ゼムナスの追求。お前の血は何色だ
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「……初めまして」
俺は、どうにかアリスと話した時とは対極的に言葉少なく口を動かした。
「メディアで何度も見ているよ。インタビューを全く受けていない君らしい返事だ」
ゼムナスは、営業的な好感のある態度で──恐らくこれがこちらなりの精一杯の礼儀と受け取っている──会話を続けた。
脳裏の怒号と、目の前の男性の言葉が交互に反芻する。
虫唾が走った。アンタは、そんな人間じゃないだろう。
俺は、コイツと関わる気などもう考えちゃいなかった。
鈴狐と過ごし、当初は父親への恨みを健全に晴らすことを考えていたが、拘る自分が狭量だと学び忘れようとしていた。
もうかまける気も無かった筈なのに、忘れて自分の人生の成功することこそが最高の復讐だと理解している筈なのに、いざ対面すると沸々と黒い感情が吹き上がる。
「何か御用件でも」
「今回のイベントは私どもの息がかかっていてね、スポンサーの一部をやらせてもらっている。あの天朧が請け負っていると聞いて拝見しにきたのだよ」
握手でもしようと思ったのか手を差し伸べてきた。
「失礼。接触は極力避けているので」
と嘘を吐いて拒否した。
「残念だ。それだけ取り組みに実戦に力を入れていると解釈しよう。有事の際は頼んだぞ」
「……」
「この都市は、しがらみが多い。テロリストの対策だけでなく、荒魂に対する防衛策にも力を入れないとならない。つまり君だ」
会場の外観を一瞥しながら、饒舌に父は語る。
「私だけではなく、上流社会の者達は君に一目を置いている。並みならぬその実力を皆評価しているのさ。今回のライブは絶対の安全を保障されたな」
「絶対などありません」
「ふっ。それだけ期待しているということだ。裏切らないでくれたまえよ。この会場にはね、私の娘も観に来ている。分かるかね? 私だけてなく、家族の安全も君にかかっている」
手がわなないた。仮面を取っ払い、怒鳴り返したい想いを堪える。
お前が家族の大切さを語るな。強調するな。そんな資格あると思っているのか。
その気になれば一瞬で血を吐かせ、その場を這わせることだって訳はない。社会的に俺の地位を利用したりこれまでの境遇を明白にしてしまえば、あっという間にシェークリア家を潰せるだろう。
だが、激情に身を任せてしまえば間違いなく後悔する。だから抑えろ。そう何度も言い聞かせる。
そんなことをしたら、アリスはどうなる。精霊獣の二人は、私怨のままに暴れる俺を見て、喜ぶ筈もない。
そうだ考えろ。俺を迎える人のことを。今の居場所を。それをかなぐり捨ててまでこの男に手を出す価値などあるか?
一拍おいた俺は、「承知の上です」と言い捨てて背を翻した。その場を後にしようとする。コイツとの話に付き合う気はないだろう。
アリスになら平静を装えるがこの男にだけは仮面を被り長居していたら、私情と分けられる自信がない。
「──ところで、君の相棒だが」
ゼムナスは俺を単語で呼び止めた。
「天金と言われているあの金髪の女性。一部では精霊獣だと言われているようだね」
鈴狐の表明は、あくまで退魔士。世間ではまことしやかに精霊獣だという風聞が広まっているだけだ。
「我が家の古い文献でも、似た容姿の人型精霊獣が載っている。それで独自に調べたのだが、君と一緒で殆どの仔細は確認されていない。偶然にしては出来過ぎているとは思わないか? もしよかったら詳しく話をお聞かせ……」
「慎んでお断りする」
勘繰っているのか、この男は。シェークリア家の先祖──アルファロランの精霊獣だと。
では、そんな相手を使役する俺については、察しているのだろうか?
もう関わりたくもない。俺は一礼と共にすぐにその場を離れた。此処はもう充分だそうに違いない。
スタッフや関係者が休憩に使う部屋のひとつに入ると、さきに休んでいた鈴狐が「お疲れ様」と迎えた。今は真噛が巡回中。
水分補給の為にしばらく着用していた仮面を一旦外すと、その顔に気付いたのかすぐに寄って来た。
「アルくん、大丈夫? 何かあった? 怖い顔してる」
「……そうかな。俺、顔に出てるかな」
心配する彼女に隠し立ては出来ない。俺は正直にいきさつを話した。
妹と、父がこの場に来ているということ。予想だにしなかった事態で、動揺していたと。
「まさか、ごめん。こんなことになるなんて」
「鈴狐達は悪くないよ。誰だってそんな可能性考えないさ」
いつかは訪れるだろうとは思っていた。同じ都市に住んでいて、社会に出ていればゼムナス・シェークリアと遭遇するのは遅かれ早かれの問題。
「任務、降りてもいいよ。無理してまでやらない方が……」
「そうもいかない。『北斗』に傷がつくし、何より」
俺自身がアイツに怯えているみたいになる。そんなのはおかしい。だから任務の断念はありえない。
また、黒い烏天狗の面を被り、俺は狼少女と交代するのに休憩室を出た。気が滅入っていることは自覚している。
揺らめく感情の炎を紛らわせようと、他の警備の情報を聞きにいくことにする。
数十台にも及ぶ監視カメラのモニタールームに俺は立ち寄り、異変が無いか尋ねた。
「不審な人物といった情報は今のところありませんね」
「何かあったら、連絡を入れてほしい」
「分かりました。と言っても、これだけ警戒の目が厳しいとネズミ一匹……」
言いながら、自慢げに網羅された画面群を俺に見せつける。まぁ、確かにセキュリティーとしては申し分ない……
筈だが、
「ん? あれは?」
ふと見ていたカメラ映像に妙な影が映っていた。慌てて監視役が映像をズームする。
小動物が通路にひょこひょこと動いている光景が鮮明になった。会場内にまで侵入している。
それは白い体毛に無数の勾玉のような斑点模様が入った小兎である。明らかに精霊獣だ。近くに森は無いが、野良精霊獣であれば人の世界に迷い込んでも不自然ではない。
「兎が入り込んでいるじゃないか。関係者の精霊獣か?」
「あ、あれ? 良く此処まで……あー、すいません。あれは完全に余所ですね。外の警備が見逃したのかな?」
監視の目がずぼらである証明のようになってしまい、俺は仕方なく出ようとした。
「あれくらいなら大丈夫ですよ、我々の方で何とかします」
「なら、早急に頼む。公演中にステージに入って来られたら大変だ。タップダンスをしでかすかもしれない」
ジョークとして警備員達から笑いが起きた。一人がその場に赴き、兎を外に出しに行った。
映像で俺も見ていたが、その精霊獣は逃げ回ったりせず大人しく捕まり、そのまま画面から消える。
キャッチ&リリースした警備員もモニター室に戻って来て、それ以上に大きな騒ぎは起きることはない。
やがて、ライブまでの刻限が間近に迫って来た。




