当に赤の他人。
俺は堪えきれずに嗚咽を漏らしたアリスに背を向けて、この場に救援を寄越すことにした。動けない負傷者が出来たことだし、パピリアの保護を任せたい。仮面が壊れた今、アルフ・オーランは関係者として扱われない。
俺の近くに来た鈴狐が何も言わずに黒の外套を私服に戻す。これで天朧とは思われない。
それから父の胸で漏らす妹の泣き声を掻き消すように、マフラーを蒸かした名車が芝生にタイヤを走らせる。
スモークのかかったウィンドウを降ろし、その人物は正体を現す。
「おー、こりゃ久々の一家勢揃いだな」
連絡した相手とは別に、俺達に割って入った人物はシェークリア家の長男。すなわち正当なゼムナスの後継人だ。
アリスと同じ明るい赤髪に軽薄な美形の青年は、俺を見ても特に驚いた様子もなく運転席から一度降りた。
「元気にしてたかアルフ。随分ご無沙汰だなぁ」
「アレスの、兄貴」
倒れている父親と、涙で目元を濡らしている妹を見、俺に向き直る。
「どうやら家族会議の真っ最中のようだが、お取込みだった?」
「いや、終わったところ」
「そっか。まぁ大体事情は察したぜ。送ってやるから乗れよ兄弟。二人と蝶姫殿は俺の部下に任せてさ」
サバサバした調子で、兄アレスは俺に後部座席に乗るように促す。
「へいそこのフワキューガール達。勘だけど弟の相棒だろ? 乗った乗った」
「糞くらえって言った?」真噛がやや心外そうな面持ちで小首を傾げた。
「ノンノンノン。その耳と尻尾からフワフワキュートなガールを略してフワキューガール。助手席は俺の精霊獣が座るんでね。後ろ3人でちょっとキツイが我慢してくれよ?」
言われるがままに俺は兄の高級車の中に入る。父と同じ空気を長く吸っていたくない俺としては有り難い。何より、仮面が無い今活動出来ない。
外で兄はその場に残るシェークリアの人間とパピリアと立ち話をしていた。やがて、別の車がやって来るのを確認して彼は戻る。
「ほんじゃ、夜のドライブとしゃれこもうか」




