てぃーぶれいくてぃあ。更なる任務の到来
退魔士の斡旋を扱う『北斗』のビル最上階。
その社長室にはコンポやテレビ、コーヒーメーカーまで完備されており、休憩には贅沢な一時を過ごせる場所だったりする。とはいえ、当然そこは普通の社員では入り浸ることは許されない領域だ。
そこに用意されたボスの椅子には似つかわしくない白いワンピースを着た小さな女の子が座っていた。
額に分けたブロンド。穏やかな碧眼の双眸。あどけなくも美しい顔立ち。そして小さな白い羽。
自分は天使であると言い張れば、それを真に受けてしまいそうな人並み外れた特徴と容姿を持った少女。とはいえ人ではないことは間違いないのだが。
彼女のテーブルの上にはアストバリーのティーカップ。ロンネフェルトの茶葉で淹れた紅茶の湯気が立ち、部屋の中で優雅な香りが流れている。
此処が会社のオフィスではなくしかるべき景色であれば、天使の休息という絵画を描けてしまいそうな組み合わせだ。
だが、彼女はそれに殆ど手を付けていない。
冷めてしまうかどうかより、天使が意識を向けているのは液晶のテレビに映る映像番組だった。
『エドガー……どうしても貴方は行くのね』
『分かっているだろうジャスミン。君とはもう一緒にいられない』
『いられないって……? 式をあげようと決めたじゃない!? 死がふたりを分かつまでの愛を誓う為に!』
『……追っ手が執拗に付き纏う限り、この先僕は生きていられるか分からないんだ。この証拠を、陛下に届けないと。君を、巻き込めない』
『いや……嫌よ、エドガー。私は』
『ごめんよジャスミン。さよならだ』
『待って! 行かないで! エドガァあああああ!』
「うぅ……どうじて二人は離れ離れにならないどいげないのでずかぁああ」
テレビドラマに感情移入した白鷺さんの嗚咽が聞こえる。光沢のある黒の高級カップの代わりにハンカチを握り締めていた。
昼ドラを見て号泣している幼い彼女であるが、こう見えてこの企業の社長であり最高クラスに位置する聖鳥の精霊獣である。お昼休憩に入ると、決まってB級のドラマを見ている。
そんな光景を目の当たりにしながら、俺はそのまま入室。もう慣れていて驚かない。
エレメア学園の編入から一ヵ月が経った。徐々に学校と『北斗』を往来する生活も上手くすり合わせられる段階まで来ている。
授業も最低限の選択科目だけを受けられるので、進路に悩む必要のない俺は空き時間もこうしてこちらに使うことが出来た。
あの事件から、荒魂の発生件数は減少した。つまり頻度は落ち着いたとはいえ、まだ他の地区よりあの周辺の方が統計上では多い。
大きな進展はなく、調査は継続中。
「そう、此処いいよね!」
「うん」
部屋の応接用の席には別の二人が座っていた。一人は推定十代前半でフサフサの犬耳と尾を持った少女。こっちは最近ボスの湯汲み係として滞在中はお手伝いをしている。
彼女をハクロ姉と呼び、懐いてるみたいで何より。
もう一人は十代後半くらいの外見年齢で狐耳と尾。そこにいる白鷺さんよりも色味の濃い金髪でスーツの恰好をした美女だった。普段は小狐の姿になってマスコット役に徹しているのだが。
誰かが来なければ──用があれば基本的に内線が掛かってくる──大丈夫だろうが一体どうしたのだろうか。
「ねぇ鈴狐、人の姿で何してるの?」
返事はない。よく見てみると、彼女は妹分となった真噛と身を寄せ合うようにしてテレビとは違った物に夢中になっていた。
ヘッドフォンの耳当て部分を外側に裏返し、何かを聞き入っていることに気付く。
「ああ、音楽を聴いてるのか」
「おっとごめん。夢中になってた」
「あるじ、お掃除お疲れ様」
こちらに気付くなり、共有していたヘッドフォンを一旦取って二人が向き直る。音漏れで音楽が流れているが分かった。
「というか、そっちの耳に当てて聴くんだね」どちらも獣の耳が上に生えているのにも関わらず、側頭部にある人の耳で曲に聞き入っていることに俺は気に留める。
「人の耳は近いとこ用。獣の耳は遠いとこ用で使い分けてるよ」
「これ、便利。夢中になってあるじの声聞こえてなかったけど」
「さいですか」
本来の生物的な機能美としては不自然なものかもしれないが、精霊獣だから細かく気にしたら負けなのだろうか。
気を取り直して何を聞いていたのか尋ねると、嬉々として語り始める。
「パピリアの最新アルバム買ったのさ。アルくんも聞く?」
「パピリア? あー確かそれって」
「流行り、覆面アーティスト。蝶姫って呼ばれてる」
どうやらこの精霊獣達はその流行の曲にご執心な様子。俺も話題になっているのは耳に入っていて、確か素顔はもちろんのこと本名や出身地といった情報もすべて謎に包まれているシンガーソングライターだ。
「この人の声凄いよぉ。1/fゆらぎって言ってね、声の波長に癒しの効果があるんだって!」
「歌唱力、抜群。作詞作曲も自作! 歌詞だって素敵!」
「しかも今度こっちでライブコンサートやるんだってェ! 世間に初登場だよ! 初登場!」
「会場、満員御礼間違いなし! わたし行きたかった!」
「でも、チケットはもう予約殺到で今からじゃ遅いんだよねぇ……」
「希望、薄氷くらい……」
二人の尻尾が下がる。
「へ、へぇそうなんだ」俺は熱弁していた鈴狐達にたじたじになるだけだった。
確かに至る店舗のBGMでも、彼女の歌声がちょくちょく流れているのを俺も耳にしていた。透き通っていて良い声質だとは思っていたが、ドハマりしているのがこんな身近にいたとは。
「というかいつの間に買ったの? そういう店に寄ってないよね?」
「ジルバに買いに行って貰ったー」
「ちょっとぉ! あの人に何させてんのー!?」
「だって、欲しいよねぇって話ししてたら申し出てくれたんだもん。あ、お金はちゃんと出してるよ」
「そういう問題じゃなくてねぇ!」
白髪に傷顔と眼帯という、厳格な見た目とは裏腹に紳士で穏やかな初老のジルバさん。実質この『北斗』のナンバー2な彼であるが、こういう小間使いにも謹んで動いてしまう。申し訳ない。
「あっ」
と、感動の余韻に浸っていた──テレビ番組はEDクレジットに入っている──白鷺さんは何かを思い出した様子で口にする。
「そういえば、この都市でのライブを行うにあたって警備のご依頼が来てましたね」
「ほんとぉっ?!」
「パピリア、対面出来るッ!?」
すぐに鈴狐達が嬉々として反応した。二人ともめっちゃ尻尾振ってる。
「しかし何で『北斗』に? 餅は餅屋、とも言いますが退魔士の本分とはかけ離れたものでしょう」
「此処は他の土地とは違って特別ですからね。人が起こす事件以外も視野に入れて予防策が必要になるのは仕方ないんです」
「なるほど」
そして、やはり誰を人選にするかという議題になった途端、精霊獣達が強く自己主張する。
「やるやる! 警備やる! 生パピリアを間近で見たーい!」
「パピリア、サイン! 握手!」
「動機が不純過ぎるよ……」
当然この二人が行くという話になれば、俺も行かざるを得ない。潜入調査とダブルブッキング。乗り気じゃ、ないんだけどなぁ。
しかし白鷺さんは彼女達にとっての鶴の一声。
「確かに此処最近はアルフさん……天朧としての公の活躍が成りを潜め過ぎて怪しまれる危険性がありますねぇ……。一応の健在アピールを出来る場がそろそろ欲しいと思っていたところです」
「あれ、白鷺さんもそっちの味方ですか」
「こちらの最高の人材を投入すればあちらも安心されると思ってのご提案です。確かその日は学校もお休みの筈でしたよね?」
幼い天使に頼まれた以上は、俺も拒否は出来ない。
「分かりました。ではそのライブ周辺の警備、俺達でやりましょう」
「やったー!」
「うおおー!」
狐巫女と狼少女の喝采が、上階層の一室に響く。




