事態の収束。ライアンへの審判
鬼の子のことは気がかりだが、今は荒魂騒動の件を優先させよう。
俺は白鷺さんに一部始終を話すために連絡した。火蜥蜴は俺が調伏したことにして、あの人物の情報がハッキリするまで伏せた。
今回の事件での被害は、建物の一部の損壊。怪我人は数人いるようだが死者もいない。精霊獣も数匹怪我をしていたが鈴狐の治療の甲斐あって命に別状はないとのこと。
学校の生徒達は帰宅を命じられ、アリス達も既にいなくなっていた。
俺も退きたいところだが、まだやるべきことが残っている。
俺は真噛と一緒に、消火作業を終えつつある訓練場に戻った。
鑑識や退魔士達がごぞって現場の後処理に終われていると、
「放しやがれェ! 俺一人歩けんだよ! 誰の許可を得てこんな真似──」
その中から担架に運ばれながら騒ぐ輩が出てきた。拘束具に締められて暴れている。
ライアンは長時間に渡って荒魂に捕まり、瘴気に当たられていた。人体に悪影響を及ぼす可能性がある為、精密検査を強制するのだ。
それに患者というだけでなく、虜囚という側面──本人にまだ自覚は無い──もある以上自由な活動は許されない。俺は、その通告に来た。
「救護班、少しだけ話をしたい」
彼を連れ出す者達を俺は呼び止めた。
これからのことも露知らず、男は俺を見るなり怒鳴り散らした。
「あっ、おい! テメェ! よくも俺が呼んだ精霊獣を殺してくれたな!?」
「言った筈だ。責任が取れないなら処遇は俺にあると」
「なら最後までその責任を持ちやがれ! どうしてくれんだコラ!」
「荒魂を放逐しろとでも言うのか」
あまりに身勝手な言いがかりである。荒魂の調伏に糾弾される謂れはない。
奴の言い分に付き合う気は無く、俺は本題に移ることにした。連絡で確認した奴の罪状を、宣告する為に。
「ライアン・レイヴェルト。伝えるべき話がある」
「あ?」
「お前には今、荒魂の大量発生の元凶とし、この都市へ多大な被害をもたらした容疑が掛かっている。そして、精霊獣の虐待にもな。逮捕されるんだよ」
言葉の意味は分かってもその真意が分からないと言いたげに、目が見開かれた。
「な、に言って」
「心当たりはないのか。お前が呼び出した精霊獣は火蜥蜴だけではないだろう。そいつらはどうした? 俺達『北斗』の調査ではその大半が荒魂と化している」
「だ、だから何だってんだ!? 俺には関係ねぇ!」
「立派なテロなんだよ。都市に対する破壊行為の幇助としてな」俺は言い切った。証拠があがっている以上言い逃れは出来ない。
担架の上でようやく身動きが取れない意味を知り、無意味にもがく。
「当然お前は懲戒退学。この学園にも二度と敷居を跨げないだろう。勝手に召喚台を利用し、此処まで事件沙汰にしてしまった以上はな。もはや金でもどうしようもあるまい」
「証拠はあるのかよ?! 俺が精霊獣の契約を破棄したってことと、それらの荒魂が俺の精霊獣だったって根拠は!」
「あるからこそこうして言っているんだ。お前が精霊獣を虐待している証拠があり、それが原因で堕落した精霊獣の個体にも照合が済んでいる」
見えない法の包囲網がじりじりと追い詰める。
だがライアンの悪足掻きは続いた。
「そんなに言うんだったらよ、この場に連れて来て見せろよォ! 俺が傷付けて契約を切ったっていう精霊獣をなぁ! 俺は認めねェぞ! 俺は悪くねぇ! 俺はつえぇ精霊獣が欲しいだけだっつーの! テメェごときにそんな権利があるとでも思ってんのかァ?!」
響く怒号は周囲の人間にも注意を惹き付ける。
「証明、欲しいの?」
俺の傍で聞いていた狼少女が口を挟んだ。それから俺に許可を求める。
「あるじ、見せて良い?」
「構わないよ」
これは彼女なりのけじめだ。なら尊重しなくては。
真噛の周囲に一迅の風が渦巻く。
「ライアン、わたし、誰か分かる?」
蒼狼としての姿をその場に見せた。
別れた時より一回り大きくなってはいるが、彼には一目瞭然だろう。
唖然とした様子でライアンはかつて己が打ち捨てた精霊獣を見上げる。
「まさか……お、前……真噛? 何で、人型に……?」
「成長した。あるじに拾われて」
「俺が『北斗』の精霊獣として保護している。虐待の証人になることを申し出ているぞ」
二つの意味で今、奴の頭に衝撃が駆け巡っているだろう。
一つは不要と見なして打ち捨てた真噛が大成した事実。まんまと上位になる可能性のあった精霊獣という金の卵を手放してしまったこと。
そしてもう一つが、かつての飼い犬に自業自得とはいえ手を噛まれてしまうことだ。
「貴方、わたしを痛めつけて脅して契約切った。従う必要も無くなった。わたしはあるじと契約している。だからお別れ」
「待て……待て……真噛ッ」
「……さよなら」
人の姿に戻り、彼女は背を向ける。
「俺といた時間を忘れたのかよ、オイッ。そんな簡単に前のご主人様のことはどうでも良くなったっていうのか⁉ 今からでも遅くねぇぞ! 今度はもっと手厚くもてなしてやっからよぉ!」
「……」
話すべきことは端的に伝えたのでコイツにもはや用は無い。
後は社会が彼をしかるべき処分を降すだろう。簡単には日の目を見られない筈だ。
「真噛ィイイイ、俺のところに戻って来ォい! テメェエ、俺の精霊獣を奪いやがったなァあああああああああ! 契約返しやがれぇええええええええええ!」
「よしんばこの精霊獣にその意志があったとしても」
俺は感情的な言い分に淡々と言い捨てる。
「お前はもうロクな契約の持続も出来ない身体だ」
「……何ィ⁉」
「荒魂に精霊力を殆ど食い尽くされたのなら、元の容量までは生涯戻らない症例は何件も確認されているからな。中位や上位の精霊獣の契約なんて論外だろう。生きているだけ儲けものだ」
「……嘘、だろ……!」
「精霊獣を笑ったお前に相応しい顛末だ」
そうして最後までみっともなく喚く悪漢の声は遠ざかった。
離れていた真噛が、小刻みに震えている。
声を掛けるよりさきにその肩に手を置いた。
「よく乗り越えた。頑張ったな」
「……あるじ。ごめんなさい」
狼少女は背を向けたまま俺に言う。
「さっきも言ったじゃないか。あの鬼は別格だ」
「わたし、これからも頑張る。今回はあんまり役に立てなかったけど、次は足を引っ張らない」
「そんなこと無い。頼りになったよ」
「それだけじゃない、それだけじゃないの」
紡がれた言葉と同時に振り向いた狼少女の表情を見て、震えていた理由がそれだけではないことを悟る。
ぽろぽろと、目元から透明な雫がこぼれ落ちていた。
「わたし、あるじがいるのに、まだライアンとこうなってしまったのが、辛いの」
「真噛……」
「今、また少し話をして、悔しいのか、悲しいのか、怖かったのか、よく分かんない。分かんないけど、胸が……」
俯き、言葉が途切れる。
彼女にはどんな酷い仕打ちをされていようと、かつて彼の精霊獣だった思い出も確かに残っている。その時の感情は嘘偽りではなかった筈だ。
「ごめんな、さい、すぐ、忘れます。もう忘れるから」
「忘れなくて良い」
肩に置いていた手を、頭の方に回した。
ゆっくりと、左右に動かしながら俺は続ける。
「今此処に真噛がいるのもそういう過去があったからだ。前の契約主を慕っていたことを無かったことにした方が良いなんてそんなのおかしいよ。真噛は真噛の感じたままに想って良いし、遠慮して忘れなくて良いんだ。俺は、ちゃんと向き合うから」
見上げた少女の目は潤んで赤い。でも、さっきよりも沈んだ表情は霧散していた。
「じゃ、じゃあ、こんなわたしだけど痛くしない? 怒鳴らない? ……捨てたりしない……?」
「しないよ。勝手な都合で苦しめたりしない。悲しませない。約束する」
「うん……うん」
その場で撫でる時間が経っていく、大事なことだ。周囲にどう思われようと構うものか。
「決めた……あるじ、これからもずっと尽くす。力になる」
そうして真噛はひざまずく姿勢をとった。改めて忠誠を誓うようだった。
「だからわたしを傍においてください」
返事は快諾する以外の意思はない。俺は、この娘を受け入れる覚悟も出来ている。
「俺で良いなら、隣に立つよ。鈴狐と一緒に」
「ん。あるじ、好きだけどリンコ姉も大好き」
それから俺達は並んでスーツ姿に扮した狐巫女と合流する。
「お疲れ。マカミ、初陣どうだったー?」
「……それは」
「──凄く驚かされたよ」俺が言葉を濁す真噛を後押しする。
嘘ではない。つい先日まで中位クラスだった彼女が此処まで闘えるようになったのは非常に心強いことである。
「お前の早さ、頼りにしてる。だからこれからもよろしくな真噛」
「あ……うん!」
明るさを見せた狼少女は、犬耳をしきりに動かして手を繋いだ。
「それは良かった良かった。じゃ、私もー」
「おいおい、これじゃあ連行されてるみたいだ」
鈴狐も空いた腕の方に回り指を絡めてくる。両手が塞がった。
帰ろう。そう促され、俺は天朧から元の姿に戻る為に出口へ向かう。
校内に出現した火蜥蜴の事件は──この地区を騒がせていた荒魂の大量発生の騒ぎは、こうして幕を閉じた。
与えられたこの任務がよもや一週間で完遂するとは思いもよらなかったが、早期に解決するに越したことはないだろう。
後はアルフ・オーランとして学業に専念出来る。




