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移民船団

本日2話目

 山下少将はもう海には戻れんな、と思う。これからは潮気とはおさらばでおかの暮らしか。

 まあいい、移民担当官という地位を利用して船に乗ろう。出来れば中将がいる艦隊旗艦では無く少将以下の編成の時がいいな。


 まずは船団を編成しないと。

 日本船主協会に出掛ける。お供はまだいないので、海軍省に付けて貰った。早く紫原が到着しないかと思うが奴はまだ海だ。ほんとにうらやましい。海軍生活の半分ほどを艦上生活で送ってきた山下はこれからの任務を思うと憂鬱だった。

 ああ、そう言えば、下っ端をたくさん作らないといけないか。海軍省と外務省に厚生省、それと通産省、大蔵省か。あとは・・、面倒くさい。各省庁から数人出して貰おう。人に丸投げしてそのままなんて許せん。

 等と考えている内に車は日本船主協会に着いた。



「山下少将、本日は重要な事柄でお越し頂いたとか」

「そうです。率直に言います。船はどのくらい空いていますか。外国航路に就いていた船で航海速力が速い船です」

「外国航路と言ってもいろいろ有りますが」

「そうでした。少なくとも欧州・インド航路や北米航路・豪州航路に就いていた船です。出来れば大きい方がよろしい」

「少々お待ちください。今調べさせます」


 秘書に調べさせるようだ。


「さて、少将。目的を御教え願えないでしょうか」

「そうですな。まだこれは秘匿事項です。いずれ公開しますが現状ではまだ、と言うことを覚えていてください」

「それは、戦争ですか?」

「違います。ただ一歩間違うと可能性は無いわけではありません」

「それは怖いですな。そこに船を派遣しろと?」

「そういうことです。勿論護衛は付けますし、無理はさせませんのでご安心ください」

「山下少将は海洋性混沌獣についてご存じか」

「見たことは有りませんが、報告書なら目を通しております」

「我々は戦争と同じくらいに、その海洋性混沌獣が不安なのです」

「確かにそうですな。民間船舶では逃げ切れる足もないし反撃手段も無い。装甲など有りもしない。防水区画は少ない。まあ襲われたら大変ですな。理解出来ます」

「では、その不安を如何してくれますか」

「これからお話しすることはまだ秘匿事項の範囲です。いいですか」

「伺いましょう」

「南遣艦隊のことはご存じか」

「存じておりますよ。南方に有力な多島海を発見したと新聞が騒いでいましたね」

「では第2次のことは」

「出航したのは知っています。新聞が騒いでいましたから」

「その第2次で重要な事柄が発生しました」

「重要ですか。ここで喋っても良いことなのでしょうか」

「近日中に知れ渡りますから。それまでは秘匿事項だと言うことです」

「安心しました。軍や国の機密に関わっても、いいことは有りませんから」

「はっきり言われると困りますな」

「いや、これは失礼」

「初めて国家と接触しました」

「!? それはカラン村の方々のいた帝国を滅ぼしたという共和国ですかな」

「驚かないで欲しいのだが、その共和国を制圧した国です。しかも日本と同じように転移してきた国です」

「・・なんと言っていいのか」

「その国はディッツ帝国というのですが、飛行機を飛ばすだけの技術力が有ります」

「飛行機ですと。それは日本の技術力に近いと言うことですか」

「そうです。離れていても数年でしょう。日本の方が若干進んでいるようです」

「油断すれば追いつかれ追い抜かれると?」

「そうです。日本もそうでした。欧米に追いつけ追い越せでしょう」

「まさかその国への航路なのですか」

「そうです。途中に海洋性混沌獣は確認されていません。その点は安心して貰っていいかと」

「それは良いことを伺いました。先ほどのお話ですと船腹量は多い方が良いと考えますが、積荷はなんなのでしょう」

「こちらからはまず無いと言ってもいい。有ってもごく少量です」

「向こうで積んでくるだけですか。片道だけだと経費が大きく掛かりますが、どうお考えで」

「経費は国が負担します。往復の傭船料に油も付けましょう」

「ずいぶん気前がいいですな。それだけに重要な事柄なのでしょう。逆に言えば怪しいとも言える」

「あと四日もすれば新聞で書き立てられますから、先に言っておきます」

「なんでしょう」

「カラン村と同じ境遇の人達、150万人余りを保護し、日本の勢力圏に移住させることになりました」


 ガタン、船主協会会長は湯飲みを落とした。さすがに秘書が拭きに来るが秘書も動揺してるのか手が震えている。

 後ろを見ると、海軍省から付けられた臨時副官も驚いている。


「失礼しました。余りの事で」

「分かります。私も困惑しました」

「山下少将は、ひょっとして関係者なのですか」

「まあ関係者では無く当事者です」


「「「はあ?」」」


 驚くよな。


「交渉現場にいましたので」 


 決して自分から関わって言ったとは言わない。


「それはどうも。では一番事態を理解していると」

「まあそう言っていいでしょう」

「おい秘書、どれだけ船腹が開いている?」

「はい、1万トン級貨物船が80隻、8000トン級が110隻、5000トン級が90隻です。貨客船は、1万トン級が20隻、最新の新田丸級や橿原級は海軍に徴用されております」

「その中で航海速力が18ノット以上出せる船はどれだけ有りますか」

「少しお待ちを」

「1万トン級貨物船で石川島造船のI105型が18ノットで30隻有ります。後は川崎造船のK107型が15隻ですね。他に14隻ありますが船形はバラバラです。後は少し古い船ですので16ノットかそれ以下です。貨客船は14隻です」

「8000トン級と5000トン級は?」

「8000トン級に15隻、5000トン級に10隻です」

「ありがとう」

「お恥ずかしいことにそれだけの船が空いているのです。海軍が傭船契約してもらえるのなら有り難いことです」

「傭船契約をするのは海軍では無く、国です」

「国ですか」

「これは国家的事業です。国が主導権を取ります」

「ではどれだけの船を傭船契約してもらえるのですか」

「貨客船全てと18ノット以上出る船の半分を」

「おお、そんなに」

「配分はお任せしますが、一部海運会社に偏らないようにお願いします」


 協会長は少し残念そうだ。自社の船を優先させたかったのだろう。


「至急手配します」

「それについてですが、一部改装をお願いしたい」

「改装ですか」

「改装です。積荷は人です。旅客船とは言いませんが、寝台と食堂に風呂や他の設備も整えて欲しい。詳細は後で持ってこさせましょう」

「改装費用は・・?」

「国が出します」

「やりましょう。しかし、山下少将。そんなに約束して大丈夫なのですか」

「そう言えば言っておりませんでしたな。この事業の責任者です」

「「「はあ?」」」


 おい、海軍省の奴。お前まで驚いてどうする。


「後は外務省と大蔵省の人間が一人ずつ、三人で代表します」

「それは、大臣級と言うことですか」

「首相直轄となっています。既に辞令も発布されました」

「まさしく大臣級ですな。それなら心強い。無いことにされることも無いでしょう」

「そう言う事例が?」

「有りましたな。盛大にぶち上げたはいいが、内部の調整に失敗して予算が付かなかったとか、いろいろ」

「ご心労察します」

「ありがとうございます」

「して、いつから傭船契約を?」

「今すぐにでも」

「今すぐですか。しかしまだ調整が付いていません」

「今すぐには貨客船だけでよろしいです。足りない分は当面は海軍艦艇が代行します。そうですね。予算が出ていないと不安でしょう。また明後日伺います」

「何卒よろしくお願いします。明日中には調整を済ませておきます」

「では、これにて失礼」


 船主協会を後にする。


「少将。よろしいのですか。大風呂敷な気がします」


 海軍省から付けられた副官の少佐が聞く。


「大丈夫だ。もっともこれから行く所次第ではあるが。まあ大丈夫だろう」


 実は不安である。その証拠に大丈夫を2回も言った。


「これからどこへ」

「運転手、大阪駅へ」

「はっ、了解」

「どちらへ行きますか」

「南紀白浜だ」

「神倉庫管理者ですか」


 神倉庫管理者は、大阪近辺ではここが良いと言って住居を構えた。神倉庫自体は全国の港湾や主要都市に点在している。


「そうだ。移住者のためにいろいろ用意したい。そのために交渉する」


 金を万トンでお願いするなど口が裂けても言えん。

 大阪駅から、和歌山県南紀白浜に向かう。

 白浜の駅についた頃には夕方だった。大阪で面会予約は取ってある。今日は一泊だ。温泉だな。副官、役得だ。喜んでいいぞ。



 翌日、管理者との交渉を行う。

 管理者は、回りくどい言い方は嫌うと聞いている。ズバリ言おう。


「今日伺ったのは、日本で難民150万人以上を保護・移住させたい。その資金と難民の安全を確保するために貴金属を出させて欲しい。そのお願いに来ました」

「ズバリ言うね。そういうのは嫌いじゃ無い。貴金属は難民の身代金じゃ無いだろうね」

「有る意味そうですかね。難民のいる国が政情不安で安定化させるのに金が必要なのです」

「相手の国は貧乏?」

「金本位制の国で、国庫に金が無くなったそうです。転移時にボンビーとか言っていました」

「プッ、ボンビーだって? 確かにそう言ったのかい」

「はい、確かに言っていました。ボンビーされた。と」

「ちょっと待ってね」


「おーい、オレ。オレだよオレ。どのオレだって?ランエールにいるオレだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ボンビーされた国がランエールにあるんだけど」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なるほどね、それでボンビーされたあげくに追放されたんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「え?地球から来ている?その国か。その国だったら、え?もう問題起こしている?ボンビー種に取り付かれそう?へー、同情は出来ないね。自業自得だろう」

「・・・・・・・・・・・・」

「いらない、ケイニヒボンビーの出張はいらない」

「・・・・・・・」

「またね、お元気で」


「やあ、待たせた」

「はあ」

「事情は分かった。何故あの国がランエールにいるのか」

「ケイニヒボンビー?ですか」

「そう、彼等の先代皇帝がケイニヒボンビーの怒りに触れたそうだ」

「詳しく聞くと良い事がなさそうなので聞きません」

「その方が良いよ。なるほど、国庫に金を入れて政情を安定させるか。いいんじゃないか。どのくらい必要なんだ」

「恐らく万トンは必要かと」

「万トンか。1万かな、10万かな」

「10万までは使わないと思います」

「そうか、でも150万人以上なのだろう」

「はい、恐らく超えると思います」

「分かった。では急ぐのだな?」

「全量急ぐわけではありません。10トンか100トン単位で」

「分かった。では週一回最高100トンで5万トンまで認めよう」

「5万は多すぎないですか」

「少ないよりは良いだろう」

「それはそうですが」

「遠慮しなくても良いのに。それじゃあ5万トンだ。内訳は自由にしていい。使途は問わない。移住者のためだけで無くて、君のポッケに入れてもいいから」

「いや、そのようなことはしません。既に国から十分な俸給は頂いております」

「そうなのか。ポッケナイナイしていいというと喜んでナイナイする人間が多いと思うんだが」

「誘惑しますね」

「そうだね」


 管理者はニヤリとする。やはり罠だったか。


「君は引っかからなかったな。ではこれが許可証だ。貴金属や希少金属20万トンを自由に引き出して良い。週1回500トンだが」

「金だけに限らないと?」

「そうだ。最低条件だが移住者のために使え。多少の脱線は良いが、移住が完了するまでは他目的での使用は禁止する。いいね」

「分かりました。条件を遵守いたします」

「そうだ、これをあげよう」

「?」

「いろいろな交渉の中で使途不明金はどうしても出るだろうし、おおやけにしたくない事もあるだろう。それにはこれを使いなさい」

「別枠で100トンですか」

「これは、本当に私的に流用しても構わない。豪邸を建てるとか、酒池肉林をするとか」

「いえ、本当にしませんし、必要ないです。あー、でも少しは欲しいのかな。はは」

「正直で良いな。実はこれが最後の引っ掛けさ。有り難くポッケナイナイする奴は失格。君のように多少の私欲を見せるくらいなら合格」


 良かった、最後のアレには心が動いてしまったが我慢して良かった。

 その後、多少の脱線はここまでだ、とか。この資金で艦隊他軍備を用意しても良いが、移住者の護衛と利便性を図る以外には使ってはならない。この「利便性を図る」だが、支援側、まあ日本の支援機構か。作るだろ。そこに使うならばかまわない。

 当然ながら反撃は許されるし、攻撃した相手を完膚無きまでに叩き潰すのも良しとするよ。ただし、護衛と反撃以外の武力行使。はっきり言って他国への先制攻撃に使ったら、その時点で没収する。具体的にはケイニヒボンビーに出張して貰って剥ぎ取るぞと脅され。

 細々とした条件はあまりなかったが、基本的に移住者保護を前面に出せば大丈夫だと言った。

 




良いのでしょうか。適当に過ぎた気がします。

金銀銅が各500万トンもある余裕でしょうか。

管理者が良ければ良いのだ。


この世界では三菱造船はありません。

明治期に倒産して石川島造船に吸収されています。


大型優秀船が多いのは、貿易が盛んで特に欧州・インド・豪州航路が多いせいです。

効率化を求めて大型高速化しています。

5000トン以下の外国航路の貨物船は主にロシア・中華民国と東南アジアで使い、速力もほどほどです。物語世界では、日本の船腹量の大部分は、このクラスと内航船舶です。


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