摩天楼の私闘。鈴狐の挑発
攻勢は一方的だった。荒魂や天朧に対してと同じくらい容赦のない猛攻でアインは牙を剥く。
それを天金は涼しい顔で悠々と捌いている。そして、折を見てまた何処かへ跳んだ。
まるで空中散歩のように、金と黒がしきりに接触を繰り返す。
人が生身で精霊獣と相対出来るだけでも脅威的なのだが、指導者も知らぬまま荒魂や同業者との戦闘経験と才能だけでその地位を築き上げた彼の実力は、若くして人間の中でも指折りに入っている。
防御に回る彼女がしきりに距離をとっているのが何よりの証拠だった。並の相手であればその場から一歩も動かずにあしらっているところだ。
「喧嘩売りに来て追い掛けっこかよ、狩られてぇのか尻軽女が。ロクに抵抗する気もねぇなら最初から尻だけ振ってろ」
「女の子への口説き方も知らないの? 自分だけを推したら相手は応じてくれないよ」
「……どうやらテメェには首輪が要るようだ」
「聞く耳持たず、かぁ。そんなんだから、彼に都合よく利用されるのさ」
「俺が利用しているんだから、関係ねぇ——なッ」
ボディスーツに覆われた細い腕に業火を宿し、助走をつけた一撃を見舞った。屋上まで飛び上がった彼女の着地を狙う。
しかし、天金は身を翻したかと思うと流れるような所作で炎拳を受け流し、外へと逃がす。タイミングがズレ、あらぬ方向で火々尾甲は炸裂した。不発。
だが、アインはすかさずもう片方の腕を相手の眼前に突き出す。
「コイツは躾だッ」
二発目の火炎の爆風が迸る。流石にそんな衝撃を目の前で受ける形となった天金は、たまらず顔を庇って硬直する。
ヘルメットと特殊スーツで防護されたアインだけが、閃光や熱波に対して怯むことを免れた。
己の精霊魔法によって生じた煙の暗幕を突き破り、彼女の首元に魔手が伸びる。
「あ、ぐっ」
苦悶に喘ぐ天金を叩きつけ、屋上の縁へと追いやった。
そのまま押し出してしまえば、地上まで数十メートルはある高さから真っ逆さまに落ちるだろう。
「人型精霊獣ってのは、ここから落とされても無事でいられるのか?」
「……どう、かなぁ」
「軍門に下って正体を見せな、オンナ。俺に付き従え、それがあるべき状態だ」
締め上げられた喉から、吐息が漏れた。心底呆れたような情緒が窺えた。
「君は、罪を七つ数えたら過半数になりそうだねぇ。強欲、憤怒、傲慢……そして」
「何だ? あとは色欲でも当てはまるってか? それならお望み通り楽しんでやるよ」
彼の舌が口の端から端へと移動する。
そんな抑え込まれた状況でも、スーツの女は笑って言った。
「嫉妬」
「……あァ? 俺が、嫉妬?」
「そう、彼にはあって自分にはない物、それが目に見えて苛立っているんでしょ? だから、奪おうとしている」
彼というのが誰に対して指し示すモノなのかは言うまでもなかった。
妬みとは、心の何処かで劣ることを認めているの意味する。
「この場で鳴かせてやろうかッ」
「それよりさ、そろそろ、気付くと良いんだけどネ」
激情に顔を歪めるアインをよそに、天金は燃え上がる。
それどころか、動かす唇や瞳、金色の髪まで炎へと変わった。
アインはたまらず飛び退くも、彼女の火の手は止まらない。いや、跡形もなく燃え尽きた。
「……偽物ッ?」
「そういうこと」
声が背後から回ったのを耳にした途端、アインは反射的に振り返って貫き手を放とうと腕を引く。
それよりも早く彼の顔目掛けて天金の突きが震脚を交えて打たれる。眼前に広がった拳によって、身体が硬直する。
「視界を奪って不意を突くのに、自分が入れ替わりを見逃していたら世話ないよねぇ」
寸止めで拳を突き出したまま、天金はアインの至らなさを評した。
全身を叩いた拳圧からしてその一撃が決まれば恐らくヘルメットを突き破るどころか、頭も吹き飛ばしていただろう。
歯ぎしりが鳴る。そこで止めなければ明らかに決まっていたこと、手加減されているという自覚に更なる苛立ちが募った。
「ほら、すぐ感情的になってさっきみたいに相手の術中にはまっちゃう。路地の喧嘩なら多少は問題ないけれど、同等以上のレベルとなったらそうはいかない」
「口輪付けて口利けなくするぞゴラァ!」
「大物でいたいなら、もっと物事に寛大でないとね」
膠着状態を破ったアインの反撃は、天金がふわりと逃れたことで空振りする。
彼を見降ろしながら、人差し指を暗い虚空に高々と掲げる。すると、指先に光が灯った。
夜にも拘らず一帯が昼間のように明るくなった。小さな太陽が周囲を照らしていた。彼女よりも大きく、ビルひとつを焼き尽くしてしまえそうなあまりに巨大な火球を数秒で作り上げた。
「日輪照」
まるで砂漠の日照りに立たされたようにジリジリと肌を焦がす熱を感じ、眩く照らす視界をアインは睨む。
「……上等だ、無駄にデケェロウソクの火ならとっとと吹き消してやるよ」
「戦意を損なわないところは褒めてあげる。でもね、ちょっとおいたが過ぎたよ」
お仕置きだと言わん気に、彼女がゆらりと指を前に動かし、連動して頭上の小さな太陽が降りようとしていた。
その最中で彼女のスーツから音楽が鳴った。空いていた手でポケットをまさぐり、携帯を顔に当てる。
「ごめん今取り込み中ー。後にして……え?」
こちらとはまるで違う態度で電話は始める。隙を狙って飛び出そうとしたが、琥珀の瞳がずっとこっちを見て動かない。片手間でもあしらえるという自負がありありとうかがえる。
「うん、そう……それで良いの? じゃあちょうど良かった、少しお灸を据えようと思ってたから。うん、それなら任せるよ」
通話を切ると同時に、生成していた日輪照もフッと消えた。
「今夜はこのくらいにしておきましょうか」
「逃げる気か? 俺の気は済んじゃいねぇぞ」
「『鴉』にお礼参りに行くがてら、トップの鼻を明かそうと思っていたんだけど予定が変わった。私の出る幕じゃなくなったからねぇ」
「あ?」
「お望み通り挑戦を受けるってさ。君を正々堂々、打ち倒す為に」
電話の相手は天朧だったらしい。彼女は踵を返した。
「待てオンナ!」
「待ちませーん。ほんとは分かっているんじゃないの? 最初から勝ち目がないことなんて」
「ふざけんな、クソが……!」
「そんなに気を引きたい? 私が欲しい? だったら」
天金は顔だけ振り返って微笑を零した。悪戯っぽい挑発的な笑みだった。
「証明してみせてよ、君が天朧より上であることを」
言い残して彼女は自らビルを飛び降りた。アインは落ちた天金の姿を探すも、下の道路や地面には人の影も形もなかった。何の装備がなくてもやはり無事でいられるらしい。
「……証明してみせろ、だ? 言われるまでもねぇよ」
夜空に吠えた少年の声が広がる。
「見ていやがれッ! これまでも俺は俺の前に立った奴等は全部潰してきた! バケモノだろうと育ての親だろうと! これからもだ!」




