あたし、異世界の扉をひらく。
一世一代の大演説。欲するなら聞かせてあげましょう!
本当はファンファーレでも欲しいところだけれども、まあないものは仕方ない。
マイク代わりにあたしはランドセルの横にひっかけたリコーダーをケースごとてにとっては、あー、テステス、と何度か呟く。
おいこらマリィ。そんな冷めた目で見るんじゃない!
こういうのは雰囲気が大事なのよ。
ぴんっと胸を張り、あたしはみんなを見下ろした。
テレビを見ていたはずのタローまで、こっちを振り返っているのが目に入る。
気になるのは当然のことでしょう。このカリスマあふれるあたしの演説に、釘付けになるのは仕方がないこと。
長身のマリィを見下ろすのはなかなかに心地良い。と思うと、彼はうんざりした様に顔を逸らそうとした。だが、そうはさせない。
びしいとあたしはリコーダーを付きだして、あの時の演説よろしく、当時の光景を高らかに語ったのだった。
「あたしはね! 売り込みをしたのよ!」
「へえ。売り込み」
「そう、売り込み! 神に気に入ってもらえそうな企画を用意して、プレゼンテーションしたのよ! 富士山の山頂で!」
「ほう。富士山」
「マリィのとこで言うメルケネス山。あたしの国では一番高い山でね。観光客も多くて――アレはすごかったわあ~、拍手喝采よ!」
目を閉じると、あの時の神々しさが蘇ってくる。
最初は誰も相手にしてはくれなかった。
というより、突然、毅然として空へと演説をし始める少女を奇っ怪な目で見ていたとも言える。
でも、あたしは止まらなかった。周りの人なんか気にしちゃいけない。あたしは精一杯手書きしたパネルを天へと掲げ、朗々と原稿を読み上げたのだった。
異世界の者同士に婚姻を結ばせ、この世界外の少子化問題も一気に解消!
なかなか彼氏彼女が出来ない夢見がちな人への救済処置!
そしてなにより! 目の前の神様! この名目で貴方も結婚できてしまうかも!?
どうせ天地創造ばっかりしてて彼氏とか彼女のひとりもできないんだから、あたしが理想のパートナーを探してあげるわよ!
見よ! この創作大好きなオタクに対する究極の救済処置!
――この殺し文句で、あたしは軽く神を落とした。
ぱああああ……と雲は割け、そこから世界に光が差した。遠くでラッパの音が聞こえたような気がして、天から白き鳥が羽ばたいてきた。そうして神は問うたのだ、それは本当か、と。
だからあたしも答えた――。
貴方に理想の彼女をマッチングしましょうって。
「……」
そこまで話したところ、マリィはじいと、自分の肩に止まっている鳥を見つめていた。
鳥は鳥で、ぴーるるーって白々しい口笛ならぬ鳴き声を出しているが、仕方が無いだろう。
「で……神様の理想の彼女って?」
「ああそれはね、ねこm……んぶっ」
ばっさーん。ばだばだばだ。
慌てて飛び立った鳥は、あたしのまえでその姿を大きくする。喋るのも苦しいくらい羽毛をばっさばっさとまき散らし、あたしの顔に振りかけてくる。
「ああーわかったわかった! 鳥! やめなって」
「それは! それは言わぬと言う約束じゃろう」
「わかってる! わかってるごめんごめん! はいはい! はい!!」
鳥の、必死の抵抗に、流石に大発表はやめておいてあげよう。
大演説を終えたあたしは、肩をすくめて、リコーダーをランドセルの横に挿した。
「まあ、そんなこんなで、この場所を作ってもらったのよ」
「……さっぱり経緯がわからない」
「ふふーん。すごいでしょう?」
「……」
そうしてあたしは、この十畳ほどの空間をぐるりと見渡す。
四角い部屋に扉が四つ。ひとつはあたしの部屋のクローゼットに。もうひとつはマリィの出身、幻人界エディンに。さらにもうひとつはタローの出身、獣人界ダルスに。
そして最後のもうひとつは、一番人間界とはかけ離れた、深くて広い世界に繋がっているとか。
「でも、エルフ騎士団長があたしと釣り合わないとなると、いよいよ最後の扉にも営業かけないとね」
「営業っていうか、朱実ちゃんは自分の婚約者探してるだけだよねえ」
「はっ! 所長が実務をするはずがないでしょう?」
「職権乱用だ!」
「職権乱用上等じゃない? 誰が裁くの、どこの世界に所属してるかも分からないこの会社を」
「うっ」
「貴方たちだってここに居ることで色々と旨みあるわけでしょ? 知らないとでも思ってるの? マリィこないだ、御徒町のコンビニ行ってたでしょ」
「あうっ」
「ぶちぶち言ってると、ボーナスの日本円あげないわよぉ~」
「ああー、お代官さまお許しを~」
マリィは日本の十円チョコにハマっているらしい。
月に一度、ボーナスと称して日本円を三百円ほどあげているのは実に効果がある。たちまちしゅんとしてしまい、彼はその場に平伏した。
「ござる! ござれ! ござろう!!」
マリィが時代劇ネタをぶっ込んだせいか、後ろでタローが騒ぎ出す。
なまくら刀を引き抜いては、何もない宙に向かって千本付き。
早すぎて手がいっぱい見えるやつやってるから、今日もこの事務所は安泰だ。うちの番犬は優秀なのだ。
「ねえ、鳥ー。こっちのさあ。最後の世界では、お嫁さん欲しいなーとか独り身寂しいなーとか思ってる強い気配って漂ってたりしないの? ねえねえ。どっから営業かけてきゃいいのよ?」
「朱実……おぬしなぁ」
「ねぇねぇ、おねが〜い」
「間違ったキャラを作ることによるいたたまれなさ……ぼふっ」
何か失礼な言葉が聞こえた気がしたので、あたしはにっこりと鳥の嘴をつまんだ。
「ほら、今日はお見合いだけで仕事してないから、探してあげようって言ってるんじゃない。こっちの世界にこそ鳥の求めるお嫁さんがいるかもよ? ほらほら!」
気を取り直して、鳥に発破をかけると、おそらくうんざりした様な顔をしているであろう鳥がぴょんこぴょんこ地面を跳ねる。
「朱実に目をつけられる相手は不幸じゃのう……」
聞こえないように呟いたつもりかもしれないが、もう遅い。
バッチリ聞いたぞ忘れないぞとぎろりと見下ろすと、鳥らしく鳥肌を立てたらしい。ばっさと毛が逆立っては、かちんこちんになっている。
あたしはぱらぱらと、最終チェックよろしく顧客リストを目で追うが、この中にもうあたしの相手になるような者はいない。であるならば、新規顧客開拓せなばならないのは自明の理。
急かすように鳥に詰め寄ると、ううーんと鳥は唸った。
鳥は鳥で神らしくなにやら世界を探っているようだった。
「朱実の趣味が分かりやすいから、探しやすいことは探しやすいわけじゃが……」
ちょっと待て。鳥のくせにほろりと涙を流していないか。
なに相手を同情しています体を出しているのだろうかこの鳥は。
とはいえ、きっちり仕事はこなすらしい。
鳥の周囲にぱああああと光の層が現れて、部屋全体を明るく照らす。
光り物が大好きなタローは部屋中駆け回り、光の羽根をその剣で切り払おうと新たな遊びを始めたし、一応敬虔な信者らしいマリィは傅いて、両手をあわせている。
鳥は鳥でも、やはり神らしい。
「!!!」
すると、ピコーン! と鳥の頭の上が電球みたいに光ったような気がした。
ここまで分かりやすく反応をみせてくれると、あたし的にも助かる。けど、神はそれで良いのかっていうツッコミはとりあえず横に置いておくことにした。
「おお? みつかった……?」
おそるおそる聞いてみると、鳥はぶるぶると更に鳥肌をたてた。
一応ではあるが神のくせに、何か怖いものを見てしまったかのような様子に、あたしだって身構える。
「……いた」
「やるじゃん!」
いたが、しかし。鳥はぶるぶる羽を揺すっては、首を左右に振った。
「儂は嫌じゃ」
「うん?」
ぐあし!
何かひよった声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
片手で鳥をぎゅっと掴んで、あたしはその目に己の顔を近づける。
「ぎいいやあああ動物虐待っ! 鳥類虐待っ!」
「なぁに言ってんのよ、神さま」
「こんな時だけ神呼ばわりっ」
「で、どう言う結果が出たの? いた? お嫁さん欲しいイケメン魔王さまいたぁ?」
「近い! 鳥の目には! 近い! ちょ、視界が! 三三〇度、朱実で塞がれるっ」
「いいじゃん可愛く映ってるでしょ?」
「危険を察知したから儂は逃げたいのじゃ!」
「憤怒ぅ!」
所詮十歳のお手手で力を入れても、まあ大したことはないだろう。
手の中の鳥をとり逃さぬよう、キュっと捻った。そしてそのままにっこりと微笑む。
悪魔だ、悪魔がいる。
隣でマリィが呟いているのもばっちり聞こえている。後で彼も捻らないとと思いつつ、あたしは鳥に向かってお目々をきらきら輝かせた。
「で? いけるわよね?」
「はい?」
「うん。営業かけるから、今からその場所につなげてくれるよね?」
あたしの極上スマイルに、鳥も頷かざるをえなかった。
素直でよろしい。
可愛い子のお願いを、聞かないわけにはいかないものね。




