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夜兎来襲。制圧されたアジトで

 その場に降り立った兎童女は、男達を睥睨する。実際は目も見えていないのでその表現はおかしいのかもしれない。

「何だァガキぃ、何処から入って来てんだよ」

「気を付けろ。その頭に生えてる耳、作り物じゃない」

「じゃ、コイツもしかして精霊獣……この女のか?」

 何人かが言ってその幼い容姿に目掛けて銃口を向ける。

 彼等は知らない。その相手が天上位の荒魂(あらみたま)であることを。


「おい、これが分かるか? 偽物じゃないぜ? 当たれば痛いじゃ済まないぞ」

「……フン。児戯でもするのかえ?」

 しかし、突きつけられたそれらに対して鼻で一笑。そのまま夜兎(ヨト)は恐れることなく飛び出した。容赦なく彼等は発砲する。

 突如始まった戦闘を、アクション映画のスクリーンよりも迫力のある状況でベルは目の当たりにすることになる。

 いや、戦闘ですらなかった。蹂躙と呼んでも過言ではない光景だった。



 一斉に放たれた銃弾は掠りもせず、彼女が通過しただけでまず一人が宙に投げ出された。その一人目が発していた罵倒はたちまち悲鳴に塗り替わる。

 大の大人でも委縮するような暴漢を、赤子の手のように容易く捻る。

 それだけで場の熱が冷えていくのが分かった。静まり返ろうともう遅い。



 ある者は肥大した耳に殴り飛ばされてシャッターを突き破り、ある者は片手に屠られて地面にめり込んだ。

 混乱、恐慌、懇願が入り乱れ、バタバタと倒れていく。



 騒ぎの最中、サムだけが一目散にその場から逃げ出した。夜兎は別の相手を踏みつけ、そして彼女の方を見る。

「そ、それ以上動くんじゃねぇ! コイツの命が惜しくねぇのか!?」


 動きを止めたのは、ベルのこめかみに拳銃が突きつけられていたからだろう。ライアンは人質の傍で怒鳴り散らし、暴走を止めさせようとした。

 息ひとつ乱さず、元の大きさにした兎耳をピクピクと動かす。その器官を用いて状況を察したのだろう。



「怖や怖や。そのような危ない玩具、そちらの御仁へ迂闊に向けるでない……ぞ」

 夜兎は袖から伸びた手を前に、手招くような仕草を見せる。

 彼の手元で、不自然な音が発生した。

 ライアンもその異変に目をやると、指を通した引き金がみるみる内に赤銅色に染まって行く。錆びて動かなくなった。



「なっ……あ! ああ!?」

「さて、お次はどうする? 玩具が壊れて」

 どれだけ指に力を籠めても引き金は動かない。慌てる彼のもとに兎童女は近寄った。



「く、来るなっ、来るんじゃねぇガキぃ! ブチ殺すぞ!」

 遮二無二に使えぬ銃を振り払う様子は、まるで駄々をこねる子供。

 それに対して彼女は恐れる気配はなく、夜兎は歩みを進める。


「ほれ、きちんと狙え。此処じゃ、此処」

「う、う、ぅうォらァあああああああああああああ!」

 頬を差し出すように顔を近づける。その挑発的な所作で恐怖より怒りが勝ったライアンは、彼女目掛けて硬い握り拳を構える。

 そうして勢いよく振り下ろされた殴打は、指一本でピタリと抑えつけた。



「ふむ、随分か弱いのう。本当に男児の力かえ? もっと力を籠めんか、ほれ──」

「ごっ、げぇえええええええ!?」

「こんな風に。じゃが本気でやると死んでしまうのでな。手心加えて……のう、聞いておるか?」

 軽く懐を小突く動きで、屈強な肉体を持つ男は呻きとともに浮き上がる。

 そのまま地面に崩れ、嘔吐と痙攣を引き起こすライアンを尻目に、兎童女は再び歩み出す。


 周囲は、瞬く間に制圧された。工場内では埃が舞い、さっきまで嗤っていた男達が地に伏している。

 もんどりうつ者、這う這うの体で逃げようとする者をよそに椅子に拘束されるベルの前で跪いた。


「待たせたのう、もう安心じゃ」

「……夜兎」

「さぁ、立たれよ」

 言葉に次いで、肘掛けと両足を縛り付けていた縄が生き物のように蠢き、独りでに解れて彼女を自由にした。



 立ち上がり長らく締め付けられて痛む手首を撫でながらベルは言った。

「ありがとう。助かった」

「賢明とは言えぬがのう、よりにもよって儂を呼び出すなど。リンコ達から儂が如何なる存在か聞いておるだろうに」

「うん、羅角(ラカク)さんから話は聞いた。ボクの精霊力──前世の魂が、英雄オメガベルと同一の物であると。それに引き寄せられて、君が来ることも」

「切迫していた、と受け取っておこうかえ」


 今回、その因果をベルは利用した。夜兎を呼び出して、彼等にぶつけさせる為に。

この場を脱するには、こうするしかなかった。責任は取ろう。

 ついさっき、不幸を理由に他人を巻き込んでいいわけがない、と自分で説いたばかりだから。具体的な解決策は、思いつかないのだが。


 しかし夜兎とあらためて向き合っていると、不思議と恐ろしさはなかった。どれだけ彼女が危険な存在なのかは目の当たりにしている。狐巫女やアルフの敵であるのも分かっているのに。

 だが、今は比較的穏やかで対話が出来そうなくらい落ち着き払っている。もしあの夜の騒動がなかったら、このまま交流出来そうなくらいに。



「だからすまない。君の渇望をボクは……」

「分かっておる。むしろ、お互い様じゃ。前回儂は随分醜態を見せたからのう。長らくぶりに我が君と出会い、しかしかつての面影とはまるで異なり、そして更にはあやつらがおって、頭が真っ白になってしもうた。瘴気の影響というだけでは言い訳出来まい」



 赦してたもれ、と暴走していたことを詫びる。

 そして、抱擁を要求するように夜兎は着物の袖を広げた。

「しかし、ようやっと、自らの意思で儂を呼んでくれたな。幾日も、幾月も、幾年も、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと……待ちかねておった。」

「でも、君の知っている我が君じゃないよ夜兎。ボクはベル・カーデナル、ガベルじゃない。だからどんな風に君と接してあげればいいか、君が望んだ想いに応えられる保証はない」



 呻き声を除けば、工場内は凍り付くように沈黙が襲う。

 ハッキリしなければならない。自分はあくまでガベルという英雄とは別人で、同じようには出来ないことを。

「やはり、覚えていないのじゃな」しかし、兎童女は悲しげに両腕を降ろす。



 このまま帰ってくれという言外の意に対して、意外にも素直に引き退がった。

「儂は主の味方。この身が如何なるモノになろうと、それだけは変わらぬ」


 背後から黒い穴を開いた。精霊界の何処かに繋がっているのだろう。

 彼女はそのまま戻るつもりだ。

 しかし踵を返したところで、兎童女は硬直した。憂いていた表情が引き締まる。



「……ぬ。張って(・・・)おったか」

「ダメじゃないヨト、手ぶらで帰ったら」



 穴の向こうで声がした。無数の紅い眼が光、そしてぬぅっと腕が伸びた。

「そいつら放っておくつもり? やる気なさ過ぎでしょ。きちんと、連れて行かないと」

 高い笑い声のあと、無数の異形の影が飛び出す。身構えるベルの視界を、夜兎は庇うように翻した袖で覆った。


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