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宇迦様との対面。無限ループ発生

 閂の掛かった戸が開かれ、ちょっとした城にも劣らない広さを持った本殿。

 そこに脚を踏み入れた途端、張り詰めた空気に変わった気がした。俺たち以外に物音が出ない。そんな静けさがかえって耳鳴りを呼ぶ。


 沈黙に耐えかねてか、長の姿を探してこっそり会話を交わす。

「ウカ様はどちらにいるのでしょうか」

「もしかして留守?」

「いるよ。間違いなく」



 行った先には、大きな狐の像があった。獣型でありながら胡坐を掻き、背後に枝分かれした無数の狐尾が円環のように並んでいる。全身が金色に輝いていた。

 なんて立派なんだろう。と、ぼんやり眺めていると、

「待っていたぞ」

「え? わっ!?」


 声は上から届いた。さっき像だと思っていたものからだった。

 それこそがまさしくウカ様だとようやく気付いた。

 瞳は黄金色、身体が砂金が含まれていると言われたら信じてしまいそうなほどに神々しい。


 鈴狐がその場に跪いた。俺達も後に続く。

「久しいな、リンコ。息災か?」

「はい、只今戻りました」

「そうか、何よりである」

 柄にもなく礼儀正しい姿勢で狐巫女は頭を垂れている。


「そちの者達は?」

「お初にお目にかかります、ウカ様。白鷺と申します」

真噛(マカミ)

「アルフといいます」

宇迦(ウカ)である。よくぞ参った。楽にせよ」


 弱々しく小さいがとても芯の通る声だった。言われるがまま、立ち上がる。

 曰く、神なる獣。曰く、精霊獣であって精霊獣でない存在。神と呼ばれる獣──神霊獣と俺達は対面を果たした。


「ウカ様、ご進言をお許しください」

「許そう」

「私を神楽に任命なされたのは貴方様ですか?」

「如何にも」

「一体、どのような見解でお決めになられたかお聞かせ願えますか。私以外に適役がいないだなんて方便、到底信用なりません。それともまさか、神視に起因されるものなのでしょうか」


 神視。さっきも耳にしたその単語は、一体どんなものだろうか。俺には知る由もない。

 だが両者にとって、非常に重要なものであるのだろう。

「それは」

「それは……」

「……」

「ウカ、様?」

「時にリンコ」

「は、はい」



 戸惑う鈴狐に、宇迦様はゆったりとした口調のまま続けた。

「息災であったか」

「え、ええ、それは言いましたが」

「そうか、何よりである」

「……で先程のお話になりますが」

「先程?」

「……あ、あのう」

「時にリンコ……息災であったか」

「会話がループしてるぅ!?」



 大きな図体で小首を傾げる宇迦様の前で、耐えきれずに鈴狐が絶叫した。

 流石に俺達もギョッとする。



「ウカさ……お爺ちゃん! 神楽の為にわざわざ私を呼んだって聞いたんだけど!?」

「うむ。如何にも、呼んだのは宇迦だ」

「うん! だからそこはもう聞いた! それから神視で何を見たの!? 関係あるんでしょ!?」

「それは……」

「それは!?」

「……息災か?」

「んあああああもぉおおおおおおお痴呆が悪化して話が進まないぃイイイイッ!」



 グシャグシャと頭を搔き乱し、狐巫女が喚き出した。もう畏まるのをやめてしまっている。

 見かねて俺も「リ、鈴狐、落ち着こうよ」と宥める役に回った。というか、お父さんの次はお爺ちゃんなのか……


 痺れを切らしたのか、狐巫女がくるりと背を向けた。

「もういい、引き返そう。此処にいても時間の無駄。聞いたことにして適当にやって終わらせちゃおう。じゃあねお爺ちゃん!」

「リンコ」

「何!?」

「黒が見えた。闇だ」


 彼女に向けて意味深長な一言を投げ掛けた。

 それは恐らく、己の体感した何かを言葉として紡ぎ、伝えているのだろう。

 見えた、というのが神視の内容だろうか。


「闇がもっとも闇である時はどんな時だ」

「……黒一色になることじゃないの?」

「違う。それではただの色だ。光すら吸い込み届かぬ黒こそもっとも暗い。すなわち、無だ」

「もしかして、全てが無になる結末でも見えたってこと……? お先真っ暗みたいな」

「否、その目前に光もあった。闇に呑まれんとすることを抗う白い光が……それは光明とも呼ぶべき兆しやもしれん」



 要約すると、危機が訪れることへの警鐘。そして何らかの打開する策が残されていると。

「ただし、その白き光明も元から闇があるのが窺える。混じっている。混沌だ。それもまた黒より黒に傾く恐れがあると睨む」

「一体何が、来ると?」

「分からない。だが、それは確実に終末を望む者が引き起こすというのは間違いないだろう」

「それはいつ頃……」

「いずれ、時が来れば」


 時期や脅威についての仔細といった具体性がないのは、もしかすると本質だけを見る為なのかもしれない。

 話を聞いて神視がどういったものかようやく把握する。

 神視は、予言の一種。いわば未来予知だ。それを神獣のお告げという形で周囲へと伝えていくのが、この神命神楽。



「心せよ。そして伝えてゆけ。分岐点までしか視ることが出来なかったということは、その先は岐路に立たされた者達に委ねられる」

 神なる獣と呼ばれた彼から俺達は言葉を賜った。狐巫女は頷き、引き下がった。



「人の子」

 去り際に、宇迦様は俺にも呼び掛ける。

「我等──精霊獣と人は元々ひとつだった」

「ひとつ、ですか。それは契約のことでしょうか」

「名残だ。へその緒のように本来はもっと今よりも深く、密接だった。獣も人もなく、等しい存在であった」

「契約が、名残……」

「この闇の来訪は二度目。我はそれを避けるべく、混沌と大地を断った。今、この世は対極図の如き調和で成り立っている」


 太極図というと、あの円の中で白黒の勾玉をくっつけたような図式のことか。

 白と黒。それが人と精霊獣に置き換えるとするなら、精霊界に僅かな人がおり、人間界に精霊獣がいる。それらが点ということなのかもしれない。


「そちも宇迦と同じならば、分かるだろう」

「同じ、ですか?」

 ゆったりと頷く。意味を図りかねるが、何かを認められていると受け取って良いだろうか。


「年寄りの長話は堪えただろう。祭りを楽しんで行け」

「ありがとうございます」

 ほんの少し堅苦しさを抜いた声音で、俺達を送り出した。


「お帰りなさいませ。ウカ様の調子は如何でしたか?」

「なーんかボケ進んでるんだけどー。正直神視の内容もつかみどころがなくて、大袈裟に言ってる気がするし」

「はは、そうでしたか」

 ぶっちゃけた物言いに微苦笑を浮かべながら野犴(ヤカン)が出迎える。対面を終えて俺達は参道を引き返す。


「リンコ様にはこれから神楽に向けて支度をなさっていただきたく存じます」

「そうだね。でもそれまで待たせていたら退屈させちゃうし、アルくん達どうする?」

「此処を見学してみたいな。野犴(ヤカン)、俺達がうろついても大丈夫?」

「勿論ですとも。では、よろしければ各所をご案内賜ります」

「せっかくですし、ご厚意に甘えましょうアルフ」

「わたし、祭りの屋台、見たい」

「オッケィ。じゃあ私は着替えなり手筈の確認なりしてくるからまたねー」


 言って、狐巫女は先に階段を軽い足取りで降りていく。

 そうして俺達は別行動をとることになった。他ならぬ故郷にいるのだから一人でも大丈夫だろう。

「まずは中層の街並みをあらためて見て回りましょうや」



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