天上位の荒魂。夜兎とパピリア
連結した精霊界の歪みから現世に降り立った二頭の巨漢。
牛と馬の頭を持った3メートルの体格を持った怪物がそれぞれ嘶く。
「ブモオオオオ」
「ウヒヒヒヒ」
やがて呼び出された精霊獣達も瘴気に覆われ始めた。唾液を引き、理性が定かでなくなる。
あの精霊石を用いた召喚で、精霊獣が荒魂化する前例は既に経験済み。
「俺が牛、馬は任せる」
「うん!」
真噛と一緒に迷わず飛び出した。上位クラス2体だが、足止めと言い張られた以上すぐに片付ける必要がある。この兎童女が狙っているのは間違いなくパピリアということは確かだ。
「ともあれ行こう我が君。それは儂が何とかしよう」
「ど、何処に連れて行くの?! 私は貴女とは……!」
手を繋ぎ、そのまま強引に連れ去ろうとする夜兎。パピリアは抵抗しているがほぼ意味をなさない。
すぐに止めないと。
牛頭、馬頭は有象無象の鬼達とは違い、金棒を扱った攻撃を仕掛けてきた。
振り上げた一撃は、突進した俺と真噛を捉える。
剛撃に大気が震えた。頭上から直撃。
「ブォ」
「ウヒ」
ミシ、という音を立ててスパイク付きの鉄塊にヒビが入った。そして2本とも粉砕。
俺は精霊力を両腕の打たれる面に集中。真噛は獣化させた腕による単純なガードで耐久を上回る。
「ラカクと、比べれば」狼少女は両腕を開く。
「脆い」俺は震脚を踏んだ。
真噛がラッシュを放ち、俺は精霊力を込めた冲捶を胴体に叩き込む。
自分達の一回りも二回りも大きな鬼が、遥か後方に吹き飛んでいく。
その奥手にいた夜兎は、パピリアを連れ去ろうとする足を止め、振り返る。
良く見えていないという赤い眼が、俺に留まった。
「その波長……」
隙を見て振り払った蝶姫は、慌てて人の姿をした荒魂から逃れた。だが、夜兎は既にその意識を変えている。まるで、今になって俺の存在に気付いたようだった。
そして何よりの変化としてその幼い顔が険しく引きつっていた。俺に対して、憎悪の色に染まりきる。
「間違いない……。そうか、そうかそうか。そうかそうかそうか! ぬしもか! ぬしもかえ!? 我が君だけでなくぬしまでまた儂の前に立つか!?」
「何?」
「阿婆擦れがっ。あの時に飽き足らず、また儂から奪うというのだな!?」
頭部にある兎の耳がもぞもぞと蠢いた。そして突然、肥大する。自分の身体以上に巨大化した耳を伸ばし、飛び掛かる。
「この世から去ね、アルファロランッ!」
二対の兎耳が縦にばっくりと開く。内側に、ギザ歯の鋭利な煌きが宿る。さながら、異形の顎のように変貌した。
素早い。反応が遅れる。
ざくっ、という厚紙を鋏で断つような音がした。俺の視界は、足を動かしていないのに後退していた。
紙一重で、俺は真噛に助けられたと理解する。彼女が俺を押していた。
「あるじっ」
「大、丈夫だ。顔をかすっただけ」
首を狙ったのだろう。耳顎の被害を受けたのは仮面の一部のみ。割れたが動くのに支障はない。
「きぃいいいいいいいいい」
耳が別の生き物のように独自に暴れた。周囲の地面を抉り、道の横に植わった木々を斬り倒し、起き上がろうとしていた鬼2体を真っ二つに食い千切った。無差別攻撃。
迂闊に近寄れない。そして向こうは猛然と頭部の凶器を振るい、攻撃圏を詰めてくる。
「火吐珠ッ」
俺は右手から火炎弾を無数に放つ。精霊魔法を用いた遠距離攻撃に切り替えた。だが焼け石に水。得意分野ではないし決め手に欠ける。
真噛も切り倒された枝の残る丸太をぐいと持ち上げ、投げつける。
それらは目の前で霧散し、粉々にされた。鞭の如く周囲にある物を耳顎で蹴散らす。
1秒の時間稼ぎどころか牽制にもならない。死角を狙おうにも視覚以外の感覚で探知されている様子だ。
「小癪じゃのう。惰弱じゃのう。ぬしもついに年貢の納め時かえカッカッカッカッカッ」
履いた草鞋で歩を進め、夜兎は高笑いする。俺達は徐々に追い詰められていることを理解した。
遠距離攻撃は向こうも仕掛けてくる。片方の開いた耳顎が地面に突き立った。そのまま一気に岩盤をひっくり返して飛ばしてくる。
咄嗟に俺は勢いのついた地面の塊を跳んで避ける。そして飛び越えたその眼下に、身を隠して接近していた夜兎の赤い眼光が見えた。
「終いかえ?」
狼少女は横に回避したせいで引き離された。さっきのようにフォローが期待できない。
クソッ。捌ききる自信は無いが、やるしかない。
脅威の兎耳が歯牙を剥いた。
だが、夜兎の攻撃を中断させる影が入った。
思わず名前を呼びそうになった。鈴狐が耳を素手で捕まえている。
「ヨト」
「カァ! 邪魔立てするかリンコッ」
狐巫女は、どうやら鬼を全て撃破したらしく、こちらに急行した。そのおかげで助かった。
掴まれた耳を力強く動かし、鈴狐を地上に激突させようとする。だが、彼女は身体を捻りそのまま逆に投げ飛ばした。
夜兎はバランスを崩すことなく、一回転してふわりと草地に降りた。
俺が近くに寄ろうとすると鈴狐は手で制す。一人でやる、という意思だった。
恐らく、天上位同士の次元に俺達はついていくのがやっと。なら、パピリアとアリスの保護を最優先するのが得策と俺も納得した。
「久しぶり。今まで何をしていたの?」
「ふん。よくもまぁぬけぬけと」
袖で口元を隠し、侮蔑を籠めて吐き捨てる。
この兎童女も、狐巫女の知己。やり取りから俺はすぐに察する。
「質問に答えて。あれから数百年、捜していたのに見つからなかった貴女が急に現れた。どうして? しかも、鬼達を率いるなんて」
「知る必要はなかろう。じゃが」
伸びた手から、見せつけるように瘴気を出した。
「どうするべきかはこれで分かったじゃろう? 旧友よ」
鈴狐はそれを見て顔を強張らせ、そして目を伏せ、沈痛に瞼を閉じた。
荒魂は調伏しなくてはならない。すなわち絶対的に滅ぼすべき敵対関係。
「そうだね。何があったか知らないけれど、もう手遅れ」
「そうじゃ手遅れじゃ。あの日からとうに道は違えておる」
「貴方が墜ちたのも、そういうこと?」
「決まっておろうが」
歯ぎしりが、こちらにまで聞こえた。
「けして忘れまいぞリンコ。ぬしの相棒が──アルファロランが、愛しき儂の契約主を殺めた過去を!」
「……うん」
「晴らさねば。晴らさでおくべきか! ぬしもそこの小娘も! 復讐じゃ! 復讐すべきは儂に在り! その為に呪いをこの身に蓄えた!」
歯ぎしりは彼女の頭上からだった。鋸のような兎顎の歯がギリギリと摩擦をしていた。
「ヨト。あの子はもうこの世にいない。この子は違う。そして貴女が求めている彼も……」
「違わぬさっ。そやつの波長も我が君の波長も、同じく波打っておる。じゃから、ぬしも此処におるのであろう?」
「だとしても、この子達にはもう、罪も呪いも関係ない」
「そうしたいのはぬしらの都合であろうがぁああああああああああ!」
怒号と共に、兎は跳んだ。狐も、スッと目を開いた。覚悟をもった目つきだ。
そうしてかつての仲間同士だった精霊獣が、殺し合う。




