上位荒魂。火蜥蜴の暴走
訓練場の入り口でまだ逃げ遅れたと思わしき人を見つけた。俺達はその場に駆け寄る。
「鎌居! 鎌居!」倒れた鼬の精霊獣に呼び掛ける栗毛のスポーツ系女生徒レイチェル。
「……あ、貴方は」グッタリしている梟を抱きかかえた眼鏡の女生徒ロベルタ。
その二人はアリスの友人達だった。どうやら相棒が怪我をしているらしい。
今の俺はアルフではない。振る舞いを、変える。
「荒魂にやられたのか」
「は、はい。少し炎を受けてしまいまして、ほうほうの体で此処まで離れたのですが……」
まさか放課後の荒魂退治感覚で上位を相手にしたのだろうか。
「何故逃げなかった」
それはプロとしての糾弾。本格的な荒魂の調伏を行う界隈では、素人同然の彼女達の行いは褒められたものではない。手に負えない相手なら本職に任せると言っていたのに、なんて無茶をしたのか。
だが、スポーツ系少女がその言い分に噛みつく。
「あたしら、だって、退魔士を目指してるんだ! こういう時の為に、鍛えてきた! 被害が広がろうとしてるのに臆病風に吹かれるなんて……!」
「無謀と勇敢は似て非なることだ。自分の力量をきちんと弁えなくては逆効果だろ」
「でも……!」
「お前の鼬を見てみろ。軽傷だから良かったものを、危うく相棒を失い掛けるところだったんだぞ」
俺の叱責に、レイチェルは意気を削がれた。自覚はしているらしい。
声と恰好を隠せば、簡単にはバレないよな。学生の身では口出し出来ずとも、天朧としての忠言には耳を貸すだろう。
「天金、二人の精霊獣を診てやってくれ」
「天朧は? 一人で大丈夫?」
「初陣に丁度良いだろう」と俺が言うと、狐巫女は意味を理解して精霊獣達の応急処置に入る。
その場を任せ、訓練場内へと入ろうとする。煙が天井から漏れていた。
「あの」呼び止めたのはロベルタ。俺は振り返る。
「どうした」
「中でアリスが……友人も闘ってるんです! きっと、私達の為に時間稼ぎを……!」
何やっているんだ。心の中で俺は毒づいた。
退魔士ごっことしては流石に度が過ぎる。まさか二人のために足止めでもしてるつもりなのか?
「分かった、安心してほしい。後は俺がやるから」
「……はい」
それだけ言うなり駆け足で突入する。
現場はむっとした熱気が立ち込める。ちらほらと黒ずんだ瘴気が漂い、火の手が少し上がって灼熱の空間が形成されていた。
防火対策のある建物もあってスプリンクラーが作動し、幸い火災は抑えられた。だが、鎮火しきれていない。
そんな中でも、数人の教師陣が荒魂と相対していた。中位の精霊獣達が奥にいる怪物を牽制しているらしい。
「誰だこんな忙しい時に! 関係者以外は立ち入り禁止だぞ!?」気丈な女教師がなじる。
「天朧。最寄りで要請が入ったので急行してきた」
「そ、そうか! 失礼した」
要請というのはまだ入っていない。後付けになるだろう。
「『北斗』からの救援か!」
「頼もしい……!」
「天朧が来てくれたのなら、この場もなんとかなる!」
皆、熱量と緊迫した状況で汗を流しつつ、助かったという顔になった。その中で虎の精霊獣を連れた赤髪の女生徒が大の大人達に混じっている。
「貴方が天朧? ほ、本物の……?」
此処まで必死だったのか、緊張の糸が切れて安堵した様子でその場に座り込む。
レイチェルのように学生の独断先行を叱るべきか、それともよく持ち堪えたと言うべきか。
だが、荒魂がいるこの場で悠長に話をしている場合ではない。すぐに戦況から遠ざけることを優先させた。
「……学生が此処にいてはいけない。ご友人が心配していたぞ。すぐに退くんだ」
「は、はい」
「皆も下がってくれ。巻き添えになる」
俺は言うだけ言って、人と精霊獣達よりも前に進み出た。注意は俺が惹きつける。
召喚台の向こう、陽炎が揺らめく先に天井に届きそうなほどの巨体が立ちはだかった。
アレがこの騒ぎの大元か。
「グ、ルル、ル」
爬虫類のフォルムに赤き甲殻を纏い、長い首と四本の脚。三又の細い尾。嘴のある尖った顎から低い唸りが零れた。
火蜥蜴、とでも言うべきだろうか。上位の精霊獣が堕落した天災。
まさか、召喚された矢先に荒魂化する個体が出るとは。いや、もしかしたら元からその兆候のある個体を呼び出してしまった可能性もある。どちらにせよ、ランクの高い相手であることは確実。
「だ……すけて……」その後方で救いを求める声。
見ると、ゆらゆらと踊る尻尾に絡めとられて身動きできずにいる生徒がいた。ライアン・レイヴェルト。此処で許可なく精霊獣を呼び出した張本人だった。
火の蜥蜴は生かしたままこの先輩を捉えている。きっと、狙いは彼の中にある精霊力を吸いつくす為。荒魂は精霊獣同様、精霊力で生命維持をしなくてはならない。人や精霊獣を襲う理由はそういうこと。
そして推測だが、先程までライアンと火蜥蜴は仮契約で繋がっていた。その時の味を覚えているが為に、手放さない。
周囲からの攻撃には抵抗はすれど訓練場から出て暴れないのは、精霊力の捕食を優先しているからだ。
「助けて、くれよぉ」
弱々しく、自業自得と言っても過言ではないライアンの懇願。この熱量では長時間拘束されているだけでも危険だ。
どちらにせよコイツを調伏しないといずれは二次被害が出る。此処で仕留める。
「おい、木偶の坊」
そう何の躊躇い無く声をかける。反応した荒魂が牽制に3本の内1本の尾を動かした。
鞭のようにしなった一撃が床の底を抜く威力を見せた。その場から身をそらして紙一重で俺はかわしている。
「そうだ、お前の相手は俺だ。覚悟は良いか?」
「──ギィェエエエエエエエェエエエエッ!」
大気を震わせる異形の咆哮。おどろおどろしい気迫が全身を叩く。
けれど、その威嚇に臆することなくそのまま悠然と俺は手を前に出した。
「出番だ。人型で構わない」俺はもう一人の精霊獣を呼び出した。
応じて現れる狼少女。
「はい、あるじ」
「この格好で悪い。誰か分かるか?」
「匂いが一緒、分かる。それでアレは?」
真噛は指差した先の荒魂に視線を移す。
「二人で奴を調伏しよう。準備は」
「良い」口元を緩めた彼女の両腕に、変化が訪れる。
蒼狼の姿と同じ体毛と爪が生えた。部分獣化とでも言うべきか。
「修業の成果、あるじに見せる」
「期待する」
彼女の傍らに立ち、見降ろす怪物の前で俺も構えた。
火蜥蜴の荒魂との対決はこうして火蓋を切った。




