夜兎VS鈴狐。ウサミミギロチン
天上位に立った者同士の巻き起こす激戦は、熾烈を極めた。
狐巫女は徒手、兎童女は耳顎を音速を越える速さで繰り出し、大気が轟々と震えた。
真っ向勝負の衝撃は、距離を置いていた俺達にまで伝播する。横たわった虎土の安否を窺っていたアリスもその光景に目を奪われ、蝶姫も真噛に連れ出されながら固唾を呑んで行く末を見守っていた。
「何……! どうなってるの!?」
「二人とも早いっ。わたしの目でも、何をしているのか見るのがやっと」
目まぐるしく動き回り、幾多の攻撃を交差させていく光景にアリスの視界は翻弄され、真噛も姿を捉えようと必死だった。
これが天上位同士の戦い。人間の俺では、純粋な肉弾戦において単純な性能差を思い知らされる。
怒涛の攻防は、やがて均衡を崩した。劣勢に立たされたのは鈴狐だった。夜兎の耳はリーチがある分、優位性があるようだった。
やはり俺も加勢しよう。状況を利用したり援護といった創意工夫で少しでも鈴狐を優位にさせたい。
そう思い立ったところで、一瞬戦闘中の彼女と視線が合う。
信じろ、と言っているように見えた。一人でやるという意思は不動である。
鈴狐はそのまま一気に後退。何度目かの接触と同時に展開していた殴打の応酬を中断。
兎は、その好機を逃さなかった。このまま攻撃を続ければあちらが防戦になると見越した上で張り付こうとする。
裁ち鋏のような魔手が狐巫女を狙う。
だが、鈴狐の見切りのスキルは超常の域に至る。最小限の回避と捌きで、尽くやり過ごした。
一際大きく噛み千切ろうとする耳顎からするりと逃れつつ、上に跳んだ狐巫女は両手に火炎を浮かべる。
「日輪照」
小さな太陽のように膨張した業火を、眼下の夜兎に落とす。じりじりと地面が焦げ、その周囲が照らされる。
しかしプロペラのように回った耳顎が、いとも簡単にその炎の精霊魔法を打ち砕く。辺りに残火が飛び散った。
だが鈴狐は既に次の魔術を発動していた。彼女の周囲に五色の獣が付き従い、縦横無尽に空を駆け巡る。
「分霊・管狐」
炎狐、雷狐、水狐、風狐、土狐。属性を象った彼女の分身が兎童女に襲い掛かる。俺が訓練で相対した時より数も多く、大きさもまるで違った。本気だ。
「ふん、児戯じゃのう」つまらなそうに夜兎は独りごちた。
管狐の突進をひらりと身を躱し、その後続に控えた狐巫女を彼女は狙う。
「昔からの癖が抜けておらんかえ!? 陽動で隙を作ろうとするのは見え透いておるわ!」
阻んだ数体の分身が独りでに弾けて爆発する。しかし、無傷のまま無視して煙幕を破って鈴狐の間合いに入る。
「ほぅれ、詰みじゃ」
頭部を突き出し、夜兎の両耳が彼女を挟んだ。
そして、たちまち悲鳴を上げるより早く寸断する。首と、胴体が分かれた。
「鈴狐ォオッ?!」
その光景を見上げていた俺は、思わず絶叫した。まさか、そんな……!
虚ろな表情で空を舞う彼女の頭は、マネキンのように動かない。
が、変化を催した。狐巫女の身体が突如として燃え盛る。その火の手に、食らいついた兎も巻き添えに。
「くぁ?!」
慌てて離脱する兎童女。その背後から、残っていた火狐が火炎車となって突進する。
そしてその炎の中から、突き破って飛び蹴りを放つは他ならぬ鈴狐だった。
夜兎の背に、重い一撃が届く。
「かっ……陽動の中に、本体を……!?」
「直接狙って来ることは想定済み」
そうして蹴飛ばされた彼女は勢いよく地上に墜ち、草地を激しく削る。降りた狐巫女は健在。
良かった。生きている。心臓が鼓動を止めそうになった。
「……ぉ、のれ」
フラフラと、夜兎は立ち上がる。その赤目に消耗は伺えない。
まだ不意打ちを一発当てられただけで簡単には倒せない。
そして、身構える鈴狐がこのまま攻めに転じようとした時だった。
「──ゴフッ。う……げほっ」
向こうが突然、痙攣を引き起こして咳き込む。先程の蹴りは意外に効果があったのか。それとも……
押さえた袖口は、真っ赤に染め上げられた。吐血。
「チィ、おのれ口惜しや……」
忌々しげに舌打ちすると、夜兎は素早く下がり始めた。撤退する気か。
鈴狐は追う。此処で逃がせば厄介になることは、俺でも分かる。そうならぬように俺も追従した。
しかし兎童女はそのまま背面跳びしたかと思うと、肥大した耳顎で空を振る。
そして、次元の裂け目を開いた。牛頭と馬頭を呼び出した時と同じ、精霊界への入り口を僅かな間連結させた。
「待ちなさ……ヨトッ」
そこに飛び込み、彼女は姿を消す。すぐに狭まっていく空間の亀裂に、鈴狐は入ろうとはせず足を止めた。
深追いは禁物。あちらに罠が張っていない保証が無い。それを熟知した狐巫女は、追跡を断念した。
辺りは静まり返る。敵襲は、ぴたりと止んでいた。
今回の鬼の襲来は、あの荒魂が噛んでいると見て間違いないだろう。
俺は駆け寄り、鈴狐のもとへ。
「大丈夫か、怪我は」
「心配しないで。一発も食らってないよ」
少しの時間であったが、あのレベルの激戦の中で息ひとつきらさずに鈴狐は言う。
本当に良かった、と俺は息をつく。
そしてすぐにたくさんの謎が湧いて出た。彼女には色々、聞きたいことがある。
「彼女は誰なんだ?」
「ヨト。昔の仲間」
「それって、羅角さんや白鷺さんと同じ?」
「うん、4人の英雄の中の精霊獣だった子」
ならば、あの戦闘力の高さは頷ける。そして、『だった』というのは文字通り過去の話。
「あの通り、今は荒魂になっちゃったけど。他人想いの子だった……そう、良い子だったよ」
その口ぶりは、彼女の現状に心を痛めているようだった。
「何があってあんなことに? 心当たり、あるんだろ?」
「……」
「色々なことを言っていた。アルファロランが契約主の仇だとか。俺や、蝶姫の波長というものが、誰かと一緒だということとか。知っているなら俺にも……」
「ねぇ、最初に会った時のこと覚えてる?」
6年前、その時と全く変わらぬ姿で彼女は問い掛ける。
「初めて君と対面して、君に聞いた言葉をまだ覚えてる?」
汝、我と共に覇道を歩む覚悟はあるか? のことだろう。
あの頃は答えられなかった。でも、今は違う。
「ああ、あるさ。覚悟は出来る。俺に関わる話も、リ……アマガネの問題だって関わり抜く」
返事に、ありがとうと鈴狐は言う。
「でも、ごめん。私に少し、時間を頂戴」
狐巫女は頭を左右に振った。強い葛藤が彼女の中でせめぎ合う。
「まだ早いと思ってた。でも、近い内に話さなくちゃならないね。私達の過去」
きっと、聞くのにも覚悟がいる話だ。俺の先祖に関わる、知られざる何かがある。
「……分かった。待ってるよ、自然と話せる時まで」
「うん。約束。とりあえず、あの子の精霊獣を診るね」
夜兎にあしらわれた際、強い殴打を受けた大虎のところに彼女は向かう。
確かに疑問は二の次だ。虎土の安否の方が先決。




