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修業修了。大きくなったから試験に行こう!


 そう、大分月日は経った。



「フッ!」

 森の中で周囲を飛び交う閃光を掴む。その正体は、稲光を発する管狐。素早いだけでなく触れれば感電する獣だが、手に精霊力を纏って防護している。

 荒魂(あらみたま)戦を想定した訓練。具体的には鈴狐(リンコ)が扱うこの分身との対戦など、徐々に実戦染みたものになった。


 紅蓮の狐が火炎車と化して襲い掛かる。これも精霊力を腕に集めて殴打で撃退。

 疾風の狐を徒手で打ち貫き、これで用意された管狐は倒し終えた。


 拍手が近づいた。巫女服の金髪狐がタオルを俺に手渡す。

「来た時よりも大分進歩したねぇ」

「進歩どころか、当初は何も出来なかったさ」


 初めて鈴狐(リンコ)に出会った時は、彼女がしゃがんで目線が一緒になるくらいだったのに。今では俺の方が背丈を追い越している。

「……んふふ、良い身体つきになっちゃって♡」

「今、汗臭いんだけど」

「そんな些細な問題は構わんのだよ」

 上着を脱いで拭いていると、しげしげと彼女自らが手塩にかけて鍛え上げた姿を満悦気に間近で鑑賞していた。長年こんな色香に当てられていても、ついつい意識してしまう。でも、どうにか理性を堪える。


 使っているタオルの下に堅い異物がある事に気付く。出てきたのは黒く平たい板のような物だった。

「これにて私の試練はしゅーりょー。合格おめでとうアルくん、それは私からの餞別だよ」

「これは?」

「見ての通り、正体を隠す時に使ってね。センスは私譲りなので古臭いけど」

 顔の上面を隠す黒い仮面。額には赤い小さな頭襟(ときん)があしらわれ、鼻にかかる辺りに横広の嘴が短く伸びている。モデルは烏天狗だろうか。


「明日になったら結界を出て試験を受けに行こうか。手続きはもう出来てる。昔馴染みの友人がそこではちょっと偉い人だから」

「それってまさか……!」

「退魔士になる為に今日までやって来たんでしょ? 久々に人間社会に戻ろっか?」



 その日は訪れた。鈴狐(リンコ)の精霊結界を出て、人の社会に戻った。

 目的地は、人間界で最も精霊獣達との仲立ちが深い精霊都市エレメアの中心。遥か昔、精霊界と人間の世界が繋がった中心地とされる場所だ。

 現在そこは各国からの干渉を防ぐ為に特区となっており、精霊獣に関する事業や人にも宿るようになった精霊力の研究などで目覚ましい発展を遂げる大都市。


 他にも退魔士の養成機関はもちろん、遥か昔から存在する荒魂(あらみたま)に対抗する為の組織──別名『北斗』の本部がある。そして、俺の住んでいたシェークリア家も。


 勘当されて5年、社会は殆ど変わっていない。新調したスーツで人と街並みをキョロキョロ見ていたので、ちょっぴり浮いたようだった。特に寄り添っていた鈴狐(リンコ)も同じ黒スーツ姿で決めて耳と尻尾を隠していながら、人ごみの中で幾度も注目された。

「やぁねぇ。せっかく見た目をちゃんと人型にしたのに、珍獣みたいに見ちゃって」

 窮屈だと言い張ってシャツも第3ボタンまで空けているせいで余計目を引くのかもしれない。隠したらいいのに。


『北斗』の本部は、長い歴史を持ちながらも建物の内装は近代的な造りになっていた。大企業のビルそのものだ。

 前に立つと自動ドアが左右に開き、エントランスへと赴く。


「いやぁ此処も大分変わったねぇ」

「ねぇ鈴狐(リンコ)、本当に大丈夫なのか」

「何が?」

「何がって、俺は今戸籍が無く社会には存在しないようなものだしさ。いくら退魔士集団でも、組織なら何処の馬の骨とも分からない奴には審査すらしないんじゃないか? それ昨日聞いてもはぐらかすんだから」

 きっと、愛おしき我が家……シェークリア家からは持ち前の権力で戸籍も抹消されているだろうし。


「心配は御無用。はいコレ」

「……履歴書、書かなくて良いって言ってたけど……何? アルフ・オーラン? オーランって?」

「戸籍もちょちょいと作ったのさ。知ってた? アルファロラン・シェークリアは改名で元はオーランって姓名だったんだよ」

 涼しい顔でそう言い切る。この人に関しては何でもありだな。


「さ、入る前に昨日の仮面着けて」

「え? 此処で? 不審者に見られるんじゃあ」

「大丈夫大丈夫。此処では周囲から身元隠す人珍しくないから」

 言われるがまま、俺は烏天狗を模した面をはめる。精霊力で吸着し、無理矢理では引き剥がせないという原理不明な道具だった。


「これで良──おぉう?!」

「おー、ちゃんと声も渋くなった」

 着けると声帯まで変わるようだ。謎のスペックだな。


「ようこそ退魔専属社『北斗』へ。御用件は?」

「推薦紹介に来ましたー。天金(アマガネ)の名の元、彼の試験をお願いしまーす」

「アマガネ様ですね。えーアマガネ、アマガネ……。アマ……アマガネェ?!」


 声を上擦らせた受付。天金(アマガネ)って、もしかして鈴狐(リンコ)のこと?

 シーっと、彼女は慌てた向こうを制する。提出した履歴書の封も開けられる事は無い。社長にだけ見せてくれと鈴狐(リンコ)が釘を刺した。


 彼女の指示のもと、俺はまだ名前すら伏せられている。何で匿名なのだろうか?

 そしてすぐに呼び出した事務員に案内され、扉の前で言う。


「では、すぐに筆記を行いますのでこちらへ」

「へ?」俺は思わず間抜けな返事をした。

「あ」鈴狐(リンコ)は後ろでしまった、という声を出した。

 俺はここ数年退魔士になるべく修業に明け暮れた。だからある程度の荒魂(あらみたま)と闘えるくらいの自信はある。覚悟もしてきた。


 けれど、10歳の齢を境に全く勉学については学んでいない。振り返ると狐巫女は血相を変えていた。完全に念頭になかったらしい。

「どうかいたしました?」

「いえ、なんでもありませんよ」


 どうにか事務員の人にはにこやかに微笑みを繕う。近づいて来た鈴狐(リンコ)も小声で『ごめんーごめんー!』と必死に謝って来た。

「や、やるしかないな。当たって砕けるさ」

「大丈夫? 結界内では全然勉強しなかったし」

「……多分、一般常識くらいなら何とか。名門大の入試レベルは流石に無理だけど、あとは記憶がどれくらい残っているかだなぁ。飛び級で高校卒業出来たのも、もう昔のことだし」

 硬直する鈴狐(リンコ)。ヤバイのかな、もしかしてそれぐらいの難しい考査だったりしたら一巻の終わりだ。


「君ってもしかして、凄く頭良かった?」

「良くない良くない。ただひたすら教育を叩き込まれていた名残だよ」


 受けた筆記内容は自分が理解できている範囲でラッキーだった。合格点には収まりそうな手ごたえがある。

 続いて、実技試験に俺は移る。

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