カウンセリング。事件とからさわぎは紙一重 その3
ティナは屋上で見つかった。格子に手を掛け、外を見ている。
「ハニー!」
レイチェルの魔の手から逃れた巳縄は俺から降りて契約主の名を呼び掛ける。
緑髪の女生徒は、ゆっくりと振り返った。
「ごめんよ。俺っちは別に、ハニーを怖がらせる気なんて無かったんだ」
「分かってるわ。私の方こそごめんなさい。貴方の契約主なのに、拒絶ばかりして」
「……良いんだ。俺っちはこの通り蛇だ。皆の嫌われ者、嫌なイメージがついて回るのは元からさ。だから、少しでも明るく振る舞ってきたけど……裏目に出ちまった」
「巳縄は悪くない! 私が弱いせいよ」
「ハニー……」
蛇と少女が向かい合う。
「私ね、昔森で蛇に襲われたことがあるの。毒蛇じゃなかったから噛まれても無事だったけど、その時の怖い思いと痛いって記憶が他の蛇を見る度に走馬灯のように駆け巡って……だから、これは私が勝手に怯えているだけ。貴方は歩み寄ろうとしただけなのに……私、私」
「ハニーの方だって不可抗力じゃないか。……俺っち、そんなに辛い想いをするハニーを見たくない。分かったよハニー、契約を破棄しよう」
巳縄の声には落胆と悲哀が含まれていた。
ティナを大切にする気持ちは、嘘偽りがない。
「君が幸せであること。それが一番だ。俺っちが重荷になるというなら、潔く退こう」
しかし固唾を呑みながらも、少女は首を横に振った。
「……駄目よ巳縄。お互いが同意しないと、そんなの成立しない。させない」
「ハニー? 俺っちは承諾するよ?」
「私ベル先輩の言っていたことをよく考えて分かったの、自分が弱いだけなのに貴方のせいにしてたって。変わるべきなのは関係じゃないんだって」
「でもそれだとハニーが……!」
「乗り越えたいのっ。一方的に別れたいとか勝手なことばかりで、巳縄を傷付けてしまう私自身を克服したい」
「無理しないでくれ。俺っちは、俺っちは良いんだよ。蛇畜生なんだから」
「貴方は綺麗よ。初めて見た時からそう思ってた。正直まだ怖いけれど、でも不気味とか気持ち悪いとか、そんなことは思ってない」
「は、ハニィ……」
妙なドラマ展開が始まった。白鷺さんが見たら泣き出す程度にB級な感じで。
「こんな我儘なパートナーだけど、許してくれる?」
「ああ! 俺っちはハニーの為なら何だってするさ!」
「巳縄……!」
「ハニーぃいいいいいい!」
勇気を出してティナが前へと踏み出し、白蛇は一直線に彼女のもとへ。
すると、彼女は懐から黒いポリエチレンのゴミ袋を開いた。飛びつこうとした巳縄をそこに入れ、すかさず口を縛って密封する。何処から持ち出したのか。
「ハニー!? 何これェ!」
「ごめんなさい。これは貴方が飛び出した時の対策。すぐには無理だからこれまで以上に長く貴方を出す時はこうしようと思うの。この状態でお話をして、ゆっくり慣らしていきましょう」
「ギエー! ハニートラップぅ!? 確かに何でもするって言ったけどー!」
中でガサゴソ蠢く巳縄とティナの問題は、一旦これで終結した。後は二人で折り合いをつけていくだろう。
「言っただろう? 大半の相談なんてガス抜きで終わるって」
「色々あった気がしますが、自己解決というかほぼ自浄作用なんですね」
お騒がせしたことを詫びとお辞儀をして教室を出るティナ。手を振りながら見送るベル先輩の言葉に、役に立てたかどうか分からずモヤモヤしつつも俺は同意した。
いつものように昼食を取ろうと食堂へ向かいながら、先輩は今回の心ばかりのお礼ということで貰った新作のCDを俺に見せる。
「ところで、君達コレいるかい?」
手渡されたのは、鈴狐達が購入したのと同じパピリアのCDだった。
彼女もお熱だったようで、応募の為に複数買いをしていたそうだ。
「もう持ってるよー。一杯リピートしてる。パピリア流行ってるもんねぇ」
「おや、鈴狐君もご執心か。ブームは精霊獣にも影響されるんだね」
「先輩は聞かないんですか?」
「音楽はからっきしだからなぁ。それに前も言ったがボクは音痴だから」
後者は別に関係ないんじゃないか? なんて疑問は呑み込み、このCDはダリオにでも譲ろうか、という話で落ち着いた。
「アルフ、パピリアの曲を君も聴いているのか?」
「はい? まぁ多少は」
「忌憚の無い感想としてはどうだい」
「えーと……綺麗で音程の良い曲も幾つかあるなぁとは思います」
「そっか。普段聞き慣れない人からすればそんなところか」
「意図が良く分かりませんが、先輩こそどんな感想を抱いているんですか?」
「さぁ? 特に何とも」
「うわ、ズルいですよ」
そんな途中の廊下で、余所の教室で口論が聞こえる。
何かあったのかと俺達は立ち寄った。
「だから、もういいって」
「そんなこと言わないで誘ってあげなよ……」
「まだ片意地張ってるのかよアリスー」
「意地? 意地って何よ」
先程の後輩二人とアリス達が何やら揉めているようだった。
「あたしかロベルタのどちらかじゃなくてお兄さんで良いじゃん。たまには家族水入らずでさ」
「アイツを、家族とは、まだ認めていない」
「もう何年も前の話でしょ? 何か事情があったかも――」
ロベルタの言葉に、妹はカッとなった。
「何を申し開きすることがあるって言うのよ!? アイツはねっ! 自分勝手に出ていったの! 家にはもちろん私にも何の連絡も寄越さないで! やりたい放題しておいて! 一言も謝りもしないでのうのうと私に話しかける始末! それでも許すべきなの!?」
「ア、アリス」
「意地も何も、私が拗ねてただけということにされてこの数年を無かったようにしろって!? ふざけんなっ! 何事もなかったように家族水入らずなんてたまったもんじゃない! 血が繋がっていようとあんな奴兄とも何とも思っちゃいないわ!」
激情を捲し立てたことで、教室内と付近の廊下の声は静かになった。
ありったけの言葉の刃が心に刺さる。息の仕方がしばらく分からなくなる。頭に金づちを打たれるような衝撃を錯覚した。
「いや、あたしら、別にそんなつもりで……」
「アリス落ち着いて。そんな大声出したら、皆驚いちゃってるから」
「……ハァ…ハァ」
息も荒くしながらも、我に返って周囲を見渡すアリスと、目が合った。聞いていたことに気付かれた。
すぐに彼女の顔が凍り付く。俺も自分の表情が引きつったまま直すことが出来ない。
レイチェルはしまったとしかめっ面になり、ロベルタは目を見開いて口を覆う。最悪のタイミングで居合わせてしまう。
「アルフ。大丈、夫……」
隣で騒ぎを一緒に見ていた先輩の声。しかし、俺には返事をする余裕は無い。
言う通りだった。俺は自分のことしか考えず、シェークリア家と全く関わらずにやって来た。関わるのは愚行と思い込んでいた。でも、それはただの怠慢でしか無かった。
現代に戻ってからは幾らでもそうするだけの猶予はあったのに、俺はそうしなかった。
アリスのことまで考える余裕なんて無かったなんて言い訳だ。気弱だけれど利発な彼女であれば兄が不在でもやっていけただろうと高を括っていたのも、所詮は後付け。
「……ごめんね、アリス」
ただ、詫びることしか出来なかった。今更口にしたって遅いのは分かりきっていても、それくらいの言葉しか捻出できない。なんて体たらく。
アリスは唇をぎゅっと噛みしめて席から立ち上がる。大股で教室を出てその場から逃げるように去った。友人達は名前を呼びながら追いかけた。
「アリスの兄さんごめん! 凄い余計なことした! ほんとごめん!」
「先輩ごめんなさい。後でまたお話します……」
後輩のフォローも良く頭に入らず、その場でしばらく棒立ちになった。
「お昼、驕るよ」
ベル先輩が気遣うように掛けてきた言葉を契機に、俺は頷くことで動き出す。




