Ⅶ型LR
グリューネ少佐は(目出度く少佐に昇進している)数回目の東海域偵察に出ていた。
Ⅶ型LRは乗員の数が増えているがそれ以上に居住性が良くなっている。人数分のベッドが確保された。後部発射管と魚雷2本は居住区と冷凍庫に化けた。前部発射管4本に正規だと12本の魚雷なのだが6本積んでいるだけだ。魚雷6本分のスペースはやはり居住区と冷蔵庫になった。艦長室も気持ち広くなっている。ドアはさすがに付かなかった。
今回も途中バナナのなる島で休養を取り偵察海域に向かった。そう言えばあの島の南300海里ほどの所に外周300キロほどの平地多めの島が発見された。水は豊富で飲用可能だと聞いた。軍は前進基地を作っている。もし、配属がそこになればバナナを食べに寄れないなと思う。
それよりも問題は、速力が上がったことで早く着いて長く偵察をして早く帰ることだ。そうだ。長く偵察しなければいけない。それだけ暴露の危険性は増す。いっそうの注意深さが必要になる。
前回の地点まで後300キロか。そろそろ昼間浮上航行は止めて昼間潜行、夜間浮上航行に変えよう。戦時では無いと言え警戒するに越したことは無い。
最初と2回目は船を進めるだけで精一杯だった。未知の海だしな。
3回目で商船を発見。多分潜望鏡を見られた。確実だろう。相手が潜水艦を知らなければいいがそんな事は無いと思う。
4回目で空母を発見。逃げの一手だった。複葉機にはあきれたが。
5回目、6回目は何も発見できなかった。
7回目も発見できなかった。
8回目はやはり発見できなかった。
やはり3回目と4回目はどうかしていたのだ。普通は何も無いのが普通なのだ。
そして9回目だが配置についてしばらくは平穏だった。
どうしようか。新装備のレーダーを使ってみるか。この星は大きいので曲率が小さく、理論的には遠くまで見えるが人の目では双眼鏡を使っても見えん。
レーダーも電波の減衰がこの星は大きく遠くまでは探知できないと言われた。
どうするかな?
「艦長、電波を探知」
「電波だと?」
「おそらく近距離通用の短波です」
「近距離か。船舶の隊内無線だろうか。それとも航空機か」
「どちらとも」
「いずれにしても近いな」
「間違いなく」
「副長、潜行だ」
「副長了解。全艦、潜行だ。ディーゼル停止。各部閉鎖確認」
「ディーゼル停止。排気口閉鎖確認」
「ベント開け。深度30まで潜るぞ」
水雷長が最後にラッタルを伝って降りてきた。
「艦橋ハッチ閉鎖確認」
「機関長、電池残量」
「満充電です」
「空気圧は」
「最大です」
「しばらく潜れるな」
「はい」
やがて深度30という声が聞こえ副長がトリムだなんだと指示を出している。副長にも経験を積んで貰うとして緊急時以外は潜行を任せている。
「全艦、本艦は近距離用と思われる電波を探知した。この深度で日没まで待機する」
空母がいる以上、迂闊に浮上してはいられない。
潜行してから2時間後。
「艦長。かすかに聞こえます。遠い」
「判別できるか」
「レシプロでは無いようですが他は・」
「分かった。良く聞いてくれた」
電波源は三角の航路を取って航行していた。
ディッツ帝国海軍初の実戦空母機動部隊である。
日本から売却された瑞鳳級4隻のうち2隻であった。他に重巡と軽巡、駆逐艦数隻を従えている。
「艦長、何も無いと言うことはいいことだな」
「司令、潜望鏡が見つかりませんね。見間違いじゃ無いですか」
「日本の複数の商船がAESに反応を確認できたし、目撃者もいる。どこの奴かしらんがいるのだろう」
「この船のAESでは見えませんね」
「まあ最新型なら見えると言うことだが、あいにくこの船のAESは、新造時のままだと言うからな」
「それでも国産の奴よりは見えますが」
「まだ作り始めたばかりだろう。これから期待出来ると思わんか」
「まあそうですね」
艦隊は龍鳳改めシュライヤー、海鳳改めカールケルムの2隻の空母と、日本の重巡相当である22センチ砲8門装備の1万3000トン巡洋艦オスマルク、15センチ砲8門装備の軽巡相当である8000トン級巡洋艦ヒカテリブルクとカスターブルク。
駆逐艦はL級1500トン駆逐艦L-12、L-13、L-14、L-15の四隻が付く。
8000トン級巡洋艦は最新型で、見事に阿賀野級軽巡の影響を受けていた。
L級駆逐艦も陽炎級の影響を受けている。
いずれも航洋性を重視し、高い波高やうねりもこなせるよう改善が加えられた。そのせいで、転移前は最新型だったオスマルクよりもヒカテリンブルク等の方が凌波性が良いという現象が起きている。オスマルクが荒波で揉まれているのにヒカテリンブルクは平然とまではいかないが楽に航海している。
ディッツ帝国では駆逐艦と潜水艦は番号で呼ばれる。固有名詞は付かない。日本の軽巡に相当するクラスから名前が付く。軽巡相当の艦は都市の名前。重巡相当以上の艦は人の名前が付く。普通は。
ディッツ帝国海軍初の実戦空母機動部隊を率いるアルトマルク中将は海軍生活の三分の二以上が艦艇勤務と言う潮気が強い将官だった。
内海海軍で地上勤務の多いディッツ帝国海軍に有って珍しい存在だった。現在、外洋海軍に変わろうとしている海軍にとって貴重な人材であった。
彼が空母に乗っているのは、機動部隊を指揮するならば空母だ。と思ったと言うことだ。決して最初にオスマルクに乗って、外洋でガブってしまったオスマルクから横のシュライヤーを見て安定していると思ったせいでは無い。はずだ。
「司令、1回目の変針位置です」
「そうか、航海参謀。艦隊変針だ」
「了解です」
こうして空母と潜水艦は出会うこと無くまた日々が過ぎていく。
黒い太実線は旧国境を越える鉄道 建設中含む
潜望鏡発見の時は、合流するためにかなり航路が西寄りになっていた。通常ならカムランから北上なので出会うことは無い。この時は日本の都合でこうなっただけ。速度の異なる輸送船を混合した場合の船団運用や護衛の困難さの研究だったらしい。普段はキールやブレストを出た貨物船が合流することは無い。
ガミチスからディッツ帝国へ向かった潜水艦は、シロッキ級が存在する海洋性混沌領域に阻まれて後退。点在するシロッキ級混沌領域は、まるで阻塞物のように南の大陸への壁になっている。島を発見後そこに補給艦を置いて偵察行動を開始する事に成る。
グリューネ艦が三回目の発見をしたときは、まだ基地も補給艦も無い。途中で補給艦から洋上補給を受けながらの長距離行だ。
「聴音、どのくらい聞こえた?」
「軍艦であることは間違いないと思います。タービンと思える多軸推進の音源多数。東へ進路を取り遠ざかりましたのでそれ以上は」
「今はそれでいい。危険なことをする事は無い」
グリューネは考える。
「現地点で日没までこのまま。日没過ぎたら浮上する」
「航海長、最後に天測した地点は?」
「ここです」
「前に接触した地点と近いか。ここまで哨戒網が伸びていると見ていいのかな」
「その方が良いと思います」
「この海域にあと四日か。また来るかな」
「どうでしょうか。でも、そこまで密度の高い哨戒網とも思えません」
「確かにな。密度が高ければもっと遭遇しているはずだ」
グリューネの艦であるⅦ型潜水艦S-105は四日後静かに去って行った。
またバナナの島で休養だな。
Ⅶ型LRのLはロング。Rはレンジ。Rはレコン・リサーチの意味も有ります。




