東大陸 エンキド領域 異変
2話目です。
東派遣軍は、領域内に戻るオークを追ってエンキド領域内部まで踏み込んでいく。
ほとんどの混沌獣はオークに食われたのだろうか、姿が見えなかった。
田口が所属する小隊も奥へと追い込んでいった。
(おかしい。こいつらは人を見れば襲いかかってくる。なのに何で逃げるんだ?東鳥島ではそんなこと無かった。最後の一匹まで襲いかかってきた)
田口はそんな疑問を小隊副官の少尉に訴える。
少尉は事実か?と聞くが、東鳥島で三回スタンピードに会った田口の、経験からの訴えは無碍には出来なかった。
少尉はまだ暖かいほやほや少尉では無く2年目で、前線で兵の言うことを真剣に聞かないと馬鹿を見ることは理解している。
少尉は小隊長に聞いてみる。分隊はこのまま戦闘続行と言って小隊長に無線で連絡を取る。
分隊単位で散開した小隊後方からは、20ミリ対戦車銃と三式重機関銃を装備した三式装甲車が付いてくる。
完全自動車化した日本で初めての歩兵部隊であり、小隊に1両割り当てられている三式装甲車は頼もしい存在だ。混沌領域に良く有る森林部分ではそのでかい図体により針路が定まらないが。
東鳥島の対混沌獣戦で、対軍戦闘時の散兵戦術では損害が大きくなると判断した日本陸軍は、対混沌獣戦に限り分隊単位での集団戦闘を導入している。これは冒険者のチームに習った物で、分隊の戦闘隊形は各分隊長の判断に任された。分隊長の判断が今までよりも重くなっている。通常だと分隊に配備される衛生兵1名は、今の所配備されない。薬草ベースの薬が代わりに配られた。
今は全体の結果を集めている段階で推奨となる戦闘隊形は決まっていない。
多いのは索敵三人・支援二人・指揮後方警戒三人の3-2-3態勢だ。
田口は狙撃手であり分隊の指揮は執らない。分隊指揮は同僚の鈴本一曹が行う。
この分隊は小隊直轄で小隊副官の少尉が付いてきている。修行というところか。しかし「慣れない環境で分隊指揮は難しい」と言って「自分は全体に気を配るので、分隊指揮は鈴本一曹が執れ」で、こうなった。
田口のように狙撃手がいる場合は索敵三人・支援一人・狙撃・狙撃支援二人・指揮後方警戒二人の、3-1-2-2の態勢も有る。
索敵が最重要というのは変わっていない。東鳥島での不意遭遇戦の損害は、日本陸軍に多くの戦訓を与えた。
この世界に住む人達の中にはスキルを持っている者もいる。
余り神々が支援していなかった地球には無かったスキルという物がこのランエールには有った。
その中で陸軍がと言うよりも、前線で戦う者達が欲しがったのが【捜索】と言うスキルで有った。
【捜索】スキルは五感の中でも視覚・聴覚・嗅覚を主に強化してくれるスキルで、スキルが進化すれば毒を感知、雰囲気や殺気を察知、さらには振動からも情報が拾えるようになると言う夢のようなスキルで有った。
ただ。それも万能では無い事を日本はまだ知らなかった。
徐々に領域中央に迫っていく日本軍。逃げるオーク。これまでの日本軍の経験によると明らかに異常な事態だ。
遂に派遣軍本部から「追撃中止その場で待機」と言う指示が出た。大隊本部でも訝しんでいるのだろう。
領域中央部は木立の間隔が狭く、視界が悪いのと戦車や装甲車が近寄れない事も理由の一つだった。
その後、各小隊から分隊を一つ斥候に出すよう指示が有った。
歩兵大隊大隊長の山岡中佐はこの事態に困惑していた。陸軍は東鳥島で7回スタンピードを経験しているが混沌獣が逃げたという事例は無い。いずれも全滅するまで人間めがけて襲いかかってきたという。
参謀達もわずかに2年の混沌獣相手の経験では分からないという結論を出している。
派遣軍司令官の秋津少将を見るも、何やら考え込んでいる様子だ。
そこへ偵察機から通信が入った。領域中央に混沌獣が集まっていると。しかも増えつつ有ると言う悪い事態だった。
「皆さんはこういう事態は知っていますか」
秋津少将がギルガメス王国連邦から派遣されている者達に質問をする。
「いえ、ギルドとしては混沌獣が逃げていくなど」
統一ギルドから派遣された男が言う。
「軍としても逃げていくなど初めて聞きますな」
軍から派遣された男だ。
「何か記憶に有る気がします。少しお待ちを」
研究機関から来た研究者としか思えない老人が言う。彼は何か資料を見ている。
「ああ、有りましたな。これは古い。ギルドや軍では一般的な知識とは成らないでしょうな」
「「何ですと」」
「何でしょうか、ご老人。教えて頂きたい」
秋津少将が問う。
「スタンピードが撃退され混沌獣が領域へ逃げていく事は数回確認されております。ただ一番近いときでも130年前です。軍やギルドでは埋もれてしまったのでしょう。逃げた後の記録が有るのが5回です。3回は再びスタンピードの発生が有りました。そして、残り2回がダンジョンの発生です」
「ダンジョンですか?」
秋津にはピンとこなかった。
「「ダンジョンですと!!」」
軍とギルドは驚愕した。軍はたちの悪いダンジョンを警戒し、ギルドは飯の種を歓迎する。
「そうです。少将。ダンジョンとは確定できません。最近と言っても130年以上前の出来事です」
「ダンジョンになると何か影響が有るのでしょうか。領域全体が危険だとか」
「いえ、そうではありません。領域中心部にダンジョンが発生したそうです。周辺には地上という意味ですが影響は無かったと」
「地上以外とは?」
「ダンジョンは地下に出来ます。ただダンジョンの上を掘ってもダンジョンまで掘り進めないのです」
「どういう事ですか」
「とても硬いとしか。ちなみに内部もある程度以上の厚さまでは掘ることが出来ますが、ある時点で壁のような硬い層が出て掘り進めなくなります」
「壊すことが出来ないのですか」
「そうです」
「では地上部隊に危険は無いと」
「地形的な意味では危険はありません。気を付けなければいけないのは、ダンジョンが出来てすぐのスタンピードの発生です」
「起きるのですか」
「2回のうち1回は起きています。注意しないわけには行かないでしょう」
「確かにそうですね。では先生、ダンジョンとは何でしょう」
「ダンジョンは、この世界の魔力循環に関わっています」
「どうぞ。私には分かりませんので」
「では続けましょう。混沌領域は魔力のひずみが多い地帯に多く出来ます。それが魔力循環に関わっているという根拠になりました。過去、神によって肯定されております。混沌領域をなくす事は出来ないので、混沌領域がなくなるような事態になると場所が地下になると言うことです」
「それなら何とか」
「地下になったとは言え、地上との交通は何故か出来ます。出入り口が形成されるのです。出入り口の数は決まっていません。纏まっていることもあれば、分散している場合も有ります」
「気まぐれですね」
「まさに、研究者の中には神の気まぐれという者もおるくらいです。ただ、ダンジョンの脅威度によって出入り口の数や大きさに違いがありますので、関連はあるでしょう」
「興味深いですね」
「真に。こんな近くでダンジョン化しそうな領域を見ることが出来るとは。研究者として、とても興奮しています」
「で先生。時間はあるのでしょうか」
「分かりません。この資料には書かれておりません」
「そうですか。しばしお待ちを」
秋津はギルガメス王国連邦の面々の前から失礼する。
「副官、機動乗用車を3台用意してくれ。装甲車では入れないのだろう」
「確かに装甲車や戦車では木立に阻まれ接近困難と報告されています。まさか見に行かれるおつもりで?」
「そうだ。こんな機会は滅多にないらしい。
「危険です」
「だが行くぞ。あの3人も招待する」
「外交問題になりませんか」
「興味津々だったぞ」
さてと言って「通信をするか」とテントを出る秋津だった。
しばらくして3人の前に戻った秋津は3人にこう言った。
「見に行きませんか」
「連れて行ってくれるのですか」先生
「いや立場が」軍人
「私は戦闘は苦手で」統一ギルド
それぞれ違うことを言う。
「見に行きたい人」
「「「はい」」」
「「「え?」」」
「では行きましょうか。足は確保してあります」
3人は急ぎ準備をし始めた。
「機動乗用車を3台と軽輸送車6台です」
「軽輸送車は、護衛なのか」
「そうであります」
「すまんな」
「いえ、無事のご帰還お待ちしております」
「では行ってくる」
機動乗用車3台にそれぞれ一人ずつ乗せた。初めてなので興奮と驚きと警戒がおり混じっているようだ。
秋津は先生と共に乗る。
先導が行きますと言って走り始めた。
走り始めたと言っても道なき道だ。速度は出ない。人が歩くよりも速い程度だろう。軽輸送車の方には1台4人が乗り込んでいる。1台には20ミリ対戦車銃が1台には三式重機関銃が取り付けてある。あと4台は擲弾筒やら積んでいるようだ。あのでかい小銃は四式か。
先生がはしゃぐこと。五月蠅いくらいだ。正直五月蠅い。
「いいな、少将。この乗り物は。馬だったら怯えてこんな所までこれないぞ。それになんだあの前を行く奴は。こいつの簡易版なのか」
さっきから五月蠅くてかなわん。
「それにあの大きな鉄砲、どんな混沌獣でも怖くないだろうな」
「それがですね、先生。あの大きい方の奴でも、ケンネル上位種には通用しないんですよ」
「は?」
「大型下位がいっぱいでしょう。それ以上の奴が出てきたら覚悟お願いします」
「ウソだろ?」
「本当です」
「クッ、見たいが命も惜しい。どうする儂?…」
「先生、他にも有りますから。安心は出来ないでしょうがお任せ下さい」
「そっ、そうかね。ならいいのだよ。さあ、見に行こうじゃ無いか」
味方の最前線に着いたのは二時間ほどしてからだった。車からでて体をほぐす。
移動を始める前に全滅させない程度に攻撃の継続を指示しておいたが、どうなっているのだろう。
オーク達は半径200メートルほどまで縮められていた。無線で連携を取り合い同士討ちをしないように範囲網を狭めたらしい。上位種のいない中級中位ではこんなものか。
先生達を伴い、兵に道を空けさせて視界の良いところにでる。
上空には水上機が数機飛行している。蓮見少将は分かってくれたようだ。




