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鬼の子の乱入。怪力乱神

 乱暴な言葉遣いで投げ掛けて来たのは、まだ年端もいかない子供であった。日焼けでもしたように肌は褐色。

 胴元まで届くオーバーオールにおさがりみたいなハンチング帽を被った、そこらへんで草野球でもやっていそうな少年だ。


 だが此処は学園内。つまり学生や教員に見えない彼は明らかな部外者であったが、とりわけ目を引くのはそんな物では無い。

「だからよ、獲物を横取りさせて貰ったぜ?」


 バットのように肩で担いでいるのは、無機質なスパイクが付いた鉄製の棒。

 それは童話の鬼が良く持っていそうなあの金棒である。幾分か小ぶりで細いが、明らかに殴打に向いた鈍器であった。

 荒魂あらみたまの頭部にはがある。その児童の行いを結びつけるのに時間は掛からなかった。


「誰だ」

「オイオイ、名を聞くならまず名乗るのが礼儀なんじゃねーの?」口の端を引いたハンチング帽の子供は、こちらを見下げる為に顎を吊り上げた。

 帽子の下の血のように赤い瞳には、獣の瞳孔が走っている。人ではない。だが、身体から瘴気を出していないところから荒魂あらみたまではないと推察。


「それとも何だ? そのわざとらしい身なりなら有名だから分かると思って端折るのか? そいつは傲慢だな天朧アマオボロ

「質問に答えろ」

「やなこった」舌を出して金棒を肩から離した。その所作だけで空気が変わる。

 間もなく無言の重圧感が押し付けられた。このプレッシャー、似たレベルのものを俺は感じたことがある。


 そう、まるで鈴狐リンコの間近で力を感じた時とそっくりだ。

 低く見積もっても上位……あるいはの精霊獣か……!?


。構えろ、今からオレは攻撃を仕掛ける。二人掛かりでも良いぜ? 下手に手加減するとマジで死ぬから気ぃつけろ?」

 素性も目的も不明。ただ分かるのは、こっちの味方とは思えそうにないところだ。


 やる気だ。俺が身構える横合いで真噛マカミが特攻する。

「ヤバイ! あるじ下がって!」

 それは、野生の勘なのだろうか。あの少年が解き放った殺気に彼女は動き出していた。

 俺を守ろうとした故の独断専行。待った、と言うには遅かった。


「ほう? ワンコが先かい?」

 不意を突かれようと微動だにせず、褐色肌の子供は笑う。


 瞬足を見せた狼少女は、フェイントをかけて背後から獣化した両腕を高速で動かす。

 それはまるでラッシュの速射砲。1秒の次元で二桁にも及ぶ連撃が相手を襲った。

 ハンチング帽が吹き飛び、一斉に花火が鳴るような轟音と爆風がこっちにまで吹きすさぶ。


 棒立ちのまま、小鬼は打たれ続けた。しかしその場を一歩も動いていない。

「おーおー、良い肩叩きだわ」その一発一発が、数トンの巨体を持つ火蜥蜴を薙ぐ威力であるというのに、涼やかに言ってのける。


 そして帽子を取っ払われたその児童の頭部が露わになって、正体がはっきりした。

 この子供の額には、小さな2本角が伸びている。まるで、鬼である。


 金棒がゆらりと動いた。

「ソイツから離れろっ」

 俺の警告より早く、鬼の子は反撃に出る。


 そしてスイングの動きがブレた。

 地を掠めただけで大量の土砂粉塵が天に巻き上がる。小石が距離を置いていた俺の身体にも強く当たった。

 遅れて訪れた爆音。校舎の片隅で、間欠泉が昇ったようだった。


真噛マカミィ!」

 砂煙から狼少女が飛び出す。間一髪逃れていた。

「だ、だいじょぶ」


 ギリギリの回避のせいか、しきりに息継ぎはしている真噛マカミであるが怪我はない様子。

 しかし、安心するのは早い。悠々と前に進み出た鬼子も健在だからだ。

 角以外は子供の見た目にそぐわぬ怪力乱神。一撃で火蜥蜴を仕留めただけはある。


「反射神経も上々。これからってとこだな、お前は及第点」

 言いながら、金棒を一振り。

 横に流しただけで立ち昇る砂煙を吹き飛ばす。


 戦闘経験の少ない狼少女では、あの次元を相手にするのはまだ早い。判断はすぐについた

 いや、俺も勝てるのか? しかし、なりふり構っていられない。

「あるじ、逃げよう……!」

「けど、真噛マカミ

「アレは人が相手しちゃいけない。たとえあるじであっても! 逃げることは悪いことじゃないってリンコ姉からも教わった」

「逃げても良いけどさお二人さんよぉ」


 口を挟んだのは、鬼。

「そうなるとオレの捌け口がなくなるわけよ。するとどうなると思う? 此処に手頃な建造物がある訳だ。あーあ、八つ当たりしちゃおっかなー! そんで、近くにいる連中もちょっかい出してみるとか?」

 脅迫染みた問いかけだった。撤退すれば、周囲への被害を意図的に広げると。

 


 鈴狐リンコの助けがない今、俺一人で天上位クラスを相手に何処まで通用するかは未知数。

 生身の人間が上位以上の精霊獣と相対すること自体が常軌を逸脱しているとしても、やるしかない。

真噛マカミ、下がってくれ。奴の狙いは俺らしいから」

「でも」

「大丈夫、信じてくれ」

 渋々と狼少女は引き下がった。


 小鬼は俺が前に出ると、二カッと歯を見せる。好戦的な気性が垣間見える。

「で、やっと本命か天朧アマオボロ

「何が目的だ、お前は」

「だから腕試しだっつーの、オメーを測っているんだよ」

「それは手段だ。その真意を」

「お前さん次第だなそりゃ」

 そうして会話を打ち切った鬼の子は、足取りを再開する。


「さぁ、おっ始めるかァ!」

 もう一本、空いた手の中に金棒を何処からともなく増やす。鈍器による二刀流でこちらに飛び出した。

 俺は真噛マカミから離れるように後退する。


 鬼の子が一際強く地を蹴り、急加速。金棒の届く範囲にまで一気に肉薄してきた。

 風を引き連れた一振りが迫る。反射的に俺は腕を金棒へと動かす。


 掌の面と殴打の面が接する。

 当然、そのままあの馬鹿力から繰り出される衝撃を受ければ俺の腕はあっという間にスクラップだ。だから、


 逆手を捻り、紙一重のタイミングで力の方向性をずらした。強大な鈍撃を遠ざける。不穏な風圧が、頭上を過ぎた。力を真に受けずに逸らすこと、それが最善策。

 続いて二打目。今度は上から下への降り降ろし。触れずとも回避が出来る。


 土砂の間欠泉が再び昇る。鬼の攻撃は早くてまともにくらうと脅威だが単調だ。先読みと受け流しでどうにか生存する。

「受けじょーずじゃねぇの!」

 外見は小さな子供に危害を加える絵面には抵抗があるが、そうも言っていられない。脇腹辺りに、踏み込みと精霊力を加えた渾身の頂肘ちょうちゅうを見舞う。


 しかし、全く小鬼の身体は吹き飛ばなかった。根を張った大樹に体当たりを仕掛けたみたいに、こっちが弾かれる。

 こんな成りの何処にこれだけの重量を持っているのか。


 既に奴は攻撃のインターバルから回復していた。小枝のように金棒を振り回す。

 すぐに飛び退き、攻撃圏内から逃れる。この一連の出来事は1分以上に体感しているが、おそらく15秒にも満たない時間経過だ。


「どうした。こんなもんかよ、アイツの選んだ契約主の実力は。もしそうならガッカリだ。言っとくがオレはまだ一割も本気出してないぜ」

「……何?」

「劣化リンコだぜお前。そこの犬っころの方が全然見込みあるぜ。結局他人任せなだけでしかねぇか」

 深追いよりも小鬼が優先させたのは挑発だった。聞き捨てならないセリフに俺も反応してしまう。


「知ったような口を」

「お前以上には確実にな。だから、オレには分かる。この程度の実力であの狐巫女の相棒に相応しいとは言えねぇな」

 その赤い眼には失望の色が浮かんでいる。どうやら、コイツは鈴狐リンコをよく知っているらしい。


「ただ基本を抑えただけで、凡俗の域を出ていない。お前、リンコの奴から技術を教わっただけか? 何もお前自身の特筆すべきものは何も見当たらない。世間じゃ前に押されているが、所詮は奴の後ろにいるだけの七光り。ただの足枷だな」

 言い切られた。だが、否定は出来ない。


 鈴狐リンコは、俺より遥か上の高みにいる。『北斗』では足並みを揃えているが、実力は雲泥の差だ。

「なぁお前、アイツに相応しくないと自分でも自覚してんじゃねぇの?」

 追い打ちは、言葉で飛んでくる。


 確かに、この鬼の言う通り釣り合える自信なんか無い。もしかしたら、もっと相応しい契約主だっているのかもしれない。

 だが最初に出会った時、彼女は言った。

『先に言っておくと君にはそう、資質がある』


 その言葉に後押されながら、此処までやって来られた。俺の人生は、彼女ありきのものである。その感謝の念は、自分でも計り知れない。

「アイツも目が曇ったか。こんなのと契約して……」

「知ったことか」

 だから、身の丈で鈴狐リンコに応えるだけだ。他人にどう思われようと、構わない。


 俺の方から今度は飛び出す。小鬼は迎撃に両金棒を振り上げる。

「ハァ、自棄かぁ!?」

「どうだろうな」

 繰り出された一撃を前に、俺は逃げずに突っ込んだ。玉砕か否かの境界線に踏み入れる。

 奴に目掛け手を伸ばす。振り降ろされた金棒が唸る。


 目の前に黒の鉄塊が映った。だが怖じ気付く訳にはいかない。

 跳ねるような歩法で、距離をほんの少しだが一際早く縮める。それが俺を生存させた。


 そしてタッチの差で掻い潜る。間合いに入り、腹部に手を当てる。

 グッと、そのまま勢いのない掌底を押し込んだ。衝撃は鬼の中で発生する。

 そして相手の背中に見えない力が突き抜けると、


「ごっ」

 鬼が、初めて自分以外の力で動かされた。身体をくの字に曲げて後方へと地についた両足が滑る。


 放ったのは暗勁(あんけいという技術。

 通常、打撃では相手と密接したゼロ距離の状態で攻撃することは出来ない。勢いをつけなくては衝撃を起こせないからだ。

 例えば、拳を相手につけたまま引かずに殴ることは出来るか? 足の脛を相手に押し当てたまま下げすに蹴ることは出来るだろうか? だから接近戦において、自分の渾身の力を発揮できない距離まで詰めることは愚策として見られる。


 しかし、その暗勁あんけい……またの名を浸透勁しんとうけいと呼ばれた技はその前提から外れる。


 手を敵の身体に貼り付けたままでの打法。震脚で力を捻出したり、助走や筋肉の伸縮を利用しない。

 ただ水が染み込むように、その衝撃を内部に伝える鈴狐リンコの奥義の一つ。通常は防具の上からでも臓器が破裂するような威力を伴う。


「……ケホッ」

 ふらふら揺れる小鬼。俺は追撃を仕掛けようとする。

 が、奴の目がギラついた。獰猛な獣を彷彿させた。その覇気に中断して一度距離をとる。


「今のは、ただの、暗勁あんけいじゃねぇな。威力がおかしい」

 鬼の子は健在。自分が受けた技を吟味し始めた。

天朧アマオボロお前、これに精霊力を籠めたな」


 正解だ。俺は暗勁あんけいに精霊力を上乗せして放っている。そのエネルギーを波のように拡散させた衝撃は、本来の効果以上に対象を内部から破壊する。

 これで人の域にいる俺が上位の荒魂あらみたまを倒してきた。

 如何なる生き物も、臓器までは鍛えられない。これが当たれば大概の決着が着く。火蜥蜴の時は人質にまで衝撃が伝播する危険性があって使えなかったが。


波濤はとう暗勁あんけい鈴狐リンコから教わった技の派生の味はどうだ」

 同じ技術を学んだだけの劣化ではないことを、俺は知らしめる。

 しかし、まさかこれでも倒れないとは。それどころか、殆ど余力が窺える。

 鈴狐(リンコ)が駆け付けるまでの時間稼ぎにやり取りした会話も途切れた。

 どうする。もうこの手の付け焼き刃は通じない。



「……へっ、悪くねぇ」

 すると、その鬼の子供は金棒を引っ込め、ハンチング帽を拾う。

 急に踵を返して離れて行く。


「待て。何処に行く」

「用事が済んだからな」

 帽子を目深に被り、軽薄な様子に切り替わる。周囲の圧迫感が開放された。


「まぁ、お前にもまだ見どころがあるようだ。今回はこれで及第点にしておこう」

「捨て台詞で逃がすとでも」

「そう背伸びするなよ。オレはこれ以上荒事起こす気はねぇ」


 コイツは俺の正体を知っている。それだけで仮面の中で動揺が広がった。

「本気見たさに意地悪してやったが人間の中じゃあ良くやれてるよ。満足したからオレは帰る。今度は正式の場で顔合わせしようや」


 名前をあげたことで、俺への牽制になった。深追いすればリスクがあるということを暗に伝えている。

 じゃあな、と言い残すとそのデタラメな脚力で空を飛んだ。子供の鬼はあっという間に見えなくなる。


 乱入者は、こうして姿をくらました。

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