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過去の没入。ロリ狐巫女との口喧嘩

 灰色の空、荒野の一帯。景色が新緑とは一変してしまっていた。

「此処、は……?」


 己に降りかかる異変が治まり我に返った少年は、状況の変化に戸惑いつつゆっくり立ち上がる。琥珀に輝いていた双眸は本来の黒に戻っていた。傍にロリ狐巫女がいたのに気付く。

 そして、地平線を睨むその表情は険しかった。


「……最悪」

「葛葉?」

「神視に没入し過ぎて、意識だけが飛ばされたのよ。共鳴して歯止めが利かなくなった」

「よ、よくわからないけど僕のせいだよね、ごめん。それで僕らは何処に飛ばされたの?」

「過去」


 端的な返事に反応が遅れた。

「へ?」

「だから、今アタシ達は過去の時代の何処か──まぁ恐らく精霊界であるのは間違いないわね。正確には過去の出来事を走馬灯のように見ている状態。まさに覚めて欲しい悪い夢だわ」

「……視るというだけなのに、現実と変わらないみたいだけど」

「だから肉体でなく精神体で視ているのだから当然よ。でもこの現状こそ、アンタに神視が宿っている何よりの証拠……」

「あり得ないこと、なの?」

「……」

 何かを考え込んだ様子の葛葉。しかし、アルフの質問に対して回答はなかった。



「それより此処から動かないといつまで経っても出られはしないわ」

「えっ、戻れないの!?」

「視るべき過去の出来事が過ぎるまではね。ただし注意点があるの」


 指を突きつけ、葛葉は言った。


「一つ、あくまで此処は夢幻に過ぎないということ。どれだけ長い体感でも現実じゃほんの数秒しか経っていないに違いないわ。二つ、たとえ誰かと干渉しても未来は変わらず、なかったことにされる。三つ、重要な点は此処ね」

 話し出すにつれ、立てた指の本数が増えていく。説明を聞く少年は、真剣に何度も頷いた。


「此処での出来事は精神にも影響を及ぼす可能性があるから、少なくとも大怪我をするような目に遭わないこと。良い? 危険が迫ったら即退避するのよ?」

「もし此処で死んじゃったら、現実にも反映されるってこと?」

「否定はしない」

 ロリ狐巫女の顔には冗談の欠片もない。それだけ深刻な事態であると受け取って良いだろう。


「人間界ならさておき此処が精霊界の一部であるなら、狂暴な精霊獣と遭遇することもあり得るの。くれぐれも周囲に気を付けて歩きなさい」

「葛葉は闘えるの?」

「……自衛の術はあるけれど、たかが知れているわね」

「人型の精霊獣ってそうなれるだけの力があるんでしょ?」

「格位の高さはあくまで指標! リンコ姉様みたいにアタシは武闘派じゃないの! アンタだって未熟者でしょ!?」

「未熟は将来が有望な証拠って鈴狐が言ってたよ。まだ伸びしろがあるからだって」

「御世辞を言われているだけよ! 鵜呑みにして莫ッ迦じゃない!? 付き合ってられない!」


 苛立った様子で葛葉は歩き出した。「そっちで合ってるの?」「知らない!」と移動を開始しながらやり取りが続く。

 二人ぼっちの散策が始まった。建物や人のいた痕跡はなく、砂煙も立ち昇る荒涼とした大地を宛もなく歩いた。薄曇りの上から太陽が照りつけ、やがて斜陽に差し掛かるまで時は流れた。

 幸いなことに肉体的な影響がない為か、歩き通しでも腹も減らず喉も乾かない。このまま野垂れ死ぬようなことは免れそうだ。

 ただし、精神的な限界は着実に近づいていた。二人の間の空気も徐々に悪くなっていく。


「こうなるなら挑発に乗って視てやらなければ……いえ、そもそも案内役なんて頼むんじゃなかった」

「その言い草は流石に酷いよ。僕だって望んでこうしたわけじゃないんだから」

「だって本当のことじゃない」

「本当に、意地悪だなぁ。それじゃ友達なんて出来ないよ」

「いないしいらない、そんなの。アンタだってあそこで引き籠って友達いないんでしょ?」

「こ、これから作ればいいんだもん! 葛葉はそんな風に一生ツンケンしていればいいじゃないか!」

「あっそ! そんな低次元の繋がりこちらから願い下げだから!」


 口論も度々起こり、遠慮のない口喧嘩もあった。

 それがヒートアップし、ついに決裂を起こす瞬間が訪れた。

 岩肌に覆われた山々が目立ち始め、そことは真反対には大河が現れる。


「山と川か、だったら後者の方が良い。川の流れに沿って行けば山の中と違って迷うことはないし、水のある場所には生き物が集まるから誰かと遭いやすくなるかも」

「御冗談。それって逆に言えば外敵とハチ遭う可能性も高まる。こんなつまらない景色が延々と続くよりあの山を越えるべきよ」

 意見が割れた。当初であればアルフも渋々従っていたかもしれないが、今は反抗の意思を示した。


「それって気分で選んでいるってことだよね? 多少は無茶でもしないとずっと戻れないんじゃないの?」

「何? アタシに逆らうの? 何も出来ない人間は口先だけ一丁前で偉そうね」

「君こそさっきから見栄を張っちゃって。こんな現状を脱することが出来てないのは同じでしょ」

「だったら自力で戻ってみなさいよ! 他人任せの癖に!」

「良いよ別に。僕も神視ってやつがあるってことは条件も一緒ってことだろうから。やっぱり子供なんだね、拗ねて投げ出そうなんてさ」

「ああもう知らない一緒にいるのもこりごり! ついてこないで!」

「分かったよ。じゃあね」


 互いがそっぽを向き、左右に分かれて離れてしまった。

 少し言い過ぎたかもしれない、と振り返ったアルフだったが彼女は迷わずずんずん進んでいく。


 轟々と勢いよく流れる川を見ながら、少年は独り歩いた。精霊結界の穏やかな清流とは全く違う。

 自分の意見は間違っていない。あんな連なる山を不容易に登れば、遭難や転落の危険性がある。だから散策するならこっちの方が良い筈。

だがその足取りは、別れてから大分遅くそして重い。


「こっちだって知るもんか……好きにすればいいんだ」

 そうして強がる言葉は、誰にも届かない。孤独になってからの体感は異様に長く感じている。


 我慢に我慢を重ねて三十分。ついにその進む足は止まった。

 少年は考える。もし鈴狐がこんな有り様を見ていたら、何て言うだろうか。

 少なくとも間違っていないとか仕方がないといったなぐさめの言葉は掛けてはくれないだろう。きっかけはどうあれ、彼は一緒にいるべき相手と自分から遠ざかった。

けして褒められた行動ではない。たとえ道は正しくとも判断は間違えた。


 では、代わりに彼女は一体何と言うのだろうか。想像するのは簡単だ。

 今すぐ引き返して追いかけて行きなさい。きっとそう穏やかに諭すように叱咤するに違いない。


「……女の子を見放すなんて、ダメだよね」

 思い直し、アルフは踵を返して走り出した。

 山の傾斜を駆け上がり、小さな狐巫女の姿を探す。

 中腹に差し掛かっただろう。デコボコした地形が目立ち、見晴らしもけしてよくはない。


 絹を裂くような悲鳴が聞こえた。襲われている。驚きと焦りが入り混じり、全速力で声のする方へ。

「葛葉―ッ!」


 地に足を離した彼女が足をジタバタさせて抵抗していた。捕まっていた。

圧倒的な体格差を持つ大柄な人型が頭を鷲掴みにして吊り上げる。いや、大の大人よりも一回り背が高く、肩幅も広い。

 肌はカビか苔むしているとでもいうように緑色。原始人の如く腰布以外に身にまとうものはなく、片手に木製の棍棒を持っている。


 そして、何より特徴的だったのは髪のない頭部に目立つものであった。

 白く骨のように突起した一本角。それが何より人ではない部分として明確に表れている。

 知る者は知る悪名高き鬼の精霊獣。だが、少年にとっては未知の種族だった。



「……ア、ンタ、なんで……ッ?」

「葛葉を放せ!」

 呻く彼女を見て、穏やかな状況ではないことを察したアルフはとにかく鬼に対して開放を要求した。

 下唇から犬歯が溢れた強面が、怒鳴り声に反応して少年に向いた。


「何だァ? 次は人間のガキか? こいつはいいやァ!」

 緑の鬼は雷鳴にも似た声で笑い出す。警戒も躊躇う様子も見せず、葛葉を宙ぶらりんに運びながらアルフに歩み寄る。

 身構える少年を影で覆い、見降ろしながら鬼は言った。


「今日はついてるぜ、餌が二匹も手に入るなんてよ!」

「餌、だと?」

「ガキは身がしまっててウメェ! 活き締めにしてやっから──げぇ!」

「させるか!」


 話の途中で先制を仕掛ける。習った精霊力を含む突きで胴体を打った。

 想定外の衝撃に鬼はのけ反り、たまらず葛葉を手放した。ロリ狐巫女は地面に尻餅をつく。

 だが、その威力はあくまでわずかに怯ませる程度で決定打に欠けている。それが今の彼の限界だった。



「テメェこのガキァ!」

 横合いから太い棍棒が少年に迫る。殴打に対して捌きを試みるも、威力を殺しきれず薙ぎ払われた。小さな身体が数メートルも吹き飛び、地面に転がる。


「……ぁ……ぐぅ」

「手間かけさせんなクソが! そんなに活きがいいならたたき(・・・)にして食っちまうぞ!」


 怒鳴り散らし、遅れてどうにか立ち上がろうとする少年を容赦なく踏みつけた。呼気が漏れ圧迫に喘ぐアルフ。へたり込んだ葛葉は無力にも彼の名を叫んだ。


 頭蓋を砕かんと振り上げられた鈍器。だが、己の得物に僅かな重みが増して鬼は動きを止める。

「な、んだァ?」

「──弱い者いじめはよさぬかみっともない。全く、ぬしらはどうも品位に欠けとる」


 その古風な口調は頭上から。正確にはいつの間にやら棍棒の先端に乗った人物によるものだった。


 着物姿に老婆のような白髪。更に目を惹くのは頭頂部に生えた兎の耳。

 血のように赤い瞳が鬼を見定め、ゆったりと声を掛けた。

「相手なら儂がしてやるぞい。この妖術の夜兎(ヨト)が」


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