フェザーン油田 変わる戦略
ガミチスがフェザーン油田を確保したのは偶然からだった。ディッツ帝国陸軍を押していったらたまたまフェザーン油田があった。その程度だった。
ガミチスとしては後続を連綿と送り込み、ひたすら力押しでディッツ帝国を押し切るつもりでいた。
確かにそれは成功していた。北部では、部族連合からの侵攻でディッツ帝国の兵力を分散させることに成功。主攻線であるフェザーン自治区内で、ディッツ帝国戦力の集中を防いだ。
敵戦闘機は厄介だが、数で上回り押し切ることが出来た。敵戦車は容易に撃破できる。陸上戦力ではこちらの方が多い。
捕虜からの情報でも戦車は主力戦車であり、最新型はまだ出回っていないと。
だが、北部ササデュール自治区からのディッツ帝国人・軍の撤収が行われ部族連合の侵攻が意味の無い物にされてしまった。部族連合はササデュール自治区を取っても手に余るとして、ちょっかいを出すだけに止まっている。
ガミチス帝国でもササデュール自治区の調査を行ったが、住民が数年前に征服しに来たディッツ帝国に反感が有り、足りない物資を提供すれば面倒は無いと判断した。
部族連合は能力的に既に限界に達しているため、部族連合はササデュール自治区に手を出すのを止めたいようだった。
ドメル東部戦線司令長官は、大陸北部イゼルロー低地からディッツ帝国北部要衝エルメに対して断続的に攻撃を掛けることを条件にササデュール自治区への侵攻を中止しても良いと答えた。
部族連合はこれを了承。以降ササデュール自治区は戦場の中にあって偽りの平和を為し得た。
ガミチスの戦争計画では、ディッツ帝国の防御が薄い西から攻勢を掛け、戦場を途切れさせないようにして敵の兵力集中を妨げ、優勢な兵力で勝つ。と言うのが基本方針だった。
ただ、それはディッツ帝国がササデュール自治区を守るというのが前提条件であり、ササデュール自治区からディッツ帝国が撤収してしまった今、フェザー平原に兵力を集中され主戦場になり激烈な抵抗があるという考えに変わっている。
情報部調べによると
*航空機は良くても低翼単葉になったばかりで有り、最高速度も500キロには届かないだろう。
現実は、ガミチス帝国機と五分に渡り合える機体がある。
*百年近く戦争をしたことがないので実戦経験は無い。
現実は、ササデュール共和国を武力制圧しているので近代軍隊相手でないが実戦経験はある。
*戦車は40ミリ短砲身榴弾砲しか積んでいない。装甲は薄い。
事実であったが、ガミチス陸軍の数的主力戦車Ⅲ号二型に互角と思ったよりも強力だった。
情報部の能力がかなり怪しいと、現場で思われるようになったのは不思議では無い。
ウィルヘルム5世最後期には、国家安全機構と仲が良かった。大量の逮捕者を出していた。
しかし、倫理的にはダメでも、情報を扱う能力は有るはずだ。
残された者は、主流(ウィルヘルム5世派)から疎まれた者か、仲間にすると値しない者が多い。
残された者が悪い訳では無い。むしろ良識派と言えた。大量の逮捕者を出したせいで、同じ情報量を扱うマンパワーが減ってしまっている。一人当たりの負担が多すぎるのだろう。
何処の組織も多かれ少なかれ、同じ傾向にある。只、情報部は減った人間が多すぎたと言うだけだ。
情報分析など、配属されてすぐに出来る訳も無い。しばらくは情報部から回ってくる情報を信用しないことだ。
3軍の情報関係者は思った。が、内情は、上に阿り下には当たり散らす情報部士官が、依然多数存在している。
向こうの優位性を示す情報は正確な情報でも握りつぶされたり改竄され、彼らに都合の良い情報のみが上げられていた。
フェザー平原には「旧エルラン帝国が築き上げた防衛地点が要衝として再構築されている」と捕虜からの証言にあった。
事実、強行偵察部隊が手痛い敗北を喫している。
敵本国に近くフェザー平原から抜ける回廊は要害が設けられているとの情報もある。
航空偵察によりゼファール自治区には多数の要害が建設を始めているとある。
ディッツ帝国本国へ抜けるにはゼファール自治区中央から抜けるか南部ケルツ自治区からだった。中間にある巨大湖は邪魔過ぎた。
そこにフェザーン油田奪取の報である。
ガミチス首脳部はドメル東部戦線司令長官との協議の上、一時戦線を整理することとした。
ベルフィスヘルム奇襲後三ヶ月のことだった。
総統と三軍の長官・参謀長は、考える時間が必要になった。このまま前進して予想外の抵抗を受け大損害が出るのではないか。ディッツ帝国は1ヶ月もあれば予備役召集と再配備が可能だろう。どれだけの予備役がいるのか。陸軍55万で予備役は10万、うち1ヶ月もあれば実戦配備可能な軍を離れていくらもしない人員は1万人もいないと思われた。
その予測が正しかったのか?
正しい情報が得られない。これは恐怖だった。ウィルヘルム5世の影響が少なかった海軍軍人達を総統直轄として情報関係に回そうという意見も出たが、全員が情報戦が出来るわけでは無いし一部海軍軍人を情報部に総統直轄として配備したに止まる。その中には、どうも総統に目を付けられたらしいS-105のクルーも入っていた。艦ごと情報部に転籍である。こき使われるのが予想された。
情報の再評価と、再度捕虜から聞き取り調査が行われた。これは総統直轄となった海軍軍人が行った。
その結果、転移前の陸軍兵力は公称120万予備役20万であった。これは植民地警備軍が半分以上の70万で、本国軍ほど練度や装備が良くなかったと言うことだ。70万の内、本国人は30万だったと言う。
転移後の南大陸制圧後、転移時に兵器をボンビー?されて失い小銃程度しか装備できなかった植民地警備軍は、必要なくなり解体されたという。その数30万。解体された時点での兵員を現役に戻せば恐るべき人数であるが、解体されてから10年経っており、徴兵しても戦場に出すまでは時間が必要と予測された。制度上、そうした人員が徴兵されるのは20歳前後の人員が枯渇してからになるので心配はいらないようだ。志願兵になる可能性はあるが人数の予想は出来ない。
だが、なりふり構わず徴兵するかも知れない。本土防衛である。無いとは言えなかった。
他には、予想よりも高度な航空機は戦前の想定を覆す大きな問題だった。同時に、占領していくらも間が無いとは言え、自国に編入した自治区の防衛を放棄するとは予想外だった。
予想よりも高度な技術力と思い切って撤退する判断力。当初の弱敵から油断せざる相手へと評価が変わる。
フェザーン油田は油井だけでは無く製油所も付属していた。製油所は操業しており撤退時に破壊していったが徹底されておらず、半年ほどの修理で全面再開可能という評価がでた。現状では少数の油井と減圧蒸留装置が無事で、油井数本と接触分解装置と常圧蒸留装置が早期に再開可能という評価だった。
石油タンクの破壊は何故かさておらず、96オクタン航空ガソリン4000キロリットル、車両用ガソリン3000キロリットル、軽油4000キロリットル、重油9000キロリットル、アスファルト留分600キロリットル、他3000キロリットル、精製前原油2000キロリットルがあった。有難く頂戴する。
補給の負荷を考えると、現地で調達できるのであれば調達した方が良かった。ガソリン、軽油、重油は性状は大して変わらずそのまま使用可能だった。アスファルト留分は少なめである。周辺道路が舗装されているので優先的に使っているのだろう。瀝青工場も有った。この施設では潤滑油は生産されていない。まだ潤滑油製造設備は建設前だった。至る所に整地され縄張りされた場所が有った。潤滑油の製造は本国でやっているようだ。
燃やせば破壊よりも厄介なのにと思うが、いずれ奪還する気でいるのだろうと思う。
精製済みの石油製品は有難かった。ただ、それよりもガミチスよりも高度な精製施設に注目が集まった。特にガソリンについては、ガミチス帝国でまだ研究所で試験段階の96オクタンガソリンを生産しており、この施設の重要性が上がった。この施設を精査してガミチス本国でも96オクタンガソリンの生産を可能にしなければ。今は92オクタンである。
フェザーン油田は、ディッツ帝国にとって最重要施設であり奪還に向ける情熱は大きいだろう。
兵力の逐次投入を行ってくれれば都合が良いが、ササデュール自治区やフェザーン油田から思い切って撤退する国だ。そうは簡単には行かないだろう。
フェザーン油田を確保して補給の負担を減らし、同時に敵に資源上の圧迫を掛ける。
ベルフィスヘルムから早期に鉄道を開通させる。現在単線の簡易鉄道は開通している。それを輸送力に優れたガミチス軌複線を平行に敷設する。
敵がやったように縦深に飛行場を整備して複数の飛行場を運用することにより航空優勢を確保する。
断続的に侵攻作戦を行うことで敵に余裕を与えない。これは現在ガミチス帝国では徴兵強化をしており最終的には常時正面に200万人を維持するという計画だ。軍全体では400万人近くなるだろう。その兵力を持って行う。
等の新計画を持ってディッツ帝国戦に臨むのであった。
石油資源の圧迫を企んでいますが、ガミチスはディッツ帝国が日本から石油を輸入していることを知りません。




