天朧と真噛の躍動。疾風は獄炎を制す
真噛が動くなり、反応した火蜥蜴が口から獄炎を放射した。一帯を灼熱が埋め尽くす。これが、この惨状の原因か。
俺達がその場から跳んだと同時に、奴が猛突進を始める。
しかも向こうはその体格に似合わず、素早くこれでもかと歯牙を開き狼少女を狙う。
だが、真噛の機動力はそれらを軽く凌駕した。
俺の視界からも彼女が消える。火蜥蜴の噛みつきは空を切り、奴も見失った。
俺が所在に気が付いた時には背中に回り、死角に入っていた。
後方に退く間に、一瞬で敵の間合いに肉薄するとは。しかも真噛の強みは機動力だけではなかった。
ぶぅん、と風が鳴る。そして轟音。
その獣化した腕から繰り出された一撃は、炎の鱗鎧をものともせず推定数トンもありそうな怪物を横凪ぎに倒した。
館内に地響きが反芻する。
「ゴルルアァ?!」
「……うおっ!」
「わぁっ」と、放った本人ですら驚いている。
鈴狐に鍛えられて、その限界は自分でも天井知らずなのか。
「調子ニィ乗ルナァアアア!」
なんと言語を解した火蜥蜴が吠える。反撃にヒュンと風を斬る音を鳴らして2本の尾がしなった。絶え間ない乱打が周囲に広がる。
しかし、狼少女はそれらを平気で掻い潜った。ひとつ足りとも直撃を受けず、見切っている。
縦横無尽に宙を舞う真噛は、実戦の場でありながら弾んだ声で言う。
「身体、軽い。羽根みたい」
上位へと進化した彼女の潜在能力は目覚ましい。圧倒的な体格差をものともせず相手を一方的に翻弄している。
四方八方を跳び、荒魂を翻弄する真噛。相手は完全に追いついていない。
火の息吹は届くことなく、鉤爪は虚しく空を切り、火蜥蜴は怒りの咆哮を広げるも意味をなさない。
すれ違い様に重い一撃を浴びせ続け、怪物は行動どころか身動きもろくに取れずにいた。
そして、いい具合に火蜥蜴の注意を上に惹き付けてくれたおかげで、俺も足元に接近する。身体を横に腰を落とす。
無防備なその長い胴体目掛け、最大限の突きを繰り出す。
「ッハ!」
正拳の威力を最大限に発揮させる突き、冲垂。そのインパクトと同時に震脚を踏み、拳に包まれた精霊力を爆発させた。
狼少女の一撃に負けじと荒魂が吹き飛んだ。その間に真噛が尾を叩き、怪物からライアンを解放させる。
もんどりうつ蜥蜴は、その巨体で周囲を滅茶苦茶にしながら抵抗する。
だが、これで存分に仕掛けられるな。ライアンという人質を失った今、俺達は全力で調伏が出来るからだ。
火蜥蜴に恨みはない。ただ暴れるだけなら酌量の余地があるくらいだった。
しかしもう荒魂と化し危害を加えてしまった以上、滅ぼす以外に道はない。向こうも、敵意を剥き出しで起き上がった。
「チカラァ、足ラネェ……」忌々し気に、火を零した顎から言葉が漏れる。
「あるじ」
「ああ、次で仕留めるぞ」隣にいた狼少女は、獣化した腕の爪をこれでもかと伸ばして応じた。
しかし、火蜥蜴との決着を邪魔する者がいた。
「そいつを、殺すんじゃねぇ!」
怒声は、両者の間から差し込まれる。熱砂の砂漠のように気温の高い空間であるのに、蒼白な顔でライアンが腹這いにしていちゃもんをつけた。
「せっかく呼んだんだ! 俺の、精霊獣だァ! 契約、契約しないと」
「もう遅い。コイツは荒魂。調伏するのが決まりだ」
「外野が、口出すなぁ陰険ヤロー!」
この期に及んで強欲な前の契約主を見て、真噛は物憂げな眼差しになった。俺も、コイツへのこれまでの因縁から、嫌悪感に仮面の内で鼻白む。
奴に対する情動で、俺達は僅かに標的の意識が逸らしてしまう。
その隙に、火蜥蜴は動き出した。こちらではなく、後方に素早く移動した。
「モットチカラヲ溜メテ、強クナッテヤラァアアア!」
目的は精霊力の補給。訓練場の壁を突き破り、逃走する。
「チッ」
不意打ちなら対応出来たが、まさか脱出を選ぶとは。ライアンの妨害で不覚をとってしまった。
「先、追う」真噛がその破壊した穴を先行し、追跡を開始する。
俺も外へ出る中で、背後から「殺すんじゃねェぞ! 良いな!?」という余計な声が飛んで来た。その声に俺は振り返る。
いい加減にしろよ。俺は追跡を彼女に任せ、ハッキリさせることにした。
「なら、お前がアレを止めろ。この問題全てを解決してみせろ」
「なっ……!? 何で、俺がっ」
「呼んだのはお前だ。本来ならお前が責任を取るべき筈だ。役目を放棄する以上、処遇の決定は俺にある」
要求に、狼狽した。話をややこしくするなら、断ち切る必要がある。
「俺のやり方を望まないなら、追いついて来い。そしてあの怪物の駆除を止めてみせろ、自力でな。一度はお前を助けた。だが、自殺行為を繰り返す者まで救う義理は無い」
「テ、テメー社会と人を守る為にやってんだろ?! 正義が言う事じゃねぇ!」
「元凶が囀るな。俺はただ、退魔士として荒魂を調伏する。それがこの仕事だ」
正義の味方は正義ではない。ただ、法と治安に則って動いてるだけに過ぎない。
言い捨て、奴を置き去りに背を翻す。
涼やかな空気が広がる外に出る。少しだが余計な時間を盗られた。早く片を付けないと。
しかし、事態は予想外のところで収束する。
「真噛!」
狼少女は訓練場をすぐ出た場所で立ち止まっていた。その前では、標的の怪物が横たわる。
火蜥蜴は、既に息絶えていた。硬い嘴のある顔がひしゃげ、泡を噴く。
「もう仕留めたんだな。よくやった」
「……違う」だが、首を横に振る。トドメを刺したのは自分ではないと。
そして彼女は指で示唆する。
そこで俺は現場に彼女以外の人物も居合わせていたことに気付く。真噛よりも荒魂との距離は近い。は、先程まで暴れていた恐ろしい火蜥蜴を前に騒ぐ気配は無い。
「よう」
というより、まるでその怪物を降したばかりであるとでも言うように、光の泡沫と化していく亡骸に登っていた。軽やかな足取りで着地する。
新たな乱入者は、俺達と向かい合う。
「おせーよ」




