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勘当された少年。小狐さんが傍にいる


 僕は夜気の冷える公園のベンチにポツンと取り残されていた。迎えはおらず、むしろ置き去りにされたと言う方が正しい。季節は冬の間際。木枯らしが吹き付ける誕生日だった。

 4時間前、僕の生活はがらりと一変した。



 由緒正しきシェークリアの次男として産まれ、跡取りの競争という環境もあって英才教育を受けて来た僕は、今日で10歳になるのを契機に初めての精霊獣を召喚して契約する儀式を執り行った。


「まぁまぁそう肩を落とす事ないよ。気持ちを切り替えていこうよ、これで自分の人生を自由に決められるようになったんだからさー」

 木製ベンチの左右に取り付けられた腕掛けにひょこっと乗った金毛の小狐は、陽気な調子で僕に話しかけて来る。動きに合わせて首輪の小さな鈴が、チリチリと鳴る。


 この狐は己を鈴狐リンコと名乗った。精霊獣である。

 精霊獣とは、精霊界という世界からやって来た不思議な力を秘めた生き物の総称だ。野生動物から高度な知能は勿論、文明を持つレベルの生き物までピンからキリまである。


 遥か昔、突如連結した精霊界との交流を経た地球は、独特な文明と共にその精霊獣が入り込んでいた。

 人は精霊獣達と共存し、長い歴史を共に現代まで歩んでいる。


 彼らと人は契約と召喚という手段を用い、生活を共にする。

 僕が召喚でどうにか呼び出せたのは、この小さな精霊獣だった。

 精霊獣にはランクという区分けがある。こういった小動物はその中でも最底辺の存在だ。


 運と素養。どちらもなくては格位の高い存在を呼び出すことは出来ないが、ここまで脆弱だと見込みなしと判断する他ないそうだ。

 厳しくて容赦のない父上は、召喚した精霊獣のちっぽけさにとても怒っていた。

 貴族や由緒ある血筋の者にとって、精霊獣の格位はステータス。その界隈では僕は安っぽい人間として見なされることを意味する。


『もうっお前の顔と髪など見たくもないっ!』

『ま、待って! ごめんなさい! 待ってお父さ──!』

 顔を真っ赤にして僕を乱暴に儀礼の場から引き離して屋敷から追い出す。


 

 それから車に乗せられ、見知らぬ土地で無人の公園に降ろされ、そして走り去った。勘当という言葉と、後は一人で生きろと告げたのだ。


 交番に駆け込めば、果たして身元を照合できるだろうか。

 仮に戻れたとして今度は一生の監禁生活になるのではないか。

 子供一人で起きる騒ぎくらい容易く揉み消す。裏の権力とはそういうものだ。


 正装のスーツ姿のまま、僕はしばらくそうしてその場にとどまっていた。行く宛なんかなかった。この先どうしたら良いかなんて分からない。


 体育座りで膝に顔を押し付けていると、数分前にこの小狐は今になって人のように話し始めたのだ。

 格位の低い精霊獣を召喚してしまったら、大概は契約を外す事が出来ない。両者の合意が必要だから、それだけの賢さが精霊にないとならないのだ。


 でもこの精霊獣──鈴狐リンコとはハッキリとした意思疏通が出来る。もしかしたら解約して帰って貰えることだってあり得る。


 改めて、これを知らせたら戻れるかもしれない。そう思ったけど、父上は一度決めた事は意地でもとりやめない人だ。こんな失敗をして、今更やり直せると聞いても首を縦に振らないだろう。

 顔を上げてぼんやりと見つめていると、首元をキツく締めたままのネクタイを狐は小さな前足を使って器用に緩め始めた。


「追い出そうだなんて酷いよね。何か言い返してやろうかと思ったけど、私は黙ることにした。だって、あのまま仮に戻ったとしても不幸になるのは目に見えてるもん」

「……だから、隠していたって?」

「うん」

「でも、そしたら僕は何もなくなるじゃないか……何だよ……」

 ワザと、という話を聞いて眼がしらを両手で覆った。泣いたってどうしようもないけど、さめざめと泣いた。


「此処まで、此処までずっと、頑張って、来たのにぃ。全部、無くなった!」

「うーん。冷静に考えてみて? 君、お兄さん以上に優秀な精霊獣を呼び出せなかったらいずれ跡継げなくて独立させられていたよ? 中途半端なのを呼んでずるずるやっていくより、踏ん切り早い方が良くない?」


 兄は人の姿をした精霊獣を宿している。上位の精霊獣の中では限りなく人に近い姿になる者もいて、その精霊獣が非常に優秀だったことを僕は知っていた。そういう意味では、元から僕は後継ぎ競争で厳しい立場だった。もしかしたら、最底辺の精霊獣の召喚でなくとも見込みが無いのがハッキリすれば最初から捨てるつもりだったのかもしれない。


 だとしても、早い方が良いにしたって、早過ぎる。まだ無力な子供に何が出来るというのか。


「まぁ、路頭に迷わせたのはやり過ぎだね。社会が発展しているこのご時世で在り得ない暴挙だよ。でも契約した人と精霊獣は一蓮托生。大丈夫! 衣食住は私に任せなよ。出来うる限りのフォローはするからさ」

 自信ありげにサムズアップする小狐は、これからのことについて話し始める。


「問題は君の……えーと、アルフくんだったね。これからだけど、今後は私が保護者代わりだよ。そんな訳でよろしく!」

 朗らかな態度に、少しだけ気分が落ち着いた。現状、僕の精霊獣だけが唯一の味方。


「……よ、よろしく?」

「先に言っておくと君にはそう、資質がある。精霊界から私を呼び出せたのが何よりの証拠。やっぱり血の為せる業ってやつかねぇ。だから安心して自分を誇りたまえ! これからの人生に何が待ち構えていようと、私がいるのだー!」


 小さな身体でふふんと高々に鳴らす鈴狐リンコ。安心して良いのかな? でも、契約した精霊獣は主を騙したり裏切るような事はしないと言うし。


 夜風に吹かれ、背中がぶるりと鳥肌が立つ。思わずくしゃみをすると、

「さてさて、こんな寒い所にいるのも良くないね。お互い知り合ったことだし早速行ってみよー」


 どこに? なんて疑問を口にするより先に、ベンチから降りた子狐は前脚を前に出した。

 空で円を描く動作をすると、その中心から景色が歪んで渦巻いた。徐々に広がって人が通れそうなトンネルを作った。


「もしかして、結界?」

「そう。天上位の精霊獣になってくると自分の住む精霊結界を現世と繋げられるのさ。波長が悪かったり、精霊力の乏しい場所によっては難しいけど、便利なんだなぁこれが」

 そうして精霊界からやって来る精霊獣がいる事も知っていた。この子、もしかして凄いのかな?


 しかも天上位という単語が漏れたけど、それって確か精霊獣達の中でも特に抜きん出たランクの存在にしか銘打てない階級だった気がする。それはもう、数百年に一人くらいの逸材でしか呼び出せないという存在の筈だ。


「おいで、世界で一番安心出来る場所に連れてってあげよう。君が契約した私を信じてよ」

 少しの躊躇をしながらも、僕は立ち上がる。

 ちょいちょいと手招きする鈴狐リンコに促され、歪みの中をくぐった。


 そこに広がるのは豊かな緑地。肌を刺す寒気は消え失せ、周辺にのんびりとした虫の音が聞こえる。

 何より目を引いたのが、左右を挟んだ鮮烈な程に赤い大きな柱。歴史の写真で見たことがある。

 それは鳥居だった。しかも数えきれないほど一列に建っている。長い鳥居階段の真っ只中に僕と鈴狐リンコは降り立つ。


 まるで瞬間移動したみたいだった。ただの小狐の精霊獣が出来る芸当ではない。


「君は、何者なの?」

「私は鈴狐リンコ。かつて、英雄として名を馳せたアルファロランの相棒にして天上の精霊獣」

 狐は光に包まれた。


 アルファロラン。僕のご先祖様にして誰もが知る有名な偉人。その知名度は今の大統領の名前を知っているくらいの。家族は皆紅髪なのに、僕だけはその人と同じ黒髪として産まれたからか、名前をあやかって名付けられた。


 光の中に現れたのは神秘的な雰囲気をまとった女の子だった。

 吸い込まれそうな琥珀色のツリ目は、優しく僕を見ている。

 蜂蜜に漬けたような金髪にフサフサした一本の尾と獣の耳。紅い袴と白い巫女装束。名残のように首元には鈴を提げ、少しはだけた着こなしで大きな胸を主張していた。ちょっと目のやり場に困る。

 変貌に目を白黒させていると、砕けた様子で狐巫女ははにかむ。


「えへ、びっくりした?」

「……えっと、誰?」

鈴狐リンコだよリ、ン、コ! さっきのキュートな相棒の狐さんを忘れたの? 鈍いなぁもう」

 ブンブンと左右の袖をばたつかせる。一緒に胸が揺れた。

 今起きた光景が信じられなかった。あの小さな精霊獣が、こんな人の形をとるなんて。


「えー、ゴホン。では改めて問います」

 咳払いの後、芝居がかった仕草で手を伸ばす。

「汝、我と共に覇道を歩む覚悟はあるか?」

 それは、人生の選択を求められた問い掛け。


「……」

「……なんてね。まぁとりあえず此処登ってみよっか」

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