外伝 漁業戦艦信濃
4話目です。
長めです。
戦艦信濃は大和級四番艦として正和19年夏に建造が承認された船である。
これは南方でディッツ帝国と接触があり海軍力の強化が必要とされたためである。
大和級4番艦信濃は、従来の大和級と同じ設計で建造されていれば5万8000トン、38センチ砲12門、速力30ノット以上の重装甲高速戦艦になる予定だった。
しかし、予期せぬ転移によりイタリアとの通商路が途絶したため、主砲のOTO社製38センチ砲が入手出来なくなった。
海軍部内では起工予定は16年冬であった(ただし予算は付いていない、あくまでも希望)
ために起工どころでは無くなってしまった。転移の混乱で、戦艦や重巡の建造優先順位は引き下げられてしまったのだ。
主砲も無いため、正和18年冬の時点では建造意欲もなかった。国内で製造出来るのは35.6センチ50口径砲までで、それ以上は構想や設計のみだった。
そこにディッツ帝国という国が現れた。19年2月のことである。
海軍は政府とも協議の上、建造の許可を得て、19年の通常議会で予算も通った。
移住者護衛艦隊とは別運用になるので、この艦は国家予算で作る。あの艦隊のおかげで海軍予算に余裕が出来たこともあり、特に批判も無く予算成立となった。
だが主砲が無かった。仕方なく35.6センチ50口径砲を搭載することとなった。しかし、揚弾機構や装填機構に大幅な機力を導入。仰角30度までなら毎分3発の発射速度を獲得した。
また将来的に38センチ砲が国産化されれば、載せ替える予定である。
船郭構造にも手を入れ、大和級3艦が垂直装甲板を傾斜装甲としバイタルパート以外の外周を50ミリ板厚、水線部以下にはバルジを装着し水雷防御としたのに対し、海洋性混沌獣と言う存在に対抗するため装甲板を船体外板として使った。
垂直装甲は外部100ミリ、内部最大300ミリの二重装甲とした。傾斜装甲は内側だけで、外側は船体外板を兼ねている。さすがに全周二重装甲は無理で、内側はバイタルパートのみであった。
二重装甲にした場合装甲の間で爆発した爆圧が逃げる場所を作らないと装甲間の隔壁が大ダメージを追ってしまう。信濃では爆圧を逃がすために装甲間の一部水平甲板はブリキ板と言えるほど薄くなっている。いざという時はここを爆圧が破って逃げる設計だった。
水平装甲はバイタルパート部分だけ装甲厚は200ミリだった。他は100ミリである。
艦底部は下側50ミリ中間30ミリの圧延鋼板で三重底とした。
重量増に因る吃水の低下に対しては艦幅を増加させることで対応した。
装甲重量増加による排水量の増大と速力低下を補うため、主砲は3連装3基として艦尾を短縮。相対的に艦首が重くなると言う現象が発生するが、艦首部の幅を増やし浮力を稼いだ。それでも足りずにバルジを装着した。艦首部には大和級の特徴である大き目のバルバスバウを採用していたが、信濃に至っては半球形とも言える特徴的なものだった。
スクリュー防御のために強力なスクリューガードを追加。かなりの重量で在り、基準排水量は7万6000トン余りになり、建造関係者を恐れさせた。
速力は27ノットまで低下した。
結局信濃は1艦のみの建造で同型艦は無かった。建造費用が初期の5割増しにも膨れ上がったためである。
艦政本部では移住者護衛艦隊に泣きつき、結構な高値で最新空母や越百級巡洋艦を買い取って貰い予算の穴埋めにした。
10人以上の人数が、左遷・配置転換あるいは予備役編入となった。
竣工は22年秋。半年間の慣熟航行を経て、23年春実戦部隊に配備された。
信濃が部隊配備されたことを受けて、扶桑が正式に練習艦となる。その際3番4番砲塔の撤去をして弾火薬庫を居住区や教室にする改装を受けた。練習艦任務は、新規に建造される5万トン級戦艦4隻が就役次第扶桑を廃艦、金剛・霧島に引き継がれる。
練習艦は他にも越百級重巡の就役が増えると共に妙高級を練習艦に。駆逐艦は特型・初春級・白露級の中から程度の良い艦を選んで練習艦とする。予定で有ったが、初春級と白露級は捕漁船に改造されることになった。特型は、よほど程度の悪い艦以外、練習艦となった。
阿賀野級軽巡の就役に伴い退役をする5500トン級は全艦廃艦とした。練習艦にするにも設計が古すぎ、重巡や戦艦のように教育機材を配置する余裕も少なかった。
妙高級の練習艦化に伴い青葉と衣笠は廃艦となった。
駆逐艦クラスの練習艦として使われていた睦月級は全艦廃艦となる。
いろいろ言われるが、この戦艦はかなり頑丈で損傷を与えられた混沌獣はカニとサメだけであった。
ギルガメス王国連邦沖で海洋性混沌獣に沈められた捕漁母船があり、一番装甲の厚い信濃が調査兼敵討ちに出張ったのだった。
ボラールを半分程度に切った餌を艦尾から引きずりトローリングをした。餌には緊急展開フロートが取り付けられて噛み付いたら展開するようになっている。
何かでかい三角ヒレがやって来た。
「サメだ」
そいつが餌に噛み付いた。
広がる緊急展開フロート。噛み付いているが沈まない餌に暴れるサメ。
そこにワイヤーを切り離した信濃が突貫をした。バルバスバウを使ったラム戦だ。
聴音室が「艦長止めて下さい」と悲鳴を上げる。
かなりの衝撃があった。サメの動きが止まった。満載8万トン超の衝撃だ。堪らないだろうと思った。
だがサメはしぶとかった。青白く発光しながら艦首に噛み付いてきた。艦首菊の紋章より下を噛みちぎられた。信じられない。100ミリ装甲板を噛みちぎるなんて。
しかも両舷合わせれば200ミリだぞ。
「艦首浸水発生、応急急げ」
「艦尾バラスト、注水急げ」
矢継ぎ早に出される指示。そして
「主砲撃ち方用意」
「主砲撃ち方用意。艦長、サメ撃ちですか」
「そうだ砲術。外すなよ。的はでかい」
「水面下です」
「一式徹甲弾は水中弾効果も研究してあるはずだ」
「どちらに艦が向きますか」
「左砲戦だ」
「左砲戦、主砲俯角一杯」
残念ながら3番砲塔は射角に収まらなかった。
「11時方向距離サンマル、サメ接近します。発光中」
「ヨーイ、テー!!」
二・三発は命中したようだ。だがまだ死んでいない。フラフラと水面をさまよう。そこへ3番砲塔の3発が叩き込まれた。
命中は2発。内1発が頭付近に命中。これがトドメとなったようだ。光らなくなった。
直ちに緊急展開フロートを展開。沈降を防ぐ。
見て驚いたが全長は200メートル前後ありそうだ。
付近に牽引できる艦艇が信濃しかおらず、艦首の浸水にびくつきながら低速でギルガメス王国連邦沖から海岸を目指すのだった。
途中多くの海洋性混沌獣が近寄ってきたが金星装備の彗星による急降下爆撃で追い払われ沈められた。うん、勿体ない。捕漁船も多くの海洋性混沌獣を仕留めたようだ。
何故こんなに寄ってくるのだろう。
混沌領域を離れてもしばらく追ってきた。もう捕漁母船は船腹が一杯で積めない。追い払うか沈めるだけだった。ああ、勿体ない。
海岸近くで座礁したサメに更に緊急展開フロートの追加をして浅瀬まで捕漁船で押し出す。解体のこともあり砂浜だ。
話を聞いてやって来た統一ギルドや港湾・漁業関係者は度肝を抜かれたという。
ここで解体をするしか無かった。捕漁関係者やギルド解体係や依頼を受けた冒険者、現地の漁師など総出で解体である。
ボラールの刃物があり、それに魔力を通して切れ味鋭く解体していく。解体した奴は拡張袋に収納して市場や各保管場所に送られた。
ここでは一般の魚がたかってきた。付近の漁師は必死にこの時とばかりに漁をする。拡張袋に入りきらないほど捕ってもまだ捕る。仕舞いには船が沈みそうになりそうだった。カニも寄ってきたがイソ蟹のような小物ばかりでワタリガニのような大物は少なかった。
結局解体終了までこの豊漁は続いた。
解体終了後も解体地付近で異様に増えた多毛類や小型のカニを餌に求める魚が押し寄せ数年は豊漁が続いたという。
海岸を掘れば大型の貝が多数掘れた。
これには領主が驚き領地の特産として保護をした。領内の漁師や住民、統一ギルドによる依頼以外は手を出してはいけないことになった。
付近の住民は貝づくしの料理にしばらく堪能したがやがて飽きたという。
貝は王国連邦隅々に売れ、貝掘りが付近の住民の小遣い稼ぎになった。食えない1級や2級の冒険者もギルド依頼として貝掘りで息を繋いだ。
回収されたサメは歯と外皮は素晴らしい値段で売却された。今までは死んだ個体が打ち寄せられたことがあるくらいで、こんな状態で入手出来たのは初めてらしかった。死んで打ち上げられた個体も精々数十メートルでこんな巨大なジョ・ウズは初めてだという。
ジョ・ウズと言う名前は、過去の勇者によって様々な混沌獣の名付けがされ、このサメにも名前が付けられていた。
内臓は、肝臓のみが高値売却できた。日本が半分で、残りをギルガメス王国連邦の冒険者ギルドに売却した。他の内臓ははらわたを含め使い道が分からずギルガメス王国連邦の冒険者ギルドで研究して貰う。一部は日本に持って帰ってカラン村と共同で研究をする。ダメだったら肥料にするだけだ。
身はどう料理しても渾沌獣にしては旨くなく、ボラールやシロッキの身と練り物にして使ってみた。評判は良くない。尚、普通のサメ肉としてなら問題無い味だった。何故、混沌獣食材をわざわざ不味くするのだと言われ、少量の消費に終わった。普通の値段で売るにしても武蔵の修理代が膨大であり、利用方法が判るまでギルガメス王国連邦が所有する極大拡張袋の一部を間借りして保存した。切り出してしまった部分は、他の海洋性混沌獣を釣る餌にしてみた。しかし、この餌は凄くよく釣れた。同時に民間に釣り餌として提供された。
民間漁業者や釣り人に高級釣り餌として大好評だったが、釣れすぎるとして漁場保護のため供給は停止された。
陸上でもおびき寄せの餌として使われたが、やはり効果は絶大だった。ただ効果が高すぎ集まりすぎたため対応が出来ず酷い被害を被ったチームも多い。陸上でも使用禁止になった。
ただ、スタンピード発生時に群れの方向を誘導する目的で各地の領主や統一ギルドには配られた。
ヒレは全て回収され、フカヒレとされた。超高級フカヒレになった。ギルガメス王国連邦ではフカヒレを利用することは無く全て日本国内で消費された。もちろん消費しきれないので、保存袋と拡張袋の中で品質を保っている。
魔石はギルガメス王国連邦の冒険者ギルドによると、国宝級を超える信じられない物らしかった。
日本政府は売却金額と国交の間で揺れ動いたが、結局ギルガメス王国連邦に贈呈した。後の国際関係を考えてのことだった。
ジョ・ウズは全長最大二百メートルのサメで海洋性混沌獣の魚系では頂点と言える存在らしい。
今回のジョ・ウズはまさしく最大級であり皆を驚かせた。
超巨大サメ型混沌獣、ジョ・ウズを撃退して1年。ようやくドックから出てきた信濃。
ギルガメス王国連邦沖から日本の横須賀海軍工廠まで4ヶ月。後進でノロノロと進みドック入り。
途中、南アタリナ島で休養するも艦長を始めとする航海関係者と機関関係者の疲労は大変なものだったらしい。
艦長は脆弱なバルバスバウでラム戦を仕掛けた事で重い懲戒処分も有ると考えていたが、有ったのは厳重注意と半年間の減給に、引き続き信濃艦長を務めるべしと言う軽い処分だった。
最新鋭且つ日本最大の戦艦が混沌獣に食われて損傷した時点で、海軍関係者から信濃は既に厄物扱いだったのだ。
そんな信濃が、移動で去った乗組員に替わってやって来た新人達の錬成が終わると再び活動拠点である南アタリナ島にやって来た。
信濃不在の間にはイカ事件など混沌獣関連の事件が少なからずあった。
それでも日本は不退転の覚悟でもって混沌獣に対するのであった。ものによっては対抗・管理可能な勝手に増える資源である。資源不足で悩んできた転移前の日本からすれば放置など問題外で、積極的に関わっていくべき存在であった。
訓練と南アタリナ島南部の海洋性混沌領域で活動を続ける信濃に再びギルガメス王国連邦沖への出動命令があったのは正和25年も半ばだった。
捕漁船2隻が相次いで沈没。生存者無し。捕漁母船もカニらしき超巨大生物に襲われ積荷の海洋性混沌獣を奪われ船自体も沈没しそうな損傷を負い海域を離脱。後に沈没した。死傷者も多数出ている。
信濃にはこの超巨大カニを最悪沈めてもいいので退治するよう命令されたのだった。
もちろんカニである。アレルギー反応を起こす人には悪いが、確保が最優先だったのは言うまでも無い。
カニが出たのは捕漁船団がシロッキ漁をしていたときだった。豊漁に笑い顔だった連中が恐怖に引きつるまでの時間は短かった。
聴音機が大きな音を聞いたと思ったらシロッキの群れがいきなり算を乱して散っていった。いきなり捕漁船が一隻転覆した。
船団長は直ちに対潜警戒を発令。船団は速度を落とし聴音に注意した。一隻の捕漁船から左舷後方から大きな音が聞こえると連絡があった。
船団長は爆雷戦を許可。探針儀を使用する。そして散布爆雷を発射。吹き上がる水柱。だが効果は無かったようだ。
探針儀を使用し爆雷を発射した捕漁船が巨大な何かに叩き潰されたのはその時だった。
アレはこの船団で対抗出来ない。直ちに全船全速で離脱を命令した。ギルガメス王国連邦駐留の海軍にも救援を要請。
海軍は至急、空母を派遣。艦載機を向かわせるが既に捕漁船二隻は無く捕漁母船は酷く傾斜してノロノロと進んでいるのを見た。重油タンクがやられたのか油の帯を引いている。
後部の扉は開放され積んでいたシロッキは囮として捨てたと言う。救援と邂逅するまでの支援を要請される。海軍は航空機で近寄ってくる混沌獣を爆撃。近寄らせないことに腐心した。
捕漁母船はやがて軽巡と邂逅し、乗組員退去の後沈没した。
死者は二百名を越え、重軽傷者数十名の大惨事だった。
捕漁船団で生き残った乗組員の話を聞くと捕漁船を叩き潰し捕漁母船の船腹を切り裂いたのはカニのハサミに見えたという。
信濃は対カニ戦に入った。
再びトローリングである。今度の餌はジョ・ウズの切り身だ。
航空偵察を繰り返す内にシロッキの群れが発見された。直ちに向かう。上空は駐留海軍の艦載機と飛行艇が援護のため飛びかっている。飛びかっていると言っても元の機数が少ないので常に上空に在るのは数機だった。
トローリングを開始すると数時間後に浮子が沈んだ。ワイヤーを切り離し全速で回り込む。上空に上げた零式観測機によるとワタリガニに見えると言う事だ。大きさは200メートくらい有りそうと言う。
観測機に弾着観測をさせ主砲を撃った。近距離だ外したら恥ずかしい。有効弾は一発と報告があった。後は弾かれたと。いくら着弾の角度が浅いとは言っても三十六センチ徹甲弾を弾く化け物がいた。青白く発光を始めたと報告がある。勝負の時が来た。十斉射ほどすると弾火薬庫から弾詰まりという報告が上がる。新型の自動装填機構のトラブルだ。信管は着いていない無垢玉だから暴発の危険も無いので、装薬のみ格納するよう指示を出す。「ワレシュホウコショウ」「キュウエンコウ」と僚艦の甲斐に要請。甲斐は混沌領域外縁で待機している。ここまで全速でも三時間は掛かるだろう。甲斐は渾沌獣対策を施されていない。護衛が付いてここまで来る。
再びラム戦のようだ。前回の経験を元に艦首は強化されている。代償重量として一番前方の高角砲が左右一基ずつ撤去された。
艦首を向けたい信濃だが、カニの方も向きを変える。中々相対できない。どちらもでかすぎて一回向きを変えると再び変えるのに苦労している。
甲斐が水平線に見えた頃ようやく機会が回ってきた。勝負だ。機関全速で突入する信濃。ハサミを振り上げて威嚇するカニ。その時とんでもなくでかいハサミに初めて気がついた。艦長が慌てて「機関、10ノットで加速を止めろ」と指示を出す。さすがにアレに高速でぶつかれば艦や乗組員にどれだけ被害が出るか分からない。マズいかも知れない。
艦長が「衝突する。総員衝撃注意」と艦内放送を出す。衝突警報も鳴らす。機関全速と言っても信濃の巨体なので加速するのに時間が掛かる。ぶつかるまでに相次ぐ変針で失った速度をどこまで回復できるのだろうか。
イスに座れる人間は座ってベルトをしている。他の人間は何かにつかまっている。
信濃が8ノットまで加速した時、激しい衝撃が艦を襲った。かましたのだ。
「各部被害報告」艦長が指示する。
「機関、後進一杯急げ」
各部から被害報告があるが若干の浸水と負傷者の報告だった。
艦橋からは浮き上がって動かないカニが見えた。でかい。発光が収まっていて灰色で余り旨そうには見えない。
信濃がカニから後退で離れる。
1000くらい離れて再び前進全速と号令が出た。
その時カニが再び発光する。
再度勝負だと思ったらカニに回り込まれた。そしてハサミの攻撃があった。
カニには、外側100ミリ装甲板を貫通された。その上艦底部をはさみで切り裂かれ、左舷2番機械室全没、後部弾火薬庫全没という、沈没一歩手前の損害を与えてくれた。
こいつには有効な反撃手段がなく、五十番急降下爆撃でも甲羅にはじかれただけだった。混沌領域外周部にいた第二戦隊を組んでいる甲斐が急行し主砲で甲羅をかち割って沈めた。勿論回収したのは当然だった。
修理時外側装甲板を剥がしたときに、内側装甲板に大きな亀裂を発見。もう少しで内側装甲板も貫通されるところだった。
カニは足を広げると体長250メートルにもなる化け物だった。
海軍艦艇は対混沌獣対策として炸薬の代わりに同重量の砂を詰めた徹甲弾を使用する様になっていた。
また、海洋性混沌獣の未回収が問題になり、大型の緊急展開フロートが開発されていた。
未回収とは、海で戦うのである。浮いていれば良いが、沈んでしまう物も多かった。
回収出来れば大儲けの海洋性混沌獣を、沈むのを眺めるだけだった状態を何とかしようと開発された。
緊急展開フロートはボラールのはらわたを混沌獣素材で袋になるよう接着し、内部にはボラールの浮き袋多数を詰め込んである。
通常、内部には空気がなく格納状態では長さ十メートル直径四メートルの円筒状である。
圧搾空気で展開する。展開時は、長さ十メートル、直径二十メートルの円筒状まで膨らむ。
このフロートにワイヤーを使って混沌獣を繋ぐのである。ワイヤーは遠隔操作の小型潜水艇で混沌獣の下をくぐりフロートに接続する。
繰り返し利用が可能で在り、この開発によってかなりの数の混沌獣が沈むことなく回収された。
前述の、ジョ・ウズと今回確認された勇者命名によるド・ウマンも、この緊急展開フロートを複数使うことにより沈むことなく回収された。
ド・ウマンの肉とミソは海外には出さなかった。当たり前である。ただ、ごく一部が惜しまれながらも海外の偉いさんに渡った。
このカニ、ド・ウマンを解体するのにボラールの刃物に魔力を通しても歯が立たなかった。
ジョ・ウズの歯を使った道具でないと解体できなかった。
肉とミソを大雑把に取り除いた後は、細かくされて直径数メートルの大鍋で煮込み素晴らしいコクと旨味のある出し汁がとれた。摂れた出し汁の量は総量50万トンに及び、日本全国の食卓を賑あわせた。
勿論一気に出し汁には出来なかったので、多くは保存袋と拡張袋の中で品質を確保した。
出し汁は高級カニスープとして海外にも出した。好評であった。
肉・ミソ以外の甲殻や足・ハサミは、全て出し汁にしようとした日本だが、冒険者やギルドの強い要望で一部が素材として提供された。勿論肉はこそぎ落とした。
これらカニ素材の売り上げは膨大であり、カニの被害で1年半もドック入りした信濃の修理代を賄ってなお、お釣りが来た。
魔石はさすがに日本の国庫に納められた。いつか使うつもりである。国宝にはしなかった。魔石はジョ・ウズよりも巨大で有り、使い道も分からない。添加剤や粉にするには勿体ないと思い保管されている。使い日は来るのだろうか。
カニ系混沌獣はその後タ・ラバとズ・ワイ、サンセイ(三つ星)にエイチ(H)が捕獲されたが、攻撃力はド・ウマンには劣り、味もド・ウマンには届かなかった。しかし、超高級品には変わりなかった。武具の素材としては最高級品であったがド・ウマンには劣る。
現状ではカニ系最上位種が、ド・ウマン。次いで、ズ・ワイとタ・ラバ、中位種にサンセイとエイチとワタリ。ずっと小型になる下位にマネキとイソーがいる。
過去の勇者によって書かれた書によると、タカアシ元帥なる超巨大カニがいるようだが、目撃したものはいない。
信濃は、サメ・カニとの激闘後、海洋性混沌獣専門になっていくのだった。サメとカニは国庫に莫大な収入をもたらしてくれた。特にカニ。
その収入と味は国を狂わせた。海軍に信濃を対混沌獣に特化するよう要請がきた。あくまでも要請ではあるが、半強制だった。
艦尾にあった飛行機設備を撤去して、工廠のクレーンで使うような巨大なワイヤー巻上機を装備。ドラグ機能も苦労して開発した。スチールワイヤーの先には緊急展開フロートを小型化したような浮子とその先には釣り餌としてジョ・ウズの肉が錨に括り付けてある。
ワイヤーは急激な引っ張りによって切られないように、カタパルトの代わりにデリックを設置。アーム先端からワイヤーが流れ出るようになっていた。アームは空油圧式のダンパーを使用して衝撃を吸収するようになっていた。口の悪い連中は釣り竿と呼んだ。正式名称は衝撃吸収機構付きデリックである。
他にも上部重量軽減対策として、使う見込みのない一式12.7センチ連装高角砲半数を撤去、主砲を三連装の中央1門の撤去。この主砲1門の撤去は大幅に導入された機力装填機構の調子が悪く、連装なら実力発揮出来るのであるが三連装だと途中で詰まるのであった。表向きは軽量化のためだが、実際は継戦能力の維持のためだった。中が抜けて見た目が悪くなったので、張りぼての砲身を付けた。
一式12.7センチ連装高角砲の後には、わざわざ旧式の12.7センチ砲を両舷に単装4基、海面打ち用に改造して搭載した。他の砲座には三式対潜迫撃砲を両舷2基ずつ搭載。残りの砲座は将来余地とされた。
両舷舷側に爆雷投射器も搭載した。
カニにやられた修理と改装が終わったときが、信濃が漁業戦艦になった瞬間だった。信濃を支援するために小型空母1隻と対混沌獣用に強化された軽巡1隻と駆逐艦2個駆逐隊の水雷戦隊と、回収用の母船等で艦隊を組んでいた。船団だろうという声に対しては断固として艦隊であると答えた。実際、海軍の編成表にも大型海洋性混沌獣対策艦隊として正式に載っていた。
信濃の漁獲量はめざましく、国庫に膨大な収入をもたらしてくれた。建造費の元も取れたようである。
一部ではサメの歯や皮、カニの甲羅などの供給過多で値崩れした物もあり、冒険者向け素材の市場放出には慎重になった。
信濃は建造以来、他国との戦闘には参加せず、東鳥島周辺の海洋性混沌領域と東大陸西の大規模海洋性混沌領域にて主に活動。同海域では守り神と言われた。
過去の勇者は痔主勇者です。
混沌獣は美味しいはずですが、外れも有ると言うことで。
次話より、ディッツ帝国へと変わります。




