校長の呼び出し。犬猿の仲ならぬ鬼狐の仲
校内に出現した荒魂の騒動から数日。週の初めになると、学園はほぼ通常通りに再開した。
早々に俺は呼び出しを受ける。件の問題であることは確実。俺は鈴狐を肩に普通に校長室へと入っていく。
扉が閉められた途端、全身の毛穴が開く。
「よう小僧。またすぐに会えたな」
開口一番に気安い呼び掛けを行うのは、先日の子供の姿をした鬼であった。
椅子の背もたれに両肩を広げ足は教卓机の上という、教育の場というよりマフィアの部屋にいるボスさながらの振る舞いを堂々としていた。
「鈴狐! 真噛!」
よりにもよってこんな場所で出くわすことになるとは思いも寄らず、俺は戦闘態勢を取り狼少女を呼び出した。状況を察した真噛は顔を強張らせたが、鈴狐は仏頂面で反応しなかった。
この鬼の力は十分見ている。校内でやりあえば被害は免れない。
「お待ちください」
だが争いが始まるより早く、その横合いに割り入る制止の声。
「マスターは皆様方の敵ではございません。むしろ、味方という枠組みに捉えてよろしいでしょう」
秘書でも通用しそうな眼鏡女教師……オルタナ先生が俺達を諫める。
「そういうこった。事を構える気はねぇから落ち着けや。この前のはただの挨拶代わりだ挨拶代わり」
一旦動きを止め、考える。
状況を見れば一見校長室に忍び込んで大きな態度をとる悪ガキである。だが、先生はそこにいながら注意をしない。脅迫や暴力に屈しているような気配もない。
むしろ、これがいつもの光景だとでも言わんばかりだ。
鈴狐は迷わず人の姿に戻る。普段よりも冷たい視線がその横顔から伺えた。
「久しぶりだなリンコ。人恋しくなって社会に出てきたか? 兎は寂しいと死ぬんだが狐のオメェもそうらしい」
「大きなお世話。相変わらずちんちくりんな上に大きい態度ね、ラカク」
「知り合いなの?」俺はやり取りから疑問を声に出した。
そういえば彼女はこの学園に来る当初、ある人物に会いたくないと言っていた。この人のことか。
改めて、オルタナ先生の方から紹介が入る。
「こちらはこの学園の校長を務め──普段は成人に化けておられてますよ──、現在私と契約を結んで頂いている羅角様でございます。そちらの天金様もとい鈴狐様のかつての戦友……四英雄の精霊獣の御一人。天上位の位置に立っておられます」
「敵じゃ、なかったんだ」真噛は説明を聞いて警戒を解いた。
只者ではないとは思っていたが、どおりですさまじい戦闘力を誇っている筈だ。あれは乱入というより、自分の私有地に戻って箱庭を荒らしている火蜥蜴を潰しただけだったんだな。
「……羅角、さん? あの、先日は失礼しました。まさか此処の校長だったとは思いも寄らず無礼を」
「あーあーお互い様だお互い様。悪かったな、いきなり襲い掛かったりして。まぁ手加減もしてたし、オメェくらいのレベルなら何とかなるとは思ってやったんだ。七光りは取り消しといてやるよ小僧」
竹を二つに割ったような性格らしく、和解はすぐに成立。この人は俺を試したのだって、元々依頼をした本人だからだろう。あの時言っていた通り、試練を課すことそのものが目的だったのだ。
「しかしよぉ、校内に不審者が出たって通報すんのはどうかと思うぜ? この成りをそんな草の根運動で見つけられるか? 取り下げに苦労したっつーの」
「うっ。そうでした……」
忘れていた。念の為、この人の動向を少しでも探れるように情報を散布していたことが裏目に出るとは。
「全くそこはいただけねぇ。自分の学校の校長を不審者扱いたァ、ひでー話だねぇ。なぁリンコちゃんよぉ」
「いやー正しいんじゃなーい? こんな角生やした暴漢が名門校にうろついてたら関係者だとは思わないでしょ。普通の対応の範囲にケチつけるなんてどうかしてるって」
「ハァー? 遂に頭にまで寄生虫が涌いたかー? この小僧にも移してねーだろうな」
「いーませんー、いたこともありませんー。私達の中で一番脳筋の頭ぱっぱらぱーだった癖にしばらく見ない内に随分賢しい知識つけたねぇ。節分の日もきちんと覚えた?」
「生憎オメェと違ってグローバルに生きてんだよ田舎狐。帰ってうっすい油揚げでも食ってろ」
「おっ、まだ馬鹿にするの? まだあのこと根に持ってんの? 鬼なのにみみっちー、陰湿ー」
「テメーが鈍感なだけじゃボケ。騙しておいて開き直ってんじゃねーぞこら」
「勝手に騙された気になってるだけなのに逆恨みも甚だしい」
何だか口論が始まる。机から降りた小さな鬼と、詰め寄った狐巫女が間近でメンチ切っていた。
しかし鈴狐が誰かと喧嘩するところなんて初めて見た。
まるで普段は大人しくて人懐っこい愛犬が、散歩中に他の散歩犬と遭遇すると凄く吠えるような感じでムキになっている。
「昔は仲が良かったのですが、今はこうして喧嘩になります。前回もこんな感じで」
「どうしてそんなにいがみ合うのでしょう?」
「聞いた話ではありますが……」
オルタナ先生は茫然とそのやり取りを見ている俺に解説してくれた。
『ハッハッハッ。たまには肉以外のもんを食うのも悪くねぇな』
『でしょでしょー? でも珍しいねぇ、ラカクが他の食べ物に興味を示すなんて』
『リンコがそんなにうまそうに食ってるの見てりゃあ気にもなるだろ。狐だからってベタだなー!』
『あははは!』
『えと、この油揚げ? ってリンコ手作りなのか?』
『そうだよー。好きなものほど自分の手塩に掛けたいものさ』
『よくやるなぁ。で、どうやって作ってんだこれ』
『これはね、豆腐を薄切りにして水気を切ってねぇ……』
『待て。豆腐って確か』
『うん。大豆で……』
『──ブッ! 大豆ゥ?!』
『へ? ラカクってもしかして豆ダメなの? まさか鬼だからってそんなベタな』
『…………』
『うそっ……』
『な……ないわー。こんなもん美味いとかないわー。やっぱ肉食わねぇと肉! 土から生えたもんじゃチカラつかねぇっつーの』
『大豆だってちゃんと栄養あるよぉ!? 畑の肉って言うくらい身体に良いんだから』
『はぁたけぇのにくぅ? オレを馬鹿にしてんのかよぉ?』
『そ、そんなだからラカクは周りから馬鹿って言われるんでしょー!?』
以降、言い争いは熱を上げてやがて喧嘩に発展したそうだ。そして、酷い時は山がひとつふたつ……
「で、今はこんな感じだと」
「流石に被害を及ぼさない程度には落ち着いてますが、顔を合わせれば喧嘩になる有り様です」
ちなみに醤油や味噌といったものはスルーするとオルタナ先生は言う。だったら原型の残っていない油揚げも許せばいいのになぁ、と他人事ながらに思う。まぁ好みというものは当人達の匙加減だ。
ミルクが嫌いでもバニラアイスを喜んで食す者はいるし、海老が苦手だろうとスナックは平気だという人もいる。そういうものだ。
「──ていうかオレはわざわざオメェと罵詈雑言の応酬する為に呼んだんじゃねぇよ話進めさせろや!」
「だったら早く話を済ませて出て行かせて貰うよ」
「ケッ、今日はこのぐらいにしてやる」
「ふんっ」
埒が明かないと判断した羅角は、その口論を強引に打ち切った。
「用件は他でもなく小僧、今回の潜入依頼の仔細についてだ」
「そうですね、紆余曲折もありましたが早期に解決出来て良かっ……」
「ハクロからは連絡が入っている」俺の締めくくりを鬼は遮る。
俺もあのちっちゃな天使──白鷺さんから報告は伺っている。
ライアンが起こした荒魂の発生の容疑は、完全なクロ。彼が過度に痛めつけ、放逐した精霊獣達が件の騒乱を起こしたと断定された。
御曹司が犯罪者に扱われることは免れず、レイヴェルト家もかなりの打撃を受けたと聞いている。
だから今回の事件は一件落着。その筈だった。
「奴がそういう外法を始めたのは半年前からだ。家の召喚台の履歴を調べた情報ではな。それだけだと腑に落ちない点が二つ残ってんだよ」
「時系列に何か問題が?」
「荒魂の異常発生が確認されたのは、一年前だよ。と言っても頻度は今回以上じゃねぇ。むしろライアン・レイヴェルトの要因と重なってハッキリ問題視されるようになったってとこだな。現に野郎の精霊獣が堕落しただけでは説明出来ねぇケースも確認されている」
そして、と言って鬼の子は机に透明な箱を置いた。中では黒い靄に包まれた鉱石が入っている。
「ライアンの所持品から没収した精霊石だ。見ての通り、瘴気がたっぷり含まれている。これであの火蜥蜴を呼んで契約が成立しなかった結果、荒魂と化したらしいな」
「瘴気を含んだ精霊石での召喚なんて聞いたことも……それに、彼はこれを何処で?」
「路地裏で身元も分からん輩に貰ったと自白した。『より強い精霊獣を呼ぶのなら、これを触媒にすると良い』ってな具合に。随分都合の良い話を持ち掛けて来るだろ?」
羅角さんは校長という立場に似つかわしくない鋭利な微笑を浮かべる。自分の領域を侵害されて、本格的に敵を見据えているようだった。
「ライアンだけでなく荒魂を人為的に発生させてる野郎がいる。まだ終わっちゃいないようだぜ? アルフ・オーラン」
撤回しよう。事件は、早々に収束した訳では無い。




