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あたし、授業をはじめる。

 ここまでのお話をまとめよう。

 あたしは橋桁朱実。異世界結婚相談所所長で十歳。ぴっちぴちの小学四年生。

 ひょんな事から人間界でも幻人界でも獣人界でもない別の世界へ飛んで来ちゃって、神とも従業員とも離ればなれ。唯一残った仲間はみかん忍者タローのみ。

 あたしは人間界へ帰れるのか。

 あわよくば素敵なダーリンを見つけられるのか。

 魔王の城っぽいところへやって来たけど、無事魔王様には取り入れられるのか。

 っていうか、決して聞きたくはないけれど、熊男の正体はいかに!?





 ……ってことで、まあそれなりにね? 色々あったけど、今のところあたしは元気よ。

 魔王の城(仮)が実はほんとに魔王の城だって事にびっくりしたことくらいね。空の上から見えた地平線の向こうくらいまでぜーんぶ、この城の魔王のテリトリーだったことにも驚いたけどね。

 だからね、この城の主も当然魔王だったわけよ。あたしって最初から魔王狙いじゃん? すごく運が良いって思うじゃん?


 だけどね、それには大きな落とし穴があったのよ……。



「はぁ……」

「朱実、元気ない」

「元気もなくなるわよう……」


 あたしはすっかりしおれていた。

 熊男とお城にやって来た直後にね、実は会ってきたのよ魔王様。

 そしたら、まさか。狙いの魔王様がすでに既婚者だったとか、ほんと嘘でしょって感じ。

 しかもどう見ても、会ったところ夫婦円満つけいる隙なし。熱烈な愛にあてられて、あたしは眩しくて見てられなかったよ。

 あーあ、騙された。鳥に騙された。全力で騙された。まぢ鳥ゆるすまじ。


 ってことは。てことはだよ?

 鳥の察知したクライアントの気配。それって、それってさあ……どう考えても……。



「朱実。美味しい木の実、とってきた。あげる」

「今は食欲なぁ~い……」

「そっか」


 このぼんくら。

 毛むくじゃらなぼんくら。

 あいかわらずぼっさぼさの髪に顔っていうか体全体を隠して、ぎょろりとした目だけこちらに向けてくる臆病者。どう考えてもこいつ(熊男)のことじゃないか!


 あー! 鳥が見つけたのって、パートナー欲しい気配のある支配者ってのは合ってたよ!

 “自分のパートナー”じゃなくて“自分の息子のパートナー”だったってとこがミソだけどね!!


 そうだよ使用人の言葉からも薄々分かってたよ。熊男がこの城の坊ちゃんってことはそういうことだよ。

 唯一の救いは王子とか魔公子とかそういう仰々しい呼び名でなかったことだ。

 ロマンと高貴あふれる敬称だったら、ほんとあたしのイメージ返してって感じ。もちろんあたしは現実主義ではあるんだけどさ、それでも枕を涙で濡らす勢いよ。



 で、今現在の熊男よ。

 年齢はよく分かんないけど、多分結婚適齢期。魔王の息子とか身分も潜在能力も申し分ないはずなのに―― 。


「ひっ……!」

「?」

「朱実……あっち、何かいる」

「アンタんとこの使用人でしょ。家族みたいなものに怖がっててどうするのよ」

「ござろう!」


 このザマだ。

 あたしの影に隠れようと身を丸めるけど、まったくもって隠れきれないでっかい図体。

 今も、怖い物はタローに先行して見に行ってもらうとかどれだけ臆病なのよ。何がそんなに怖いのさと呆れて物も言えなくなる。


 しかも、しかもだよ?


「えい」

「うっうっ。何するの、朱実?」

「……この贅肉よ……」


 きっちり腹をつまんでみせるが、あたしが責めている意味はよくわかってないのだろう。スキンシップと勘違いしたのか、熊男は照れ照れ頬を掻いている。


 もじゃもじゃヘアにまぎれてその体はよく見えないけれど、魔王様に会ってよくわかった。あの人シュッとしてたし、顔もまあそれなりに人型してたわよ? 髪で隠しもしてなかったし、堂々としたものだったしね。

 に比べての熊男。あんたちょっと普段引き籠もりすぎないかしら。

 どうせ運動不足なんでしょう。ああもう本当に宝の持ち腐れじゃないのよう。もじゃもじゃヘアーに隠して、顔もちゃんと見せてくれないしねえ。



 だからこそ、あたしは途方に暮れる。

 あたしは、なんとかしないといけないらしい。この毛むくじゃら坊ちゃま、熊男を。


 あ、そうそう。

 ちなみに本当の名前も聞いてみたのよね。ほら、いつまでも熊男って呼んでると、使用人たちもきょとんとしちゃうでしょう?

 ……でもね、彼の名前はまだ、自分の名前がわかってない(・・・・・・)らしい。っていうか、その名前がわからないのが大問題らしい。


 どういうわけかこの世界の生き物ってば、生まれつき名前を持ってるんだって。

 でも最初は、それが本人含めて誰にもわからない。成長していってようやく自分の名前が分かる瞬間みたいなのがあるらしい。それがわかってはじめて一人前だとか。


 ってことはだよ? この坊ちゃまと呼ばれる毛むくじゃら。

 どこからどう見ても成人男性よろしく成長しきってるように感じるわけだけど、世間一般ではまだ一人前だって認められてないんだって。

 お嫁さん探す以前に、こいつを一人前にしなきゃいけないのね。


 あたしがそれを出来たら、魔王様も鳥(神)捜しに協力してくれるって言うから、なんとかしないとあたしも帰れないわけで?

 せめてマリィ。ほんとなんでアンタだけでも同行してなかったのよ! 扉を潜る前にアイツの袖掴んでおけば良かった!

 でもまあ、なんと言おうともう遅い。あたしはあたしで、この状況をなんとかしなきゃいけないらしい。




「先は長そうね……」


 熊男を見つめながら、無意識に呟いてしまった。

 そして、ネズミ男にこっそり言われたことを思い出す。


 今ならあなた好みに教育できるのですよ――って、それはそれはゲス顔でさ。

 あいつにはかなりあたしの目的が見透かされてる気がするわよね。熊男狙いじゃないところは、勘違いされてる気がしないでもないけれど。

 でもまあ、坊ちゃまの身分に群がる女の気持ちを心得ているんだろうね。投げやりにも程があるわけだが、藁にも縋りたい気持ちっていうの?



 もちろん、あたしだってうっかり乗せられたわけではない。

 いくら何でも熊男だけはお断りだ。

 潜在能力があろうとも、でっかい図体に対して心だけはミジンコ以下。グラスハートの坊やが魔王にでもなってみてよ。そりゃもうソッコー下剋上かクーデターよ?


 いくら魔王の嫁という地位を手に入れたとしても、その先は毒殺か公開処刑かってね。

 いくら注目浴びるのが好きだと言ってもだよ? あたしが興味あるのはちやほやされることだけなんだから。

 みんなに石投げられながら、熊男と仲良くギロチンとか――その先にいくらほのぼの屋久島の杉の木未来が待っていたとしても絶対ヤダんからね!



 ってわけで、あたしの理想のダーリンは、やっぱり力がないといけないわけ。

 熊男はまあ、素直だし? 態度は小動物だし?

 嫌いじゃないけど、あたしのターゲットにはなり得ない。

 だからとっとと熊男には成長をキメてもらいたい。名前とか、最後までわかんなかったらなんかそれっぽいのつけてあげたらいいっしょ。

 でもって、ついでに他にめぼしい人探して、あたしはあたしで婚活を進める。成果さえ出せば、いい人紹介してもらう可能性もなきにしもあらず。

 ネズミ男があたしを利用する気なら、こっちだって利用してやるっきゃないじゃない。


 いっそ、一石二鳥の企画、考える? 婚活パーティとかうってつけじゃない? 

 ある程度熊男を教育してさ、女の群れに慣れる練習だって言って――あ、これいいじゃん名案じゃん。

 そもそも、あたしに旨味がない仕事なんて、やる気が出るはずないもんね。

 本当ならマリィに押し付けたいところなのに、こういう時に限って居ないんだから。しょうがないわね。

 ってことで、熊男はあたしの手で育て上げて、とっとと諸悪の根源の鳥(神)を探してもらわないと。



「いい? 熊男。あたしはねえ、アンタに頑張ってもらわないとおうちに帰れないの」

「おうちに?」

「そ。おうちに。だから、ビシビシ行くから覚悟しておきなさいよ」




 ~一・二時間目~


「健やかな心は健やかな肉体から! 毒沼周回百周っ」


 ぴーぴっ!

 あたしはリコーダーを笛がわりに、フサ田さんに跨がっては熊男の後を追う。


 百周はさすがに無茶かなとも思うけれども、頃合いを見計らって止めれば良い。

 それよりもまず、どれだけの根気があるのか見極めたいところ。


「えっえっ、か、数えられるかなあ」

「……そこ? とにかくっ行くわよ!」


 そわそわした熊男を追って、コースはやがて森に差し掛かる。

 しかし途中で小動物に遭遇した熊男は、びびってランニングコースを大きく脱線。

 結果、アイツを追うのに半日を費やした。




 ~給食の時間~


「健やかな身体づくりはバランスのとれた食事からって……葉っぱばっかり?」


 魔王城に戻ってきたあたしは、熊男の食事に目を丸める。

 見た目は毒々しいが、紫や青、赤い葉っぱや木の実のオンパレード。

 お皿にこんもり積まれたそれを、十か二十杯は平らげる。


「心優しい坊っちゃまは、肉はお食べにならないのです」

「贅肉はどこからやって来たの!?」


 ネズミ男の解説に、あたしは熊男を二度見するしかない。


 ちなみに隣のタローはと言うと、最後のみかんを寂しそうに頬張っては、種を大切に懐にしまっていた。

 ああ、それ、育てるつもりでいるのね。 がんばってね。

 ……実がなる前には、あたし、帰りたいかな。




 ~三・四時間目~


 午前は熊男を追うだけですべて時間を使い切ったからね。

 午後はもう少し、大人しく出来ることをさがしましょう。


 あたしはネズミ男に頼んで、植物に関する専門家を連れて行く。

 今度は熊男が逃げないようにって、しっかり彼の右手の小指を握っては、さあ、外に行くわよとお出かけした。


「この世界にはたくさんの毒草があるんでしょ? 魔族たるもの、自分の身を守る知識は必要よ。専門家を連れてきたから一緒に」

「可愛いお花あるから、花冠作ってあげるね」

「……はい……」


 うん、まあ、こういうのはね。悪い気はしないわよね?





 ***





 ってなわけで、一日が終わってしまったんだけど。

 そうじゃ……そうじゃないんだ。

 ついついさっきは熊男と遊んじゃったじゃない?

 一日目から脱線しまくったけど違うんだ……。

 途中からタローは飛ぶ練習に必死になってたし、専門家の人は言葉を失ったまま、意見できずにオロオロしてたしね。

 うっかりピクニックになっちゃったけど、ああもう何も熊男の足しにならなかったじゃないの!


 あたしは! 早いところ熊男を教育して! 婚活パーティ開いて!

 隣国の偉い人を呼び寄せて! 熊男は女の子の群れに任せちゃって、鞍替えして! ついでに鳥も探してもらって!

 一石二鳥? 三鳥? とにかく全てが上手くいくはずって理想のプランを立てたのにさ!

 今日一日完全に遊んじゃったじゃないのよう!

 ……しかもちょっと楽しかったし。


 うっうっうっ。

 熊男みたいについつい言葉に詰まって、あたしは夜、手元に残った戦利品を見つめた。

 魔界の花でできた冠。

 手折られた花で結われたこれは、きっと長持ちはしないだろう。

 しおれた花冠の持ち主なんかになりたくない。


 だからあたしはこんなので満足しちゃいけないの。

 ぜったい、本物の宝石で出来た冠を手にしてやるんだから……!

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