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狐の鬼ごっこ。堕落の笑み



 雨の降り出した市街の屋根を二つの人影が目まぐるしく移動していた。

 人に似て人ならざる者達の鬼ごっこである。エレメア校を出た狐巫女と鬼女の逃走劇は長引く。

影蘿(エイラ)による影の移動に鈴狐(リンコ)は予想以上に手こずっていた。すんでのところで

 しかし影に潜る度に、周囲を強い炎の閃光で照らすことで強引に引き摺り出す。



「女狐が、しつこいわね~!」

「往生際が悪いの間違いでしょう!」


 そう言い返して放った紅蓮の大火が敵の背中を焦がす。ギャア、と悲鳴の手ごたえがあった。

 周囲への被害を最小限に抑えながら、狐巫女は精霊魔法で徐々に追い詰めていく。

 上位と天上位という格の差を考えれば自明の理であった。影蘿は真っ向勝負を挑まないのも仕方のない話である。



 身を焼かれ、煙を燻らせながら路地に落ちる鬼女であったが、思わぬ幸運……鈴狐にとっては不運に見舞われることとなる。

「……キ、キャハハァ。何で此処にいるのか知らないけど、コイツは僥倖ね」

「うぅっ……」


 その場にいた誰かを捕らえて、骨鎌をその首にあてがう。

 鈴狐もまた目を疑う光景であった。ともかく立ち止まった彼女のもとへ。



「動くなァ!」

 だが、不用意には近づかせなかった。怒鳴り声が狐巫女の接近を遮った。

 まんまと足を止めた様子に気を良くしたのか、影蘿は勝ち誇った笑みを縁取る。

「あらぁ? こんな古典的な手段でも本当に効果あるのね、おっかしぃ。敵対していたのに手を止めるなんて、情が残っているものなのねぇ!」



 あろうことか、彼女が人質にしていたのは鬼の仲間になっていた筈の兎童女であった。

 満足に身動きが取れないのか、易々と捕まっている。着物には赤い染みが滲んでいた。

 何故か深手を負っている。そしてあろうことか、味方を切り捨てる様相を見せている。




「キドウが喚いていたのはそういうことだったのねぇヨト。瘴気を抜かれ、用済みの抜け殻になったというわけ? どおりで随分苦しそうねぇ」

「貴女達、仲間じゃなかったの!?」

「仲間? 仲間ねぇ! 単に利害の一致があったというだけよ。もういらないと王は判断したの! というか、アタシは前々から気に入らなかったのよねぇ。偉そうでっ!」

「ぐぅっ」



 言って髪の毛を掴み上げ、こちらに夜兎の顔を見せつける。

 今にも息絶えそうな姿に狐巫女は息を詰まらせた。


「このちんちくりんの命が惜しかったら、抵抗はやめなさぁい?」

 甘ったるい声で、そう脅迫を投げ掛けた。

 沈黙の後、鈴狐は言われるがまま両腕を降ろす。戦意が消えていく。


「……何故、じゃ」

 兎童女は力なく問い掛ける。それは、裏切りに対してではなかった。



「何故、ぬしが、手を止める……リンコ」

「ヨト……」

「構わずやれば、よかろう……躊躇う、必要なぞ、ない……」

「こんな形で……ヨトを見殺しになんて、出来ないよ」

「見誤る、でない、儂も、ぬしらの、敵じゃぞ」

「それでも……友達だもん」

「たわけが、何処まで……ぬしは……」

 憎み合うべき両者のやり取りは痛ましさと長年の情が含まれていた。



「素敵な友情ごっこどうもありがとう。感動のあまり欠伸で涙が出ちゃうわ」

 クスクスと嘲る鬼女は、舌なめずりして本題を切り出す。



「ところで天上位の肉って一体どんな味なのかしら? 待機組だけが堪能しちゃったから、危うくお預けになるところだったのよねぇ。特に貴女、あの糞餓鬼ラカクと比べても脂がたっぷりのってそう……さぞや、美味なのでしょうねェ」

「まさかラカクを……!」

 舐めるように、狐巫女の全身を眺める。細い手足を、剥き出しの鎖骨を、柔らかな肢体を。

 その瞳の奥には底知れぬ食気が現れていた。鬼の避けられぬ性は彼女にも宿っている。


「さぁて、大人しくいただかせて(・・・・・・)貰えるかしら──」

撃突(うづ)き」



 しかしその状況で横槍が入った。否、横槍が飛んだ(・・・)

 影蘿は斜め上から一直線に狙う投擲によって、たまらず人質を捨てて離脱。支えもなくその場に崩れる兎童女の傍らを通過して、外壁を破砕して貫いた。



「ヨトッ」

「せっかくいいところだったのにッ! 誰よ!?」

 すぐさま狐巫女が駆け寄り、家屋の上に逃げた鬼女は攻撃を仕掛けられた方角を睨む。



「お邪魔だったのならお詫びしよう。余計な世話であったか、リンコ様」

尻軽女(スラット)糞女(ビッチ)が何乳繰り合ってんだよ」



 それぞれ発する者達が並ぶのは、珍妙な組み合わせの一言に尽きた。

 カラスをモチーフにしたヘルメットと黒い戦闘スーツを着た人物、それはかつて対立した企業『(レイヴン)』に所属したトップの退魔士、アイン。

 人と鳥の中間の形態を保つ精霊獣は、精霊界でも有数の組織『破軍』の中でも名うての実力者である、神槍の斑鳩(イカルガ)



 鳥人間と鳥人、その二人組が影蘿と同じ屋根の上に立っていた。



「アイン、イカルガ……どうして?」

君主(ハヤテ)様の命により、ハクロ様のご助力を賜り一足先にこちらへ。こやつは連れです。街中を逡巡してみたところ、この現場に遭遇した次第で」

「協力してくれる、ということで良いんだね?」

「違うな。コイツを獲物と決めただけだ。どうするかは俺が決める」


 アインはそう否定した。意味合い的には一緒じゃん……と狐巫女は独りごちる。

 それから天から雲を穿ち、同じく無数の鳥人が降りて来る場面を一同は目の当たりにする。


「どうやら、既に敵の半数は貴女様方で片付けておられるようですが、念には念を入れておいた方が良さそうですからな」

 心強い援軍が訪れた。その光景を見上げた影女は更なる劣勢に歯噛みする。



「ということで、此処はお任せを。契約主の方が気がかりでしょうに」

「そのチビ退かしてとっとと失せろ」

「二人とも、ありがとう……! ソイツ、影の力を使う。弱点は影を乱す光だよ」


 負傷し著しく消耗しているせいか、意識のない夜兎を連れ出し鈴狐は去った。

 すると影蘿も動きを見せる。


「ハッ! 馬鹿正直に付き合う気はないわ! 二対一なんてそっちの都合のいい状況は願い下げよ」

 影の中に飛び込んだ彼女はそうして離脱を図ろうとする。

 だが、アインもすぐさま屋根に両手をつけた。



神風(カミカゼ)砂惨華(サザンカ)

 彼を中心として砂塵を含んだ風が吹き荒れた。


 しかし、すぐさま烈風は収まって辺りは静まり返る。

 一見不発に思える精霊魔法であったが、異変は風景を見れば一目瞭然。



 アインと斑鳩から数百メートルほどを囲うように砂煙のサイクロンが発生していた。車や瓦礫を巻き上げる程大規模な竜巻はその場に滞留し続けた。

台風の目と同じく中心であるからこそ、無風となっている。

 そして外壁は絶え間なくスパークを起こし、影を伝って移動しようとした影蘿はその閃光によって炙り出され、踏み留まることに。そのまま進めば研磨されていただろう。



 追撃も逃走も許さない、彼の結界が外部を遮断し標的を閉じ込めている。

「アジな真似、してくれるじゃないの」

 その防壁を見上げ、影蘿は悪態を吐く。

 限られた範囲を逃げ回るのでは、二人が討伐にやって来るのも時間の問題。

 そこで、影鬼は覚悟を決める時が来たことを悟る。諦観した様子で肩の力を抜いた。



「もう、お終いね」

 目的の最優先である攪乱はもう難しい。時間稼ぎが十分かも定かではない。

 だから、これからは、完全な攻勢に出る時期だと考えを切り替える。


「貴方達が、いけないの。アタシにコレ(・・)を使わせたのは大人しく見逃さなかったからよ? せっかく相手してあげずにいたのにさぁ……キャハ」

 大きな鎌を肩に、空いた手を出す。



 ふつふつと黒い靄が立ち昇る。徐々に片腕が包まれ始め、漆黒に埋め尽くす。

 その正体は体内で貯め込みながら、今まで沈黙していた瘴気だった。

 鬼は他の精霊獣とは異なり瘴気に耐性を持ち、荒魂(あらみたま)化を免れることが出来る特性があった。



 そして彼女達はそれを操り、意図的に荒魂(あらみたま)に堕落する際に発生する負の力を糧にする技術を手に入れていた。

 瘴気の蔓延する奈落で長年貯め込み、実験を経た結果が、猛威を振るう。


「──ぐ、がっ、ぐぅうううううううううううううううううううッ!」

 顔に黒ずんだ手を当てがい、取り込んでいく。今一度、身体に浸透させる為に。

 獣の唸りを漏らし、苦痛に喘ぎながら、影蘿はうずくまって身を震わせた。

 全身から瘴気が迸り、九の字に折っていた彼女は徐々に落ち着きを取り戻していった。



「……き……キャハァ……あは、アハハハ……! さいっこう……!」

 甘美な声を出し、獰猛な顔が浮かび上がる。

 ドラッグでも決めたように影蘿はハイ(・・)になっていた。目を見開き、引き裂くような笑顔を見せる。



 そして最寄りの屋上に飛び乗り、軽々と骨鎌を持った彼女は踊るように回った。

「──キェエエエエエエイィヤッ!」

 360度の一閃。振り抜いたそれは、間合いを無視して周囲を斬る。



 同じ目線にあった全方位の建物を斬った。看板を斬った。街灯を斬った。電柱を斬った。そして、アインの竜巻を斬った。遅れて爆風が全てを薙ぎ払っていく。

 街中に甚大な被害をもたらし、辺りの地形を一瞬で変えられた現実に、追おうとしていたアインと斑鳩は一瞬硬直する。



「まさに化け物、だな。何をした」

「関係あるか。ドーピングしてようが、それごと潰す」

 しかし二人の戦意は衰えず、向かっていく。

 暴風結界を破った彼女は高らかに哄笑しながら、彼等を待ち構えていた。


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