あたし、大きくなりたい。
「あーもう! アルフったらまた新しいお嫁さん欲しがってるの!?」
「そうなんだよ。こないだの子とも上手くいかなかったみたいで」
「んもう、しょうがないわねえ。……でも、あの世界にも、まだ若くて可愛い子の希望者いたわよねえ」
例の事件からはや三ヶ月。あたしは元の生活にもどって、ようやく親やら先生やらの監視の目が緩んできた頃。
その僅かな期間に、あたしはアルフのために一体何人の女の子をピックアップしたのだろう。
今度こそは、と資料を探しては、比較的小さくて幼い女の子の希望者を探す。
別に異世界の者同士をマッチングさせる必要は無い。故郷が同じですむなら、同じ世界で知り合った方が何かと利便性が良いのは確か。
「この子とか、合うかなあ……アルフの相手なんだから、他にも奥さんいるし。心づもりも必要だもんね――よし。あたし、希望者の女の子に面接してくる」
「へぇ、朱実ちゃんずいぶんやる気じゃない」
「これが大人の女の余裕ですー」
「とか何とか言っちゃって。ふふっ」
「マリィ?」
「はいすみません申し訳ありませーん!」
じろりとマリィの顔を睨むと、彼の顔色が一気に悪くなる。とは言っても、マリィはマリィで、獣人界に可愛い彼女が出来たらしい。おかげで最近、鼻の下を伸ばしっぱなしだ。
でも、あたしは知ってるのよ。
その彼女、アンタがボーナスで買っている人間界のお菓子だけが目的だってことをね!
……まあ、マリィが幸せそうだから、今は黙っておいてあげよう。
あたしはあたしで、今からお仕事あるしね。――もちろん、お仕事半分、ではあるんだけれど。
「じゃ、あたし行ってくる」
「気をつけなね、朱実ちゃん」
「誰に向かって言ってるのよ? じゃ、鳥、お願いっ」
そう言って、あたしは異世界の扉を指さした。
バサバサと羽ばたく鳥は、いつかのように眩く輝いている。あの世界から帰ってきて、ようやく力が元に戻ったんだとか。
「朱実は本当に神づかいが荒いのう」
「そんなこと言って。鳥も獣人界に狙ってる子いるんでしょ? プレゼント用の魔石、探してきてあげないわよ?」
「ううっ……」
鳥とあの世界は相性が悪くて、鳥自身が行くのを拒むから、代わりに珍しいアイテムの採取することを餌にしてね。
熊男と一緒に森や洞窟で遊ぶことも、随分多くなったしね。
ものはついで。使えるものは全部使う。その精神は変えるつもりなんて、ないんだから。
魔人界――熊男たちの住む世界をそう名付けたあたしは、今日も彼方へ向かう扉を開いた。
***
「朱実っ」
扉を開くと、待ってましたと言わんばかりに、明るい笑顔が迎えてくれる。
熊男と会うのは実に一週間ぶりだ。今日はあたしも学校がお休みだから、朝から行けるよとは言っていたけれど――こうも歓迎されるとこそばゆい。
こざっぱりした姿の熊男は、あたしを見るなり、その両手を伸ばした。
そしてそのまま持ち上げられて、あたしの視界は高くなる。高い高いをしてもらう子どものようになっていて、あたしは目を白黒させた。
「わっ! ちょっと、熊男っ」
「朱実、少しは、大きくなった?」
「一週間で大きくなるわけないでしょう!?」
気が早いにもほどがある。
熊男ったら自分の成長は棚に上げて、あたしのことばっかり気にしてる。
ついこの間までは手のかかる弟みたいだったくせしてさ。今は何だか、お父さんみたいになっちゃった。
それはそれで、あたしも不満なわけで。
口を尖らせて拗ねてみせると、熊男はくしゃりと目を細めた。
「朱実、はやく大きくなればいい」
ぎゅっと大事に抱き寄せられて、あたしもいつものように熊男の太い首に手を回した。そしてそのまま、彼のほっぺにちゅうをする。
ごめん、やっぱりお父さんなんかじゃない。
熊男はあたしの大切な――。
「ござらーん!」
――と。
一週間ぶりの再会で折角ドキドキしていたのに、遠くから声をかけられて、あたしも熊男も固まった。
どどどどど。
地響きのような音とともに、木々を薙ぎ倒しながら走ってくるもさもさした生き物。
一目でわかる、あれはフサ田さんだ。
そして、その上にぴょこんと乗ってるみかん忍者――タローの姿が見えて苦笑するしかなかった。
みかんの木が育ってから、すっかりみかんの番人になってこっちで暮らしているタローは、今日もたくさんのみかんを抱えているようだった。
あの木もようやく成長は止まったらしいけど、これ以上木が増えたら流石に困る。そういう訳で、タローは枝を伐採したり、実を摘み取ったりとなかなかに忙しい日々を送っているらしい。
まあ、楽しそうで何よりだし、熊男の側に友達がいてくれることも喜ばしい。
そんなこんなで仲良しな子たちは、今日も熊男に付き添ってくれているらしい。
熊男と二人きりにはなれないけれど、そもそも、今日はお仕事もあるしね。
「今日は、遊べるの、朱実?」
「うーんとね。お仕事が一件。ラナトの森。わかる?」
「うん」
「それが終わったら、遊べるよ?」
「じゃあ、ラナトまで、一緒にいこ」
目の前に止まったフサ田さんに、熊男はひょいっと飛び乗った。
以前だと、フサ田さんに乗ることも出来なかったのに、やっぱり熊男、変わったなあってあたしは思う。
フサ田さんの上に、熊男があぐらをかいて座る。その膝の上にはあたし。高いところが好きなタローは熊男の頭の上によじ登って。
「さぁーって、行きましょ!」
お仕事って言う名のデート。今はこれで満足しておいてあげよう。
そのうちもっと、一緒にいられるようになるもんね。
もしかしたら、富とか権力とか、ついてくるかもだけど。
でも、そういうのは、あとまわし。
あたしってば、熊男と一緒にいられたらそれでいいみたい。
お読みいただき、ありがとうございました!
※2月14日(火)に、こっそり、バレンタイン番外編を投下する予定です。
興味がありましたらお立ち寄りください。




