神事の揉め事。取り巻きに潜む牙
※視点が変わります
「では、あっしもそろそろ戻りますね。これ以上お供するのも野暮でしょうし」
「ありがとう野犴」
案内役を切り上げ、茶狐は引き下がった。
それからも神楽が始まるまで出店した屋台を見に回って行く。真噛は綿菓子を、白鷺は林檎飴を手に歩いている。
賑やかだ。大きい個体も小さな個体もバラバラな精霊獣達が祭りに参じて群れとなる。その中に紛れると百獣大行進みたいになった。
ただし賑やか過ぎて、少々物騒な出来事も勃発した。
「おうテメェコラッ、何ぶつかっとんじゃワレェ」
「うぐぐ……!」
「兄貴ィ、その餓鬼『神命』の狐ッスよぉ? 不味いんじゃあ」
「関係あるかィ! せっかくの祭りで整えた毛に飴をベッタリくっつけやがった! どう落とし前つける気だアァン!?」
喧騒とは質の違った騒ぎが、行く手に起きていたことに気付く。
元凶は人よりも大分大きい猪と取り巻きと思しき狸のコンビ。何やら揉めているようだった。
胸倉を掴まれた狐耳の児童が苦しそうに呻いている。その手には林檎飴があった。どうやらそれが争いのきっかけだろう。
さっきの遊んでいた子だと、すぐに分かった。
「……ぁ……ぅ」
「それにこの餓鬼謝りもしねぇ! 良い度胸じゃねぇか……この!」
怯えた子に容赦のない脅しを掛ける。考える間もなく、その場に飛び込んだ。
腕を掴んで割り込まれたことに驚き、牙の間にある豚鼻から吐息が漏れる。
「ブゴっ! 何でこんな所に人間が!?」
「言っていた通り、せっかくのお祭りですよ? 喧嘩なんてやめましょう」
「テメェに関係ねーだろッ! 邪魔だァ!」
説得も虚しく矛先がこちらに変わった。阻んでいたこちらの手を振り抜き、捻り潰そうと握り拳を勢いよく振り降ろす。
有無を言わさぬ気性の荒さ。すなわち抑えられない怒り。これは白鷺の悪意を消す能力とは離縁のタイプだ。
この荒事は、荒事でしか止めようがない。
「──あるじに何するのっ」
懐に割り込んだのは狼少女。俺が動くより早く、渾身の殴打によって猪男の胴体が弾ける。
打ち上げられた勢いで宙を舞い、離れた草地に落ちた。一発でノックダウン。
獣化していた腕を元に戻し、手を手で払う仕草を見せる。
「正当防衛」
「あ、兄貴ィーッ! 大丈夫スかァあああ!?」
狸男が安否の確認に駆け寄り、どうにか抱き起した。
周囲の目線が刺さり、倒した張本人の真噛も見据える。その視線に耐えかねてか、撤退の予兆を見せた。
「お、おお、お前ら! 覚えていやがれ! この借りは兄貴が必ず……」
「じゃ、二日くらい頑張る」
「ちっくしょぉお!」
捨て台詞も微妙に決まらぬまま、ゴロツキと腰巾着の二人組は屋台広場を逃げるように後にした。
「……大丈夫? 怪我はない?」
尻餅をついた狐の子供に声を掛けると、少しの間を置いてこくりと頷く。起こす為に手を差し伸べると、応じてくれた。
無言のままお辞儀をして、その子は去っていった。
「それにしても不届きな方々でしたね。どうしてそう寛容になることが出来ないのでしょうか」
「ああー!? あれハクロじゃないかっ! ハクローォ!」
「……うっ、この声!」
騒動は落ち着いたかに思えたが、更なるトラブルに見舞われる。
大手を振ってもはや見慣れた鳥の精霊獣、隼手が群集を掻き分けてこっちへ向かって来ていた。
すると即座に白鷺は小鳩の姿に変わり、俺に「しばしの間離れます!」と告げて飛び去った。どれだけ嫌なんだ。
「やぁ少年! そしてハク──お、おや? ハクロは何処に?」
「一目散に飛んで行ったよ」
「何だって!? どうしてボクから逃げるんだハクロぉ」
「君主、待つでごわすー! おいの足では中々追いつかんで……おっと!」
「むっ、モズ!」
遅れてドスドスと重い足取りで大柄な彼の付き人が現れた。この羽のついた大男を俺は知らないが、真噛が反応を示した。
「これはマカミ殿、お久しぶりにごんす」
「うん。モズ、元気してた?」
「勿論でごわ。さっきの見事な一撃、また腕を上げられたようで」
聞くと彼の名は百舌。かつて『破軍』で事情故に捕らわれた白鷺を奪還の為に侵入した際、真噛が手合わせした相手だそうだ。
そして昨日の敵は今日の友と呼ぶべきか、今や固い握手を交わせる仲になっている。
「『破軍』もこの行事に参加を?」
「ま、まぁね。そっちもあの御方の伝手で来たのかい」
「鈴狐が『神命』の出だってこと、知っていたんだね」
「否定はしないさ」
ショックに少し膝をついていた隼手が復帰し、立ち上がる。
「神命神楽……神なる獣のお告げを賜る儀式。ボクも初めて目にすることになるけど、担い手が誰なのかはまだ告知されていない。つまり……そういうことなのかな?」
「否定はしないよ」俺も同じを返しを送った。
「なるほどね……じゃ! ハクロ捜してくるんでまた! おーいハクロー! 何処にいるんだいハぁクロォおおおおおお!?」
「ああー! く、君主ぅ! そう走られるとおいどんが──」
騒がしくもあっという間に嵐の如く去っていく『破軍』の面々。
「止めなくていいの?」
「あっちも攫うような真似は、もうしないとは思うし」
俺は不干渉でいることに決めた。大事には至らないだろうと判断する。それに白鷺だって力を取り戻しているのだから俺よりも自衛が出来る筈だ。
突然、遠くから太鼓の音が鳴った。繰り返し、同じテンポで、暗がりつつある空に広がる。
それが何を意味するのかは、すぐに分かった。
※
人間め。遠巻きからこちらにやってくるまでの一部始終を見た彼が、声を殺して毒づく。
この神聖なる『神命』の地を下等な人間が踏み荒らしている。ウカ様の許へ図々しくも登り、街を見て回って挙句祭事にまで顔を出すとは。皆は歓迎を示しているが、自分からすれば今までにない暴挙だ。
その事実が物静かに彼から怒りを引き出していた。憎悪や殺意すら芽生えていた。
否、そもそもあの御方のお傍にいるということ自体が一番許せない。このような神事でもなければこちらにお顔を出しにならなかったのは、アレが意中にさせて引き止めているからだ。
高嶺の花を己よりも下等な者が手にして、心中穏やかでいられるだろうか。
腹立たしい、忌まわしい、汚らわしい、疎ましい、恨めしい……
恨めしい恨めしい恨めしい。そう、妬いているのだ。下賤な者が彼女と傍にいるという現実が受け入れられずにいる。
相応しくない。自分ですら身分不相応と断じているというのに、あんな下等生物がどうしてそんな恵まれた立場にいられるのか。
あの御方は契約などでは縛られてはいけないのだ。たとえそれでこちらに振り向いて貰えなくとも、彼女の為でもある。
殺す。今回の祭りに乗じて、必ず。一目見た時からその決意を胸に掲げた。
この爪で、この牙で、あの柔そうな人間の糞餓鬼をズタズタに引き裂く。それが出来るなら簡単だ。
だが、あの猪と狸の莫迦な二人組をけしかけてみたが、結果は思わしくない。暴れさせれば、そいつの器が図れると思ったがやはりおめでたい程のお人好しだった。自ら騒動に割って入るとは。
しかし早速襲撃に取りかかろうという意志は挫かれる。それは籠手試しの騒ぎが一瞬で鎮圧されたことで証明された。
取り巻きの精霊獣達が間違いなく邪魔をすることが分かった。どちらもかなりの実力者だ。自分でも手に負えるか怪しい。
どうにか引き離して、孤立させる機会を狙うしかない。それが確実。
さぁ、どう料理してやろう。
遂に鳴り響く太鼓の音を耳にしながら、彼は企てを始めた。
神命神楽が、始まる。




