変わる潮目
2話目です。
ディッツ帝国カムラン港と山東半島カラン港間の移住者定期便は今日も大勢の移住者を乗せてカラン港に向かっている。
最近では山東半島に腰を落ち着けた先陣達が収容所にやって来て良い所だと宣伝しているせいで移住者の不安は少なくなっている。ディッツ帝国内の旧エルラン帝国民にも接触して移住を勧めている。
だがやはり故郷は離れがたいのだ。何故日本は俺たちの故郷奪還を支援してくれないのかという声も有る。
それをやったらお前達は皆殺しになるぞと言う警告は耳に入らない。異なる価値観やディッツ帝国も日本もランエールの外からやって来たという事実も見ようとしない。何故自分達が負けたのかということも理解できない。
いつでも自分達の望むものしか理解しようとせず、自分達に都合が悪ければ文句を言う。そんな人達がどの世界でも多数いる。
転移後7年の正和23年10月 現地では冬も終わろうとしていた。
カムラン港を出て赤道多島海に向かうD-806船団に属する世田谷丸の船内でもそんな人間が文句を言っていた。
多くの人間は「文句が有るならお前一人で戦ってこい」と思う。
「如何しました」
エルラン語で話しかける船員。最近では旧エルラン帝国民の船員も増えてきた。共通語よりもエルラン語の方がやはり話しやすい。
「なんで日本はディッツ帝国をやっつけないんだ。なんで俺たちを助けない。おい!答えろ」
「日本は無理と言っていますよ。何百万人と死ぬような戦争は出来ないし、しないと言っています」
「なんでそんなに死ぬんだ。ちょっと皇帝を殺せば降伏するだろう」
「先に正当な理由もなく仕掛けた方が悪者ですよ。日本は悪者になる気は無いですよ。それに現代戦はその程度では止まらないそうです。相手の国が降参するまでは戦争は続くのだそうです」
「なんでそんな事が分かるんだ」
「日本がいた世界では、死者行方不明合わせて2000万人近い戦争があったそうです。日本も20万人が死んだそうです」
「2000万人とかウソだろう。ササデュールと変わらないじゃないか」
「正式な記録がありますよ。恐ろしいですね。エルラン帝国民の人口より多いんです。ササデュールの人口が消えるんです。ディッツ帝国も、そのくらいはやる実力も覚悟もあるだろうと日本は予測しているようです。おっとこれは内緒ですよ」
「なあ、もしだ。もし俺がディッツの皇帝を殺したらどうなる?」
「止めて下さいね。エルラン帝国民が皆殺しにされてしまいます」
「本気でそう思うのか?」
「事実、そういう計画も有ったそうですよ。これは内緒ですよ。それをやらせなかったのがディッツの皇帝と日本です。それでもやりますか」
「いや、止めておこう。俺一人なら良いが、他の人間を巻き込みたくない」
「じゃあ、諦めて山東半島に行きましょう」
「あぁ・・」
こういう寸劇が不満分子を抑えるために結構な回数行われていた。やらせではあるが内容は事実である故に、信じる者と出鱈目だと言う現実を見られない人間に分かれた。現実を見られない人物は注意人物としてリストアップされる。
2週間の船旅だ。結構な確率でリストアップが可能だった。
始めの頃はこんな事は必要なかった。ただ必死だった。
移住者を落ち着かせるために移住した人間に再び南大陸へ戻って説得して貰うことを始めてからだった。
余裕が出ると共に不満を口にする者が増えたのだった。
一度山東半島に上陸してしまえば帰ることは出来ないし、何より周りにエルラン帝国民が多数生活していた。聞けばここでだが帝国再建も出来ると言う。
それで結構落ち着くのだ。南大陸への帰還を諦めたとも言うが。それでも諦めきれずに騒ぐ人間は一定数いる。
そんな人間は注意人物として、治安維持の為リストアップされる。
道中の船で出来ないかという疑問からこの動きが始まった。
注意人物はそう多くない。1隻当たり一人か二人だ。多くても十人。いない船もある。ただ山東半島で現実を目にしても変わらないで文句を言い続ける人間は、ぐっと減る。
かなりの少数派になるが、故郷を取り戻すと言う言葉は、かなりの力を持つ。やがて大きな力を持ち社会的影響を起こすかも知れない。
取り戻すには現代技術が必要だが、彼等がそれを手にするには数十年掛かるだろう。
その時日本は如何するのか。
答えはその時の当事者に任せるという、得意の問題先送りをするのだった。
ただそういう事態にならないように努力はしよう。
「おかーさん。お外に棒が立ってるよ」
「え?棒が立ってる?どこなの」
「え~とね、あ!あそこ。アレだよ」
「あら、ほんと。何かしらね」
「あ~、沈んじゃった」
親子が船の甲板で散歩して潮風に当たっていた。子供も多いので舷縁の手摺りはしっかりとした細かい柵にしてある。
「船長、電探に反応。突然出ました。これはまさか・」
「どうした。観測員はっきりと報告しろ」
「左舷十時、至近。2500に恐らく潜望鏡」
「何だと!!左舷見張り、何か見えないか」
「はい、流木のような物は見えます。十時です。距離1500くらい」
「航海長」
「はっ、10時に見えます。本船が近寄っていますね」
「見えた。確かに有るな。潜望鏡かな」
「9時方向に変化。あ!沈みました」
「あの沈み方は潜望鏡だな」
「航跡を曳いていないので、はっきりとは分かりませんが、動きは潜望鏡としか」
「海軍の潜水艦は旧領海の外に出ないはずだ」
「では船長」
「困ったな。無線は届かないか」
「電信でしたら最近中継点が増えましたので届くと思います」
「電信で良い」
「打電内容は」
「ワレ潜望鏡ラシキ物ミユ」
「復唱します「ワレ潜望鏡ラシキ物ミユ」送ります」
「ああ、そうだ。船舶暗号でな」
「暗号ですか」
「その方が緊急度はわかりやすいだろう」
船長は「見張りは何を流木などと」と思うが彼が採用されたのは去年のことで、対米戦争に備えて様々な教育をされていた転移前の人材ではない事に気がついた。
攻撃する気なら雷撃を受けている。偵察なのか?分からんな。臨検をしにくるでもない。どこの国の奴だ?
「仕方ないか」
考えるのを止めた。ただ安全に乗客を届けるのみ。それが仕事だ。見張りを強化したのは言うまでも無い。
まさかの潜望鏡に、世田谷丸他D-806船団で潜望鏡らしき物を確認した2隻からの一報を受けた移住者護衛艦隊と海軍は大騒ぎだった。
どこの潜水艦だ。ランエールに潜水艦を作れる国が有るのか。ディッツ帝国の奴じゃないのか。いるという噂の国じゃないのか。
取り敢えず様子を見るという意見と積極的に捜索をと言う意見がぶつかった。
移民担当大臣兼移住者護衛艦隊総司令官山下中将は水雷戦隊出身である。浮上しない潜水艦は敵。当然積極歴な捜索を始めた。
海軍と政府の一部がこれをとがめるも、じゃあ相手の正体はと言う質問に答えられず押し切られた。
普段は航路上を往復している移住者護衛艦隊所属空母も少し航路を離れて捜索を始めた。
海軍は何か有るといかんと言うことで、対潜水艦戦の訓練を久しぶりに本格実施した。くすぶっていた潜水艦部隊も張り切っている。
対潜技術の技量が大幅に低下している事実が分かった。これは移住者護衛艦隊も同じで沖縄周辺の浅海と南アタリナ島周辺の深海とに分けて訓練を行うことになった。訓練は周辺区域での対潜哨戒に沖縄-南アタリナ島間を船団護衛すると言う物だった。
潜水艦側も急速潜行の実施速度が遅くなっていることが分かった。訓練で今から潜ると言えば早いのだが、咄嗟対応だと通常の潜行作業よりも遅くなるという体たらくだった。
活動の場が限られて、如何に士気が低下している表れとみられた。
海軍は危機感を持って潜水艦部隊の士気向上に努めるのだった。
KD航路は再び護衛付き船団となった。ここ2年ほど商船団で運行しており、朝になれば船団がばらけていると言うことも多々有ったが、問題にならなかった。護衛が付くともなれば、船団がばらけると文句を言われる。若干窮屈である。
ただ、船長の中には第一次大戦で若造として地中海や大西洋にいた者もおり、軍艦の護衛は頼もしく思った。
「船だと?」
「船です。2軸推進ディーゼル。近づいてきます。恐らく商船と思われますが速いです」
「どのくらいだ」
「推定時速20キロからから30キロ」
「位置は」
「本艦から160度、距離2万から3万」
「近づいてみるか」
「良いのですか」
「何かあれば探るのが任務だろう。それで出てきたと思うが。違うのか」
「いえ、その通りです」
「進路30度、潜望鏡深度。飛び出すなよ」
「面舵、進路30度」
「深度このまま」
「艦長、モーターはどうしますか」
「航跡を曳きたくない。停止するぞ」
「トリムが難しいです」
「やれる能力は有るだろ」
「目標、本艦120度、距離3500」
「モーター停止」
「モーター停止」
「潜望鏡上げるぞ、トリム注意しろ」
「トリム注意」
「目標、3000」
「潜望鏡上げ」
潜望鏡から見えたのは商船だった。
(旗があるか。白地に赤丸だと。単純だな。ん?人がいるのか)
「副長、カメラだ」
「写真取ります」
カシャカシャと数枚写真を撮る。
「終わりました。どうぞ」
副長と替わり、潜望鏡に取り付く。
「近づきます。2000」
「おぅ?」
(親子なのか?子供がこっちを指さしている。いかん気が付かれた)
「潜望鏡下げ」
「潜望鏡下げ」
「電池直列、モーター始動、前進一杯、ダウントリム5度、深度50、進路このまま」
「電池直列、モーター始動、前進一杯」
「ダウントリム5度、深度60」
「メインタンク注水、前部トリムタンク移水」
忙しく各種バルブを操作する。頭の上を商船が通過する。
深度変更中に大型商船の作り出した水流で不安定になる。この船は小さいのだ。下手に進路を変えればかなり不味い事態になる。
「深度50」
「トリム戻せ。電動機前進微速」
「トリム戻します」
「電動機前進微速」
「前部トリムタンク、後部へ移水します」
「副長、今回の航海は十分な成果が得られた。少し早いが帰るぞ」
「そうですね。この情報は貴重です」
「深度60」
南海の深度60でV-105は船団が通り過ぎて距離が離れるまでじっとしているのだった。
艦内にはこんな旗が掛かっていた。
友好的なんでしょうか。
日本海軍以外の速度表記を時速キロメートル(km/h)基本にしてみました。
距離も日本海軍以外、キロメートル(km)基本にしれみます。




