撃退
ガミチス艦隊は夜が明けても進路を変えずに遠ざかっている。彩雲でもギリギリの距離まで離れていった。もう、輸送船団を呼び戻しても良いだろう。
運悪く出撃出来なかった連中にも仕事があった。航路啓開である。取り敢えずファイウォール公国が針路上の海洋性混沌領域が無いことは確認しているが、もし大きく航路を外れたら有るかもしれない。
翌日、朝もはよから出撃していくのは彩雲だけでは無かった。
再び集結している輸送船団の中で会議が行われていた。南下しつつだ。ファイウォール公国船団の損傷艦は既に護衛を含めて分離。帰路に就いている。
場所は客船ファイウォールⅡの臨時会議室だ。本来なら晩餐会でも行われるだろう空間を会議室にしている。
会議は、前日の海戦結果とそこからもたらされた影響についてだ。今後の展開も協議される。
冒頭、ヴィクトリア3世の挨拶で始まった会議は、まずファイウォール公国海軍の損害についてだった。
「空母キリング沈没。空母アスラーム損傷レベル2。戦艦コールスロー損傷レベル2。巡洋艦サウスゴルドー沈没。巡洋艦ギルフォリア損傷レベル3。駆逐艦は、エイデュー、ウィンドラッシュ沈没。ファインドフォー、ラガン損傷レベル2。損傷艦は航海や戦闘能力が削がれて帰投した艦です。他にも損害を受けた艦は有りますが、レベル1であり航海・戦闘とも問題ありません。損傷艦の護衛に駆逐艦トレント、ローター、バイブを付けてありますので、現在16隻が艦隊に残っています。損傷艦にはタンカーと補給艦を1隻ずつ付けて帰しました」
書類をめくる音が聞こえる。当然日本海軍の方からもめくる音が聞こえる。
ファイウォール公国船団から空母2隻が消えるか。戦力半減と言ってもいい。損傷レベル2は中破相当みたいだな。レベル3が大破か。
「司令長官。これはいささか不味いのでは」
話しかけてきたのは、二航戦司令官成田中将だ。
「負担が増えてしまったな。航空戦隊には頑張って貰うしかない」
「それは理解しておりますが、あちらさんの稼働機が少ないです。戦力になりません。哨戒が関の山でしょう」
「こちらは8割強か」
「はい。被弾した機体が多く補用機も組み立ててですが。瑞鶴の機数を数に入れることが出来ません。おかげで予備機が有りません。母艦では使える部品を剥ぎ取っている最中でしょう。数機は増えるかも知れません」
「もう一回は無理か」
「出来ますが、向こうが同じ規模の艦隊だった場合は」
「わかった。ただ、同じ規模の艦隊が来ると思うか」
「来ないでしょう。来るなら、前日一気に来るはずです。ただ、集合が間に合わなかったという可能性も捨てきれません」
「索敵は重要だな。それにガミチス海軍の規模や造船などの後方能力をほとんど知らない」
「心がけております」
「では、我が艦隊の番だな」
「日本海軍の損害は、空母瑞鶴中破。空母黒鶴小破。戦艦武蔵中破。巡洋艦雲取小破。駆逐艦 棗沈没。駆逐艦大月中破。駆逐艦浦月、躑躅小破。以上です。戦艦武蔵は水線下に魚雷が命中。速度が20ノット。…時速37キロ以上の発揮は不安があります。他の艦は上部の損傷で有り、航行に問題は有りません。空母瑞鶴は発着艦不能です。空母5隻で稼働機は360機。予備はありません」
ファイウォール側もざわつく。
「静まりなさい」
ヴィクトリア3世の一言で静まった。
「空母の数が減ると言うことは、そんなに大事なのですか。戦艦は沢山有りますが」
モントゴメル大将が答える。
「はい。全体の防空能力が半分以下になったと言うことです。さらに、我々の側の航空戦力は無いに等しく、日本側の航空戦力が全てと言ってよろしいかと」
「それは飛行機の数なのですか。360機もいるのでしょう」
「そのとおりにございますが、全部使える訳ではありませんので」
「戦闘機と爆撃機ですね。防空には戦闘機が必要で、数が少ないと言うことでよろしい?」
「そのとおりにございます」
「それは危険なのですね」
「間違いなく。今回と同じ規模の敵が来た場合は防ぎきれないでしょう」
「そう。来る可能性は?」
「わかりません」
「わからないのですか」
「ガミチスの規模が正確にわかりません。日本やディッツ帝国が入手した情報でも、我々三国と同等であろうと言うことしかわかりません。さらに後方の能力も不明です」
「わかりました。それで聞きます。今後の方針です。空母は日本が頼りと言うことなら、指揮権はどうしますか。決めておかないと混乱するでしょう」
ファイオール側がざわつく。当然だな。指揮権を外国に委ねるのは良い気分では無いだろう。
だが、ここで遠慮しては全体の安全に関わる。
「日本海軍としては、空母部隊の指揮権を預かりたい。全体の指揮はファイウォール公国が取れば良いと考える」
「少し待っていただきたい」
相談するようだ。ここで決裂は無いと思うが、意地を張るなら帰国後何らかの外交的手段を執らざるをえないだろう。
答えが出たようだ。
「航空戦の指揮権は、日本にお渡しします」
それが良いだろうな。
船団の構成を変えた。一航戦が後方、二航戦が前。日本損傷艦は二航戦と同行。他は変えない。船団速力は、以前と同じ35キロだ。武蔵の隔壁は25ノットまでなら持つらしい。20ノットというのは安全性を多めに見込んでいた。
ファイウォール公国船団はその後何も無く、シベリア大陸南端の泊地で休養を取り、赤道多島海のマライタ島に入港した。
武蔵他日本海軍損傷艦は、シベリア大陸南端から直接日本行きだった。




