治療と推理の時間。真噛のこれから
先輩とダリオと別れた俺は、すぐに『北斗』への連絡を仰いだ。
二人の前では鈴狐の治癒術が見せられないこともさることながら、真嚙の身体は外見以上に重体であった。彼女はあくまで初歩的な怪我と応急的な処置までしか施すことが出来ず、より治癒術に長けた者に診て貰うことが最善と判断しての行動である。
しかしC級アルフ・オーランとしての権限では話を付けるのになかなか手こずりそうな気がした為、知己となっている『北斗』のボス白鷺さんに直接頼み込む。あの小柄な可愛らしい天使はその分野のスペシャリストだ。
すると、俺の潜入事情を加味してかあちらで受け持つのではなくこちらに来るそうなので、学生寮に急行した。
「……そんな酷いことが……うぐ、あったんですねぇ」
鼻声で、部屋の中に横たわる蒼狼を治療する白鷺さん。話の途中で感化されてまたヨヨヨと泣いていた。
淡い緑色の光に包まれた真噛は静かに眠っていた。寮の中で治療の為に呼んで出るには出たが、意識が無いままだった。
「わたくし達精霊獣にだって、きちんと感情があります……。そこには……えっぐ……上位や低位という格位に拘らず……奴隷みたいに扱われたら……ひんっ……悲しいですよぉ」
「だねぇ。こんなことする人もいるなんて信じられない」
狐巫女の姿になった鈴狐は俺の右手に消毒と止血をしている。思いの外軽傷で済んだがやっぱり染みるし痛い。
「鈴狐、白鷺さん。もしかしてなんだけど」俺は今回の騒動から少し気になったことを話に持ち出した。
まだ推察の域ではあるがもしその予想が的中していれば、俺があの学校で調査するつもりだった近辺での荒魂異常出現の原因がハッキリする可能性がある。
「前に聞いた精霊獣の契約破棄、それって両者の同意がないと成立しないというのが原則なんですよね」
「そう。だから知性があって具体的な意志疎通が出来る精霊獣──だいたい中位ぐらいからだね──でないと出来ないんだよ。私がそう話したんだっけ」
しかし、真噛の場合は少し違う。痛みと恫喝……恐怖で無理やり契約破棄の合意を矯正させた。
大前提として契約した精霊獣を殺めると、繋がっている契約主にも甚大な悪影響を及ぼす。だから、普通はこんなことしようとはしない。
「意志を変えさせるケースでも絆を断ち切るのが可能だってことが今回の件でハッキリした。これってもしかして上位や中位に限った話ではないんじゃないかって」
白鷺さんは心当たりがあるようでこっちを見た。
「……外法です」
「ハクロ、何それ?」
「あるんですよ。下位の精霊獣でも契約破棄が出来る、裏技みたいなやり方が」
真嚙の傷痕。この街で多発する荒魂達の異様な傷痕。
点と点が、線となって繋がる。
「言ってしまえば、両者のコミュニケーションを介さず契約の破棄へと向かわせてしまえば良い。単純ではありますが、道徳的にも許されないし違法でしかない手段です」
「契約している精霊獣に、嫌でも契約主から逃げたいと思わせれば良いってことですよね白鷺さん」
「……まさかあの人、他の契約した精霊獣にも破棄する為に虐待を?」
ライアンの口ぶりを思い出す。
『貴族だったら精霊獣は別段珍しいもんでもない。より良い品を手に入れるのは当たり前だろ』
『なぁ、ソイツいくらなら手を打てるよ? 意思疎通が出来るんだから簡単に解約出来るんだろ? 俺に譲れよ後輩』
『せっかく呼び出しで当たり引いたと思ったのに、このざまだ。乗り換える良い頃合いだわ』
例えばの話である。ライアン・レイヴェルトが精霊獣を満足するまで幾度となく呼び出して来たとしよう。
当然、ハズレが出る度に召喚に際してつきまとう契約を破棄する為、件の外法を用いたとすればだ。
その野良となった精霊獣達の末路は、どうなったのか想像に難くない。
怨恨を抱いて荒魂化したか、そのまま息絶えたのか。
「物的証拠が無い以上、推測の域を出ないけれど」
「いいえ、充分でしょう。彼の家に設置してある召喚台を調べれば、膨大な履歴が残っている筈です。荒魂化した精霊獣の情報と照合すれば、彼が呼び出したという証拠になりえるかと」
治療を終えた白鷺さんが立ち上がる。真噛の怪我は完全に拭い去っていた。後は安静にするのみ。
「精霊獣や人のトラブルはさておき、荒魂の問題であれば『北斗』としても動けるでしょう。お手柄ですアルフさん」
目を赤く腫らしながらも毅然とした表情になった彼女は、やはり組織のボスとしてやってきた風格があった。
「リンコ。アルフさんの消毒は?」
「オッケィ。ハクロの方が綺麗に治せるから任せた!」
「ではアルフさん」
ソファに小さな天使が座る。そしてその空いた席をポンポンと叩いて催促する。
治療だけでなく話も兼ねているようだ。
促され、俺は隣に座る。白鷺さんは俺が差し出した手に治癒の光を当て始めた。
「後処理は別の方に頼みます。貴方はその人物と接触するのは避けてください」
「分かりました、と言ってもそのつもりです」
「無茶ばかりしてこんな怪我までするのはあまり褒められたことではありませんよ。心配させないで」
「すいません」
「あと、今回は酌量の余地があるとはいえあまり決闘といった派手な動きは自粛するようにお願いします」
「はい」
諫められながらも、痛みから解き放たれて心地よい感覚に満たされる。小さな手に添えられての治療は、天使の慈愛を受ける至福の時間だった。
「でも、アルくんはきちんとこの子を連れてきた。私は尊重するなぁ」
すやすやと眠る狼の背を撫でながら鈴狐は言う。契約してからは大人しくなっていた。
「これで私はアルくんの契約をマカミとシェアすることになるけど、まっ事情が事情だから仕方ないか」
「あ……ごめん。そこまで考えてなかった」
「良いよ良いよ、自分のリスクを省みながらそうしてるんだから。別に契約主を独占しないとならない理由はないし」
ふふ、と何やら嬉しそうな狐巫女。その理由を尋ねると。
「無意識かもしれないけど、私がアルくんと出会った時と同じように誰かを受け入れようとしたんだもの。それは嬉しいよ。私を呼び出した君が、ライアンみたいな精霊獣を駒か何かみたいにしか思わない人じゃなくて良かった」
忙しい中来てくれた白鷺さんにお礼を言い、学校が落ち着いたら『北斗』に顔を出す事を伝える。部活に入る気は無いから、少しはそちらで働く時間が出来るだろう。
それから起きた狼は、部屋の隅でじっとしていた。鈴狐と俺は離れながらも話しかける。
「一応紹介すると、俺はアルフ・オーラン。で、こっちが真噛の先輩にあたる精霊獣の鈴狐。あれが本当の姿」
「よろしくねぇ」
「……上位?」
「ううん。なんと天上位の精霊獣。さてマカミ、早速なんだけど提案ね」
校内でのマスコットとしての身の振りとは打って変わり、凛とした面持ちで狼に言った。
「この私と強くなってみない?」
「どうやって」
「私の精霊結界は広いからねぇ、修業するには申し分ないのさ。今日君を連れ出す前にアルくんの動き見てたでしょ? アレも私が手塩にかけた賜物なんだよ」鼻高々にしている彼女は、この前に学食で油揚げをもらって大興奮していた小狐と同じだとは誰が思うだろうか。
少しの間があって、蒼狼がこっちに歩んできた。
「……やる」
「その意気やよしっ。あのライアンってやつを見返すくらい強くなってやろうよ」
精霊獣の特訓が、明日から始まる。




