荒魂出現。登場、退魔士(仮)ガールズ
商店街では瘴気を含んだ黒羽が辺りに飛び散っていた。頭上を飛び交う鴉の鳴き声。
ただの鳥ではない。大きさが1メートルはある濡羽色の生き物が暴れている。
荒魂が街中に現れた。低位のようだが、問題は複数羽が同時に出現していることである。
まさか早速出くわすとは。被害が出る前に叩きたいところだが、天朧としての活動が出来ない手前、避難を優先させた方が良いか?
だがそれより早く、妹は動いていた。
「出番よ虎土、先に行って」
アリスの横脇からどこからともなく呼び出されたのは、斑模様のある薄い土気色の大虎。中位の精霊獣だと推察する。
「承知」虎は太い声で端的に主の指示を受けて走り出し、荒魂のもとへ。
地上で逃げ惑う人々を襲う鴉達を追い払う。前脚で薙ぎ払いを受けた個体は一撃で仕留められる。
相棒が牽制する間に、妹は自分の荷物を地面におろした。
その中から取り出した弓に弦を張る作業をてきぱきとこなし、矢筒から矢を数本を持ってつがえる。
「倒す気なのか?」
「邪魔、下がってなさい」
慣れた所作で荒魂を射る。精霊力を籠められた破魔矢は、大きな鳥を一撃で仕留めていく。
俺が動くより早く、掃討は進んでいく。危うさは無いまま、荒魂達は滅ぼされていった。
ただ一羽、その場から離れていた大鴉は一直線に射手を狙う。虎土が戻るには間に合わない。各所に傷が目立ち、羽がむしられたように剥げた個体。
庇おうと俺が前に出た。肩に乗った鈴狐と迎撃に出ようとした時だった。
「そぉい!」
その間に別の女学生が、飛び込んで来たのだ。
竹刀で大鴉を叩き落とし、追従していた鼬の精霊獣が喉笛に食らいついてトドメを刺す。
こときれた荒魂が光となって消えていくのを確認し、アリスの知人と思わしき女子二人がこちらへ。
「レイチェル、ロベルタ」
「アリス動くの早すぎー」一人は竹刀を振り回していた栗毛のスポーツ系少女。名をレイチェルと呼んだ。
「ケガはない?」もう一人は遅れて駆けつけた、デコだしに掻き分けた深海色の髪と眼鏡の優等生の雰囲気を持ったロベルタだった。
退魔士を要請するどころか俺の出る幕もなく、女生徒達が荒魂を倒してしまう。まるで退魔士代わりの自警団みたいに。
「先輩がアリスのお兄さん? 初めまして、あたしレイチェルッす」
「ロベルタです。アリスとはクラスメイトでお世話になっております」
鼬と梟。小さな精霊獣を付き従えた妹の同級生達は俺と挨拶を交わした。
「君達、もしかしていつもこんなことやっているの?」
「まぁね、あたしら退魔士志望でさ。将来見据えて実戦に出られるように、学生の内から荒魂を調伏してるんだよ」
「といっても、倒すのは低位の強くはないものだけでそれ以上の相手は流石に本職に任せています」
「……そう、なんだ。アリスも?」
「悪い? 自発的にやってんの、ボランティア」
学生の火遊びにしては少々行き過ぎているな、と思う。注意するにはお節介だろうか。聞いてる限りだと、境界線は守っているようだけど。
率先して荒魂退治を行うアリスに、家族として制する資格はないと思う。俺は彼女を放置してしまった。
中位の虎と下位の鼬と梟。そこに弓矢や竹刀で戦力を補っている感じか。
実戦級の退魔士として駆り出すにはまだおぼつかないが、生徒の域では優秀と言っても良いだろう。
「ねぇねぇお兄さん。聞いたんだけど『北斗』に就いているんだって?」
「え?」まさか喋ったのか? 妹の方を見るとそっぽを向いた。
「私とレイチェル、そしてアリスもいずれはあそこに入りたいと思ってまして。だからどれだけ入るのが大変なのか分かります。凄いですよ、先輩」
「な、内緒にしてほしいんだけどな」
「といってもそいつはC級。それも実戦に出れない下っ端よ」
にやりと、栗毛のスポーツ系少女はいじらしく笑ってアリスの背後に回り込む。
「そんな事言っちゃって、ほんとはお兄さんが『北斗』に入ってるの知ってて退魔士専攻があるこの学校──」
「レイチェルッ! 黙らっしゃい!」
「はいはい怒らない怒らないー!」
キャッキャッと女子のじゃれ合いを静観していると、大きな虎が俺に頭を垂れてきた。
「お初にお目にかかりますアリスの兄上。オレは虎土と申します。彼女と契約させて貰った新参者です」
「これはどうもご親切に、アルフです」
「鈴狐だよー」
兄弟同士での精霊獣の顔合わせ。第一印象からすれば、そっちの方が明らかに強そうだ。
「それでさっきの話だけど、この虎土が出た方が明日の決闘も勝ち目がある。さっきの戦闘で分かったでしょ?」
「うん。アリスの精霊獣がどれだけ優秀か分かった」
「だったら……」
「でも、それじゃ意味がない」
首を振ると、憮然として赤い瞳をキツくする。
「鈴狐が弱くないと証明しろ、ってライアン先輩は言ったんだ。それで別の精霊獣が出たら認めたも当然だろ?」
「むざむざやられに行くだけしゃない!」
「鈴狐だって別に戦闘経験が無い訳じゃないさ。ただ何もしてないで『北斗』にいるだけだと思った? 少しはやりあえると思う」
向こうが何処までやれるのか分からないけど、必ず勝つ。そして譲る訳にもいかない。
根負けしたのか、鼻を鳴らして妹は現場から元来た道をくるりと回って戻っていく。去り際に後ろのポニーテールがブンブンと揺れた。
礼儀正しく、彼女と契約した大虎は頭を下げて追従した。離れながら、アリスはこう言い放つ。
「だったら勝手にすれば! 行くよレイチェル、ロベルタ」
「せんぱーい、まったねー」
「すいません。では、私達はこれで」
「うん。また」
騒がしい3人がいなくなったところで、俺も白鷺さんに事後報告をした。ついでに、1日目の学校……特に決闘へ発展した話をして謝った。
用意された学生寮はワンルームでまずまずの内装。そこを共有ではなく一人で使える事は幸いだ。鈴狐の人型を見られるリスクが極力減らせる。
その夜、ゆっくりと浴室で湯船につかっていると。
「アルく~ん」
ガラス扉越しで、肌色の大きな人影が見えた。俺は慌ててドアノブのつまみに手を掛けてすぐさま施錠する。
「は、入っているんだよ! 後からにしてくれ!」
「えーそんなこと言わずにー」
閉めた筈の鍵が、ひとりでに解錠され扉が開かれる。いやいやちょっと待てちょっと待てそんなこと出来るの?!
一糸まとわぬ姿の狐巫女が屈託の無い笑顔でバスルームに侵入した。
「一緒に入りましょー!」
「何で鍵かけたのに入ってくんのォおおおお!?」
もはや狐巫女ではない。狐痴女だ。
せっかく部屋を見て回って浴室が鍵付きであることに内心喜んでいたというのに、これではおじゃんだ。
すぐに背を向けて煩悩を抑える。鈴狐の身体は、健全な男子としては教育に悪すぎる。なんせ耳と尻尾以外は完全に女の子なのだ。
これまで幾度となくそのあられもない姿を目撃したがいつになっても慣れない。
肌理細やかな肌、出るところは出たしなやかな体つきに豊満な双丘。感想として言えば綺麗だ。スカウトに目をつけられるのも無理はない。こんなプロポーションを持つ相手にことあるごとに誘惑されるのだから危険だ。
と言っても、何だかんだで一線を越えてはこない。そういう意味で今まで襲われることはなかった。それが彼女の譲歩でこちらを尊重していることは知っている。
大事にされているんだな、そんな優しさが身に染みる。
でもだからといってこの状況はいかんせん。俺を救ってくれた恩人と、爛れた関係を構築したくはない。彼女は育ての親や姉のような存在。そしてなにより契約している大切な精霊獣だ。
「せ、狭いんだから二人で入浴は無理だよ! 諦めてくれ!」
「むっ、それはそうかも。一人で湯船の殆どを占領しちゃってるねぇ」
やはり寮の最低限の設備だけに手狭な浴槽は一人しか入れない。鈴狐は考えた末、
「じゃこうしよう、ハイどろん。こっちなら良いでしょ」
「……それなら」
言うなり小狐に変わった。そこで俺は渋々ながら承認する。刺激的な裸体を見ずに済んだ。流石にこっちの姿では欲情することはない。
鈴狐は湯に浸かって「ふああ」と緩い息を吐く。抜け毛でつまる心配はない。精霊獣だからだ。
「今日は色々あったねぇ。生き別れの妹さんとの再会、昼食での先輩からの挑発、そして調査の目的である荒魂の発生」
「忙しい一日だった」湯気が充満した天井を仰ぎ、そんな感想を口にした。
しかし昼間の大鴉の件で掴んだものがある。何度も任務で荒魂と相対してきた経験から、今回の発生に不自然な違和感を覚えた。荒魂は野良精霊獣にも干渉して同じように墜とす例は何度も確認されているから、複数発生は珍しくない。でも、あんな事件が同じ地域で繰り返し起きているというのはやはりおかしい。
それに、今回の荒魂化した大鴉。その一羽には戦闘前から異常な裂傷が目立っていた。連絡で確認したが、その地域で他にも発生した荒魂の報告によると、種別は異なるが同じような痕跡が見つかっているとのこと。
野生の精霊獣は、邪気に当てられるだけでなく怨恨や強い怒りによって荒魂に転ずることもある。人との軋轢で堕ちるケースだ。
たとえばだ、野良精霊獣にそんな怪我を負わせている奴がいる? そうして負の念を抱えさせて荒魂化させているとしたら?
そんな推理を組み立てていると、
「明日はもっと忙しくなりそう、ライアンの精霊獣と一騎打ちだもんね」
「ごめん。啖呵切ったのは俺なのに、闘うのは鈴狐で。何なら俺が直接」
「そんなことしたら前代未聞になっちゃうよ。退魔士は主力になる精霊獣より戦闘力を持たない。正攻法に精霊獣には精霊獣で闘わないと」
「そっか、そうだよな」
「でも良い。私がチョチョイと終わらせるからさー、この姿でも何とかするよ」
鼻歌混じりで入浴していた鈴狐が嬉々として申し出る。ご機嫌だった。
「さぁて、契約した私がアルくんの貶された尊厳を取り返さないとねー」
「俺より鈴狐や先輩への失言を撤回出来ればそれで」
「分かってないなぁ。別に私は小さいとか雑魚とか言われても響かないもん。何より許せなかったのは、アルくんを侮辱したことだね」
「お、おい」
くるりと振り返った小狐はずいと、俺の方に迫って来た。
「きちんとアルくんは他の人のことに対しては怒ったけどさぁ、自分の事に関しては怒らなかったよね? あれだけ馬鹿にされても否定もしていない」
「……それは」
「悪い癖だよ。挑発に乗ったこと以上に、そこを反省して貰わないと」前脚を俺の胸板に置いた。狐にも肉球はある。
だがそれは反省を促す為の所作とは異なり、ペタペタと撫で回す感じだ。
しまいにはだらしなくにやけて、
「うへへへへいい細マッチョぉ♡」
「……」
いつも風呂場に入ってくる彼女の目的は、もはやスキンシップというより俺の身体を鑑賞する為であるとは薄々気付いてきた。




