東鳥島攻略戦 殲滅
本日4話目
佐野少佐は黒い上位種のケンネルを解体すべく近づいた。
何か不気味だった。真っ先に解体しないと何か悪いことが起こるような気がしている。
胸に解体包丁を入れる。切れる。少し緊張が取れた。ちゃんと死んでいるじゃ無いか。てこで切り口を開かせて魔石を探す。魔石はこれだな。つかんだ。
魔石を引き抜いた。何も起きない。良かった。ほんとに良かった。ちょっと腰砕けになったのは内緒だ。
魔石の色が黒い。かなり黒に近い赤というのが正解か。赤黒かった。手引き書によると、赤が濃い方が高級らしい。普通のさっき取り出したケンネルの魔石は橙色だった。さすが上位種。それに大きさも通常のケンネルの物より大きく3倍は有った。
魔石をこれだけは別の容器に入れ、ケンネル上位種と書き込んでおく。
部下に、心臓を取り出して袋に入れ、上位種の死体と共に袋を一つ専用で使って入れておくよう指示をする。魔石と心臓を取り出してしまえば、生き返ることも無いだろう。多分。
緊張が解けたのか若干手が震えている。部下には見せられんな。
由貢那大尉を見ると、サクサク切り開いて魔石を取り出している。あいつもある種の化け物かな。
上位種を袋に入れ終わった部下と供に、大型混沌獣に向かう。
ようやく機関銃部隊と砲兵の奴らがやってきた。自分たちの兵器が通用したのかしなかったのか、確認に来たのだろう。
「佐野少佐、大丈夫ですか」
「どうかしたか」
近づいてきて小声で言った。
「震えていますよ」
「さすがに緊張してな。気合いが抜けたらこのざまだ」
「緊張ですか」
「あの黒い上位種、まさに化け物だったようだ。死んでも緊張を強いられる」
「見せて頂けないでしょうか」
「ああ、そうだな。よいだろう。不思議なことに体に穴が空いていなかった」
「「は?」」
「驚くよな」
「信じられません。20ミリでは倒せなかったのは見ています。穴も空きませんでした。13ミリなど効果があったのかも怪しい」
「37ミリ速射砲でも駄目でしたか」
「いや、話によると凄い効果が在ったようだぞ。残念ながら俺の所からでは見え無かった」
「これだ」
一回袋に入れた奴を出して見せる。
そう言えば写真を忘れていたな。カメラを持ってこさせて写そう。
「ほんとに痕がありませんね」
「37ミリは無垢だ。貫通力を重視した」
「はい、それが通用しませんか」
「だが、大型混沌獣には通用したぞ。見事に貫通している弾もある」
「ええ、それは見えました。頭をかち割った奴もあります」
「対戦車銃もなんとか通用しました」
「ひょっとしたら、上位種は同じ見た目でもまったく違うのかもな」
「違うですか?」
「色が黒くなっただけでここまで違うのも納得がいかん」
「我々は、この地では全くの初心者・未熟者ですが」
「それでも違うと思うぞ。俺は」
「ではどうしましょうか、次に出てきたときは」
「37ミリで滅多打ちか。野砲か。だが野砲が当たるか?」
「速射砲でなんとか追随出来たくらいなので、野砲では待ち伏せで撃つしか在りませんが、そんな都合良く行くとも思いません」
「まあそういう専門的なことは、任せるさ。餅は餅屋だ。な」
「「はい」」
その後二人と別れて写真を撮らせる。
「でかいのはどうだ。臭いが」
「速射砲が腹を破ってしまって、クソまみれです」
「うへ。お前達寄生虫は気をつけろよ」
「ありがとうございます。手袋と消毒をしながらやっていますので大丈夫では無いかと」
「それなら良いが」
「持ち帰るサンプルですが、どうしましょうか。全部袋に入らないと思います」
「そうだな。傷の付いている物は入れない。無傷の物を入れるように。隙間が有れば傷付きでも入れておけ」
「了解です」
「皮と牙はどうしますか」
「雨が掛からないようにしておけば良い」
「すまんが、臭いだろうけれど、骨格標本が欲しい。出来れば2体。出来るか」
「いくつかを組み合わせれば可能かと思います。入れる袋が無いので、相当臭いですよ」
「仕方ないな。では頼む」
「運搬はどうしましょうか」
「ここまで道が出来て中型トラックがもう来られるはずだ。中型トラックで運ぶ」
「わかりました」
なんとか解体を終えた我々は、あまりの臭さに風呂を強要された。やっていると臭いのがわからなくなるというか気にならなくなるというか、とにかく想像を絶する臭さだったようだ。
連隊長自ら「お前達は臭すぎる。あっちの風下で風呂を用意させるので風呂に入れ。着ている物は全部煮沸消毒だ」と言われた。
他の者は、穴を掘ってケンネルの死体と大型混沌獣の余った部分にガソリンを掛け焼いていた。
風呂から上がった佐野少佐は、連隊長から呼び出しを受けた。
「佐野少佐、あの黒いのだが至急、内地に送ることになった」
「内地ですか?」
「そうだ。海軍の駆逐艦で運ぶ」
「では上陸地点で渡せば良いのですね」
「ひとり付けてくれ。君は行くなよ」
「駄目ですか。期待したのですが」
「責任者が消えると困る」
「わかりました。由貢那大尉を付けましょう。解体もしていますので説明も出来るでしょう」
由貢那大尉達は、魔石を取り出すだけなので早く終わってしまい、結局大物の解体も手伝うことになった。
由貢那大尉が用意をしていると命令が変更され、大型混沌獣の採集物すべてを運ぶことになった。
駆逐艦では積み込み出来ず、熊野で運ぶ事になった。
熊野に運ぶまでが大変だった、熊野は航空機容収用デリックを使い軽々と積み込んでしまった。
熊野には護衛として霞を付け南アタリナ島まで急行する。そこから骨格以外の採集物は航空機で運ぶ。
大型混沌獣の骨格は貨物船で運ぶという。
一方、先に上陸していた十四連隊と十六連隊はポツポツと遭遇するケンネル達を倒しながら前進していた。こちらにも十九連隊の状況は入っていた。上位種との遭遇は御免だった。
37ミリ速射砲を複数喰らって死なない化け物だ。如何しろと。
しかも倒したのは弱らせてからの白兵戦だという。何かの聞き間違いで有って欲しかった。
彼等の望みはチハだった。57ミリ戦車砲だ。37ミリの比では無い。
十四連隊は幸運だった。ケンネルは群れては居ても上位種は居なかった。十四連隊は小隊単位で分散包囲を目指している。群れを包囲するのに二日ほど掛かったが包囲してしまえば上位種の居ないケンネルなど、いくら1000近くいようとも近代兵器を擁する軍隊の敵では無かった。
ただの殲滅だった。一カ所わざと包囲網に穴を開けそこから逃げ出すケンネルには容赦ない銃弾の嵐が待っていた。
多少色の濃いケンネルは居たが、上位種では無く六七式小銃で倒す事が出来た。
結局、13ミリの三式重機関銃、20ミリ対戦車銃、37ミリ速射砲、迫撃砲の出番は無く終わった。
小銃弾のみでどこまでやれるかというテストも兼ねていた。
魔石回収時にはそこら中で、胃の中身をぶちまけていた。
十六連隊は、運悪く上位種率いる集団との不意遭遇戦闘になった。密林で有ることも災いして、航空偵察では存在がわかっていなかった集団だ。
部隊は、遅滞戦闘を行いながら、開けた場所まで集団を誘導し十九連隊と同じように半包囲からの殲滅戦に出た。金山工兵隊が草原の周囲を極力切り開いた決戦場だった。
十九連隊と違うのは、戦車が居たことで有る。九十七式中戦車である。
チハには上位種の狙撃任務が与えられた。37ミリ速射砲は大型混沌獣を、20ミリ対戦車銃は適宜強力そうな相手を狙撃するとされた。
突撃してくるケンネルと大型混沌獣に対して、チハが口火を切った。
狙いは上位種だ。4両のチハが一斉に上位種めがけて発砲した。
37ミリ速射砲には耐えたケンネル上位種だが、57ミリ戦車砲には耐えられなかった。バラバラになって、吹き飛んでいった。
あとは殲滅だった。37ミリ速射砲の大型混沌獣砲撃と迫撃砲2斉射のあとは、ひたすら撃ちまくるだけだった。十九連隊の教訓から迫撃砲は2斉射にとどめた。
十六連隊でも、そこら中にゲロ溜まりが出来ていた。37ミリ速射砲の大型混沌獣砲撃で腹を撃ち抜かれ、モツが飛び散ってしまった物や、迫撃砲でバラバラになったケンネルなど、悲惨を極めた。
その残骸から魔石回収と不要部焼却のときにまた、ゲロ溜まりは大きくなった。
上位種の体はバラバラになって吹き飛んでいて、回収出来た部位は少なかった。魔石は割れていてたが回収は出来た。
大型混沌獣は十九連隊が倒した物と同じか確証が無かったので、骨格を2体残した。
こちらの採集物に関しても保存期間の都合で至急、南アタリナ島に送られる。今度は最上と夏雲だった。
十六連隊と十九連隊は、時折現れるケンネルを排除しながら川沿いを遡り合流した。
ここに最前線の拠点を構築するという。航空偵察で判明した混沌領域に対する防衛拠点になると共に混沌領域進出の拠点とするためだった。
混沌領域には多数の大型から小型の混沌獣が確認された。
政府は今回の東鳥島攻略戦で島の北東側を抑えるつもりでいた。速攻で島全体を抑えるのは今の日本の戦力では難しいと考えたためだ。
空母4隻による航空偵察はさすがに強力で、島に6カ所の混沌領域が発見された。いずれも中小規模であり充分対抗可能と思われた。
その中でも島の中央に走る2000メートル級山脈の北側に有る2カ所の混沌領域は邪魔だった。
今回の侵攻戦の被害は、十四連隊は人的被害無し。十九連隊は負傷者2名。十六連隊は不意遭遇戦と遅滞戦闘の時に17名の戦死者と78名の負傷者を出している。戦争神経症はどの連隊も多数出ている。
戦死者と負傷者は、上位種や大型混沌獣にやられたり多数のケンネルに囲まれて殺傷された。近代兵器を持っていても強力な混沌獣や数の暴力には勝てなかった。上位種や大型混沌獣とは近接戦闘は禁物な事がわかった。




