長いのが来たッ
2021年 夏に車を走らせていた時のお話
妻と落ち合うため、車で家に向かっていたのだった。
午前・午後とそれぞれの用事があるため「短い昼の間だけでも会って食事をしよう」と約束をして電話を切った、その直後に妻から電話がかかってきたのだった。ハンズフリーで応答する。
「09xc7うyvhん:tqm¥;3:えwふぃヴぁあf0ヴぃは!」
ん?なんて?
「Fkぁjbyんp:あおけbfmヴぃじゃ:おいえrjf!!」
まてまて、何を言っているのだ。私の車はオープンカー、周りの雑音が大きくて聞き取りにくい。いやまて、さっきはハッキリ聞こえていたのに、なぜ今は聞こえないのだ。
「;lgf窓を開けてたらkjふぁd;:おkfvが入ってきてcmかいdj:cdafdいるの!いるいる!ぃdmぼ;hxがヴぁ!!」
何を言っているか良く分からないがただごとではない。既に半泣きだ。よくよく聞いてみると、どうやら車の窓から何かが入ってきたらしい。なにが?肝心なところがよく聞き取れないな。にしても、こうまでパニックになるのだ、よっぽどのものが入ってきたに違いない。蜂か?だとしても私は遠方、できることなどないのだった。まぁ、たいしたことではないだろう。
「そうか~まぁガンバ、、、」
「ckvもs儀bh序らwkmfdc@dぽvj!!!!」
私の呪文は妻のたった一言でかき消されたようだ。レベルが違いすぎる。仕方がない、何がいるか分からないが、とりあえず落ちついてもらわねば。
「こっちから手を出さなければ大丈夫だよ、そのまま帰ってこれる?」
「よこ、よこにいるの!怖いぃ~、助けて!」
「何がいるって?」
「ふえ、ふえぇ、長いの、長いの!」
長いの??なんだよ長いのって。スカイフィッシュか!?今すぐ窓を閉めるんだ!逃がしてはならぬ。
「しましまの!助けてえぇ~~こっち、こっちみてるよぉ!!」
しましまなの??長くて、しましま。こっちを見てる?悪いが私のアタマには蛇しか思い浮かばない。蛇がどうやって窓から飛びこんできたのだろうか。子どもがふざけて投げた蛇が、ミラクルなタイミングで妻の車に飛び込んだというのか。状況がさっぱりつかめない。
「びょーんって!びょーんって!!」
長いカエルか!?なんだよ!長いカエルって!!
「ふよふよしてるぅぅぅ!触角が、びょーんって!!」
「!!」
以前、北海道出身の友人がゴマダラカミキリの長い触角を気味悪がって逃げ回ったことがある。なるほど今までのは全部触角の話だったのか。っていうか本体の説明をしろよ。まぁ、分からなくはないが。
「カミキリムシだよ、小指の先くらいの大きさで、背中に白い斑点があるだろ?害はないから放っておけばいいよ」
「でも、でもっ、カミキリムシって、噛むの!?」
「大丈夫だって!そうそう、捕まえるとね、キィキィ鳴くんだよ、カワイイだろ?」
「余計に怖いぃ~~!」
パニックは収まらない。これでは交通事故に繋がりかねないではないか。危険だ。場所を聞くと家から車で5分ほどのところを走っているようだ。
「じゃあどこでも良いから停めれるところを探して車を降りて。すぐ行くから」
「停めれるところ、ないぃ~~」
なんとか停める場所を探してもらい、すぐに合流すると、妻の車は全てのドアと後部ハッチまで開放されていた。私が車から降りると妻が泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「ついてない?ねぇ、からだについてなぃい?」
「うへへ、スカートの中を見てみないと分からないなぁ」と言ってみたいがやめておこう。今以上の危機が訪れるのは間違いない。妻の服は真っ白なワンピースだ、どこをどう見たって何もついていない。不安そうな妻が見守る中、車の中を探すがどこにもカミキリはいなかった。
「いないよ、逃げたんじゃない?」
何の保証もないがとりあえずそれで納得してもらう。家に帰るまで車を交換したいところだが、私の車はMT、かえって危険ではないか。
「ついてきてね、後ろ、ついてきてね!!」
念を押しすぎるくらいに押す妻について家に帰ると、すでに食事をする時間はなくなっていた。
そして長いアイツは、その後も妻の車から出てくることはないのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。1年間続けてきたこのエッセイですが、次回1月20日をもって完結とさせていただきます。
あと1回ですが、お付き合いいただけるとありがたいです。
ただ、その後も不定期に細々と更新させていただくつもりです。あれ?完結ってなんだろう。




