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喧嘩開始。怒りの外門頂肘

更に2位に上昇してました


「構うなライアン! ジム通いのお前なら大概の相手にゃ負けねぇだろ!」

「そんなもやしヤローならお前が2、3発やっときゃイチコロだぜ!」

 取り巻き達が囃し立て、勢いを取り戻すライアン。

 確かに、単純な腕力の差も闘い方を知ることで覆せる。問題はそれがこちらが素人であるという前提の話だが、彼は俺の鍛練のことを知らない。


 ただ、こういった路地裏の喧嘩は初めてだった。産まれが産まれなので、常識と教養のある人間としか付き合う機会もなく、乱暴を振るうような同年代の子とカチ合うことなど考えられなかっただろう。

 ましてやボクサーくずれとはいえ、格闘家を相手にするなんて未知の経験である。


 ライアン・レイヴォルトはステップを踏み、握り拳を肩幅の高さに上げてじりじりと接近してくる。明らかにスパーリングに慣れた動きだ。

 確かに、単純な力では劣ろうとも何かしらの技術で上回ることは不可能ではない。


 更に、両手に白い光が包まれた。精霊力で手の防護とパンチの威力を向上させる気だ。退魔士の実戦授業を受けてその能力を取り入れている。

「シュッ、シシュッ!」

 やがて腕の射程圏内にまで一気に詰め寄り、素早い一撃を繰り出した。

 恐らく軽いジャブだろうと、力を底上げされて相当な衝撃を秘めている。当たれば病院送りにもなりかねない。


 俺は顎を引き、身を反らし、後退する。コンビネーションパンチをかいくぐる。

 下がるだけの俺に対し、

「どうしたぁ!? さっきの威勢は何処だよォ」

 ライアンはひたすら攻勢に出た。小刻みに身体を揺らしてジャブだけでなくフェイントを掛けたりアッパーやフックを織り交ぜていく。


 目の前で空を切る拳。紙一重の回避を続けていく中でライアンはこちらの足を止めるべく、一際距離を詰めて突進してきた。

 胴体を死角にして脇辺りを狙う渾身の一打が襲う。空気が鳴った。


「オッラァ! 肝臓リバー破裂寸前で悶絶もら……い?」

 懐にまで来た精霊力を籠めた拳をただの手のひらで受け止め、すかさず掴んだ。ようやく、隙の大きい動きをしてくれた。

 そのまま腕を外側へ捻り、ライアンの大柄な胴体のバランスを崩して一回転させた。小手返しで投げられた彼は地面に身を打ち付ける。

「どぉわぁあああ──がはぁ!」


 取り巻き達が「ライアン!」「コイツ何しやがった!?」と加勢に入ろうとする。

 その行く手では狐火が浮かぶ。鈴狐リンコが「タイマンなんでしょ?」と遮った。


 見降ろす俺の顔を見て、投げられた先輩は怒りで自身を鼓舞させて起き上がる。

「テメェ、舐めた真似、してくれんじゃねぇか」

「……」

「そのスカした態度が会った時から鼻につくんだよォおおおお!」


 躍りかかる彼の魔手から紙一重ですり抜けていく。拳を避け、服も掴ませない。

 荒魂あらみたまとの実戦では、上位クラスの大柄な敵になっていくと攻撃を少しでもひっかければ人間には致命傷になりかねない威力になる。徹底して回避に徹することがどれほど重要なのかは知っている。

 それに比べれば、殴り掛かって来た暴漢をいなすのは至極容易だった。


 少し観察して下段からの攻撃や殴り掛かって来てからの投げが有効と見る。今やっているのはスポーツじゃない。蹴りも投げも反則にはならない。

 技は小手返しだけでなく、足払いや背負い投げなどで翻弄する。鈴狐リンコから学んだ体術は状況に応じて、俺の身体を反射的に最適な技の型へと突き動かす。

 何度も何度も、大男が地を転がった。向こうが息を切らすまで、その過程が続いた。


「ク、クソがぁ……何処まで、俺に恥をかかせやがるっ」

「その前にもっと恥じるべきところがあるだろ。数えきれないくらい」

「……うるせぇえええ!」

 もはや理知では通じぬ獣となった先輩に、後手に回って態勢を崩す対応だけやっていたスタンスを切り替える。


 最速の掌底をライアンの顎に打ち付け、思考を麻痺させる。「お、ご……」と呻いて後ろに傾いた。

 その間に腕をくの字にして奴の懐へ更に接近。震脚と同時に鈍い肘打ち。外門頂肘がいもんちょうちゅう

 めり込んだ衝撃で、後ろに吹き飛ぶ。バタバタと腕を振り乱した後、男はうずくまって悶えた。


「ぐ……ぁあああああ」

 精霊力を付与せず手加減してある。臓器がシャッフルする程度には苦痛を伴うだろうが。


「痛い目に遭って分かったか? お前がどんなことをしたのか」

 蒼狼の痛みを知れ。両者の問題だとかそんな事は知ったことか。その想いを込めて彼を打ちのめした。

 きっとライアンはこうして相手を打倒して優越感に浸ってきたに違いない。こんなことで勝ち誇って何が楽しいのか分からない。


 男は、まだ抵抗の意思を持っていた。精霊獣との決闘や挑んできた喧嘩でも一方的に屠られながら、なお立ち上がろうとする。相当な負けず嫌いなのか、それともプライドが許さないのか。

「ころじて、やる」

 よろよろと起き上がり、懐から金属を取り出した。ギミックナイフの刃が展開された。武器に頼るか。


「おいライアン! そりゃ不味い!」

「ナイフ出すとかマジにやる気かよおい」

 彼の仲間達は凶器を取り出すことに及び腰になっているが、当人としては荒く息を繰り返して目を血走らせている。ハッタリではなさそうだ。


 そんな張り詰めた雰囲気がある最中で、突然けたたましいサイレンが響いた。

 現場に急行すべくパトカーが駆け付けようとしているように、こちらへどんどん音が大きくなる。

 ナイフを携行してこんな場所にいれば、もはや学校の問題では済まされない。警察沙汰となれば、財閥の息子であるライアンと言えど危うい立場に追いやられるだろう。


「……クソっ、退くぞ!」

 幾分か冷静さを取り戻した彼は、ナイフをしまってその場を退いた。ただ、捨て台詞をこう残して。

「吠え面かくなよ! テメェ以上の精霊獣と契約してぶっ潰してやる!」


 取り残された俺と鈴狐リンコのもとに、サイレンの音は最寄りまで到着する。

 しかし、車はいっこうに姿を見せなかった。代わりに、精霊獣が顔を出した。

 音は静まり、キキュキュと鳴き声に変わっていく。


「アルフ、無事かい!」

「おーい転入生! 生きているかー!?」

「ベル先輩、ダリオ」


 駆け付けたのは、警察ではなくベル先輩と先程別れたばかりのクラスメイトだった。状況からして、ダリオが先輩を呼んだに違いない。

「今のパトカーのサイレン、先輩の精霊獣の力ですか?」

「ああ、翠音スイネは音を司る。エコーロケーションで周辺の人間を探すことはもちろん、色んな物音を真似ることだって出来る。さしもの後ろめたい人間にはあの音が一番だろう?」


 緑色のイルカが悠々と宙を泳ぐ。たとえ戦闘に向いてなかろうと、それだけが優秀さを決めるものではない。そんなことを如実に表した子だ。


「心配をおかけしました。それにしても先輩、学校から駆け付けたにしては随分早かったですね」

「すまない。実は学校に用事があるというのは嘘なんだ、君達を尾行していた」

「ええっ」

あいつライアンの性分は良く分かっている。自分が上でないと気が済まない質でね、ましてや年下の後輩にやられっぱなしは本意ではないだろう。だから」


 報復がすぐに来る可能性を危惧し、後ろで控えていたそうだ。そして、別れたダリオと合流して此処での成り行きを見ていたと。


「すげぇよ転入生。先輩が手も足も出てなかったぜ! 格ゲーも真っ青じゃね!? 鈴狐リンコだけなくお前自身も強いんだな、まっ信じてたけど」

「アルフを置いて逃げだしてよく言うよ」

「し、しょうがないっしょ! 俺は一般人でただの高校生、精霊獣はいないし別に頭が良いわけでも喧嘩が出来るわけでもないんだから。それに先輩と一緒にちゃんと最後まで見守ってたじゃないッスか!?」

「君ねぇ、何もしないのと見守るって……物は言いようじゃないか」

 白い目で見るベル先輩にダリオは弁解していた。


 それより、問題はまだ残っている。

 蒼銀の狼はゆっくりと立ち上がった。負傷した身体を引き摺るようにしてその場を後にしようとする。

「待って」

 呼び止めると、じろりと睨みつけた。

 俺の方から歩み寄ると唸り始める。


「……来るな」精霊獣真噛マカミの押し殺すような声は、子供らしさを窺えた。

「行く宛なんてないだろう。それにそんな傷だらけで、手当てしないと」

「うるさい。お前、関係ない」


 震えながら身構える狼。痛めつけられ、挙句打ち捨てられたこの蒼狼が人間不信になるのも無理はない。

 足元に来た鈴狐リンコがその様子を見て言う。

「あまり思わしくない状況だよアルくん」

「どうして」

「かなり弱ってるからこのままだと……。それと、最悪のケースの場合荒魂あらみたま化してもおかしくない。こんな仕打ちされたら、人への怨恨も深まる一方だよ」


 放っては置けない。更に向こうへ赴く。

「来るなッ!」顔を引きつらせ、犬歯を剝き出しにして全身で威嚇した。

「おいおいやめとけ転入生!」

「迂闊に近寄ったら不味いぞ」

 二人の制止の声にも俺は足を止めなかった。


「関係があるかどうかなんて関係ないよ」

 特に、誰かを慮る気持ちには。

「俺は君を助けたい、それだけなんだ。こっちに」


 しかし向こうは激しい拒絶を示す。

「嫌いッ、人間嫌いッ! 嫌い嫌い嫌い嫌い大ッ嫌い! それ以上、来てみろ! 噛み千切るぞォ!」

 吠え猛る狼の前に俺は下から手を差し伸べる。鼻に触れそうになった距離になった所で、


「ガルゥッ!」

「……ッ」

「アルフ!」

「ああいわんこっちゃない!」


 右手に真噛マカミが食らいついた。痺れるような痛みが駆け巡る。

 牙に皮膚が貫かれるのを感じながら、唸る狼にもう片方の手を伸ばす。

 反撃と悟ったのか、噛み付いた精霊獣は怯えて目をキュッと閉ざした。


「分かるよ、お前の気持ち」その状態で、俺は頭を撫でつけた。

 今日の試合を見て分かったが真嚙マカミが本気なら俺の手は簡単に食い千切られていた。こんなに追い詰められてなお手加減する、優しい子だ。


「俺も親に捨てられたことがあるんだ。見込みがないって理由で。だからこの先どうすれば良いのか、何に頼れば良いのか分からない状況になるその辛さ、痛いほど分かる。嫌だよね、苦しいよね」

「……」

「ごめんよ、勝手に呼び出されてこんな目に遭って、人間が信用できないのはしょうがないよ。ほんとにごめんね。俺の手で良ければ、いくらでも噛んでくれていい」


 グッと顎が力み、痛覚の危険信号が強まった。

 その反抗は早く振り払え、と言っているみたいだった。

「アルフ、痛くないのか!」ベル先輩の声。

「それは、もちろん、痛いよ。……凄く」

 だが俺は動かない。


 真噛(マカミ)は眉尻を痙攣させている。蒼狼の中で葛藤が揺れているのが見てとれた。

「でも、お前の方がもっと痛いよなぁ。苦しかったんだよなぁ。こんなので、許されるわけないよ。俺の試合がなければこうならなかったんだ、だからこれは正当な罰だよ。ごめんね真噛(マカミ)

 ビクビクと、痙攣する手をそのままに俺は詫び続ける。顎の力が緩んでいくのを感じた。


「傷の舐め合いなんて嫌かもしれない。信用なんて出来ないかもしれない。ただの罪滅ぼしでしかないかもしれないけど。でも、あえてこう聞くね」

 ひとつの提案を俺を持ち掛けた。この蒼狼を救う一番と思えた方法。


「俺と契約しないか? そうすればお前は荒魂あらみたま化なんてしなくなるんだ」

 意外の念に打たれたのか、狼は口を放した。血が垂れる。


「……また、言いなり、なれと」

「違うよ。今は落ち着くまで一緒に居ようってだけだ。傷を癒し、元気になったらあとは自由にして良い。望むなら契約の破棄だってかまわない」


 鈴狐リンコと契約した上での更にもう1体の契約。保有は一人1体に限った話ではない。契約者の精霊力の総量に応じて枠が増えるそうだ。

 俺は、修業で精霊力の容量を増やし幼少期とは打って変わって余裕がある。中位の精霊獣ならまだ数匹行ける筈だ。


「お前を見殺しになんて出来ない。この先そのままだとどう転んだって悲しいだけだよ。真噛マカミ、少しの間でも良い。俺達と来てくれ」

 やがて、蒼狼は手から口を離した。

「……左手、頭に置け」


 観念でもしたように、真嚙マカミは威嚇をやめて座り込む。

「同意する」

 俺は言われるがままに狼の頭部に無事な方の手を置いた。すると、狼が光に包まれて姿を消す。


 だが、俺の中で真噛マカミの存在を感じる。鈴狐リンコは今まで一度も中に引っ込んだことが無いからこの感覚は新鮮だ。

 かくして新たな精霊獣との契約を俺は果たした。

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