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己を偽った雑談。因縁の再会


 鈴孤リンコ真噛マカミ、他の警備員達に少し見張りを任せ、時間を貰った。

 ライブまでまだ時間はある。だから、会場内の施設にあるカフェへ移動する。


 この格好で席に座っているのは仕事服とはいえ、少々浮いている。元は全身の防刃防弾仕様という建前で正体を隠す為に鈴孤リンコがこしらえた格好だが、日常的な場所で着るものじゃないからな。

 他の客からも物珍しそうな視線が刺さる。この外見も立派な天朧アマオボロという記号。普段は必要最低限の返事以外では寡黙にしているからか、鈴孤リンコの時と違って気軽に声は掛けてこないのは幸いだ。


 コーヒーとパンケーキを頼んだ彼女はシュガースティックを2本入れながら、俺が何も置いていない様子に目を留める。

「休憩になっても何もお召し上がりにならないんですか? せっかくささやかながら軽食をご馳走したいのに」

「生憎この仮面は口元まで隠しているんでね、人前では外せない。となると、食事も中々難しい」

「そこまで秘密にされている素顔が気になりますね。やっぱりハンサム?」

「ご想像にお任せしよう」

「そしたら大分美化されちゃうかもしれないですよ?」


 クスクスと少女は年相応の笑顔を見せる。とても明るい。

 お世辞であろうと、アルフの前ではまるで見せなかったその表情。


「そうなると、いよいよ何かお礼をするの難しいですね。どうしましょう?」

「学生の身分でそういうことは考えなくて良い。気持ちだけは受け取っておくよ。それで充分だ」

「うーん。そうですか」

 少し残念そうにアリスは言った。


 まさか、こんな形で彼女と普通の会話が出来る日が来るとは。素直に喜ぶべきなのか。素顔の自分では決して叶わないという事実を考えて悲しむべきか。


「まぁ、今回は何も起きなければ単調なだけの警備だ。休憩がてらに誰かと話をするというのも悪くない」

天朧アマオボロさんって結構お喋りなんですね。テレビで見た時はもっととっつきにくい人だと思ってました」

「仕事の時とそうでない時を区切っている。君が見ているのは前者としての俺だ。最低限のコミュニケーションはするよ」


 感心した様子でへぇと頷くアリス。でも、彼女の指摘は正鵠を射ていた。

 嘘はついていない。だが、それでも普段以上に今の俺はお喋りになっている。妹相手に知らず知らず緩んでしまったか。


「とはいえ、これ以上はプライベートに差し支えるのでね。話せることは限られている」

「そう、ですか」

「代わりに聞く側に回ろう。君のご友人があれからどうしているとか、気になるからな」

「そうですねぇ、レイチェルとロベルタは、以前のように元気にやっています。ただ、この前の件で……」

 思い出すように目を宙にさまよわせながら語る少女の言葉に耳を傾ける。


 俺が聞いたのは、あの火蜥蜴の事件で二人は色々学ぼうという姿勢を見せていたこと。一方は立ち直りも早く気概を奮起させ、もう一方は恐怖を覚えながらも堅実に将来を見据えていたそうだ。


「貴方に刺激されて、退魔士をより具体的な視野に入れて頑張ってますよ」

「ならば良かった。状況だけ見て叱ってしまったが変に拗らせてしまったかと危惧していたが、杞憂だったな」

「避難しながらも闘っているところを拝見しましたが、凄かったですね。憧れます」

「憧れて貰うのはありがたい。だが、君も身の丈を考えず真似しようとしたり、くれぐれも無茶をするんじゃないぞ。あの様子だと普段から荒魂あらみたまに挑んでいるのだろう?」

「はい。それは反省しています」


 やっとアリスも諫められた。この場を設けられてそれだけは良かった。

 低位の荒魂あらみたまの調伏に動くのはやめろ、とは言わない。社会的な大人の頭ごなしな言い分で納得なんてする訳がないからだ。だから、せめて一線だけは守ることだけ約束してくれればそれだけで良い。


「それと、実は、校内に駆け付けた貴方に気になる節が……」

「ん?」

「いえやっぱりいいです。何でもありません!」

 言葉を濁し、彼女は何かをひた隠しにした。


「あっ、そうだ! それよりももっと聞きたいことがあるんです!」

「答えられる内容は、限られてくるが」

 思い出した様子で彼女は腰を浮かす。

天朧アマオボロさん、『北斗』にはアルフ・オーランっていう人がいるのご存知ですか?」


 切り出したのは、俺の名前だった。

「アルフ……? いた、だろうか? 悪いが、組織全員の名前を把握している訳ではないのでね」

「……ですよね」


 俺は惚けることにした。無難な対応だと思う。

「仕方ないです。C級の使いっ走りのことなんか天朧アマオボロさんが知る由もないですよね」

「知り合いなんだね」

「はい、兄です。一応」


 やはり、俺を認めてなんかいない。言葉尻からそういう背景が窺えた。


「あの人、私が少し留守にしている間に家を飛び出したんです。きっと反対されても退魔士になる為に。よりにもよって自身の誕生日にですよ?」

「それは、勝手な子だな」

「ええ。それから何の音沙汰もなく、家族を放置して、この6年何の連絡もありませんでした。それなりに努力して夢を目指しているんだろうなぁと思いながら探し回りました。で、やっと見つけたんですよ」


 相槌を打つ俺に構わず、話すにつれ感情的になってくるアリス。

「その結果、今は貴方の働いてる職場で雑用係。現場にも出ていない下っ端も下っ端。退魔士なんて名乗れたほどでもない。失敗してるんですよ。実はそれから、兄と直接会いました。そして問い詰めて、帰るように促しました。でも、本人は帰ろうともしない」

 熱っぽくまくしたてる妹の言葉を、俺は受ける。


「家柄がどうとか以前の問題です。天朧アマオボロさんの爪の垢でも煎じて飲めば良いんだわ。いい加減……」

「お兄さんが嫌いなんだね」

 指摘に、少女は口を動かすのをピタリと止めた。何を言っているんだ俺は。余計に踏み込もうとするなんて。


 やがて思案するように口元に手を当て、続ける。

「嫌いに、なったのでしょうか? 良く、分からないんです。あの人と久しぶりに顔を合わせて、嬉しいという感情より苛立ちが浮かんできたのは間違いありません。でも」

「でも?」

「やはり兄弟だから、許してあげないといけないと思ってます。ただそれは、向こうがキチンと筋を通してから。今まで留守にしていたことを私ではなく父上やもう一人の兄に謝って、それからなんですよ」


 意外の念に打たれた。俺の前でとっていた態度は嫌悪一色でしかなく、嫌々に元家族の義務として俺の前にやって来るのだと思っていた。

 それは、現状にやきもきしているからこそ表に出た感情。俺を怨んでいるのではない。ただ、


「……そう、か」

「あ、ごめんなさい。いきなりこんな話されても困りますよね」

「いや、何処の家庭でも色んな問題を内包している。行き所のない感情を少しでも吐き出せたのなら何より」


 そしてそれは尚更、到底叶わない和解だと実感する。俺は、家には戻らない。その前提は不動。

 アリスはきっと、一生その望み通りには出来ないだろうし、知ることは無いだろう。


 俺は、家を勝手に飛び出したのではなく、その家に一方的に追い出されたのだ。

 和解なんてしようというのが間違いだ。今更、赦しを貰いに行くほど俺はお人好しではない。


「さて、そろそろ戻ることにしよう。依頼を受けたのに任せきりにするのはよろしくない」

「もう行くんですか?」

「ああ。君はもうしばらくゆっくりしていくと良い。一般と異なり長蛇に並ぶ必要が無いのだろう? ライブまで会場には自力で戻れるね?」

「あ、はい」


 席を立ち、支払いを請け負って俺は店を出た。あれ以上いても俺が居たたまれないだけだった。だからここら辺で引き上げる。



 留守にしていた間、会場に変化は無かった。精霊獣二人の報告でも異常なし。俺も外部で行く末を見守ろうとする。このまま、何も起きないことを祈る。



「おお。本当にいた、情報通りか」

 ただ、会場はさておき俺としては更なる事態に見舞われる。


 聞き覚えのある声。俺は仮面の中で、目をこれでもかと見張る。

 煤けた赤髪をした壮年の男。スーツ姿で俺の方に歩み寄ってきた。

「お初にお目にかかる、天朧アマオボロ


 俺の記憶では、怒鳴りつける理不尽の権化が人の良い微笑を浮かべて声を掛けてくる。

 押し殺した声で、俺はその人物の名を出した。

「ゼムナス・シェークリア……」

「おや、存じて頂けたとは光栄」


 ほかならぬ、俺の血縁上父に当たるその人が、目の前に立った。

 6年ぶりに勘当した張本人との再会である。


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