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影蘿の脅威。対抗の為に



「アハハハハ! キャハハハハハッ! 嗚呼、アレが王の傑作! ついにこの時が来たのねぇキャハハァ!」

 耳に障る嬌声で高笑いする鬼の女は天を仰ぐ。頭上には雲の中から黒い靄に包まれた大鯨が降臨し、上空から都市を席巻しようとしていた。


「美しいわァ、綺麗だわァ、素敵だわァ。貴方達もそうは思わなァい? ねぇ聞こえてるゥ? ウフ、ウフフフフフッ!」

 振り返り、一面の残骸に向かって彼女は投げ掛けた。周辺の建築物は木の代わりに伐採するように、鋭利な切り口の断面を残して殆ど斬り倒している。

 壊滅的な光景の中、瓦礫に埋もれていた二組は身体を起こした。



「……うっせぇ、はしゃいでんじゃねぇぞこの糞女(ビッチ)が……!」

「フン……何を勝ち誇っている」

 アインと斑鳩(イカルガ)が挑んだ戦闘は、長引いていた。

 瘴気の力を得た影蘿は従来以上の実力を発揮して以降、二人は圧倒され劣勢に陥っている。



「さぁ来なさァい。もっと可愛がってあげるから、最後は苦しまないよう楽にしてあげるから。こんなんじゃ物足らないわァ!」

 骨鎌を軽々と振り回して彼女は戦意を煽り立てた。興奮で白い肌は紅潮している。

 彼等は挑発に乗った。幾度も競り負けた相手に怯まず立ち向かう。



 覇刃切離(ハバキリ)。名刀の一振りにも勝るアインの鋭い手刀を、精霊力を籠めた鎌の柄を易々と防ぐ。そのまま突進を仕掛けたアインの猛攻によって、剣戟が繰り広げられる。

防御に回り、後退する影蘿を斑鳩の槍が狙う。


貫鳴突(かんなづ)きッ!」

 鳥人が放つ万物を貫く渾身の一撃。だが、鬼女は神速のそれにすかさず反応を見せた。

 鎌を回転させ、柄を利用して槍の軌道をズラす。黒髪を掠めたが、直撃は逸らされる。紙一重の技術を難なくやってのける。


 そのまま間髪入れずに叩き込まれた靴底で、斑鳩は底知れぬ力に後ろへと追いやられた。アインがその間に首を落とそうと手刀を振るうも、素早く肘を捉えて抑え込んだ。

 素手で対処されたことに驚く彼は、急激な体重移動を体感する。

「──踊りましょッ」


 強引に引っ張られ、独楽のように両者はグルグルと回る。それからパッと彼女に手放されたことを契機に、アインはジャイアントスイングよろしくに飛ばされて地面に墜落した。

 ふわりと、二人を軽々とあしらった彼女は地面に足をつける。



「ねぇ、早く起きてェん? でないと退屈しちゃうわァ。アレが動き出したら、滅んじゃうのよ? もっとやる気出してホラホラ!」

 嘲笑しながら影蘿は戦闘の再開を呼び掛ける。

 これに似た光景は、既に数えきれない程繰り返される。歴戦の猛者である筈の二人が、弄ばれていた。



 当然ながら彼等の動きは鈍り、消耗が窺える。当初であれば跳ね起きる勢いですぐに立ち向かっていたのだが、復帰するのにも時間がかかっていた。

「クソが」

 アインは這いつくばり、拳大のコンクリートを腹立たしく握り締める。

 斑鳩も槍を杖代わりにやっとのことで立ち上がる。

 


「良い子ねー! そうこなくっちゃァ!」

 きゃいきゃいはしゃいだ彼女であったが、ピタリと動きを止める。


「んーでも繰り返しじゃ味気なくて飽きちゃうわねぇ。そろそろ趣向を変えていきましょう?」

 言って、影蘿は状況を悪化させる動きに出た。

 持っていた得物で地面をノックする。

 すると彼女の影が生き物のように蠢いた。



具影(ぐえい)千手陀(せんじゅ)羅尼(だらに)

 術者の中心として地を走り、広範囲に伸び広がる。やがて質量を持って、隆起した。

 枝分かれしたおびただしい数の黒い魔手に彼等は包囲される。

 あるいは矛のように尖り、あるいは落ちていた障害物を掴んで握斧にして一斉に降り注ぐ。

 絨毯爆撃のように一帯ごと攻撃され、彼等は地盤と一緒にめくり上げられた。


「がっ」

「ぐぅ……!」


 黒い退魔士のバードヘルメットが砕けて剥がされた。灰色の鳥人の片翼は折られた。


 蹂躙され、流石に堪えた様子で二人は退避せざるを得なくなる。

 転がるようにしてその攻撃圏外へと逃れる。辛うじて原形をとどめていた一つの住宅に窓から飛び込み、キッチン台を背に息を整えた。彼等に法律など関係ない。



「どうする。贔屓目に見ようとアレは異常だ。このままでは敗色が濃厚だぞ」

「こうするもねぇだろ。潰す」

「であれば貴様は今頃串刺しになっていた。生存を選んだから此処にいるのであろう」

「焼き鳥が好みかテメェ」

「口論の猶予は、ないみたいだぞ」



 家宅が揺れた。付近で影蘿が影の魔手を率いて大暴れしている。

「何処に行っちゃったのぉ? まーだ生きているんでしょう? 遊びましょうよぉ!?」

 あまりに凄まじい規模の攻撃で、見失っていたことが幸いである。



「選べ若造。このまま心中するか、手を貸すか」

「寝惚けたこと言ってんなよ。こうして並ぶのも癪だが──」

「違う。手を、貸せ(・・)



 斑鳩は大きな手をアインの前に出す。その意図に、険しい顔を更にキツくする。

「ふざけてるのか」

「だから選べと言っている。このまま特攻して散るか、不肖ながらの契約か」

「クソが……」

「罵るのでならば、己の不甲斐なさにだろう。互いにな」


 斑鳩が提示したのは、再戦を人と精霊獣の繋がりを以て戦闘に復帰すること。

 プライドが高く、協調性のないアインにとっては煮え湯を呑むも同義だ。普段であれば相手がそんなことを言い出してきた時点で排斥していただろう。



 だが、この状況下ではそうも言ってはいられない。彼もこの場を脱する為の活路が、契約により両者が力を得ることであるのは分かりきっている。

「これが済んだら打ち切れよ」

「生憎繋がっている気はこちらも毛頭ない」

 やがて、アインは乱暴に斑鳩の手を握り返したのを契機に──



 民家の奥で、閃光が瞬いた。

 鬼女はすぐさま気付き、忍び笑いを漏らす。


「ウフフフ、そんなところにいたんだ。かくれんぼかしら?」

 ゆらめく影を操り、無数の手で横倒しになっていた乗用車を持ち上げさせる。

 そのまま民家に向かって勢いよく放り投げた。壁を突き破って大きな破壊を伴わせる。

 切断して崩落させるのも容易かったが、そうして炙り出した方が面白いと彼女は判断していた


 直後に対となった二人が左右から飛び出し、第二ラウンドに続く気配を見せる。

 あら? と影蘿は先程までとアイン達の雰囲気が違うことをすぐに察した。

 微妙な変化もある。アインの黒髪の一部がシルバーアッシュに染まり、イカルガの黄色い瞳が黒くなっていた。両者の特徴を有することになった珍しい現象。



「なるほど。手と手を取り合ってアタシを斃すのね。貴方達、仲良しなのねぇ」

「何とでも言え」

「一分で終わらせてやる」



 骨鎌の指揮を受け、彼女の身辺に控えていた実体を持つ細い影が歯牙を剥く。

 アイン達は真っ向から挑んだ。雨のように降り注ぐ無数の魔手を掻い潜り、距離を詰めていく。

 動きにキレを取り戻した。元々一個人でさえ実力の高い猛者がこれまで以上に結託し、力を共有させたことで戦闘力を上げていた。



「やるじゃない。ならこれは──」

 骨鎌を地面に突き立て、影蘿は両手を重ねる。生き物の頭部を模した。影絵さながらに犬の顔を作る。

 素早く引っ込めた影を身体に伝わらせ、そこに集中させる。


「どうかしら! 具影(ぐえい)犬蟲首(けんこぐび)

 そうして飛び出したのは巨大な犬の影。それも頭部だけ。

 蛇のように彼女と繋がる影の線をくねらせ、大口を開く使い魔に対応したのは斑鳩だった。



 槍が赤熱した輝きを持ち、熱量を付加された一撃が正面から貫く。

「──灼突(やくづ)き」

 影で出来た犬の頭が、熱の光で退けられて無力化されている内に、先に進みながらアインは以前より輝きに富んだ手刀を繋がっていた影を切除する。



 それから鎌を再び構えた影蘿に向け、覇刃切離(ハバキリ)を振り下ろす。

 防ぐたびに火花を増した太刀筋を受け、反撃に転じられなくなっていることに鬼は僅かながら焦燥に駆られた。力も速度も、さっきとは別人だ。



 次なる手刀を彼女が防ごうとした矢先、アインの腕はすんでのところで制止し、前に出した掌から赤い閃光が生じる。フェイント。

 

火々尾甲(カガビコ)

 目前で放たれた爆炎をモロに受けた。影蘿は全身を焼かれ、火傷で顔を引き攣らせながら後退する。



「ぎ、さまっ──」

見無突(みなづ)き」

 息の合った連携が畳み掛けるように彼女を襲う。火に炙られた次は槍で蜂の巣にされた。直撃。


「おのれェええええ!」

 今度は薙ぎ倒される側に回った影蘿は地面に手をついて影を呼び出す。全方位に向けて伸ばした魔手で全方位を無差別に攻撃。



 しかし、もう二人にとっては脅威ではなかった。

 身体を捻り、時には足場にして魔手から逃れる。


 そして、接近することなく両者は構えた。

弧月(コゲツ)覇刃切離(ハバキリ)ッ!」

飛突(ひづ)き!」



 振るわれた手刀からは三日月状の斬撃が。

 槍を突く軌跡からは螺旋の衝撃が。

 それぞれ放たれたものは進行上にあった影を貫きあるいは引き裂いて、影蘿に届く。



 甲高い絶命の声と同時に、彼女胴体は穿たれ、二分された。

 周囲の影は霧散し、倒れた鬼の亡骸はやがて光に分解されていく。



「……手間かけさせやがって」

「手間ならまだ残っているぞ。アレだ」

 鳥人の指摘は、頭上を泳ぐ大きな魚影。接近は止まる気配がない。

 このままでいくと、間もなく都市に辿り着く。見上げた二人はそれを敵と認識した。



「止めねばならん。契約を切るのはその後で異論はないな?」

 言ってそちらへ赴く斑鳩に、アインは舌打ちを残して追走する。


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