日本の介入 カストロプの乱
日本は飛行場が小型機のみで仮運用可能になる前に戦端が開かれてしまったことの影響は少なかった。
海軍の水上機部隊が偵察を行っていたからだ。現地には九七大艇と零式三座水偵が数機進出している。
現地の日本軍はギルガメス王国連邦政府から依頼を受け政情不安地域の航空偵察を行っている。
相手を刺激しないよう、低空での詳細な偵察飛行は行わないようお願いされているので、実用上の限界高度である7000メートル付近からの写真撮影が主だった。
その過程で、カストロプ子爵領とその本家であるカストロプ王国内に不穏な動きが見られた。兵力を集めているらしい。航空写真でも通常と違う動きが確認された。混沌領域を制するのとは違う動きだ。
カストロプ子爵領は王国連邦首都エンキドの北東にあり、本家のカストロプ王国はその東にあった。特にカストロプ子爵領はエンキドに北東で隣接しておりかなり危険である。
混沌領域を抑えるのに精一杯のカストロプ家は、王国連邦に文句は言っても反逆することは無いだろうと思われていた。
それがガンディス帝国とラプレオス公国に魔王発生で事態が変わってきた。秘密裏に両国と接触しているのは王国連邦でも掴んでいた。
ただ両国のどの勢力と接触しているのかまでは判らなかった。しかし、ここに来ての急な武力拡大は魔王勢力と通じていると思わせるものであった。
秋津中将は(昇進していた)連邦首都エンキドで連邦首脳部と会談を行った。
「日本は助けてくれると言うことなのだが、今の兵力で大丈夫なのか」
更迭されたレオン・ガンベタ外務卿に替わり就任したリシャール・レスターマイヨ外務卿が問う。
「遠距離から一方的な攻撃を相手勢力に無差別で行って良いのなら、可能です。ただそれはお望みでは無いでしょう」
秋津中将が答える。
「確かにそれはやって貰いたくはないな。出来れば指揮官級だけを排除できればいいのだが」
ファンラード軍務卿が答えた。
近代軍隊の破壊力の前には前時代的な軍隊は到底勝てない。小規模な実弾軍事演習を視察したことの有る軍務卿には理解できた。魔法では高空を飛ぶ飛行機から落ちてくる爆弾を防ぐのは難しい。更に銃撃や遠距離砲撃とか魔法の射程圏外から撃ってくる。とても対抗出来るとは思わない。
勝ち目が有るとすれば徹底的に少数による神出鬼没の攻撃だろう。また頭にきて追撃してくる相手を隘路や逃げ出しにくい場所に誘い込み魔法攻撃だろう。
そのくらいしか対抗出来そうな方法は無かった。焦土作戦を実行しても自前の補給がしっかりしているので無意味だ。
それを知っているから秋津中将の言うことは理解できた。皆殺しはいけないのでしょう?と聞いているのだと。
指揮官級をやってしまえば後は烏合の衆だ。降伏するか逃げ帰るかするだろう。
「うむ、秋津中将の言う通り無差別な攻撃は控えて欲しい。王国連邦国民なのだ。多くは徴兵された者だから。軍務卿の言うような方法が採れればいいのだが」
カルロ・デ・マロイス連邦主席が言った。これで無差別遠距離攻撃はよほどのことが無い限り、出来なくなった。
秋津中将はこれでいいと思う。軍人としては勝てば官軍なのだから問題ないと思うが、彼の人間部分が出来ればやりたくないと思った。これは内戦なのだ。酷くやればやるほど連邦王国国内にも遺恨が残るだろう。当然日本にもその恨みの矛先は向くだろう。
「それでは誇り高い方々には許容できないやり方があります。それで良ければその手段を使います」
秋津中将が答える。
「それはどういう事なのかな」
マイロス連邦主席が聞く。
「狙撃です。魔法の届かないところから指揮官を狙って倒します。姿が見えないことを卑怯と言われますが、損害を抑えて相手の指揮官だけを狙うとすれば他に有りません」
「しばしお待ちを」
軍務卿が連邦首脳部で相談するという。秋津は少し散歩してくることにした。
「日本は指揮官だけを狙うことが出来るといっているが、可能なのか」
エンメルカ侯爵が軍務卿に尋ねる。
「そうですな。以前実弾演習を視察したときには500メート離れたところに命中しました」
「「500ですと」」
「そうです。もっといける雰囲気ではありましたが、演習場の都合でと言って見せて貰えませんでした」
「出来るのだな」
連邦主席が問う。
「確実に可能と思われます」
「ふーむ。どうするべきかな、皆の者の中で卑怯と思うものはいるか」
「はい。双方の一般兵の損害を減らして勝つには最善でしょうが、指揮官級の貴族や騎士は黙っていられないでしょう」
「だが、ちょくちょく使われる手段でもありますな」
エンメルカ侯爵が発言した。
「戦局の一部でだろう。それを全面的にやろうというのが日本だぞ」
法務卿ジュリオ・メディチ侯爵が言う。
「だが、良い手であることは確かだ」
軍務卿が答える。
「日本がやるというのなら、卑怯者のそしりは日本に引き受けて貰えばいいではないですか」
財務卿セルネルカ公爵は言った。
「フム。卿は日本と仲が良いと思うのだが」
「秋津中将は恥は自分達が被ると言っているのです。甘えさせて貰いましょう」
「これが新しい兵器で行われる新しい戦い方なのか」
「そうですな。ですが日本は我々には使おうとはしません。彼等なりの矜恃が有るのかも知れない」
「エンキドダンジョンでも最初のスタンピード制圧以外では周辺で銃を使っていないという報告があります」
「使っていないのか。使えば楽だと思うのに」
「射程が長いので、どこに人がいるのか分からない状態では使えないと言っていました」
「流れ矢みたいなものか」
「そのようです」
「話が逸れたな。元に戻そう。日本にやって貰うことにしようと思う」
「主席、それではいけません。国内問題です。我々が主でなければ後でどんな批判があるか」
法務卿が反論する。
「それもそうか。では如何する」
主席が答えを求め、軍務卿が答える。
「我々が主攻、日本は助攻です。その過程で相手指揮官が倒されます」
「そういう事か。それなら名分も立つな」
「我が方の損害もバカに出来ません。よろしいのですか」
セルネルカ公爵が確認する。
首席はこう述べた。
「国内問題だ。自分達の手を汚さずにいようなどとする情けない国では無いはずだ」
「「「おっしゃるとおりです」」」
「では、決定する。日本のやり方でやるが、あくまでも主役は我が方だ。忘れるな」
「「「御意に」」」
カストロプ子爵領では出征準備が調わんとしていた。本家であるカストロプ王国も順調に戦力を整えていると報告がある。
「子爵様、もう少しで準備が調います」
「ああ、よろしい。こちらの準備も終わりそうだ」
子爵の前には赤黒い光沢を放つまがまがしい雰囲気の宝玉があった。
「子爵様、それは本当に大丈夫なのでしょうか」
「実験もした。問題ない」
「ああ、あそこの小さな領域ですね。周辺の村には被害が無かったようですが」
「うむ。きちんと動作をした。まさか混沌獣を従えることが出来るとは思わなかった」
「その混沌獣はどうされたのですか」
「お前は知らなかったな。子飼いの兵に倒させた。奴らも強くなっただろう」
「それは良きことかと」
「次にギルガメス王国連邦の主になるのは、このカストロプ家だ。今から楽しみだな」
「ほんに良きことですな」
高笑いを始めたカストロプ子爵主従の前ではまがまがしい宝玉が鎮座している。
それは戦端が開かれる5日前、九七大艇で撮影した地上写真からの解析で得られた結論だった。カストロプ子爵領とカストロプ王国への偵察行の結果を解析して得られた。
「カストロプ王国で混沌獣の移動が見られる」
意味不明だった。
スタンピードでは無いらしい。複数箇所からまちまちの数で移動している。
これまでの常識が通用しない。しかも解析した結果、大型種が入っていない。従来の混沌領域周辺での混沌獣がする行動では無かった。
翌日の偵察結果では、更に事態が悪化している。大型種が混沌獣の群れを追っているらしい。また。方向性も明らかになった。
カストロプ子爵領の大規模混沌領域へ向かっているらしい。あの混沌領域はこの大陸でも上位の大規模領域だ。
そこへ入り込もうとしている?訳がわからない。
もし、あの領域に入ったらどうなるのだ?
超大規模スタンピードでは無いのか?
日本の報告を受けたギルガメス王国連邦は、カストロプ王国に報告を求めるた。
「漸次、掃討作戦は実行中。あと数日で平定予定。助力不要」
と白々しい返答があった。いつもそうだ。それで手に負えなくなると連邦に助けを求めてくる。今回またもやと連邦側が思ったのも無理は無い。だが今は戦争に備えて動員中だろう。変では無いか?それに戦争を起こせばそちらに手を割ける余裕は無いはずだ。
第一、写真では混沌獣を攻撃しているような痕跡は見えない。
日本に対して偵察を密にしてくれるよう要請があった。これを受けて偵察頻度を上げると共に偵察高度も7000から5000に下げた。
それまでは内戦や隣国との地上戦なら陸上戦力と飛行師団の派遣とで済むとしていたが、大規模な混沌獣の変化があると聞き東鳥島周辺で警戒に当たっていた改翔鶴級2隻と中心とする機動部隊の派遣を決めた。現地到着まで5日だろう。
ガンディス帝国とラプレオス公国はまだ戦線がギルガメス王国連邦まで届かない。あと2ヶ月は掛かる見込みだった。
連邦政府は統合ギルドに、緊急事態に備えるよう要請を出した。王国連邦対カストロプ子爵とカストロプ王国との戦争なら冒険者は手を出さないような協定があった。内戦には手を出さないと。これは冒険者ギルド成立以降守られている。冒険者ギルドが商業ギルドと合併して統合ギルドになってもそれは守られている。
これを受け統合ギルドは物資の集積と上位冒険者の行動把握と予備召集を始めた。日数の掛かる依頼は緊急性の高い物を除いて全てキャンセルされた。ダンジョン行きも深い階層には行かないよう指示が出された。
カストロプ子爵領とカストロプ王国周辺の地域には対混沌獣警戒態勢を取るよう指示した。
周辺地域はまたかと。それでも被害が発生しないよう警戒は強めた。
ここは、ランエール神界。
「ランエール、カストロプ子爵とカストロプ王が、あんな物持っていますが」
「仕方が無い。アレはラプレオス公国の魔王が開発した物なのだ。神が口出しすべきでは無いよ」
「日本に期待ですか」
「ギルガメス王国連邦では押し切られるだろうな」
「上位種は無理。誘導できるのが中型上位までですか。でも、餌が無くなるから結局中型種を追ってきますよね」
「奴ら大型が出てきたら如何するのだ」
「如何するのでしょうね」
「日本は10ミリ自動小銃ですか。アレで中型中位までは阻止可能ですね。それ以上は少数の選抜兵が20ミリ対戦車銃ですか。戦車まで持ち込んでますね」
「問題ないだろうな。有るとすれば数だけだが、こればかりは予想できん」
「いざとなれば爆撃で吹き飛ばす気でいるようですが」
「混沌獣だけだろう。人には使う気は無いようだが」
「指揮官だけ狙撃するようです」
「ギルガメス王国連邦も気張るな」
「そうしないと国内問題を他国に任せた弱い政府として問題になるでしょう」
カストロプ王国から兵力の移動があったのは混沌獣の移動が判った日の翌々日だった。一応混沌獣を追っているようには見える。
だが、ここへ来て王国連邦は混沌獣を何らかの手段で誘導しているのでは無いかと考えるようになった。
日本からもたらされた偵察結果でも混沌獣が周辺の人口密集地に向かわず、一直線にカストロプ子爵領の大規模混沌領域を目指しているのが判った。
戦端が開かれる2日前、遂にに誘導していると判断。統合ギルドに緊急要請を発動。
日本にも対策を求めた。
兵力も子爵領で休憩した後子爵領の兵力と合同でエンキドへ向かっているのが偵察結果で判断できた。
王国連邦は1日前に連邦加盟各国と自治領・独立領主に対してカストロプ王国とカストロプ子爵が反乱を企てていると連絡。
カストロプ王国とカストロプ子爵に釈明を求めるも返答は無かった。
王国連邦はこれを反乱と断定。
連邦加盟各国と自治領・独立領主に対して、カストロプ王国とカストロプ子爵が反乱を起こしたと連絡。
連邦加盟各国と自治領・独立領主に対して、カストロプ王国とカストロプ子爵の反乱を鎮圧することを命令した。
これにより親王国連邦か、敵対勢力。あるいは日和見でいる油断ならない勢力、日和見だが思考停止状態で日和見になっている勢力に分かれるだろう。
日本には、かねてよりの計画通り指揮官を狙撃して貰うことになる。中には主家の命令でやむなく従っている者もいようが戦争なのだ。倒れて貰う。




