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蝶姫の公演。そして、襲来

 日が暮れる頃に幕開けとなったパピリアのライブ。

 開けた野外の席は大賑わいのアリーナ会場。ステージがライトアップされると同時に、黄色い歓声に包まれる。



 そして、その視線を集める中心に蝶姫は姿を現した。

 仮面を被り、マイクを片手に不特定多数の人々へまんべんなく手を振りやがて挨拶を始めている。



「パピリアー! L・O・V・E! ラブリィィイイイ!」

「あおーん! あおおーん!」

 交代制で丁度開演するところが見られた鈴狐リンコ達も、周囲の声に混じってサイリウムを振っている。仕事しに来たことを忘れているレベルだ。

 一般人にさりげなく紛れるならまだしも、こんなに騒いでて浮いたらどうするんだか。まぁ他の観客も熱狂していて大丈夫そうではある。


 他の警備員や一緒に依頼を受けている同業の退魔士からの無線を定期的にやり取りしながら、観客席を俺は暗躍する。

 俺達は万が一荒魂(あらみたま)が発生した場合に迅速な処理をするのがメインだが、人の集まる場所ならテロの起こる確率の方が高い。

 開けた会場席ならすぐに外へ飛び越えられる。俺達の待機している場所は、内と外を対応するのに一番適したポジションだろう。


 歌唱は始まった。会場中に響き渡る、清廉な乙女の声。

 惹きつける魔力でもあるかのように耳にした者の思考を中断させ、聞き入らせた。

 上手い下手の感性が分からない俺でも、遠巻きで入ってくる彼女の歌はとても心に染み入る。

 観客も目の前の蝶姫に意識を張り巡らしているのか、先程までの喚声はぴたりとやみ、ただパピリアの出す言葉と曲だけが広がった。


 曲は、代わる代わる歌われていく。時間を忘れてしまいそうだった。

 この歌声を聞いていく内に、記憶の奥底にあった思い出を馳せる。


 音程も声もまるで違うけれど、妹と一緒に聞いていた母の子守歌を彷彿させる。癒され、此処数日の嫌な想いをした出来事も忘れられる。



 頃合いを見計らい、二人を直接呼び出す。

「時間だぞ。定期的に外の様子も確認してくれ」

「うえええ」

「そんなぁ良いところなのにー!」

「外周からでも聞こえるだろう。聞き分けられる耳で頑張れ」

「犬耳を出してていいのマカミだけじゃん。あーん、私隠していたくなーい!」

 悲観的な返事をする精霊獣達に別の箇所の見張りを促す。渋々ながらも、鈴狐リンコ達は従った。


 それからも順調に公演は進んだ。遠目でその様子を窺う。

 そして後半になると、演出なのか突然飛び出した無数の精霊獣達が規則的に彼女の周囲を回る。その時は観客の驚きと感動の声があがる。


 子猿や猫に小鳥といった小動物型の精霊獣達は歌い手と踊るように駆け回った。人と結び付いた彼等だから出来る芸当とはいえ、斬新なバックダンサーだ。

 その中には一瞬だが、宙を泳ぐ一匹の緑色の小イルカが入り交じっているように見えた。いや、見間違いか?


 目を凝らしている内に精霊獣は退陣。仔細を確認出来ぬまま、ライブは締めくくりの最終曲へと移行する。恐らく、アンコールにも応える余裕を作っているからそれで終わるかどうかは定かではないが。



 ふと、備え付けていた無線にぶつ切りの音が鳴る。通信が入った。

『こちらエントランス! 異常発生。不審な人……いや、これは……!』

「どうした」

『人じゃない……! 精霊獣が……おわぁあ――』

 瓦解の音と共に連絡が途絶える。招かれざる客か?



 そして、地の底に響くような重厚な轟音。俺の警戒度が最大限に達した。

 夜に紛れ、影が落ちる。空から何かが降ってきた。


 会場にも悲鳴があがる。パピリアが歌唱を中断し、ライトが落ちた。いや、破損した。

 パニックになって一般客は出口を目指し、我先にと動き出したせいで混雑していた。


 暗闇の中に乗じて、襲撃は始まっている。俺は弾かれるように飛び出した。

「ゴルルル」

 蝶姫を取り囲む、人にしては一回り大きく歪な影。それも複数。

 じりじりと、パピリアに脅威が迫っていた。


荒魂あらみたま、ではないようだが」

 その場に介入した俺は敵対する相手を観察する。

 素肌は赤褐色やかびが生えたような緑だったり、個体によって色が違う。


 筋骨隆々で布切れを纏い、額にはコブが鋭利に隆起したような角。両目には獣の瞳孔が走っている。

 おとぎ話に登場するような、典型的な鬼の姿をした異形の者達が立ちはだかった。

 問題は、彼等に瘴気らしき異変が見えない。つまりコイツ等はただの精霊獣。


 どうやって此処に? 街中だぞ?


「何者だ。何故人を襲う」

「やれェ!」

 言葉に応じず、鬼は号令と共に躍りかかった。それも3体が三方向から同時に。


「させない」

 真噛マカミが横合いから1体を殴打して、沈黙させる。残りは俺が。

 肉薄した鬼が左右から挟み撃ち、爪の伸びた巨指を振るう。それを紙一重で受け流す。

 打開だかい。対方向から懐にまで入って来た無防備な鬼の胴体目掛け、震脚と精霊力を含んだ両腕を広げるような形の掌底を放つ。


 吹き飛んだ鬼達に続いて、新手がまた現れる。数は十数体にも及び、ステージ上にいる俺達の周囲に群がった。

「お待たせ。観客の逃げ道を塞いでた奴等は倒しておいたよ」

 遅れて鈴狐リンコが降り立つ。会場の席は数分前と異なり閑散としていた。


「コイツ等、羅角ラカクさんと何か関係が?」

「無い、とは言い切れないかなぁ」狐巫女の口ぶりからは、心当たりがある様子。

 鬼といえば羅角ラカクさんを彷彿させるが、彼よりこの精霊獣は人の姿から少々かけ離れている。

 恐らく各位の違いか。天上位と上位あるいは中位の差が人型の差として如実に表れているのだろう。


「でもラカクは側だから、アイツの息の掛かった連中じゃないと思う」

「どういう意味?」

「それは後で、今は事態の収拾が先決」

「許すまじ。パピリアのライブ、無茶苦茶!」

 憤慨して鼻を鳴らす狼少女。先ほどの問い掛けを無視して問答無用なところからすると、戦闘は免れない。


「蝶姫、我々から離れないように」

「……はいっ、助かりました」

 パピリアは命を狙われていた状況であったにも関わらず、思いの外落ち着いている。ヒステリーを起こされるよりは好ましい状態。


 俺達3人が彼女を背に陣を組むように立っていると、鈴狐リンコは提案してきた。

「此処は私に任せて貰おうかな。彼女を安全な場所に連れて行きたいし、何よりこれは陽動っぽい」

「狙いはパピリアではないのか? この集まりからして総動員ってところだが」

「半々だろうねぇ、残りの目的は分からないけど」

 どちらにせよ、非戦闘員の彼女を此処から遠ざけるという点には強く同意出来る。庇いながらでは此処を鎮圧するのに手間がかかり、他が疎かになるだろう。



「マカミも二人についてってあげて」

「一人でだいじょぶ?」

「もっちろん。私だけで余裕余裕」

「ハァッ! 舐められたもんじゃねェか!」


 外野の野卑な言葉。鬼の一人が唾を飛ばす。

「この数を相手にヨユウぅ? 笑わせ──」

「笑っていられるかな? くらえぃ鈴狐リンコ剛断掌チョップ

「グェアアッ?!」

 いつの間にやらスーツ姿から巫女装束へと換装した──曰く、この方が動きやすいそうだ──狐巫女がステージ外にいつの間にやら移動し、手刀で距離を詰めたその鬼を沈める。一瞬の芸当だ。


「じゃ、活路開くからよろしくー」

「か、かかれェええええええええ!」

 号令に魑魅魍魎が押し寄せる。真噛(マカミ)が大狼の姿に変わる。敵のヘイトを一挙に引き付けている間に、俺はパピリアを背に乗せた。


「……この子」

 蝶姫の呟く間に、俺もまたがった。

「しっかり掴まって」

「任せたぞ」


 傍目で、無数の鬼達が次々と空を舞っていく。群がる敵の中から「はいよー」という呑気な声。


 彼女を信じ、開かれた突破口を疾風と一体となった真噛(マカミ)は突き進む。



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