修羅場のち事件。繋がらない電話
※視点が変わります
サムから離れアルフとも離れた彼女は、一人路地を歩いていた。まっすぐ家に帰る気になれない。少し頭を冷やしたかった。
徐々に自分が冷静になっていくにつれ、焦りは自己嫌悪に変わってくる。如何に自分が感情的でみっともなかったか。彼に見せてしまった。
消え入りそうな顔が未だに頭の中に浮かぶ。彼の妹、アリス・シェークリアとの軋轢も──あそこまで激しくはないが──こんな感じだったのかな、と思った。胸の奥が痛む。
「後できちんと、謝らないといけないな」
そして、包み隠さず話さなくては。自分が葛藤し、抱えていたものを。
彼になら、伝えてもいいかもしれない。秘密を共有出来て自分を笑わなかった彼ならば。
そんな風に反省と決意を内面で整えながら、謝罪の言葉を考えつつ気分転換がてらに見慣れぬ区画を歩いた。
──キィ、キィィ。
「ん?」
建物に挟まれた無数の路地を横ぎったところで、奥で獣の鳴き声が聞こえた。思わず立ち止まる。
車や人の足音と声で殆ど掻き消され、幻聴ではないかと勘違いする程に微かな小ささだった。
ベルはすかさずイルカの精霊獣、翠音を出した。翠音は拡声、畜音、エコロケーションと様々な音に携わった能力を持つ。
「聞こえたかい? あの声が何処から聞こえるか見つけよう」
彼女は命じて周囲から音を拾わせた。雑音を取り除き、人間以外の生き物が発する鳴き声が聞こえないかと探り出す。
『キィィキーッ!』
聞くだけでも悲痛な獣の叫びに、彼女は音源を辿って駆け出した。それが助けを求めているように聞こえ、何が起きているかをこの目で確かめるつもりだ。
大通りから狭くて影の差す建物のすき間を縫うように入り込む。音のする方に近づくにつれ人気がなくなっていく。
そして、誰かの悪態と金属がぶつかる物音も混じり始めた。何かを、動かしているようだった。
不穏な予感に彼女は建物の角に身を隠し、その様子を窺った。
数人の男が、何やら小型の檻や籠を車の荷台に積んでいる。鳴き声はひとつふたつではなく、色々な種類の精霊獣が囀り嘶き、喚いていた。
閉じ込められていたのは、見るだけでも鳥や猿、犬猫に蝙蝠など。
まるで動物園の移動のように騒がしいせいか、それを黙らせようと男の一人が野蛮な怒鳴り声と共に籠を蹴っていた。
「オラァッうるせぇぞテメェら! 大人しくなるまで痛めつけられたいかァ!?」
「やめとけやめとけ。コイツら相手してたら日が暮れちまう。それに価値が下がったらこっちまで責任持たされるんだからな」
「チッ、うざってぇ……!」
騒ぎの元凶はコレか。どうにも穏やかじゃない現場に遭遇する。
彼女は目の前の光景に頭を巡らせる。何が行われているのか心当たりがあった。
昨今、野良精霊獣を捕獲して望んだ客に買わせる商売が問題視されていた。
当然それは違法である。IUCS──国際精霊獣保護連合が定めた法律に反し、発覚すれば購入した者も厳しく罰せられる。だが、水面下ではこうして行われているのが現状だ。
携帯を取り出し、通報することに。黒髪の少年の顔が浮かんだが、それよりもっと専門の相手に連絡した方がいいと判断して彼女はダイヤルを打った。
キュキュッ!? と傍にいた小さな緑色のイルカが声を発する。静かにしていてくれ、と注意をしようとした時だった。
首筋に何かが当たったと思った途端、激痛にも似た電流が全身を駆け巡った。
「ガっ……!?」
ベルは平衡感覚を失い、力なく路地の地面に身体を打ち付ける。誰かに背後から襲われた。
そのまま、抵抗も出来ぬままぼんやりと意識が遠退いていく。その最中で彼女は思った。
彼に、アルフに謝らないと……しかし、記憶はそこで途切れた。
※
『北斗』の社長室に入ると、天使が笑顔の花を咲かすようにして迎え入れた。
「お疲れ様ですアルフ……どうかしました?」
だが、こちらの面持ちを見るなり瞬く間にしぼんでいく。何かあったのだと察したようだ。
今の気分では勉強なんて身に入らない。少なくとも、こっちの仕事を手伝った方が気も紛れる。
だから今日は退社まで何か作業をしていようと考えた。夜に勉強すればいい。鈴狐達もとやかく言わなかった。
「なるほど、そんなことが……ベルさんのお知り合いですか」
「何か……口では言えない仲みたいで」
「リンコ姉、言い方」
「だってほらコレ、めっっちゃイケメンだよ? ただの知人だなんて思えなかったし」
言って、小狐は器用に携帯端末を動かしてつい先ほど撮影していたサムの写真を白鷺に見せた。
「……おほっ。い、イケメンですね確かに」
「でしょー? まさかの強敵出現だよぉ」
「へ、平気ですよアルフ。貴方にだってハンサムな彼にも負けない魅力がいくらでもありますから」
「サムだけに?」
狼少女が受けを狙おうと洒落た相槌を打つも、周囲は静まり返る。
間をおいて、天使は咳払いで仕切り直す。
「とにかく、です。お気になさらずとも……」
「下に降りて掃除でもしてくる」
「え、あの、本当に大丈夫ですか?」
「何が? 別に事故にあったわけでもないから」
そう言って部屋を出る。扉を閉めてから一拍一呼吸を置いた。
彼女達に心配を掛けてしまった。反省しないと。
反省するのはそれだけではない。サムと呼ばれた男性の囁きを俺は思い返す。
──恐らく君以上にベルが女であることを知っている仲、といったところかな。
あの言葉の意味が、そういうことであるのなら、きっとアレは仲直りがしたかったということだろう。つまり俺はその邪魔をしてしまったということだ。今度会ったら彼にも謝らなくてはいけない。
そうだ。とどのつまり、彼が先にベル先輩と繋がりを持っていた。それだけの話。
そもそも過去の男が出て来たとして、別に俺は先輩の彼氏でも何でもない。
彼女がどんな人とどういう関係があったとして、それに何も問題がなければ妨げる筋合いもない。
仮にそれがサム・ロレンスとベル・カーデナルの仲が元鞘に収まり、俺とダリオよりも深まって行く結果になったとしても。
しょうがないのだ。関係とはそうして変わりゆくものである。
まだベル先輩との交流は残っている。それを大切に出来ればいいじゃないか。
きっとすぐ何事もなかったように戻るはず。俺も、あの人も。別に険悪であるわけではないのだから。
そして、もしも万が一そうなった時は友として応援しよう。そう心に決める。
しかしテスト一日目が迫った翌朝、いつも待ち合わせる場所に先輩は訪れなかった。
連絡するかどうか悩んだが躊躇い、とうとう先輩と会うことも出来ずに登校することとなる。
やはり彼女としてはまだ気まずいのかもしれない。その考えを尊重し、ほとぼりがさめるまでそっとしておくことにした。
とにかく今は試験だ。悩んでいたせいで赤点を取りました、だなんて言い訳にもならない。向こうもきっとそういうことを考えるに違いない。
無難に何科目ものテストに挑み、今日最後の答案を提出してから、昼の放課後を迎える。
今日もこのまま午前中で終わるのだが、時間も時間なのでこっちで昼食を取ることに。
ダリオを誘おうかと彼の机に向かうと、まだ教材を広げたまま片付けずにいる。
「いやぁ、数学は強敵でしたねぇ。アルフに教わらなかったらやられていた」
「この前教えた法則の応用問題がまんまと出たけど、無事解けた?」
「んー、正直怪しいな。まぁ、なるようになるしかない。次に切り替える」
「今日も残るの?」
「こればかりは流石にやっとかないとなぁ」
「うん、偉い。昼は?」
「今日も食堂だな。もうちょっと此処にいる。また明日」
その勤勉さに感心した。今日は少し残って彼に奢るのも悪くない。そう考えながら教室を出る。
だが途中、廊下を走る獣がこちらにやってきた。生徒は見慣れた精霊獣に別段騒ぎを起こさない。
「アルくん終わった?」
「あ、鈴狐。ちょうどよかった。今からお昼だよ、一緒に食べよう」
テスト中は集中する為、教室内で精霊獣を入れないようにするというルールがあったのでしばらく別行動をとっていた小狐がいつもの肩に戻った。
「そのことなんだけど、話しておきたいことがあって」
「何かあったの」
小狐は頷く。その面持ちは明るくない。そして外へ出ようと促される。
ダリオを待つことが出来なかったのをあとで謝ろうと思いつつ学校を出ると、彼女は用件を話し出した。
「実はね、ベルくんが今日来てないんだって。たまたま先生達の話を聞いてたんだけど」
「休んだってこと?」
「それが……」
俺は、その報告を聞いた途端足を早めて一直線に彼女の自宅へ急いだ。
ベル・カーデナルが昨日から帰って来ていないと、両親から連絡があったと鈴狐は言う。
彼女の携帯に電話をかけるも、やはり繋がる気配はなかった。




