交渉先はディッツ帝国
レンネンカンプは島に戻ってきた。
分かれるときに言った、最短日時でだ。
しかも「ディッツ帝国移民担当全権大臣」という肩書きを持ってきた。
「おはようございます」
「おはよう、日本の諸君」
「なにか前回と違うような?」
「分かるかね。前回は簡単な挨拶といった所だ」
「まあそうですね。我々も同じです」
「今回は、私の立場が明確になった」
「立場ですか」
「そう、前回は哨戒艦隊の司令だった。今回は違うぞ[ディッツ帝国移民担当全権大臣、レンネンカンプ子爵]だ」
「「はあ!?」」
「もう一度言おうか[ディッツ帝国移民担当全権大臣]だ」
「分かりました。獣人・エルフ・ドワーフなどの扱い一切を仕切るという認識で良いでしょうか」
「間違いない。それでいい」
「では、私、中村は、国交の樹立に関する前段階の交渉を一任されております」
「では全権として扱うとして良いと?」
「あくまでも、本国の訓示から大きく逸脱しない限りではありますが」
「そうか。外交の窓口があると言うことは良いことだ。いちいち本国の照会を得なくて良い。話が早くて済む」
「そう考えて頂ければ」
「私、田中は、政治以外の交易や移民などの民生担当です」
「移民だな?」
「「移民」です。ディッツ帝国に「難民」は居ないという認識で望みたいと思います」
「話が分かってくれて助かる」
「強硬派対策の建前ですから」
「それでいい。こちらとしても動きやすくなる」
「こちらとしては、本格的な外交交渉の前に移民の受け入れを行いたいと思います。それでよろしいでしょうか」
「話が早すぎる気がするが、良いのか?」
「今回は乗せる船が足りませんので、1000人ほどの受け入れとなりますが、よろしいでしょうか」
「何隻来ているのだ?」
「さすがにそれはお話し出来ません。海軍の話になります」
「これは失礼したな」
「いえ、ご理解いただけて良かったです」
「それでは、受け入れる為に我が国まで来てもらえるという認識で間違いないか」
「そちらに伺います。海軍とも同意はとれています。ただし護衛に数隻の艦艇が付きますので、領海内への軍艦の立ち入りを許可願いたい」
「軍艦の立ち入りか。少し考えさせてくれ」
「では我が国のお茶と菓子でもいかがでしょうか」
「貰おうか」
「用意しますので、少々お待ちを」
玉露と羊羹を用意した。付いてきている補給艦の作る羊羹は、間宮ほどではないが海軍内では評判が良いらしい。
「うむ、中々良いな。我が国のカヒとはまた違って、甘みの中にあるわずかな苦み、渋みが両立しているか。中々面白い飲み物だ。この菓子はゼリーに見えたが、また違うのだな。甘さが食べてから口の中に広がる。それにくどくないな。甘さは砂糖の甘さだけでは無いか。ふむ、不思議な甘さだ」
(おい、語り出したぞ)
(さすが貴族様と言うことか)
(普段良い物食ってんだろうな)
(気に入ったようだから、お土産出しておく)
(頼む)
「ごちそうになった。軍艦の領海内立ち入りだが、今回は何隻の輸送船が来ているのだ?」
「人を乗せることが出来るのは2隻です」
「2隻か。では護衛も2隻としよう」
「ありがとうございます」
「なに、こちらとしては引き取ってもらえるのだ。そのくらいの便宜は図る。ただ、輸送船の数が増えてもそんなに護衛艦の数を増やすわけにはいかんぞ」
「それはもう。海軍の方からも「多数の艦船を相手領海内に入れるのはどうか」と言う意見を貰っています」
「君たちが理性的で助かる」(まあ手の内は見せたくないか。見たいが仕方ない。周辺の哨戒を強化するよう空軍に申し入れよう)
「レンネンカンプ子爵。領海ですが、ディッツ帝国の領海の範囲を教えていただきたい」
「そうだったな、余りにもスムーズに進むので失念していた。すまない」
「いえ、これまで聞かなかった我々にも責任の一端はあります」
「我が国の領海は、海岸線から30キロメートだ」
「30キロメートですか。メートとはどのくらいの長さでしょうか」
「そうだな、おい定規を持ってくるように」
「我が方も用意しましょう」
比べると意外にも一致した。長さ、重さも一致した。明らかに何者かの作為がうかがえる一致である。
「神様でしょうか」
「神様か、あり得るな」
「大方すべての世界で統一した方が楽で良いくらいの考えでは?」
「確かに楽だな。だが良いのか?」
「良いのでは無いでしょうか。文字は読めませんが、話し言葉は通じます。かなりの語彙が通じますから、初期の接触では問題が起きにくいと思います」
「神様に感謝か」
その後神様談義をしつつ、海軍から随行護衛艦艇2隻と輸送船の大きさ、とくに吃水を説明した。
出雲丸の大きさに驚いていたが、有りそうに思っていたのは間違いだったか。
海軍は、出雲丸で驚くなら翔鶴級と大和級は見せられんなと思う。
一戦隊・三航戦・八戦隊は、二十一駆と共に航空機接触地点から北へ200海里退避することになった。
雪風の逆探に電探波が観測されないので、電探の使用は許可された。長距離通信用高強度電波の発信は、今だ許可していない。
警戒しすぎかも知れないが、危険は犯せなかった。
出雲丸と補給艦御着は、阿賀野・雪風と共にディッツ帝国海軍の先導でかの国の港に向かう。阿賀野の電探は頑張って下ろした。
お互いに手空き総員が甲板に出て挨拶をする。双眼鏡で見ると、しっかりカメラを構えているのはお互い様だ。
ディッツ帝国の巡洋艦・駆逐艦共に航洋性は良いようには思えない。それどころか一頃の日本海軍やアメリカ海軍のように盛り過ぎだろうと言うほどの武装だった。
アレでは荒れた日には戦闘は出来ん。艦の安定を保つので一杯だろう。そう考える者が多かった。
目検討で1500トン程度の船体に連装砲三基だ。発射管も連管が2基乗っている。思わず初春を思いだした者も多かった。
阿賀野級軽巡洋艦を見せたのは不味かったかな。そんな思いもあった。
ディッツ帝国
黒い太線は建設中の鉄道
ディッツ帝国の陸地が見えた。遠くの山並みが見える。まあ普通の景色だな。
行き会い船が挨拶をしてくるが、こちらはしきたりが分からないので無視するしか無い。
遂にやってきた。一水戦司令・山下恭司少将は感慨深げな気持ちと共に緊張もしていた。
下手をすると、二国間戦争の火蓋を切るかもしれん。しかし、それだけはやらん。
入港先の港はカムラン港といった。
いよいよ入港だが、出雲が大きくて直接接岸出来る埠頭が開いていなかった。明日には開くというので雪風を付けて港外で待機させる。中には陸軍1個小隊が待機している。侵入者がいても撃退出来るだろう。
御着と阿賀野は、先に入港して接岸する。水先案内人は、言い含められているのだろう。無駄な会話はしなかった。タグボートが居てくれて助かった。舫いの扱い方は、どこでも同じだな。
ここは軍港では無く一般の商港らしい。見たことも無い軍艦と商船に見えるが何か違う輸送艦に注目が集まる。
敵意が無いことを示すために、主砲と高角砲に俯角を掛け、砲口覆いを被せておく。レンネンカンプ子爵によるとこれでいいそうだ。
かなりの人が集まってきた。記者だろうか、やたら写真を撮っている。制止する軍や港湾関係者を押しのけてまで近づこうとするのは、どこでもおなじみだった。
水先案内人とともに乗ってきたレンネンカンプ子爵の部下、ベイツ大尉によるとレンネンカンプ子爵が迎えに現れるので、それまでは上陸を待って欲しいという。当然了承した。
しばらく待つとレンネンカンプ子爵が一団を引き連れてやってきた。ベイツ大尉と共に下船する。日本人として初めて他国に上陸した栄誉は戴いた。
陸軍強硬派と言うことを聞いていたので、ここに現れるかと思ったが静かなものだった。
引き連れてきた一団は陸軍でも普通の部隊であり、警備のためだという。
港湾事務所の応接室に案内され、港湾長の挨拶を受ける。こちらに興味津々という感じだ。まあお互いだよな。
移民(決して難民と呼んではいけないと外務省の田中と中村に強く言われている)は、予定通り明日到着し乗船出来る手はずが整っているという。順調だと言った。多小人数が増えたが許して欲しいとも言った。
その日は阿賀野に帰り、出雲丸に乗っている田中と中村に無線で順調らしいと連絡をする。
翌日、遂に出雲丸が入港してきた。その大きさに注目が集まる。昨日大きい貨物船が接岸していたがそれより二回り大きかった。
さすがにその大きさゆえ接岸に時間が掛かった。
接舷後、レンネンカンプ子爵を始め、当地の市長や港湾長などの要職が出雲丸に乗船していく。
初めて接触した他国の船だ。妙にそわそわしている。
3時間後、堪能したような表情で下船した。満足だったようだ。
それに比べてこちらは、移民の受け入れに手を焼いていた。
約束通り、午後になってから移民が続々とやってきた。付近に鉄道の駅が在り、そこから歩いてきたようだ。
皆一様に疲れた顔をしている。岸壁まで来ると座り込んでしまう者もいた。理由を聞くと、ろくに飲食を採っていないらしい。御着と阿賀野の烹炊所に大至急飯を作らせる。とにかく早く出来る物と言う事で握り飯と味噌汁だった。烹炊所の人間だけでは追いつかず、手空きの兵を捕まえて手伝いをさせる。
港湾当局から水を分けて貰い、塩をなめさせてから水を飲ませる。港湾当局と交渉し便所を開放させた。彼等はいやだったようだが「そこら中に大小巻き散らかされるのと、どちらを選ぶのか」と言えば便所を開放せざるを得なかった。
出雲丸の船長に電話すると、こちらも大至急握り飯と味噌汁を作っていると言われた。さすがあのクラスの船長だ。移民の様子を見て決断したのだろう。向こうはじっくりと炊飯するので時間が掛かるだろうが、こちらは海軍流だ。高温の蒸気で一気に蒸し上げる。難点は多少芯ぽい場合が有ることだった。
握り飯は、新品の軍手をして濃い塩水に手を突っ込みそれで飯を握る。炊き上がったばかりの飯は熱い。やけど防止に作業迅速化と良いことに思えるが、たまに軍手の繊維が混じっているのは愛嬌だ。
握り飯と味噌汁は、最初抵抗があったようだ。初めて見る食べ物だったらしい、警戒するのは当然だった。
誰かが最初に手を付けて、一気に食べ終わるのを見て、皆群がってきた。
海軍さん慎重すぎ?
無駄に砲艦外交をする事も無かろうという考えです。
それに万が一傷付けば、港まで遠いので傷つけられません。
最新技術を渡せるわけも無く、自沈しか執る手段はありません
ディッツ帝国は基本内海に面した国で、基本陸軍国です。
遠洋航路は属国以外ほぼありませんでした。
為に遠洋航海の技術は海洋国家には劣ります。
日本との接触で、急速に外洋艦隊の整備が進みます。
転移後に建造された補給艦の名前は西国街道の宿場からです。




