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KD航路 ディッツ帝国意思決定


「では、日本はさらに多くの人達を移住させてくれるとのことでいいのですか」


「はい、猊下」


 ふむ。と少し思考するキルヒアイス教皇。

 かの者こそディッツ帝国最大の宗教団体であるローエングラム教のトップである。


「軍の強硬派はどうなっていますか」

「日本との技術格差に驚き以前のような勢いはありません。また、皇帝の資金力が何故か復活しました。それによる軍の待遇改善や装備の更新が進んでおり、軍内部の不満が減っております。その不満を元にした強硬派の拡大は抑えられ、逆に影響力は減少しております」

「その資金源は恐らく日本なのでしょう。寄港すると必ず倉庫に多くの乗り組み員が訪れ、その後厳重に警戒されたトラックが走り去るとの情報を得ています」

「では日本が現皇帝の後ろ盾だと」

「皇帝ではありませんよ。皇帝陛下です。慎みなさい」

「はっ、失礼しました」

「国庫にはあとどのくらいの証書が有るのでしょうね」

「それにつきましては、短期証書はほぼ償還されております。中期証書もかなり償還されたという事です。これはかなりの金融機関が口にしておりまして、間違いないかと」

「国庫は全てボンビーされたのです。それを復活させるほどとなると、どれだけの金が運び込まれたことか」

「金融関係者の話ですと1000トンから2000トンは必要なはずと言っておりました」

「この事はかなりの人間が知っていると」

「はい、間違いなく。金の出所も日本で間違いないと言っております」

「では日本を手に入れようとする者もいるでしょうね」

「残念ながら」

「我がローエングラム教にも?」

「嘆かわしいことに」


 彼はその癖のある赤毛を手でかき混ぜ、再び言葉を発した。


「皇帝陛下への謁見の許可を取るように」と。




「皇帝陛下のご健康を主神ローエングラムにお祈り申し上げております」

「いきなり私の健康か。何か掴んでいるのか。キルヒアイス教皇」

「日本を手に入れようとする者をご存じか」

「聞いてはいるが、取るに足らない勢力だという。まだ問題にするには早いのでは無いか」

「そうですね。しかし、皇帝陛下にはお世継ぎがおりません。今健康を害されれば次の皇帝は陛下のご兄弟かと」

「そういうことか。今でも皇太子と皇女だからな。継承権はある。どちらがなのだ」

「姉上様かと」

「選民思想派か」

「はい、そう聞いております」

「そなたの耳は良いのだな」

「恐縮です」

「メルカッツ卿、そなたは聴いているか」

「はっ、恐れながら。聞いてはおりますが、動きはまだと聞いております」

「軍の強硬派は問題ないのだな」

「綱紀粛正と待遇改善に装備の更新でかなり軍の不満は減っております。強硬派の力は落ちました」

「と言うことだ。教皇」

「それは我が方でも捉えております」

「では問題は選民思想派だけと思って良いのだろう。彼等に国政を司る能力は無いし、今では多民族国家になってしまったディッツ帝国だ。なんとしても潰す」


 ディッツ帝国には元の国民の他に植民地や属国から移り住んだ者やササデュール共和国の者もいた。キナム教国の頭がおかしい指導者層や特権階級達は皆捕らえて、東の多島海に作った収容所に入れた。自給可能にしてあるので、寿命までそこに居て貰うことになっている。


「それがキナム教と連絡を取り合っているようなのです」

「「なに?」」

「真なのか」

「姉上様の静養先である南の別荘なのですが、そこにかなりの出入りがあると聞いております」

「メルカッツ」

「申し訳ございません。聞いておりません」

「アソコは姉上の地盤だ。仕方が無いとは思うがもっと諜報を強化するように」

「仰せつかりました」

「さて、教皇。そなたはどうしたい。この国を握るか?」

「滅相もございません。宗教は敬意を持って迎えられるべきであって、政権など握ればどうなるかは元の世界でも幾多の宗教と国が証明しております。決してそのような悪手は取りません」

「先代の言葉か」

「さようです。ラインハルト様は常々政権など取れば国が滅びるだけだ。宗教が国政を司ってはいけないとおっしゃっておりました。私も同感です」

「そうか、だがローエングラム教内部では日本に進出して宗教支配しようという気は無いのか」

「全くございません」

「信じて良いのだな」

「ご随意に」

「ふむ、ならば教皇は教団内部を固めていると思っていいのだな」

「巨大組織なれば多少の取りこぼしはございます」

「それは国でも同じだな。詮無いことを申した。許されよ」

「ローエングラムに誓って」

「すまないな」

「陛下、猊下、よろしいですか」

「何か」

「確定情報ではありませんが、日本へ旧エルラン帝国の普人族を移住させる時に、我が国民が紛れ込む可能性があるとの情報が届いております」

「どういう事だ?」

「旧エルラン帝国やササデュール共和国等は戸籍が確定しておりません。人口の把握も大凡といった程度です。キナム教国に至っては、奴隷階級の者は数さえ数えられておりません。そして我が国も転移時のゴタゴタで属国人や植民地人の戸籍情報を失っております」

「それで?」

「選民思想派が旧エルラン帝国民を名乗り日本へ行くことを考えているようです」

「行ってどうするのだ」

「そこでキナム教です。彼等は自分達以外は下等な人間と考えています。その考えを日本にも広めると言うことのようです」

「馬鹿な、日本は確かに信教の自由を保障しているが、あくまでも社会の害悪にならなければという話だぞ」

「そうですね。私も日本人との交流をした者から聞きました。何万人も文字通り滅ぼされたという話を。昔語りでは無くて記録にある事実だそうです」

「私も懇意にしている紫原中佐から聞き及び事実かと尋ねましたところ事実であると。その記憶があるせいか日本国内の宗教勢力は政治や経済に大きく影響を及ぼそうとしないと」

「では日本に行っても相手にされないのでは無いか」

「陛下、どの国にも選民思想の者はおりまする。その者達に近づければいいのです」

「そして国に食い込むか。日本が許すだろうか」

「それとなく紫原中佐に聞いてみましょう」

「うむ、メルカッツ。卿に預ける」

「承りました」

「陛下、大事なお話がもう一つございます」

「何かな、猊下」

「我が巫女が神託を得ました」

「「なに!!」」

「転移の時に我が主神より「すまん、生きていけるようにはしておく」と言ういささか情けない神託以来の出来事です」

「あ~、あの神託か。結構聞いた者も多いので主神ローエングラムの人気は出たと聞くが」

「そうですね。我が教団としては心苦しいのですが、気やすい神様だとの評判です」

「いいのではないか。何処かの何も無い場所へ放り出された可能性もあるのだ。ここで良かったと感謝しなければな」

「それの関連ですが、神託は主神ローエングラムからでは無くこの世界の主神ランエール様からでした」

「ランエールだと」

「はい」

「で、内容は?」

「取り敢えず仮免許と」

「「は?」」

「転移してきてから様子を見ていたと言うことです。主神ローエングラムから頼まれてもいたと言うことです。この世界に来てから見ていたが、他国を征服しても民族ごと滅ぼすようなことはせず、その扱いに苦慮している。そこは良いだろうと。どの国でもやることだ。我は皆で仲良くなどと言うれ言は言わない。強くなるのは結構だ。好きにせよ。ただし、他者を滅ぼすような事態は認めないと」


 キルヒアイスは懐から取り出したメモを確認しながら語る。


「では我々のやってきたことは正しいまでは行かないが、この世界の主神であるランエールに否定されるまでのことは無いと」

「そうなります」


 それと。と言って再びメモを見る。


「滅びるのは勝手だとも」

「厳しいですな」

「全くだな。メルカッツ。我々は前の世界では滅びたことになっているのだろう。前皇帝のせいでな」

「まさに自滅でしたな。他者を巻き込んでです」

「我々は今度こそ自滅を回避しなければならない。選民思想派は敵と定めよう。キナム教も同様だ」

「よろしいのですか?陛下」

「構わん。国内の安定を優先する。姉には悪いが東の島に別荘でも建てて閉じ込めておこう」

「取り巻きどもは如何しますか。彼等の方が問題ですが」

「いろいろほこりが出るだろう。徹底的に叩いて良い」

「では帝国捜査局を使っても?」

「アソコは選民思想派の一派では無いのか」

「フーバーという骨のある者がおります。任せても良いのでは」

「ふむ、では勅書を出そう。余が皇帝になってから5通目だ。価値はあるだろう」

「御意に」

「キルヒアイス猊下にはお願いがある」

「友愛ならば我が教団も大いに賛成です」

「ならば、ローエングラム教がランエール様に認めて貰うことを優先するのだな。さすれば自然とこの世界に溶け込めるだろう」

「御意にございます。努力しましょう」



 後年アドルフ・シルバーバウムが名君と讃えられるようになったのは、この会談以降の政策とその成果によると言われる。





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