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密かな呼び出し。辿る平行線

 小さな焚火を起こし、冷え切った身体を温める。

「懐かしいな。あの時もこうして暖をとったよね」

「ホントに呑気ねアンタ。流れでやることには承諾したけど、納得がいっていないから」


 俺達がいたのは『神命』の狐達が稽古に利用している鍛錬場。

 そこは鬱蒼とした森の中にある場所で、多少の物音や悲鳴も居住区には届かない。

 丸太の上に座ったロリ狐巫女、葛葉(クズハ)は文字通り不服そうにそんな言葉を投げ掛けた。


「すぐに皆のところへ戻って知らせるべきよ。そうすればすぐにヤカンの奴に容疑が掛かって、安全が保障されるのに」

「本来ならそうしているところだけど、今回はそうもいかない」

「どうしてよ」

「理由は二つ。今回、実は野犴(ヤカン)が俺の命を狙ったという証明を出来るものが足りない。だから本人にだけ俺達の生存を伝えた。このまま騒ぎにされて本人に容疑が降り掛かるのは困る筈だ。心当たりがないならまだしも、犯人であれば周囲には漏らさず此処に来る筈」

 もし潔白ならばたちまち生存が知れ渡り、迎えが大勢になるだろう。その二択だ。



「何より、今回の騒ぎを鈴狐(リンコ)達に知られたら、今度こそ俺はもう此処に来ることが出来なくなる。連れてきたせいで危険な目に遭わせたと自分を責めると思う」

「……」

「だから出来るだけ事を荒立てずに事態を済ませたいんだ。野犴の真意を聞いて、判断がしたい」

 葛葉は隣で横顔を窺う。その表情は不安に染まっていた。


「もし的中したら、どうするの。アンタを殺す気でいたのなら」

「無力化させるよ。それから『神命』の精霊獣達に引き渡す」

「でもアイツは上位精霊獣。こっちでも腕の立つ部類よ。分かっているとは思うけど、アタシじゃ逆立ちしても敵いっこない。もし、闘うことになったらアンタが……」

「安心して、葛葉。俺は退魔士になったんだ。結構場数を踏んできたから。上位の精霊獣とだって何度も闘ってきた。」


 その最悪のケースについても考慮していると伝えた。

 むしろ、そうなることを想定した上でこの場を選んでいる。此処なら存分に暴れることが出来る。

 けれども葛葉はそう簡単に納得はしてくれない。ジトーッという感じで疑わしい視線を向けていた。


「アタシの姿に騙されて簡単に突き落とされた癖に」

「……それは言いっこなし。でも、あの頃とは違う。強くなったから」

「本当に?」

「俺を信じてくれ」

「……まぁいいけど。せっかく命拾いしたんだからこっちの労力無駄にしないでよ?」

「うん。また約束する」


 頷いた。そして、ちょうどその瞬間が訪れる。

「これはこれは、二人ともお揃いで」

 こちらへ近づくのは一つの擦り足気味に歩く草履の音。

 すぐさま火を砂で消し、立ち上がる。


 月の光に照らされた、茶狐の姿が現れた。細目でアルカイックスマイルを浮かべ、悪びれた様子もなく俺達に話し掛けた。

「ご無事でよかった。皆様ご心配しておりましたよ?」

「野犴、此処に来たということは隼手(ハヤテ)の言伝をきちんと受け取ったんだね」

「はて? どちら様のことでしょう? あっしは単独で捜索にあたっていた次第で」



 彼は偶然を装ってこの場に訪れたことを強調する。

 なるほど、そういう建前で通してきたか。それなら黙秘したまま此処に来たことに対しての言い訳になり得る。

だが、所詮は時間稼ぎにしかなり得ない。葛葉と俺が共に行動している以上、この騒動に幕を引くことが出来ないからだ。



「それより早く戻りましょう。あっしが帰りの道を御案内致しますゆえ」

「戻らないよ。アンタの真意を聞くまでは。どうして俺の命を狙ったんだ?」

「そんな畏れ多い。まるであっしがアルフ様を殺めようとしているかのようにおっしゃられ……」

「答えないなら、俺達は周囲にアンタが犯人であるという疑惑をまき散らす。葛葉に化けられる偽者が、アリバイがあるかを照らして行けば大分絞られていく筈だ。野犴、アンタも潔白を証明出来るか?」

「また物騒な……そこまで蔑まれるのは心外ですよ」


 この狐人も綱渡りの状態。慎重に動かなくては、瞬く間に自らの身を滅ぼす。

「裏を返せば、貴方のお命を狙ったという犯人があっしであるという確信がないということではありませんか? 証拠があればそのような回りくどいこと、する必要がないですからね」

「……」

「困りますねぇ、そのような言い掛かりをなされても、ハッキリ断定出来ない以上皆がお困りになるだけです。不毛ではありませんか」

 身振りで横暴による被害者を演じるように肩を竦めた。

 議論の弱所を突いて会話の主導権を握ろうとしている。


「如何なさいますか? あっしの潔白を晴らすまで問答を続けるおつもりで……?」

 返事は沈黙以外俺には出来なかった。


「ではこう致しましょう。お二人は今遭難に遭われて至極混乱なされている。だから身の危険を別の問題へと勘違いなされた。それでよくはありませんか? 見つからない犯人捜しをされても悪戯に時間を湯水のようにお使いするだけになるかと。知らない内にあっしをお呼びしたようですが、内々に話をしようとしていたのはそういうことでしょう。ならこちらの方がお互いの為になるかと」

 どうでしょうか? と、至極公平そうに聞こえる物言いで野犴は言葉を並べ立てた。

 丸め込まれそうな会話術に苦戦を強いられていると、傍らからロリ狐巫女が口を挟んだ。


「良い提案ね。けど、もっと手っ取り早く確かめる術があること忘れてない?」

「ほう、どのようなご提案で?」

視れば(・・・)いいのよ」


 最高に意地の悪い表情で葛葉は言った。それは俺にとっても盲点だった。

「アタシの神視でアンタがその時間何をしていたのかを白日の下に晒すの。別に構わないわよね? 皆の前でアンタの過去を視ても、後ろめたいことがなければ」

「そ……それ、は」

「ほら、戻りましょうよ。一応アンタが前を歩きなさい。もしも背後から襲われてもたまったものじゃないから。勿論、変な道を通って誘導しようとしても無駄よ。伊達にほっつき歩いているわけじゃないから、土地勘ならあるのよ」


 じり、と向こうがほんの一瞬後退ろうとした気配があった。しかし、此処で逃げれば認めたことになる。微笑から引き攣った苦笑へ。余裕が剥ぎ取られるのが手に取るように分かる。

 そこを彼女は畳み掛ける。


「あら? あらあらあら? どうしたのかしら、何だか少し追い詰められたみたいな顔になっているわよ? どっちにするかはヤカン、アンタが決めなさい」

「……」

「ああ、ごめんなさい。どっちかだなんて話じゃなかったかしら。潔白である以上、選ぶ必要がないんだから。だから是非見てみたいわ。アンタ、おべっかだけは得意だものねぇ」

「黙れ」

 声音が低く、変貌した。顔つきも剣呑な表情に変わった。

 葛葉として俺を崖に落とそうとした直前に見たあの目つきだ。


「血統と受け継いだ才という産まれに恵まれただけの小娘が、知ったような口を叩くなよ」

 遂に追い詰められて本性を現した野犴が、敵意を露わに立ちはだかる。

 脅すような口調に対し、葛葉は動じない。


「それで、アタシに化けたのは正真正銘アンタなのね」

「その通りですよ。貴女様が目障りだったもので、この際失脚させてみようかと」

「葛葉が目障りだって?」

「ええ、言葉通りの意味です。それと、テメェもだ下等種」

 言うまでもなく侮蔑的な呼び名。口汚く俺をそう呼んだ。



「元はと言えば全てテメェが悪いんです。分不相応の身でリンコ様を独占し、あっしらの地を我が物顔で訪れた。ウカ様の神域まで踏み荒らした。この恨みは、正当なんです」

「そんなことでアンタ!」

「世間知らずは良い気なもんですなァ! 『神命』は精霊界において神秘的な象徴でなくてはなりません。今宵の儀式と祭りでもなければ下賤な輩と関わること自体容認しがたいことなのです。だが連中と慣れ合い、その身を穢す行いをしている自覚がある者達が少なすぎる。リンコ様も、俗世にまみられている……それを良しとする周囲には反吐が出るわッ!」



 口の端を引き、牙を剥き出しにした。皺が寄り、獰猛な獣の顔を見せる。

 心の何処かでは、受け入れたくはなかった。認めたくなかった。腹の内に潜む何かがあるのを。彼がこんな本性を持っていたことを。


「あの御方はそんなところで現を抜かし拘泥すべき器ではないんですよ。あの神楽で見せた御姿こそあるべき姿であるとあっしは再認識しました。やはり誰かが正さないとならない。清めなくてはならない……その障害を取り除く必要があるのはお分かりですかい?」

 ジロリと狐人はこちらを睨みつけた。仇を見るような目で。

 自白した犯行動機は、俺と鈴狐の仲を快く思わぬ故の行動であったと。


「先程は警告という形で手を打ちましょうか。リンコ様との契約を絶ち、あの御方を置いて立ち去れば命ばかりは見逃してやるのもやぶさかではございません」

「……分かったよ、野犴」

「ほう? 随分殊勝に御自身の立場を理解なされたようですねぇ。潔さは評価して差し上げましょう」

「俺のことじゃない。アンタが鈴狐のことを何も分かっちゃいないということを、だよ」

「……何ぃ?」


 言葉は通じても、意志は通じない。独りよがりで押しつけがましい。

「鈴狐がそれを望んだか? 誰がそうしろと頼んだんだ? アンタの理想は、アンタ以外を幸せには出来ない」

「随分知った口を叩きますねぇ。他の雌もはべらせておいてお気楽なことを抜かすんじゃあないですよ」

「気楽で何が悪いんだ。確かに俺は複数の契約を交わしている。でもそれは、皆で受け入れ合っているから成り立っているんだ。そっちこそ知ったような口を出さないでもらおうか」


 両者の意見はどこまでも平行線を辿った。そして決裂する。

「……吠えるな人間風情が。八つ裂きにするぞ」

「やってみろよ、返り討ちにしてやる」


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