ディッツ帝国 反攻 ホイカル争奪戦
ディッツ帝国参謀本部は敵の兵力と物資の集積が思ったよりも少ない事に注目した。ひょっとしたら敵に何か問題が有るのでは無いかと考えた。
大隊規模の威力偵察を行うも敵の抵抗は頑健であり、やはり今の状態で押し返すことは出来ないかと思った。
だが長距離偵察任務向けに改造した連山特別仕様機を使うことにより、十分な物資と兵力が有るのはフェザーン油田までと分かった。そこから後方には兵力が少ないのだ。
連山特別仕様機はベルフィスヘルムまで往復偵察行が出来る性能があった。
少ないと言っても見積もりでも敵兵数が１００万はくだらない。注目したのは兵士の数では無く、備蓄されている物資だった。１００万と見做される敵兵力を充分に活用出来るような物資では無かった。
これは消費される物資に補給が追いついていないのではと考えた。
押し続ければ敵は息切れする。
そう結論づけた参謀本部は帝国首脳部と皇帝陛下に敵が息切れするまで連続した攻勢を掛けることを提案した。
もちろんこちらの損害も増えるだろう。力押しなのだ。だが、いつまでもガミチスがこの大陸に居座るのを許すことは出来なかった。
帝国首脳部はこちらの物資と兵力に更に上積みを実行する事を条件として皇帝陛下に奏上。
皇帝陛下であるアドルフ・シルバーバウムはこれを認めた。
本格的な攻勢の始動は春になってから。それまでは継続した空襲と大規模から小規模までの各種威力偵察を繰り返し敵の消耗を誘うとした。国内では各種戦争物資の製造に励むことになる。
ファイオール公国へは各種綿製品や精錬済み金属。エチレングリコール。ゴムノ木から採取された生ゴム。コーヒー、ワインなどを日本経由で輸出。代わりに戦闘機と高速爆撃機、戦車・装甲車などを導入した。
購入金額が大きいのだが、足りない分は日本から金塊を融通して貰い調達した。日本には長期で返済することになる。
この貿易はファイオール公国が乗り気で護衛には空母多数が付く豪華版だった。日本海軍が協力したのは言うまでもない。
ガミチス帝国に、赤道多島海に続き東インド大陸に橋頭堡を作られてしまったファイオール公国だが、日本とディッツ帝国という味方を得て大いに意気が上がっていた。
この決定を促した偵察結果をもたらした連山特別仕様機は、混沌獣素材を贅沢に使い軽量化と燃料タンクの大容量化、特別仕様の与圧室を設けた機体だった。電探も周囲３６０度を死角無く探査出来るよう配置されている。
排気タービン付き連山の燃料タンクや乗員の防弾を通常素材では無くボラールのウロコにする事で軽量化と燃料タンク大容量化を図った。爆弾倉には燃料タンクを増設、防弾は、これもボラールのウロコだった。
与圧室は射出座席を考えないで済む大型機用に設計。後部銃座、下部銃座は独立していた。ある程度以上の高度で移動する時は酸素ボンベを抱えての移動になるが、非現実的であり事実上は孤立している。そのため、体を横に出来るくらいの大きめの与圧室になっている。
この与圧室は渾沌獣素材を多用しており、とてもでは無いが量産出来る価格と手間では無かった。あくまでも特別仕様であった。
小用は一度容器に入れ、基地に帰るまで保管する事になっている。大用は同じであるが、誰も機内でやりたがらないので三日前から食事は注意して食べている。人数の多い前部与圧室は、仕切りが付けられ用を足せるようになっていた。
燃料は２０％魔石添加剤を贅沢に使用。
これらにより、高度１万メートルで６３０キロまで出るようになった。巡航高度の限界も１万２５００まで上がった。航続距離は高度４０００で驚きの９０００キロだ。もちろん常時高空にいれば燃料消費量は増大する。ベルフィスヘルムまでの往復偵察行はほぼ常時１万メートル以上の高空で帰りは燃料がカスカスだった。
ディッツ帝国軍は攻撃を継続することで敵に出血を強いるつもりだが、敵もそんな事は承知だろう。
時々きつい奴をお見舞いしなければいけなかった。
航空戦力は問題なかったが、問題は陸上で出た。
ディッツ帝国は転移前、地球で言えば地中海気候に近い気候で冬の平均最低気温が主要都市の低い所でマイナス３度。主要都市平均でプラス３度という地域だった。
転移後困ったのは、最低平均気温が南部の大山脈付近でマイナス２０度近くなることだった。フェザー平原南部ではマイナス１１度。北部でもマイナス８度までは下がる。
現在の戦線でもマイナス６度程度まで下がる。この低い気温は大きい。従来の冬期装備が役に立たないのだ。今まで寒いところで戦うことのほぼ無かったディッツ帝国には低温時戦闘の蓄積が無かった。
ここで日本に照会をしたのは良かった。シベリアで経験豊富だった。マイナス２０度までは陸上戦闘が出来るらしかった。それを聞いたディッツ帝国軍人は気が狂っていると思った。
日本から参考に冬期装備を入れてみると、快適性はディッツ帝国の冬期装備とは段違いだった。暖かいのだ。日本から装備を調達したかったが、日本軍自体の調達量からして外国には大量には供給出来なかった。日本からの調達分では足りないので、日本から冬期装備の作り方を聞き慌てて国内で制作を始めた。それでも間に合わず、多くの部隊は冬の中頃まで震えながらの戦いだった。
絶対に素手で金属に触るな。
金属にもたれ掛かって休憩をするな。
熱源を絶やすな。
酒を飲んで体を温めろ。
食事はとにかくカロリーだ。脂肪分の多い食事を取れ。野菜も必ず摂ること。
濡れたら直ぐに乾いた衣類と交換せよ。
手足の指先をよく動かして血行を確保せよ。
耳も防寒具で守れ。末端から凍傷になっていく。
航空機と車両はエンジンが掛かりにくくなるので、炭火をエンジンの下に置いて暖めておく事。エンジンカウルやボンネットなどエンジン回りに毛布や布団などを掛けておくことも有効。
グリスなどの油脂類は冬季用の物を使用すること。
等、色々指導を受けた。
最前線で戦う兵士に新型冬期装備が行き渡ったのは、冬のさなかだった。
その頃にはディッツ帝国北部のキールとブレストにはファイオール公国からの戦争物資が大量に陸揚げされるようになった。産業規格が全く違うので整備工具や整備用品、教育人材まで付けてだ。
ファイオール公国から買った兵器で特に気になったのが戦車だった。明らかに強力そうなのだ。センチネルと言う名前だった。
戦闘機はフェアリー、高速爆撃機はアルバトロだった。
アルバトロは貨物船での輸送時に密閉された船倉で空調を効かせて運ぶという贅沢な飛行機だった。
木製と聞き馬鹿にしたディッツ空軍だったが、その飛行性能は素晴らしくバカには出来ないと思った。寿命が短いのが問題だったが、最前線での使用なら他の機体も寿命は短く大きな問題とはならなかった。
春の攻勢に向けて準備しているディッツ帝国だが、敵に消耗を強いる戦闘も常時行っていた。
ようやく兵力が廻るようになってきたのだ。攻撃をしつつ後方を整える余裕が出てきたのだった。
その中でもフェザーン手前のホイカルで行われた冬期戦闘は後年に残る激戦だった。
日本時間、正和２８年１月。現地は真冬だった。
どんよりとした曇り空。雲底は低く航空機は飛行自体危険だった。
「撃ち方始め、フォイヤ」
「「「「フォイヤ！」」」」
砲兵部隊が一斉に撃ち始めた。１５５ミリカノンや１５５ミリ榴弾砲など各種大砲の饗宴だった。ガミチスの奴らはこのプレゼントを有難く受け取ってくれるはずだ。
低い雲底に砲弾から発生する衝撃波の波紋が多数広がった。
