蝶姫の出迎え。予想だにしなかった遭遇
時刻は昼間。天気は雨天の心配が無い快晴。
ドーム状の会場の入り口前では、夕方に公演が始まる数時間前から観客がひしめいていた。この調子だとあっという間に、満員になってしまいそうだ。
ざわめく人の声を聞きながら、外周の状況を見ながら俺は天朧として装って立っていた。
「パピリアまだかなぁ、そろそろかなぁ!?」
「もう来てる? 直に会える!?」
その近くで一目見たさに逸る気持ちを抑えきれずにいるのは二人の少女。これから車で到着するパピリアを俺達は出迎えるのだ。
完全な人型となってグラサンと黒スーツを着こなす金髪の鈴狐。ホットパンツにジャンパー、耳はキャップを被って隠し、尻尾をアクセサリーで誤魔化す真噛。
そわそわしていて目立つ彼女らを見かね、事情を知らずか通りかかった警備員の人が駆け寄ってきた。
「こらこらこら! 一般人はこっちじゃなくてあっちの列に並んで!」
「失礼。私の連れです」
トラブルをすぐに解消するため、俺がその場に赴いた。
「し、失礼しました! 天朧さんのお連れは、警護の方……ですか? そちらの……特にそのお子さんはそういう風には」
「真噛は人の姿をしていますが、『北斗』の精霊獣です」
「ども、警備お疲れ様でーす」
「んっ」
グラサンを開いた胸元に差し込み敬礼する鈴狐。
一度帽子を取って犬耳を見せる真噛。
「うおお?! 良く見たら天金さんっ?! 本物!?」と警備の男性は心底驚いている。俺を見た時より反応が大きい。
「はーい天金ちゃんでーす」
「うわ、握手してもらって良いッすか!」
「御安い御用ですーはいにぎにぎー」
サービス精神旺盛な鈴狐は握手に応じた。
「うぉお! 手柔らけー! この手ぜってぇ洗わねー!」
「いやいや洗ってくださいよ。私アイドルじゃないしー」
パピリアのライブを差し置いて別の人と握手会してどうするんだ。という葛藤は置いて。
そうこうしている間に、1台の高級車が静かに裏口に入ってきた。
車からはプロデューサーとともに華やかなドレスを着た女性が降りる。
「お待たせしました」
控えめなウィスパーボイス。紫色の長い巻き髪とターコイズカラーの瞳。
何より目を引くのは、荘厳な蝶仮面を付けている。
アーティスト名の蝶姫を表した格好だった。素顔はハッキリしていないが年齢もまだうら若く──俺と同じぐらいの年代だろうか?──、素顔も凄く綺麗な気がする。
メディアに引っ張りだこな人物は、やはり一般人とはオーラが違う。
「うっほおおおおお! モノホンパピリアッ。パピリアキター!」
「サイン! サイン頂戴!」
「あの、貴女達は、お客さん……?」
目を白黒する彼女に構わず狂喜乱舞する精霊獣二人組が躍りかかるのを両手で制し、代わって俺が名乗り出た。
「失礼、二人が出過ぎた真似を。初めまして蝶姫。私は、天朧。今回、貴女のライブが滞りなく行えるように近辺の警備を請け負いました」
「はい、貴方のことはよく存じ上げております。有名ですよね。……では、こちらは天金さん?」
「ふわぁ! 私のこと知ってるぅうううう! そうだよ! すっごい感激ィ!」
「狡い! わたし、覚えて貰いたい! そしてサイン!」
キャップを取っ払って尻尾をブンブンする狼少女。その動く犬耳を見て驚くパピリア。
「人型の精霊獣ですか……! は、初めて見ました」
「私だって精霊獣だよう! マカミだけじゃなくてっ」
すると蝶姫は息を呑んだ。二人を交互に見て、言葉を選んでいるようだった。
「……そちらの子は、マカミという名前なんですね?」
「うん! 貴女のファン! サイン!」鼻息荒くせがむ狼少女。
「どうかしました? 彼女も『北斗』に所属する精霊獣ですが」
俺は彼女の微細な心境の変化を窺う。俺と天金は知名度ありきだが、真噛は世間では『北斗』の活躍でそう知られるほどではない。まだ、誰の精霊獣であるかも公表されていない為、今のところは目立たずにいる。
かといって余程メディアに騒がれはしない限り、この子が知られても困ることはない。ライアンから俺に契約が移った過程さえ知られなければ。
だから、鈴狐と違ってそこまで名前を隠すことはしない。学校にも出していないからな。
「……いいえ。では私の公演が終わるまでの間、よろしくお願いします」
パピリアは俺達だけでなく周辺の護衛役にまで挨拶すると、会場入りした。数時間後には舞台で歌い出すのであろう。
その背中に手を振る鈴狐と特別にもらった戦利品を頭上に掲げて「やった……サイン……!」と呟く真噛。
それにしても狼少女に対する彼女の反応は不思議だった。何か思うところでもあったのだろうか?
疑問に後ろ髪を引かれながらも、パピリアのいる場内も念のため巡回することとする。
警備というからには、内も外の環境も把握しておかねばならない。
荒魂は外部から襲撃することに限った訳ではないことを、前回のケースで良く分かった。野良の精霊獣が会場に入り込んでいたら遠くに追いやったりと、やることは色々ある。
関係者やスタッフとすれ違いつつ、怪しい人物はいないかと警戒の目を光らせる。ただ、恰好的に一番怪しいのは俺だよなぁ。黒い外套に天狗の面を被っているんだから。
「あれ?」
「……なっ」
通路でバッタリ遭遇したのは、赤いドレスを着た少女。見るからにコンサートライブに観に来た側の良いとこのお嬢さんである。迷い込んだとしか思えないのだが、問題は、
「貴方、天朧……さん?」
「どうして君が、此処に?」
心臓が跳ねた。
紅髪紅眼のアリス・シェークリアその人が、何故かこんなところに? すぐに平静を装う。
今の俺はアルフ・オーランではない。だから、先日に起きた出来事は関係ない。そう自分に言い聞かせて振る舞った。
「事件の時に会っていたこと、覚えて頂いていたんですね? 私、アリスと言います」
「ああ、訓練場で虎の精霊獣を使役していた生徒だったね」
よく知っているよ、他ならぬ妹なんだから。ただ、今は他人のフリを貫く。
「光栄です、天朧さんにまたお会いできるとは。あの二人も精霊獣を助けていただいたこと、感謝していましたよ」
「そうか、それは良かった。今日はライブを楽しむために来たのなら、此処は関係者だけが立ち入りを許された場所だ。観客席はあっち、私は警護の依頼があるので――」
適当に切り上げてこの場から離れよう。判断した俺は、話を締め括ろうとする。
だが、アリスは「待ったぁ! こんな機会滅多に無いんです!」と抜け出そうとした俺を制止する。
「もし良かったら天朧さんにも休憩があるでしょうし、その間だけ少しお話をさせて貰えませんか?」
「あ、いや、俺にも用事が……」
「ライブまでにまだまだ時間、ありますよね?」
にこやかに、その実押しが強く彼女は食い下がる。耳元に近寄り、囁いた。
「この会場、私の家がスポンサーになってましてね、色々な裏事情とかも網羅してるんですよねぇ。『北斗』にも入っていない、天朧さんのお役に立てる情報とかもあるかもしれませんよ」
要するに、依頼相手のお得意さんにもポイント稼ぎしてはとうだ? という提案。『北斗』の手前、そういうこともお仕事ではあるとはいえ、俺はそういう担当ではないんだけど。
「ただの警備にそんなものは」
「口実です、こーじつ」
一度離れ、ドレスを揺らしてアリスは両手を後ろに向き直る。
「私の友達を助けてくれたお礼をさせて欲しいのと、大事な話があるんです」
やむを得ず、俺は首を縦に振る。出来れば遠ざかりたいという私情は捨てろ。
そうして、彼女との雑談を了承してしまった。




