真噛の奥の手。旋風VS閃電
繰り出された轟脚のサンドバッグになる狼少女は、依然としてリングの上に踏み留まっていた。
あらゆる策を講じ、狗桜の技を破る為に実践する。
フェイントを交え、相手が攻撃する隙を狙った。
だが防御を念頭に置いており、確実に真噛が攻撃を終えるまで仕掛けてこなかった。
今度は身躱しを止める為に直接相手の身体を捕まえようとした。
しかしそんなにわか仕立ての試みも既に対策済みなのか、捕縛の手はすり抜けあるいはそちらに集中していく内により重い一打を受けることになる。
試合が始まってからそんな光景が続いて暫くした頃。
ようやく動きを止めて膝をつく真噛。その身体は生傷が目立ち、衣服はボロボロになっている。
反してリングの上でふわふわと浮く狗桜は健在。火を見るよりも明らかにあちらが優勢だった。
「当初の勢いはどうした。あれ程息巻いておいて、よくもそんな醜態を見せたものだ。闘う気がないのならさっさと降参しろ。こうも一方的だと観客も退屈する」
つまらなそうに吐き捨てた挑発にも、彼女は噛みつかなかった。
だが、いくら言われようと狼少女はただ静かに、相手を見据えている。
「聞いているのか? それともまだ痛めつけが足りないか」
やがて、深く息を吐き出す。すくっと立ち上がり、口元を拭う。
真噛は呼吸を整えていた。次の行動へと移す為に。
「……様子見、終わり。ここから」
「強がりを言う程度にはまだやる気らしい。だがその虚勢、いつまで保てる?」
「違う。この技、凄く危険。咄嗟の反撃、対応出来ない。だから学ばないと」
「何を隠しているのか知らないがハッタリでないなら勿体ぶるな。共に捻り潰す」
奥の手を仄めかす真噛に対して受けて立つ気だ。
すると狼少女は上着を取っ払った。チューブトップ姿になり、これまでとは違う姿勢を見せる。
体毛に覆われた腕を元に戻し、リングの床に指を立てる。四足歩行の状態になった。
そして淡く青白く、発光を始めた。まるで発電でもしているのか、全身から目に見えるほどの稲妻が絶え間なく迸る。
天雷の名は伊達ではなく、体を表していた。
「何だそれは」
あまりの変貌に戸惑うチャンピオンの言葉。
けたたましい火花の散る音が立て続けに起こる最中で、彼女はその問いの答えとして言下を降した。
「霹靂閃電ッ」
クラウチングスタートに似たダッシュを決めた。前に出た瞬間真噛が青い電光の線と化す。
未知の攻撃を警戒してとっさに後方に下がり、迎撃の姿勢を見せていた狗桜であったが、反応するより早くその横合いに通過する。
すれ違った彼女は遅れて己の顔に手を当てる。ほんのわずかに掠めたのか、狼女の頬に赤い線が刻まれている。ゆっくりと振り返り、見失った狼少女を見て唖然とする。
「オイ……今の速さで、移動したのか」
油断していたつもりは毛頭なかった狗桜の中に震撼が走った。その形態を明確な脅威と認識する。
一際強く、帯電する真噛は絶え間なく動き出した。光の軌跡だけを残し、相手を置き去りにする。
檻の中を乱反射するがごとく、目まぐるしく直線的に四方を取り囲む。
「くッ」
目で追えないと判断した狗桜が空へと逃げる。檻の天井近くから迎え撃つ腹積もりだった。
しかし雷と一体となった真噛は柵の金網を蹴って飛び回り、空中も移動圏内に変えた。
背後をとる狼少女。それでも直観なのか先読みしたのか、奇襲に対して振り返りざまに脚を振るう。
だが虚しく空を切る。さらには通過した真噛が一瞬で懐に戻って重い一打を加えた。
如何に衝撃を軽量化と回転で逸らすとはいえ、雷速機動とも呼ぶべき速度では成り立たない。
重みをなくしたことが災いし、錐揉みしながら地上に落とされた狗桜。
息つく暇もなく、同じ高さに戻った狼少女の猛攻が続いた。
滅多打ち。あれほど紙一重でいなしてきた彼女の身体が何度もあらゆる方向へと跳ね上がり、蹂躙され始める。
コンマの世界で数えきれない攻撃を仕掛けては回り込んでいく。打撃を無力化出来る筈の彼女を完封した。
反面リスクも高い。それだけの勢いだと咄嗟に止まることが出来ず、一つ間違えればカウンターの餌食に遭うだろう。
しかし狼少女はその為に接近時における狼女の行動パターンを体感で覚えていた。付け入れさせる隙はない。
速度に対応出来ず、狗桜はさっきまでと打って変わって翻弄されている。
攻勢は逆転。
「ハァッ!」
正面からの体当たり。姿勢を崩され、回避不能のままモロに受けた。
激突したまま奥へと押しやる。壁にぶつける気だ。
引き剥がそうともがくも、帯電する彼女の接触により感電を起こして身動きがとれない。
「——調子に、乗るなッ」
だが、このまま終わる狗桜ではなかった。
咆哮を解き放ち、同時に巻き起こった強い風圧が攻め入る真噛を弾く。
『これは……壮絶な試合運びとなりました……! 劣勢だった天雷が、突如として輝き始めた途端に場を制圧しております! あの動きはまさしく雷そのもの! さぁどう出るチャンピオン!?』
響き渡る実況を聞き、煩わしそうに狼女の顔は険しさを見せる。流石に効果があったのか、息が上がりつつあった。
現状青き紫電を纏う真噛に対しては効果が薄いと判断してか、彼女は素足で地に降りる。
しかし、その鋭い目線にはまだ闘志の炎が燃え上がっていた。
「ハッキリ言おうマカミ。わたしは少しばかり、甘く見ていた。手を抜いていたつもりはなかったが、これほど追い込まれるとは、思ってもみなかった」
「だから、何?」
「徹底的にやる、と言っているんだ。正直、これは加減が出来ない。覚悟しろ」
左右の五指を広げた先に何かが生じた。
「旋風滅爪」
それは精霊力の影響なのか、蠢く風として目に見えるほど滞留した。
初めて腕を本格的に使い始める。そのままそれを交差させて上下に振るう。
展開された風の爪が意思に呼応して伸びた。一度に無数の傷がリングを削る。
「たとえどれほど素早くてもこの檻の中、範囲を広げれば」
先ほどの攻撃を今度は狼少女へと真横に振るう。
反射的にその場から真噛が消えた矢先、研磨機に接した時のような耳をつんざく異音。そこに同じ傷痕が発生する。逃げ遅れていたらたちまち刻まれていただろう。
「いずれは届く」
「破ってみせる」
牽制に対し、真噛は躊躇の気配を欠片も見せない。それどころか飛び出した。
すかさず振り降ろされた風の凶器が彼女を捉えんと牙を剥く。それらを狼少女は掻い潜り接近。
しかし先程のように簡単にはいかなかった。伸縮自在な風の爪が阻む。
「さぁ! これをどうする!?」
「……!」
あろうことか、真噛はそのまま直に殴打を加えた。が、彼女の拳は健在。
纏う雷電が、風の研磨を相殺している。
そんな両者の接触に際し、大きく火花が散った。繰り返される内に、その規模は大きくなっていく。
その余波は嵐と化した。
『観客席の皆さーん! 落ち着いてくださいこれは災害ではありません! 信じられないことに、二人が発生させているものですから! 被害は大丈夫でしょう! 多分!』
たまらず実況が放送するのも無理はない。地下の会場でハリケーンが昇っていたからだ。
内部で微かに見える戦局は苛烈さを増す。鉄檻の中で幾度となくスパークが連鎖している。
光の速さで飛び出す真噛と、爪撃で迎え撃つ狗桜。
強く接触した瞬間、互いの力に反発されて二人は吹き飛んだ。
「くぅッ」
「おのれぇ!」
どちらも満身創痍になりつつあったが一歩も譲らない、足を止めずただひたむきに激突を繰り広げた。
意地と意地。精霊獣同士の対決は最後に近付くにつれ熾烈を極めていく。
やがて弾かれた勢いで左右に別れ、助走をつけた最後の一撃に賭ける。
「雷真噛・燦牙ッ!」
「旋風滅爪・迅ッ!」
爪と牙。それぞれ現出した獣の武器が出揃った。
一際強く瞬く狼少女と一際激しく吹きすさぶ狼女の正面衝突。
暴風と閃光が、舞台を包む。




