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あたし、魔王の城(仮)にたどり着く。

 フサ田さんの旅はなかなかに快適だった。

 乗っている間、熊男は一切あたしから手を離そうとしなかったけれどもまあいい。

 タローも楽しそうだったし、森の木を踏み倒しながら進むっていうアグレッシブな移動方法であったが、それはそれで爽快だった。

 いやほんと、ここが屋久島でなくて良かったよ。



 やがて森が切れ、広い大地が再び見えた。

 空からも見た世界は荒野と森と浮かぶ島。それはそれは壮大だったが、改めて見てもやっぱりすごい。


 落ちてくるときはまったく余裕がなかったけれど、フサ田さんドライブでのんびり見る風景は、あたしの心をごりごり刺激してくる。

 これだけの広大な土地。

 鳥(神)が怯えるほどの力をもった支配者がいるのは分かっている。でもって、その支配者がパートナーを探してるってこともね。



 うふふ。

 いいじゃんいいじゃん。狙い所じゃん?

 良い風があたしに吹いてきてるじゃん?

 この世界で待ってる人が、間違いなく、あたしに相応しい人っぽくない? 

 むしろ、その人と出会うために、例のエルフとはさよならしたんじゃん?

 あ、もちろん、人って言ってるけど、人間でないってことはわかってるんだよ。

 この禍々しい世界の雰囲気も、魔界って感じだしさ。いよいよ魔王様の登場じゃない? 出てきちゃうんじゃない、あたしの前に。


 つまり――つまりだよ? その魔王様をあたしの魅力で落としたら、もう、この世界あたしのものだよね?

 左うちわで贅沢三昧だよね?

 あたしはあの空の島にも行ってみたいし、湖の畔にでもでっかいお城をぶち建てたい。

 残念ながら気候は涼しいというか肌寒いくらいだから、扇子を扇ぐ係は必要なさそうだけれども。ま、そしたらフルーツを盛った金の器を持つだけの係を作ればすむことだ。

 にまにまあたしは妄想を繰り広げて、そういえばと熊男に聞いた。



「偉いひとってさ、どのあたりに住んでるの?」

「ええと」

「偉いひとってさ、どれくらい土地をもってるの?」

「う? ううん?」

「偉いひともさ、熊男くらいおっきいの?」

「あっあっ」

「もうっ! ひとつくらいまともに答えなさいよ!」

「ひっ」


 怒鳴り声に臆病風に吹かれた熊男は、あたしの手を離したかと思うと、のけぞった勢いでごろごろとフサ田さんの山から落ちてゆく。

 フサ田さんのスピードもなかなかのもの。普段乗ってる車よりは速いわけで。問答無用に遠ざかっていくのが目に入る。


 いやいやちょっと待って。いくら何でも怯えすぎじゃない?

 っていうか、このスピードで転がり落ちるとかやばくない?

 俊敏なタローならまだしも、あののっそり熊男が助かるはずがない。

 そうしてあたしは真っ青になったけれど、フサ田さんは止まる様子もなく爆走を続けている。

 いやいやちょっと待って。流石にこれはまずいだろう。



「熊男!」


 精一杯呼びかけるけれど。彼は豆粒のようにしか見えなくなってしまう。


「やばい、どうしようタロー」

「ござれども」


 タローも流石に助けに行くべきかと、体を起こす。

 だがその手には、給食のみかん。駆けるべきか、食すべきか。究極の二択を前に、ううむと立ちすくんでいるばかり。

 走行している間に、彼との距離はどんどん開き、いよいよ見えなくなってしまったその時。


 ひゅうん。


 フサ田さんドライブよりもはるかに鋭利な風の音。

 それと同時に、あたしの胴に何かがつかまる感触がする。


「!」


 わけも分からず瞬くと、隣には、がたがた震えるでかい図体があった。

 もじゃもじゃの髪があたしに触れて温かい。地面はふわふわ。お布団のような温かい毛。その上、なんだか太陽の匂いがする。


 そう、隣にいたのは、さっき転落したはずの熊男だったのだ。



「……こわかった……」

「は?」

「置いてっちゃ……やだ」

「???」


 いやいやちょっと待って。熊男。あんたさっき豆粒だったわよね?

 っていうか、もはや見えなくなってたわよね?


 なにそれどんな瞬間移動よってくらいのスピードで、彼は追いついてきた。――と、思ったら、すでにあたしのとなりに鎮座しているわけで。もちろん、落ちた際のかすり傷ひとつない様子で。


 でっかい図体で小動物並の反応を見せて、がたがた震える熊男の姿。

 すっごく臆病だけれども、実は相当身体能力高くない? まったくもって宝の持ち腐れっぽいけど。


 そうしてあたしを握りしめたまま、熊男はぐったりと頭を下げた。

 ああ、ちょっと急に感情昂ぶるのやめてくんないかな。思いっきり手に力を入れられたらあたしソッコーお陀仏なんだからね?

 今更だけど、ちょっと鳥の気持ちが分かったよ。

 今度からキュッと捻るときは手加減してあげないと。




 あまりの出来事に戸惑っている隣で、タローは再びくつろぎモードに入っていた。

 フサ田さんの毛に紛れるように、お布団もふもふで昼寝の体勢へと入っている。寝転んだままみかんを幸せそうに頬張る横顔に、難しく考えるのが馬鹿みたいに思えてくる。

 ともあれ、助かって良かったと考えるべきなのだろう。

 そうだ。あたしは知っているの。あたしの世界の常識は、異世界の非常識。そんなもんだって受け入れるしかないってことをね!



 オーケイオーケイ。

 だったらこの後のことを考えるわよ。

 タローが連れてってくれた先。いわゆる支配者がいるとするでしょ?


 あたしが無事にハートを射止められたら、それはそれでオールオッケー。

 支配者の権力を全力で駆使して、鳥を探してもらうとする。そしたらあっちとこっち行き来できるでしょ?


 鳥がびびるくらいなんだから、かなり力を持ってるって事でしょ?

 鳥みたいに不思議な力のひとつやふたつ、使えても全然不思議じゃないのよねえ。

 まあ、これでも異世界経験は豊富ではあるし、魔法の類いがそんなに珍しいものでないこともあたしは知っている。

 それに対してあたしの武器はこのよく回る舌と、愛らしいフェイスだけだからね。

 熊男見てたら、この世界の住人って大きそうじゃん? そしたら益々、幼女でちっちゃいあたしは印象に残るだろうし、チャンスが廻ってくるんじゃん?

 そりゃあもう、ちっちゃい子を護ってあげたい欲に訴えかけるしかないでしょう。

 うんうん、ものは考えよう。この愛らしい見た目で、偉い人を悩殺してあげる。


 それに、万が一、あたしとのマッチングが出来なかったとしても、婚約者捜しの代償に探してもらう、ってのもありだしね。

 うんうん、イケるイケる!


 そういうわけで、あたしは熊男と一緒にまずはこの世界の支配者っぽい所に行く。

 さてさてまずは、その支配者が、あたしの素敵なダーリンとなり得るか、見極めてあげようじゃないの!





 ***





 そうしてかなりの長時間走って、ようやくたどり着いたのは、岩山の中がそのまま城になっているらしい自然の要塞だった。

 おおう、何これ。

 すんごい魔王の城って感じ。おどろおどろしくて、バットがぱたぱたと飛んでいるのね。


 黒光りする岩が敷き詰められている回廊の左右には、所謂ガーゴイル的な彫刻が彫ってある。

 え? やっぱりガーゴイルなの?

 っていうか、すんごい魔王ヤバイ感出てるけどこれ本物の魔王の城じゃないの?



 思い出してみれば、フサ田さんで越えてきたこの城を取り囲む沼。あれ、紫色でごぽごぽしてたかもしれない。

 よくよく考えてみると、すっごい毒っぽかった! もしかして中を歩いたらHP削られるやつじゃないのと納得した後、あれ、なんかおかしいとあたしは思う。


「ねえ、熊男。さっきの沼さあ」

「う?」

「毒っぽくなかった?」

「うん。あれ、外から来るやつ、溶ける。この子くらい。平気なの」

「え……熊男は?」

「ぼく?」


 あたしの質問の意味が分からないのか、熊男はまん丸お目々をぎょろりとしたまま、小首をかしげた。

 ううっ。完全に小動物だよやっぱり。毛並みというか、髪もふさふさだからさ、さわり心地は悪くない。


「毒の沼。ひとりじゃフサ田さんに乗れないのでしょう? どうやって乗り越えたの?」

「うっうっ」

「どうしたの?」

「と、跳び越えた」

「!?」

「その……ぼく……ううん」


 すごく困った顔をして、熊男はそこで黙り込んでしまう。

 ああもう、本当にお話するのも苦手なのね。まあ、根が素直だからやりやすいっちゃやりやすいんだけどさ。


 と、熊男と話していると、かなり城の奥までやって来たらしい。

 そう言えばさ、いわゆる魔王の城(仮)なのはいいとして、めっちゃ正面から入ってきてません?

 フサ田さん全力で回廊をばく進しておりません?

 確かに見張りも何もいなかったけれども、えっ、これ不法侵入的な奴でアラーム鳴ってそこここからモンスター現れたりしないよね?



「熊男、これ、勝手に入っちゃって大丈夫なの?」

「えっと。そのね」

「なぁに?」

「ううん……」


 どんどん尻すぼみになっていく声に、あたしは不安になる。

 それでももうここまで来てしまった。後は、誰かとの交渉に専念しなきゃいけないのだ。





 そうして城の奥まで入り込むと、やがてフサ田さんは慣れた様子で一定の場所まで行って止まった。

 おおうこの魔王城シンプルじゃないの?

 迷路とかになってなくって、正面突っ切っていたらなんか今からラスボスですと言わんばかりの扉が出てきたよ?

 レッドカーペットは血の色だよ? 禍々しいよ? あれあたし生きて帰れるの?

 ようやくちょっと不安になってきたところで、パタパタとけたたましいほどの足音が聞こえてくる。



「坊ちゃま!」

「坊ちゃま! なんと!」

「坊ちゃまがフッサルノに……!?」


 口々に聞こえてくる声に、あたしは目を丸めて、もじゃもじゃ熊男を見つめた。



 ――坊ちゃま(・・・・)、とな?


 ぶるぶるぶる。相変わらず恐怖に震える熊男は、フサ田さんが止まった事実にも気がついていないのだろうか。

 っていうか、今、フッサルノって聞こえなかった? 

 え? まさかこのフサ田さんの名前じゃないでしょうね? ――まあいいやフサ田さんで。もう慣れちゃったし。



「熊男。熊男、ついたわよ? 熊男ー?」

「ござる! ござらん! ござろーう!」


 あたしが声をかけるだけでなく、タローがあちこちぴょんぴょん跳びはねる。

 どうやら浮遊できなかったのが悔しかったらしくて、飛び跳ねては尻尾をヘリコプターのようにぶんぶんしている。

 今更練習してどうするんだと思うわけだが、本人楽しそうだからそっとしておくことにした。


 それよりも、熊男から返事がない。

 何やら周囲の者たちから顔を隠すかのように、もぞもぞしていたままだった。


 ねえねえと、あたしは急かすように、もぞもぞ体を動かす。 もちろん、あたしを握りしめる熊男にも見えているはずだ。



「おおお、坊ちゃま! それは!」


 熊男が小さい生物を握りしめている。周囲の目にはそう映ったのだろう。

 歓声があがったかと思うと、中心にいるネズミと人が合体したかのようなしわくちゃな男があたしをまっすぐ指さした。


「見ろ! ぼちゃまがフッサルノを操り、獲物を狩って帰った! 今夜は祝杯である!」

「誰が獲物だっ」


 あきらかに勘違いしたおめでた脳天に、キーンと響くように大声を張り上げる。


「小さいながら、何と凶悪な顔をしたモンスターじゃ……。これを捕らえたとなると」

「違うわいっ!」


 流石に耳が大きいだけあって、大きい声には弱いらしい。

 ぶるぶるとネズミ男は震えるが、彼も彼で体裁があるのだろう。ぐっと足をふんばって、あたしのことを睨み付ける。



 ……って、いけないいけない。

 ついつい失礼な言葉に全力でつっこんでしまったが、あたしは別に喧嘩売りに来たわけじゃなかったのだ。

 相変わらず熊男に掴まれたままで、体もろくに動かせないが、それは諦めるほかない。


「あー、失礼。こほん」


 少し気まずいが、ここはきっちり切り替えるのがデキる女の条件ってものでしょう?

 次の瞬間にこっと笑って、あたしは皆の顔をぐるりと眺める。

 そして高らかに宣言した。


「あたしは、異世界から来た、朱実。異世界結婚相談所所長、橋桁朱実よ。で。こっちはお伴のタナモロ」

「御座候!」

「この地にあたしの手が必要な方がいるって聞いてきたの。ああ、熊男には道中たまたま出会っただけなんだけどね」


 ネズミ男は怪訝な顔つきであたしを見ているが、口を挟んでこないだけやりやすい。


「――で。どなたかご縁に悩んでいる方、いるんでしょう?」


 まず必要なのは、あたしが相手の情報をある程度知っているぞと伝えること。

 警戒されるのは当然だけど、あたしがどこまで知っているのか探りに来るでしょう。

 そしたらもうこっちのペースよ。話し合いの場は十分成立する。あとは相手にとってのメリットを並べ、心を揺さぶればいいだけだ。


 さあ、何でも言い返しておいで。大人の態度で切り返してあげる。

 ここからがあたしの腕の見せ所。

 ところがどっこい、ネズミ男以下彼の部下達は、お互い見合った後、一斉に視線を熊男に向けた。

 あれ。

 なんか、様子がおかしいぞ。



「……まさか。坊ちゃま、ようやくその気になって下さったのですか」

「ちがうっ」


 はじめて聞く熊男の大声にもびくりとしつつ、あたしは何度か瞬いた。



 え? まって。ちょっと、全力で待って。

 すごく嫌な言葉が聞こえたわよ、あたし。


 ようやくその気になってくれた?

 ここは魔王の城(仮)。

 鳥の予言では、ここいらにパートナーが必要な支配者がいる。

 皆が熊男を坊ちゃまと呼んでいる。

 ここから導かれる答えに、あたしは、言葉を失った。

 ……うーん、これは。いやでも、まさか。そんなことはぁ……ねえ?



 無意識に、がっかりした顔になっちゃってたのかもしれない。

 熊男と目が合うと、彼は益々困ったように、あたしから顔をそむけた。

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