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護衛艦隊、その準備

 山下少将は、資金源を手に入れて帰阪した。

 日本船主協会には、遅くなると伝えてある。



「首相、この金を買い取ってください」

「唐突だな。何故だ」

「実は、移民の件なのですが、独立会計で望みたいと思います」

「だから、何故?」


 山下少将は管理者との会話を伝え


「日本の会計と一緒になると、移民関連以外に使ったとみなさせる可能性があります」

「それは困るな。取り上げられるのだったな」

「そうです。それを防ぐためにも別会計が必要だと考えました」

「確かにそうした方が良いだろう。議会の追求も躱せるしな」

「議会ですか?」

「そうだ、最近は世の中も落ち着いてきた。転移後のような騒動も起きていない。そろそろ、普通選挙で国政の正常化をと望む声が増えている」

「ひょっとして、現政権が負ける可能性があると」

「はっきり言うな。まあその通りなのだが。我々は若干やり過ぎたらしい。人々は社会の安定よりも日々の生活が大事だと言うことだ。そのことを見誤ったらしい」

「分かったような気がします」

「そうか分かってくれたか。おい、補佐官。この金を現金化するように手配してくれ」

「承りました。どのくらい換金しましょうか」

「まず、初期の50トンは国庫に返却という形にして下さい。今はとりあえず10トンを使えるようにして貰いたい」

「国庫に50トン返却と。これなら、万が一新政権になっても問題ないな」

「お願いします。それと、船舶の改造申請が多量に提出されますが優先で処理して貰いたい」

「なんだ?改造?」

「はい、外国航路の優秀船を借り上げます。そこへ、人員輸送用の改造をします」

「船主と話は付いているのか」

「昨日既に。かなり乗り気でした。何しろ仕事がありませんからね」

足下あしもとを見たのか」

「いえ、そのようなことはありません。国家的事業に協力して貰うだけです。ですからこの金もそこに投入します。国庫に負担は掛けません」

「一体いくら引き出したのだ」

「20万トンです」

「「・・・・」」

「金だけではありません。銀やプラチナなど他の貴金属やニッケル・クロムなどの希少金属も含めてです」

「全部で20万トンか」

「よく許可が出ましたね」

「最初は金だけで5万トンと言われました」

「なんと言っていいのか」

「管理人はディッツ帝国の事情を理解したようです。何故国庫が空になったのかまで」

「君は知っているのか」

「いえ、空になったのは事実だとしか。理由がろくでもなさそうだったので聞きませんでした。管理人もその方が良いだろうと」

「相当ろくでもないんだな」

「そのようです」

「その金の用途について条件は出なかったのか」

「出ました」


 山下少将は、管理人との交渉の経緯を伝える。


「幅広く使ってもいいのだな」

「移民関連なら問題ないと言質げんちがあります」

「だがそれ以外で使うと一発で駄目か」

「はい、多少の転用はかまわないですが、一般会計入れはダメですね。ですから別会計にと」

「分かった。補佐官、これは時限立法で法制化しよう。移民の受け入れ終了までなら文句も言われないだろう」

「そうですね。閣議を召集します。議会への根回しもやっておきます」

「頼む」


 山下少将はその後いろいろ話をして、移民護衛艦隊の設立と南の多島海に中継施設の建設を認めさせたが、艦隊の司令官になるのは許可しないと言われる。

 他にも各官庁からの人員の提供も認めて貰う。


 午後の遅い時間になってしまったが、日本船主協会に出向く。


「お待ちしておりました」

「いえ、遅くなり申し訳ない」

「なんの、問題ありません。して、交渉は無事に?」

「そうですね。これから立法化するそうです」

「法律の後ろ盾が出来ますか」

「やりやすくなると思います。船舶の改造申請は優先で処理して貰います」

「ありがとうございます。こちらも船主の了解が得られました」

「あれだけの数の優秀船を人員輸送だけに使って申し訳ないような気がします」

「いえ、荷が無くて経営の負担になっていた物です。転移後の政府からの支援が無ければ、とっくに破綻していた船会社もありました。そこへ今回のお話です。皆、喜んで受けてくれました」

「そうですか。喜んで頂けたなら良かったです」

「秘書、説明を」

「はい、貨客船ですがいずれも豪華仕様の客室は少ないという仕様ですがよろしいのですね」

「どのくらい乗船出来ますか」

「1隻平均で、400名です」

「20隻で8000人ですか。充分です。いつ出航出来ますか」

「早い船で明日、遅くとも5日後には出航可能です」

「では10隻だと?」

「そうですね、3日後には」

「ではその10隻を最初の船団にします。補給は大阪で行います」

「そうですね、また騒ぎになりそうですが、大阪にしましょう。1番物資が揃っています」


 山下少将は、細かいことは任せますと言って、協会を辞した。

 次は海軍省?かな。



「船がありません」

「船がない?」

「はい、要求される船がありません」

「古ければ有るのか」

「有りますが、5500トン級と吹雪級です」 

「重巡や空母は、どうなっている」

「高雄級なら空いています。空母は赤城と加賀がドック入りしていますので回せないそうです」

「吹雪級はともかく軽巡はなんとかならんか」

「大淀と仁淀が慣熟中です。まだ前線配備の技量には達していないと言うことです」

「初期不良は出終わったのか」

「お待ちください」


「問題ないと言うことです」

「ではその2隻を確保で。重巡は高雄級でいい」

「了解しました。しかし、海軍大臣の認可済みですか。大きな作戦のようですね」

「まあな。驚くぞ。あと三日くらいで発表かな」

「期待しております」

「期待していい。戦艦はどうだ」

「長門と陸奥なら」

「じゃあ、その2隻も確保だ」

「後は空母か。大型空母が2隻は必要だ。なんとかならんか」

「火龍と雷龍が哨戒任務に就いていますが、これを剥がせばなんとか」

「出来るか」

「瑞鳳級を回せばなんとかなるかと」

「ローテーションがきつくなるのは分かるが、日本の将来のためだ。説得して欲しい」

「やってみましょう」



 翌日、通常議会開催中の国会に、閣議決定され緊急動議として提出された移住者保護法案の審議が行われ、賛成多数で可決された。

 緊急を要することであり、細部は後で詰めるとしてまずは救援と言うことになった。国家予算に負担を掛けない事も良い評価であり、採決には有利に働いた。


 その日の午後、海軍省に出掛けた山下少将は、艦隊編成について聞かれた。


「山下君、艦隊編成だが今回のものは一時的なものであり、次回はまた違うと言うことでいいのかな」

「はい、それでいいと思います。往復1ヶ月です。連続で出来るものでも有りません」


 日本海軍は相変わらずの人手不足であり、末端の兵に至るまで待遇を良くしないと人が集まりにくかった。

 日本政府は転移後、国内の混乱を防ぐために国家非常事態宣言を発令したが、徴兵制の復活となるほどの危機は無かったので、海軍も陸軍も相変わらずの志願制だった。


「私が大臣で居られるのも恐らく次の総選挙までだろう。次の政権の方針が分からん。今のうちに出来ることをしておく」

「ありがとうございます」

「なに、君の方が今は金持ちでは無いか。その金使わせて貰うぞ」

「ですがこの金は移住者対策用で流用をすると罰が来ます」

「分かっている。だが、護衛艦艇の建艦費用には使えるのだろう」

「はい使えます。艦種の制限はありません。潜水艦は入らないと思いますが、微妙ですね」

「どのみち潜水艦は、海洋性混沌獣の脅威がある以上使えんよ。領海内でしか使えない潜水艦にどれだけの価値がある」

「近海迎撃用の小型潜水艦が主流になるのではないのですか」

「潜水艦の奴らは皆そう言う。君も聞いたのか」

「はい、残念そうでした」

「仕方が無いな。この環境では領海外に出ればどうなるか分からない」

「そうですね。南はともかく東は危険ですね」

「少し話がそれたな。君はどの艦種を重点的に揃えたい?」

「移住者護衛用であれば、今の松級と阿賀野級に雲龍級が有れば足りると思います」

「足りるのか」

「護衛用として限ればですね。ですが、豪華な船を使ってはいけないとも言われておりません」

「ではどうする」

「駆逐艦は夕雲級を増産で。空母も翔鶴級を。戦艦は大和級ですが、主砲が無いのでしょう」

「それはが痛いが、国産で36センチ砲が有るのでそれを使うしか有るまい」

「新型砲の噂も聞きますが」

「構想だけだな。製造には入っていない」

「では護衛艦隊用として、新戦艦の建造をお願いします」

「お、いいのか」

「150万人ですよ。何年かかるか」

「そうだな、おまけに往復1ヶ月だしな」

「距離が痛いです。そう言えば人も増やさないと。回りません」

「人はシベリア大陸と北方方面の哨戒部隊を減らして当面しのぐ。求人は常に出しているが、転移景気のあおりで中々集まらん」

「噂では地図製作に大量に採用された一時雇いが無くなると聞きましたが」

「それは事実だ。国内の測量はほぼ終わった。後は通常の人数で大丈夫だそうだ。道路関係もほぼ終わりだ。河川関係は当分終わりそうも無いらしいが、今以上の人数はいらないと言っていた」

「海軍に入ってくれればいいのですが」

「こればっかりはな。まさか俸給を上げるわけにも行かん」

「散々先輩に聞かされました。他から凄い文句が来たと」

「悩むな。まあオレはもう悩むのは終わりだが」


 自分だけ一抜いちぬけする気だ。散々頑張ったんだから、許してもいいかと思う。


「それでだ、どんな艦隊にするのだ」

「そうですね。駆逐艦は夕雲級で揃えます。軽巡は阿賀野級で充分でしょう。改最上級も少し建造しようかと。重巡は必要か迷いますが、戦艦の代わりの旗艦として越百級を数隻。戦艦は、新設計の奴を数隻ですね。空母は翔鶴級をやはり数隻です」

「とんでもないな。国が債券で作ろうとすればとんでもないインフレを招きそうだが、君が使うことの出来る金なら国庫に納めればいい。造船を切っ掛けの物価上昇にはなるだろうが、不景気やインフレにはなりそうも無いな」

「造船関係が凄くなりそうですね。果たして人が集まるやら」

「それは政治家の問題だろう。閣議に出しておくよ。君は難民・・ではは無いな。移住者か。その対策に専念してくれればいい」


 お願いします。と言って山下少将は海軍省を後にした。もう遅い、後はまた明日だ。

 そう言えば、そろそろカラン港に就く頃だな。






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