放課後の寄り道。そして帰宅を待つ者
鈴狐達は夜になるとこちら側に戻る。といっても寮の部屋に用意した精霊結界の入り口から出てくるというだけだ。
開口一番に「おなかすいたー」と狐巫女が顔を出し、後ろに続いて蒼狼がフラフラになりながら部屋の中に入っていく。
精霊獣なら食事が無くても契約主からの精霊力が供給されていれば大丈夫なのに、果たして空腹を訴えるようなものなのか? という疑問はさておき。自炊した夕飯をいつものように食卓に並べた。
「いやぁ、日が暮れるまで動いた後の御飯は格別だねぇ」
「もしかして休まずにやっていたの?」
「私達精霊獣は人より丈夫だからへーきへーき」ケロりとしていた彼女からは、どんな修業を経ていたのか想像だにつかない。でも、恐らくは俺がやっていた以上にハードなものではないかと推察。
傍らでうつ伏せ寝をする狼は、かなりお疲れの様子でその場で静かにしていた。
「君もお疲れさま。よく鈴狐について来られたね」
「……まだ行ける」虚勢を張る程度には元気らしい。
ふと、俺は手の届く距離にいた真噛に「触ってもいい?」と尋ねた。
返事は尻尾を軽く揺する程度。目を閉ざしたまま動いたりしないところを見ると許可を頂けたらしい。
体毛の手触りはもっとごわごわしたものかと思っていたが、凄くサラサラしていて柔らかい。こんな素晴らしいのに痛めつけるだなんてとんでもない。
噛み付いたりされることもなく、ひとしきり狼の背を撫でることが出来た。このまま人間嫌いが治ると嬉しいが、そう焦る必要は無い。
契約した精霊獣との別行動し始めて二日目。
週末に近くなった帰り道で、伸びをしたクラスメイトのダリオが嬉々として言った。
「ついに明日、待ちに待った精霊獣を召喚する授業かー。長かったーどれだけ入学以来心待ちにしてたのやら!」
1年生には実施しない理由のひとつとして、それ目当てで入学して用が済んだら自主退学が後を絶たないのでは学校側としても困る。その為にそういった仕組みになっているのだろう。
「……じゃ、何か。今日のアレは憂さ晴らしでボク達に矛を向けたという訳かい」
「いやいや滅相も無い。正々堂々で悔いも無いただの真剣勝負でしたぜ」
「そのせいでボクの小遣いが吹き飛んだぞ」
並ぶ三人の中で陽気なダリオに反し、どんよりした声でなじるのはベル先輩だった。その理由は下校帰りに起きた出来事が起因する。
学校に慣れ始め、この面子で放課後に寄り道することが定着しつつある中、ダリオはふと提案した。
「ゲーセンに寄ろうぜ! 商店街にあるんだ」という誘いに、俺と先輩は乗った。それが悲劇の始まりである。
筺体が無数に並び立つ空間で、彼が迷うことなく起動したのは格闘系のゲーム。現金をコインに両替して、俺との対戦を申し込む。
この手の遊びには殆ど経験がなく、レバーやボタンをあわあわと押して気が付いたら一本もとれずにKOされてしまう。
「アルフとのリアルファイトは俺にゃ無理だが、こっちの分野ならお手のもんだぜ」
「だったら手加減してくれよー」
「悪いな。もう既にしてんだわ」
コイン投入を3回ほどで諦める。明らかに向いていないことを思い知り、匙を投げた。
すると「ボクもやってみようかな」とベル先輩が好奇心からか積極的に対戦し始めた、俺より全然操作が上手い。センスあるんだろうなぁと感心しているが、ダリオは全勝してしまった。
「もう1回だ!」意固地になった先輩が幾多も両替してコンティニューする。すこぶる負けず嫌いなのか、やられてもやられても懲りずに挑んでいった。
かなりの散財を強いられた挙句全く勝利を掴めなかった為、彼女は拗ねてしまった。意外と子供っぽいところもあるんだな、と新しい側面を発見する機会になる。
「君ね、絶対かなりやり込んでるだろっ。ボクも少し齧ったからその腕前くらい分かるんだぞ!」
なんて実は経験者であることをカミングアウトするベル先輩。ということは、素人は俺だけか。
「へへっ。すんませんね、ある程度腕が立つ相手には手加減が難しくて」
「なんて嫌みったらしい! そこは先輩の顔を立てるとかだなぁ!」
「えーでもそういうので接待プレイされて勝っても腹立てるっしょ?」
「ぬぐぐ」とムキになり始めた辺りで俺がまぁまぁと諫める。まぁ、交友関係としては進んでると見ていいのだろう。
「何はともあれ、今日は発散した訳だし。どんな精霊獣を呼ぶかこれからイメトレでもしますかね」
「イメトレって……。想像した所で大した影響は無いし、天に任せるんだよ。ダリオに合った相手を呼ぶだろうさ」
当然俺は今回の召喚はパス。鈴狐が元からいるし、ついこの前に真噛と契約したばかりだ。必要以上に呼んでも仕方がない。
「くれぐれも、どんな精霊獣だろうと見限ったり捨てようとするなよ。アイツと一緒になるから」
ベル先輩が示唆した「アイツ」が誰なのか、俺とダリオはすぐに結びついた。他ならぬライアンのことだろう。
「聞いた話だが、IUCSの要請で警察が動いたらしい。アルフと契約した真噛とは別に、団体が保護していた精霊獣から彼に同じく虐待の嫌疑が掛けられているそうだ」
「IUCS?」ダリオはきょとんとした。勉強してる筈なのに。
「国際精霊獣保護連合、略してIUCS。傷付いた野良の精霊獣やライアンみたいに契約主から虐待されている精霊獣を保護する団体だよ、文字通り」と俺が捕捉する。
「目的の一部だけどね。如何にレイヴェルトの財閥であっても流石に無視できない相手だな」
ちなみにそこが民間人相手に動いた理由は、参入している『北斗』のボス白鷺さんがそこに掛け合った為である。
保護された精霊獣の中には、同じ特徴の怪我を負った個体がピックアップされていた。それが奴の契約していた精霊獣かどうかを今調べ上げている真っ最中だろう。
「奴の家にあった召喚台は差し押さえられ、経済制裁が待っているだろう。しかし奴本人は反省どころか、明日の授業で精霊獣の召喚に参加させろと言い出す始末だ」
「2年生のやろうとしていることに割り入る気なんですか」
「うへぇ」
「まぁまだ校長も帰ってきていないことだし。オルタナ先生は当然拒否したそうだが、全くそこまで利己的になれる気が知れないね」
ライアン・レイヴェルトのように、自分の望む精霊獣でなければ放逐するような輩にはなってはならない。
だが、いずれは時間の問題だ。レイヴェルト家にある精霊獣の召喚台の履歴が調べ上げれば、無数の契約破棄した精霊獣を呼び出す履歴が浮き彫りになる。
そして、その精霊獣達が荒魂化したとなれば、退魔士組織『北斗』の領分にまで行き渡る。
今回の一件で、街中にまで災いを招く一要因として無自覚な加害者へ。じきにそのツケが回ってくるのだ。
二人と別れた後、一人での買い出しを終えて学生寮に戻る。普段なら夕飯の相談相手は常々肩か隣にいたから、何にしようかとあまり悩む事は少なかった。まぁ油揚げを買っておけばとりあえず不満は言われまい。
玄関口にさしかかって鍵を取り出そうとしたところ、俺の割り当てられていた部屋の扉が勝手に開いた。
「ちょっと鈴狐、誰かがついて来ることだってあるかもしれないんだから人の姿で──え?」
最初は今日の修業を終えて、結界から出た狐巫女がいるのかと思ったが、見知らぬ人物が上がり込んでいる。しかも、逃げも隠れもせず住居人の前に堂々と姿を見せた。
ほんの僅かに青みがかった白髪のショート。小柄で十代前半と思わしき少女だった。
半袖に全開きの外套を羽織り、鎖骨とくびれのあるお腹を剥き出しにしたチューブトップに黒革のホットパンツという上着を取ると肌面積の多い恰好だった。
なにより特徴的なのは、頭部とお尻に動物的なパーツが生えているところだ。
イヌ科の耳と、尻尾。どちらもアクセサリーでは不可能な動きを見せる。
ちなみにIUCSの正式名称は
International
Union for
Conservation of
Spirit Creature
です




